大暑

二年目 夏 沖田総司、雪村千鶴
六月に池田屋事件があったその後のお話。







庭の裏にあるひんやり涼しいお気に入りの場所でのんびりしよう。
総司は夏真っ盛りの午後の殺人的な日差しの中、くらくらしながらそこへ向かった。
汗がべとついて気持ち悪い。
大きな石が置いてあり、屋根と壁のせいで一日中陽があたらない。そのくせ風通しはいい。
畳二畳くらいのそのスペースには、既に先客がいた。

石の上でだらっと体を投げ出している黒猫はまあ、いつも夏はここでかちあうから想定内だ。
もう一人は。
「君…」
総司がつぶやくと、そのもう一人ははっとしたように振り向いた。
大きな黒目がちな目は、今日は潤み目じりから幾筋も涙がつたい鼻も赤くなっている。
「お、沖田さん!」
慌てたように目じりをごしごしこするせいで、繊細な肌は赤くなる。
「どうして泣いてるのさ。……ああ、あれ?土方さんが前に言ってた綱道さんの目撃証言。今日、正式に間違いだったってわかったんだっけ」
「……」
唇をかみしめた千鶴の目じりには、また涙が膨れ上がった。

子どもみたいだね、そんなことで泣くなんて。

笑いながらそう言おうとして、総司は言葉を止めた。
薄い肩。小さな手。

そっか……

実際、彼女は子どもなのだ。
一人で江戸から京へ来たり、新選組で軟禁されても幹部たちに自分から話しかけたり。
おとなしそうに見えて言うことは言うし、意志は通す。
すっかり自分や斎藤、平助たちと同じような扱いをしてきたけれど、年齢も経験も全然違うのだと、総司は泣いている千鶴を見てふいに実感した。
一人で生きてきた気丈な女子ではなく、必死になって父親を探している小さな子ども。
見つかるかもと期待した分、落胆は大きく、でも皆に泣き顔を見せないように気を使ってこんなところで一人で泣いていたのだろう。
涙をこらえて下唇をかんでいる彼女の姿に、家から出されて試衛館で涙をこらえていた自分の姿が重なる。
住み慣れた家を出たのも初めてに違いない。

「……そんなにかみしめると、唇が切れちゃうよ」
総司はそういうと、千鶴へ近寄った。びくりとおびえる千鶴に言う。
「目を閉じて、口を開けてごらん」
「……?」
警戒した顔で見上げる千鶴に、総司はにっこりとほほ笑んだ。
「大丈夫。嫌なことはしないから、ほら」
「……」
しぶしぶ開けられた小さな口に、総司は懐からだした金平糖を一つ投げ入れた。
「!」
驚いたように手を口に当て目を開く千鶴に、総司はウィンクをする。

「涙にはこれが効くでしょ」

恥ずかしかったのか彼女の頬が紅潮するのを見ながら、総司は自分の口にも金平糖を一つ放りこんだ。






「涙にはこれが効くでしょ」

そう言われた時、なぜか千鶴の心臓が大きく跳ねた。
顔がどんどん熱くなって、恥ずかしくて総司の顔が見られない。

び、びっくりした……!
いっつも意地悪言ったりからかったりばっかりなのに、急にあんな……

カラコロと口の中で金平糖が音を立てる。甘い味が口いっぱいにひろがって、総司の笑顔と優しい声が響いて、さっきまでの暗い世界から一気に明るくてふわふわした世界に変わった気がする。
「あ、ありがとうございます……こんな高価なものを……」
「近藤さんがくれるんだよね。僕が喜んだら、それから金平糖屋の近くへ行くたびに買ってきてくれるんだ」
「近藤さんが……」
「そう。僕のことまだ小さい子供だと思ってるみたい」
もう近藤さんより背が高いのにね、とクスクスと笑う総司の顔。
こんな無邪気な笑顔も、身近で千鶴は見たことがない。ぼうっと見上げていると、総司が千鶴と見た。視線があって再びドキッとする。

「君もさ……」
総司はそういうと、黒猫が横たわっている大きな石に腰かけた。黒猫は慣れているのか片目を開けただけでまた眠りに入る。

「君も、今回お父さんが見つからなかったのは残念だけど、家族以外にも大事な人ができるといいね」
「家族以外にも、ですか?」
「そう。僕の近藤さんみたいにさ。その人が好きでその人の役に立ちたいって思える人。自分のことより大事に思える人。大事に思ってもらうより、誰かを大事に思う方が幸せだよ」
また何か意地悪をされたりからかわれたりするのかと思っていたら、意外にも真っ直ぐに千鶴の目を見て総司はそう言った。
心の奥まで入ってくるような、きれいな緑の瞳。

ふわりと涼しい風が通り抜けて、総司の前髪を揺らす。



総司の言った言葉の意味はよくわからなかったけれど、その時の彼の瞳の色はその後強く千鶴の頭に残り、ふとした時に思い出すように浮かんでくるようになった。
そしてそのたびになぜか顔が赤くなってしまうことに、千鶴は首をかしげていた。