夏至
三年目 初夏 藤堂平助
五月の健康診断で総司の労咳の告知があったその後のお話。
「今日はみなさんお揃いなんですね」
人数分のお茶を置きながら、千鶴が言った。
庭の若葉を梅雨の合間の日差しが照らし、確かに部屋にいるのはもったいないくらいの気持ちのいい遅い朝だ。
「暇なんだよ。非番なんだがこんな朝っぱらからすることもねえし」と新八。「千鶴ちゃんも時間あんなら一緒に茶を飲んでったらどうだ」
「千鶴ちゃんのお茶は持ってきて無いみたいですよ。僕は午後から巡察ですけどね」と総司。
「そんなん淹れてくればいいじゃん。千鶴も一緒に飲もうぜ。俺も巡察は午後からなんだ」と平助が来い来いと手を振った。
「俺は土方さん待ち、だな。文書を届けなきゃならねえ。斎藤は夜番あけだろ?寝なくていいのか」
「そうだな……茶をいただいたら寝よう。そういえば、千鶴」
斎藤の声に千鶴はお盆から目を離した。
「はい?」
「勝手場の上にある棚に紙包みが置いてなかっただろうか」
「はい、そういえば」
斎藤はうなずくと立ち上がる。
「近藤さんから皆で食べるようにと預かったせんべいだ。いい機会だから持って来よう」
千鶴は慌てて立ち上がる。
「あのっ私自分のお茶を淹れるついでに持ってきます。斎藤さん夜番開けなんですから休んでてください」
そう言って千鶴がとっとっとっと走り去った後、一番お盆の近くにいた総司がお茶を皆に配った。
「はい、これは……左之さんのかな。これが新八さんで、平助に斎藤君、……でこれが僕だね」
左之は受け取るとふっと笑った。
「俺のは白湯、新八のが濃いめで熱め、平助が薄くて熱め、斎藤は普通で総司はぬるめ」
皆の好みを完璧に反映したお茶に、皆も自分の湯呑を見る。
「……すっかりなじんだよなあ」
新八がしみじみと言った。平助がうなずいた。
「そうだよな。新八っつぁんも左之さんもよく千鶴のところで茶あ飲んでるよな」
左之が笑う。
「そうだな。ちょっと時間があると千鶴んとこでつぶしてんな。そういうお前だってよく団子買ってきて食ってるじゃねえか」
平助も笑った。
「千鶴が喜ぶからさあ。一君だってなにかと親切に教えてるし、総司は……」
言いかけて平助は首をひねった。
総司が片眉をあげる。
「何?僕だって千鶴ちゃんとよく遊んであげてるよ」
新八が突っ込んだ。「お前のは、千鶴ちゃん『で』お前が遊んでんだろーが!やりすぎると嫌われるぞ」
総司はにやりと笑った。
「別に気にしないですけど」
その時、「きゃーー!!!」という悲鳴が勝手場から聞こえてきた。皆が顔を合わせる。
「何かあったのか」
斎藤が脇に置いてあった大小を手に取ると、皆も立ち上がった。
「誰かっ!!沖田さん!!!」
聞こえてきた千鶴の悲鳴に、皆はまた顔を見合わせた。総司が肩をすくめる。
「ご指名みたいですね」
そして先頭を切って勝手場へと向かった。
なんでだ……
なんで総司?
あいつがなぜ
残された皆の顔には同じ思いが浮かんでいた。
スラリという鞘走りの音の直後に、島田は自分の首筋にヒヤリとした冷たいものが当たるのを感じた。
「手を離した方がいいよ」
静かな声は一番組組長のものだ。島田は片手だけを支えていた上棚から離した。ここは慎重に説明せねば一息で人生が終わってしまうが、両手を離すと支えている棚が雪村君の頭の上を直撃してしまう。
「沖田さん、自分です。島田です。隠密行動の途中で勝手場で棚板が外れて雪村君の上に落ちそうなのを見つけたので……」
「え?」
そのあとすぐにバタバタと数人の音がして、島田の命は無事繋がった。
首筋にあてられた微動だにしない刃先があれほど冷たいとは。
要は下働きの男の振りをしていた島田が、千鶴の上から覆いかぶさるようにして棚板が落ちるのを支えてくれたらしい。が、あまりにも巨漢でひげもはやし堂に入っていたため、暴漢と勘違いした千鶴が悲鳴を上げてしまったということだった。
「すいません!ほんとうにすいません!」と千鶴は汗をかきながら島田と、駆けつけた幹部たちにぺこぺこ謝っていた。
皆でやれやれと再び元の部屋に戻る途中。
平助は、隣をたまたま歩いていた総司に話しかけた。
「なんで総司が呼ばれんの?」
「は?何の話?」
平助は、前を新八と笑いながら歩いている千鶴の横顔を指さしながらもう一度言った。
「さっきさ、助けを呼ぶとき総司の名前を呼んだじゃん」
平助の認識では総司はいつも千鶴をからかったりいじめたりしていて、ああいう場面で呼ばれるような立場ではないと思っていたのだが。
一緒にいるのも……一君とかとの方が多いよなあ。新八っあんがさっき言ってたみたいに、総司ってどっちかっていうとやりすぎて嫌われる方だよな?
首をかしげている平助に、総司はいわゆるドヤ顔の笑顔で返した。
「平助、内心面白くないんでしょ、自分だって千鶴ちゃんと仲良いのにって」
「っちげーよ!!」
あっはっはっは!と笑いながら立ち去る総司。平助は蹴りを入れながらも半分図星ではあった。
総司が去った後に後ろから左之の声がして、平助は振り向いた。
「……結構仲良いんだよなあ、あいつら。俺も不思議なんだけどよ」
「でもさ、総司、別に千鶴にやさしいとかないじゃん?」
「千鶴にしてみりゃそうだろうけどよ、総司の方はめずらしくねえか?近藤さん以外であそこまで何かとちょっかいかけるような相手っていねえだろ、あいつ」
言われてみれば……と平助は、新たに千鶴に話しかけて笑っている総司を見た。
総司は千鶴を気に入ってるんだろうけど、でも助けを呼ぶ場面で総司をよんだのは千鶴の方だしなあ。
千鶴は別に特別総司にだけ…ってのは……
うーん???
「あんのかな?」
さらに首を傾げた平助。隣で左之も腕を組んだ。
「ある……のかもなあ……??」
「よくわかんねえけど……」
平助は口をへの字にした。
「とりあえず、総司のいい気になった顔は気に入らねえ!」