清明

三年目 冬 永倉新八
二月に山南さんが羅刹になったそのあとのお話。







カランと乾いた音がして木刀が地面の上に転がった。
「あーもうやめた」
「なんだあ、総司。降参か?」
木刀を構えたままの新八がにやりと笑う。新八の方も息があがっている。
「降参ですよ、キリがない」
ドサッと屯所の縁側に寝転んで、総司は腕で汗をぬぐった。

もうそろそろ梅のつぼみも膨らみ始めてはいるもののまだ寒さはきびしい。
しかし一刻以上打ち合いをしてきた総司の額には汗がしたたっていた。
「新八さんは強いなあ」
総司は、一人でまだ素振りを始めた新八を呆れて見ながら言った。

「やっぱり好きだからですかね?」
新八は素振りをやめると、首にかけていた手ぬぐいで汗をぬぐいながら総司の隣に座った。
「まあー、暇があれば剣のことを考えてるしなあ、面白いだろ?終わりがなくて。お前は好きじゃないのか?」
総司はどんよりと曇っている冬の空を眺めながら答えた。
「僕は……そうですね、得意だとは思うけど、好きではない、気がしますね。新八さんを見てると特に」
「……へえー?…」
好きじゃねえのにあの神がかった強さは異常だぞ……
新八は奇妙なものを見るような眼で総司を見た。
好きでもない剣があそこまで強くなるには、生まれ持っての才能だけではなくとてつもない努力……意志の力が必要だったに違いない。
「……楽しくねえのか?」
修行でもあるまいし、じゃあなんでこいつはここまで必死になって剣を振ってんだ。

総司はあっさりと答えた。
「楽しくないですよ。でも僕ができるのはこれしかないんです」
「これしかないって……武家の生まれってやつか?」
「そうじゃないですよ、いやだなあ」
総司は笑った。
じゃあなんでだ?と聞こうとして新八は思い当たった。
のんびりと空を眺めている総司の横顔を見る。

近藤さんか……
ガキの頃から世話になってたらしいしな。恩人ってやつか。
こいつにとっては近藤さんが親なのかもしれねえなあ。認めてもらって恩返しして……親孝行みたいなもんか。
実の家族からは口減らしのために追い出されたって話だし、近藤さんがこいつにとっての唯一のよりどころってやつなんだろうな。
だがそれでは総司自身の気持ちはどうなんだ?
近藤さんの役に立って期待に応えて……それはそれでいいけどよ、こいつ自身のやりたいことはねえのか?

「じゃあ、お前が好きなのはなんなんだ?やってて楽しいのは?」
新八は思わずそう聞いてしまった。あまり人のことに踏み込まない新八からの意外な質問に、総司は新八を見る。
「楽しいことか……」

「沖田さん!永倉さん!」
さわやかな声がして、廊下の曲がり角から千鶴が姿を現した。
「おー千鶴ちゃん、どうした?」
「干し柿をいただいたんです。お茶も淹れたので、一休みいかがですか?」

お茶を飲みながら総司がふと思いついたように千鶴に聞いた。
「千鶴ちゃんは何をやってる時が楽しい?」
さっきの話の続きか、と新八は総司と千鶴を見た。千鶴は干し柿を一つつまむ。
「楽しい時……ですか?」
そして目をくるりと回してしばらく考える。

「……私、小さいときから父と一緒に食事をしたことがあまりなかったんです」
膝の上で干し柿をもてあそびながら、千鶴は恥ずかしそうに言った。

「近所のおかみさんがご飯を作りに来てくれてたので、困ることはなかったんですけど……。父は患者さんを診たり、お武家さまに呼ばれたりしていて忙しかったので、私はいつも一人で食べてました」
そしてにっこりとほほ笑んで新八と総司を見る。

「だから、ここにお世話になるようになって、みなさんで一緒に朝ごはんや夜ご飯を食べるのがとても楽しいです。こうやってちょっとしたものを一緒に『おいしいね』って食べれるのが、すごく……楽しいです。変ですか?」

千鶴の育ってきた環境を初めて聞いて、総司と新八は顔を見合わせた。
医者の娘だし、住んでいたのも町方だし、苦労知らずのお嬢様かと思いきや……。
家族が少なくしかも男親では、小さな子どもにはさみしいことも多かったに違いない。
総司が言った。
「うん、わかるよ、それ。変なんかじゃないよ。僕も子どもの時いつも一人だったから。あのころ一緒に食べれてたらよかったね。そしたら千鶴ちゃんもさみしくなかったでしょ?」
そう言って総司が顔を覗き込むと、なぜか千鶴は真っ赤になっている。
新八は、以前土方から聞いた総司の子どものころの話を思い出した。

総司のやつ、確かまだガキの頃から下働きをさせられて道場の兄弟子からは折檻まがいのことされてたって話だったな。メシなんて当然いつも一人で冷や飯だっただろうし、そんなものでも食べさせてもらえるだけでありがてえって感じだったんだろうなあ……

多摩で総司が、江戸で千鶴が。
あの時それぞれ一人で食事をしていた二人が、いまここでこうして一緒に話しながら食べていられる。

千鶴ちゃんが新選組に来た経緯を思うと単純によかったとは言えねえけどよ……

新八は、目の前でお茶を飲み干し柿を食べている総司と千鶴を見た。
でも、よかったよな、二人とも。
新八はそう思うとうなずいてお茶をすすった。
総司が言った冗談に千鶴が声を出して笑っている。それを見ながら新八も笑顔になった。

楽しそうじゃねえか。

新八はもう一度うなずくと、お茶を飲みほした。