大雪
三年目 冬 斎藤一
五月の健康診断で総司の労咳の告知があったその冬
頼まれていた繕い物が出来上がったと聞いて、斎藤は千鶴がいつも縫物をしている日当たりのいい部屋へと向かう。
今日のように湿った寒い日でも、その部屋はよく陽がさしてあたたかい。
頼んでいたのは隊務で使う敷布と旗のほつれだ。
「千鶴」
声をかけると、千鶴は気づき、縫っていた布を横に置くと立ち上がる。
「斎藤さん、敷布ですよね」
「ああ、ありがとう。すまなかったな」
部屋の隅には、千鶴が他の皆から頼まれ繕い終わった着物や布がおかれている。「えーっとどこに置いたかな……」千鶴が斎藤の頼まれ物を探している間、斎藤はふと畳に置かれた布に目をやった。先ほどまで千鶴が縫っていたものだ。
手に取り広げてみる。
「……袢纏(はんてん)を作っているのか」
そういえばこの布はどこかで見たことがあると思っていたが、先日の蔵の大掃除で大量に出てきた反物の一つだと斎藤は思い当たった。特に使うあてもなく積まれたままで、使いたい者は自由に使っていいとなっていたはずだ。
千鶴は振り向いて斎藤が手に持っているものを見ると、ギクリとしたようだ。
「え?あ……!は、はい」
「総司のか」
「は……え!え?!どっどうして……!いえ、ち、ちが……!!ちがわ、ない……です、けど……どうして……」
千鶴はなぜか真っ赤になって動揺している。
なにかまずいことでも言っただろうか、と斎藤は首を傾げた。
「大きさからわかる。左之や新八には幅が短いし、平助や俺には身ごろが長い。副長は袢纏を着ないしな」
「……」
千鶴はさらに真っ赤になってうつむいてしまった。
「あいつは冬でも薄着でよく風邪をひいている。こういった羽織るものがあれば助かるだろう」
斎藤がうなずくと、千鶴はパッと顔を上げた。
相変わらず顔は赤いままだ。どこか体の具合でも悪いのだろうか。
「あの、助かりますか?その……喜んでもらえるでしょうか」
斎藤はさらに首を傾げた。
言っている意味がよくわからない。
「喜ぶにきまっているだろう。物をもらって怒り出す人間はあまりいない」
斎藤がそういうと、千鶴は嬉しそうにほほ笑んだ。
よくわからないが、嬉しいらしい。
「それで敷布だが……」
「あ!そうでした。これですよね」
そう言って手渡された敷布と旗は、丁寧にほつれが繕われていた。
「ああ、ありがとう、すまなかったな」
それをもって立ち去ろうとした斎藤は、ふと足を止めた。
「その袢纏ももうほぼできているな。ついでだ、総司にもっていってやろう」
「え、ええーーーー!!いえ!そ、それは……その、別に頼まれたわけじゃなくて私が勝手に……その勝手に……渡すつもりはなくて、そんな……こ、心の準備がまだ……」
「心の準備?」
とはなんだ?
「こころ…こっこ、ころも、です。衣の準備がまだできてなくて…!つまり仕上げが!まだ!の、残ってるので!」
「なるほど」
もう出来上がっているように見えるが、まあいい。
斎藤は小さくうなずくと会釈をして立ち去った。
数日後、お団子買ってきたからあの子と一緒に食べようよと総司に言われ、斎藤は連れだってこの部屋にまたやってきた。
お茶を淹れて庭に面した縁側で団子を食べる。
「おいしいですね!ありがとうございます」
「どういたしまして」
「沖田さん、甘いものが好きなんですか?」
「ん?うーん……どうだろう。僕、甘いもの好きなのかな?」
問われて斎藤は答える。
「特に好きではないだろう。というよりあんたはそもそも食に対してあまり興味がないように見えるが。酒は別として」
「そうだね、確かに一人じゃあんまり食べないなあ」
「そうなんですか?」
「うん」
「でも近藤さんから金平糖をいただいたときは嬉しそうに食べてませんでしたか?」
「それは近藤さんがくれたからでしょ」
千鶴と総司が話している間に茶をすすっていた斎藤は、ふと部屋の隅にある布に目を止めた。
見覚えがある。
きちんとたたまれたそれは、千鶴が作っていた例の総司の袢纏だ。
千鶴、総司の袢纏はできたのか
そう言おうとして斎藤は口を開けたが、総司と話している千鶴の顔を見て口を閉じた。
なぜか言うのは野暮というか、言わない方がいい気がしたのだ。
自分でもよくわからなくて、斎藤は首を傾げ、もう一口茶を飲んだ。