冬至 2
三年目 冬 土方歳三
島原イベント
土方が、二階にある自分たちの宴会の部屋へ行こうと角屋の狭い階段を昇っていると、後ろから総司と千鶴の会話が聞こえてきた。
「……沖田さん、さっきの芸者さん、いいんですか?」
女ならではの裏に一含みありそうな問い。
まだまだ子供だと思っていた千鶴が、いつの間にかすっかり『女』になっていることに、土方は内心驚いていた。
まあ、土方が知っている本物の『女』達から見れば、まだまだかわいいものではあるが。
しかし、総司は何も気づいていないようで「ん?」と一段上に上っていた千鶴を見上げている。
「いいよ別に。今日は君が主役なんでしょ」
「沖田さんだって主役です。あちらがいいなら行った方がいいと思います」
いつもの千鶴らしくない言い方に、総司は目をぱちくりさせている。土方は一番先に階段をのぼりながら、ハラハラしていた。
話を変えなくては。
何も気づいていない総司に、今の千鶴は危険すぎる。
「ああー…ゴホン。それにしても千鶴!今回はお手柄だったな!」
少しカラ元気のような声になったか、と思いつつも土方は明るく言った。
「……私は何もしてないです。沖田さんに文を書いただけで……。一番のお手柄は沖田さんじゃないでしょうか」
「ああ、そういえば」
総司はふと思い出したように、千鶴を見る。
「なんで僕に文を出したの?」
「え?」
「なんで?」
なんでっておめえ、そんなことぐれえわかんだろ!!!
心の奥で叫びながら、土方は自分達の部屋のふすまを開けようとしてためらった。
何か、今、いいところのような気がする。
このまま自然な形であいつらを二人きりにできればいいんだが、このふすまを開けちまえば、一気になかから出来上がったやつらの声がかかって終えだろう。そうだ!俺がこのまま厠に行くってのはどうだ?
土方はふすまにかけていた手を外した。
「おれあ、ちょっと厠に……」
土方がそう言いかけたのと同時に、中からふすまが開いて近藤が顔を出した。
「お!そこにいたのか、総司!雪村君!主役二人がいなけりゃもりあがらんだろう。ほら、さっさとあがれ!ほれ、トシも」
全く間が悪い……と思いながら、土方があきらめて中に入ろうとした。
そのとき、さらに間が悪いことに先ほど一階で総司に絡みついていた芸者が階段をあがってきたではないか。
「あら、沖田さん」
近藤が目ざとく芸者の様子に気づく。
「おや、総司の馴染みかい?よければうちの宴会に来るかね?今日はにぎやかにぱーっとやりたくてな。金は弾むぞ」
「まあ、うれしい!!!」
あちゃ〜……
という土方には気づかず、近藤は芸者を連れ、総司も呼んで部屋の中に入って行ってしまった。
「ほら、酌をしてもらえ。お前専属でいいぞ!総司も今日はがんばったからなあ!」
「近藤さん、僕には馴染みなんていませんよ」
「何!それはいかんぞ。こういう店になじみがいなけりゃ遊びにこれんだろうが」
「別に遊びに何てこないから、別に……」
「もっと来てくださいよお〜!あたしの旦那さんになってもらえたらとーっても大事にします!」
「いい話じゃないか!どうだ総司、お前新選組から給金をもらっても全く使ってないだろう……」
残されたのは千鶴と土方。
どうフォローしようかと土方が言葉を探していると、千鶴はそのまま何も言わずに部屋へ入って行ってしまった。
そこからは散々だった。
土方が見たところ、たぶん気づいている者は左之と平助。
斎藤はいつもの無表情、新八はいつものバカ騒ぎで、千鶴の様子に気づいているのかどうかわからない。
気づいていないのは、近藤、そして総司。
明らかに暗い顔で、土方の盃に酒を注ごうとした千鶴に、土方は囁いた。
「……いいのか。俺が言って変えてやってもいいんだぞ」
総司の酌と土方の酌を、だ。
千鶴は一瞬驚いた顔をしたが、土方の表情に真剣な思いやりを見て静かに首を横に振った。
「沖田さんも……楽しそうですし」
土方は舌打ちをした。
「あいつは近藤さんと飲めんならなんでも楽しいんだよ」
千鶴は、近藤と何事かを話して珍しく素直に笑い声をあげている総司を見た。
「楽しいなら……沖田さんが楽しいなら、よかったです」
そう言って、うつむいて寂し気にほほ笑む千鶴。
土方はいじらしさに胸がつまった。
反対側に座っていた左之と平助にもこの会話が聞こえてしまったようで、二人ともこみ上げる感情をこらえながら、平助はぎゅっと下唇をかみ、左之はぐいっと杯を空ける。
そんな4人をしり目に、近藤の言った冗談に例の芸者がきゃーっと嬌声をあげて笑う。
千鶴のほほ笑んだ唇が小さく震えるのを見て、土方はがまんならんと声をあげた。
「おい、総司!いい加減にしろ!」
土方の怒号に、宴会場は一瞬静まり返った。
総司と近藤がキョトンとして土方を見ている。
「どうしたんですか?土方さん」
「なんだ?トシ」
まったくわかっていない二人に、今度は脇から援護射撃だ。
「土方さんの言うとおりだよ、総司!おまえ気遣いなさすぎ!」
平助に、左之も続く。
「俺もそう思うぜ。千鶴の前で他の芸者といちゃいちゃするとか、男としてなってねえだろ」
「はあ?」
酔いが回ってきているのか、トロンとした緑の瞳を見開いて、総司は首を傾げる。隣の近藤は、千鶴の顔と総司、そして総司の隣の芸者をそれぞれ見比べて、何事か気づいたようだ。
「ははあ……なるほど……」
そしてもう一度総司を見て、うんうんとうなずく。
「なるほどなるほど。それは俺が気づかなくて悪かった!ほら、総司も謝れ」
「ええ?なんで僕が千鶴ちゃんにあやまるんですか?」
訳が分からない様子の総司に、近藤は強引にかぶせた。
「いいんだよ。とにかく、ほら!」
「そうだよ総司、千鶴に謝れって」
「それが最低限の誠意だな」
斎藤は静かに酒を飲み続け、新八は「え?え?何?何が起きてんの?」とキョロキョロしている。
いつまでたっても謝らない総司に、土方が代わりに千鶴に詫びた。
「すまねえな。あいつはまだガキでよ」
千鶴は、皆が自分の気持ちを知っていることにここで初めて知り、真っ赤になってうつむいていた。土方の声に顔をあげると、小さく首を横に振る。「い、いいんです、そんな……」
「なんで僕が悪者になってるわけ?君を庇って悪者を倒したのは僕だよね?」
総司がぶちぶちと愚痴っているのはその後は放置で、皆で千鶴を慰めながら酒を飲んだ。