冬至

三年目 冬 土方歳三
島原イベント







「迷惑をかけた」
土方がそう言って金子とともに頭を下げると、角屋の主人は慌てて両手を振った。
「いいんですよ、そんなの!お客さんには迷惑はありませんでしたし」
女将も言う。
「そうですよ。芸者をかばって悪人を懲らしめたってんでここらの芸妓は皆きゃあきゃあ言ってます。迷惑どころかうらやましいって!しかも新選組の方はあの有名な一番組組長の沖田さんってんでねえ、もうそりゃあたいへんな騒ぎですよ」
土方は苦笑いした。
あいつも派手な立ち回りをしやがって。
屯所に戻らせてからこってり絞ったが、まあ懲りてねえだろうな。結局説教の後こうやって皆で今回の件が成功した祝いに来ちまったしなあ。
「こんな金子よりもね、これからも新選組の方にはごひいきにしてもらった方がうちも嬉しいんですよ。特に沖田さんなんてめったに遊びにいらしてくださらないから」
結構な年のはずの女将だが、さすが水商売、すねた素振りがなまめかしい。
「いやあ、総司はなあ……あんまり芸者遊びはしねえんだ、悪いな」
残念そうな角屋の主人と女将にもう一度会釈して、土方は宴席に戻ろうと廊下に出た。
二階では新選組の面々が今日の島原での捕り物と千鶴の潜入捜査の成功を祝って宴会を開いているのだ。

「ん?」
階段の向こう側を歩いている芸者を見て土方は声をかけた。
「千鶴じゃねえか?なにしてんだこんなとこで。お前は今日の宴会の主役だろう」
振り向いたのは美しく着飾った芸者姿の千鶴だ。
娘らしい赤い華やかな着物に結い上げた髪が大人っぽい。しゃらん…というかすかな音とともに大きな簪がゆれて、土方はガラにもなくどきりとした。しかし千鶴は自分のそんな『女』としての力なぞ全く気付いていないらしく、普段通りに土方に答える。
「土方さん。あの、沖田さんが厠に行くって部屋を出てなかなか戻ってこないので体調がやっぱりあまりよくないのかなって心配になって探しに来たんです。私が手紙で沖田さんを呼んじゃって、あんな斬りあいになっちゃったんで……」
「ああ……」
確かにあいつは、最近は熱がなかなかさがらなかったり変な咳をしていたりしているが、今日は朝から体調がよさそうだったな。 だが、大立ち回りをしたすぐ後だ。
「厠か。ちょっと俺が見に行って……」
言いかけた土方の声は、きゃーっという女の黄色い笑い声にかき消された。二人は振り向く。
「あ……」
「総司じゃねえか」
廊下の反対側で立っているのは、探し人の総司だった。狭い廊下では背の高い総司は目立つ。隣に立っている着飾った芸者が腕をからめて引き留めているようだ。
「文を出してもつれなくて、全然顔もだしてくださらないんですから、今日ぐらいは寄ってくださいな」
「いや、だからさ、今日は遊びに来たわけじゃなくて隊のみんなできたんだよ。みんなが上で待ってるから……」
「そんなの、一言こちらに流れるって言えば大丈夫ですよ。なんならこの禿に伝言を頼みますから。ね?こっちに……」
「まあ、そういうわけにもいかないでしょ」

芸者が必死に誘っているにもかかわらず、総司は相変わらずのらりくらりとかわしている。
土方は苦笑いをした。
「あーあ、あいつもつかまっちまってんなあ。あんだけ派手にやりゃあそりゃあ女はだまってねえよ。あいつもたまには息抜きしてえだろうし、先に上に戻っとくか?」
そういって千鶴の顔をみた土方は、ぎょっとして背筋を伸ばした。

千鶴から得体のしれない黒いオーラがにじみ出ている。

「ち、ちづ……」
千鶴の大きな瞳がじっとみている視線の先は、いちゃついている(ようにみえる)総司と芸者だ。
これは説明を受けなくてもヤバい場面だと土方にはわかった。

ど、どういうことだ?
千鶴とあいつは相愛だったのか!?いつの間に????
っていうか、総司!おまえやばいぞ!?

こういう場所で遊ぶ男の習いとして、土方は、総司が新選組の体面をたもちつつ空気も悪くさせずにやんわりと断っているのがわかる。
が、千鶴にはわからないだろう。総司が芸者とイチャイチャしているように見えるに違いない。
「総司!」
土方は思わず大声で叫んだ。
廊下の先にいた総司は、顔をあげてこちらを見た。そして土方と千鶴が立っているのに気が付くと、絡みついていた芸者に軽く手を振ってこちらにやってくる。
土方に呼ばれて総司が『助かった』という顔をしたのに土方は気が付いたが、今隣にいるこの状態の千鶴にはわかっていないだろう。
いつもは静かで控えめな千鶴だからこそ、余計に恐ろしい。土方はのんきに笑ってこっちに来る総司にいらだった。

もう少し後ろめたそうな顔でもしろってんだよ!

「何やってんだお前!今日の宴会は千鶴の潜入捜査の成功のお祝いだろうが。主役を楽しませるのがお前の役目だろ!」
必要以上に厳しい言い方をしてしまったが、総司には当然ながら土方の考えなど知る由もなく、驚いたように瞬きをした。
「え?ああ……ごめんね、千鶴ちゃん。あの芸者につかまっちゃってさ」
「……いえ、別に……」
ふっと目をそらした千鶴が怖い。土方はハラハラした。
と同時に、二人の関係にもなんとなく察しがつく。
そして、意味もなく総司にいらだった。

人の気配や機微には敏いが、自分のこととなると、しかも色恋となるとてんで駄目だな、こいつは。
ったく!今だってもっと何か……もっと何か気の利いたこと言えねえのか、てめえは!

という土方のイライラした視線に気づいたのか、総司はもう一度千鶴を見た。
「ん?何か怒ってる?せっかくのかわいい恰好が台無しだよ?」
そう言って、総司はつんと千鶴の頬をついた。
「……怒ってなんか、いません」
相変わらず視線は逸らしたままだが、千鶴の頬がほんのりと染まるのを土方は見た。
ほっと安堵の溜息をついて、「部屋に戻るか」と土方は二人に声をかける。

機嫌がなおったのか、千鶴は土方を見てにっこりとほほ笑んだ。
きれいに化粧をした女姿のその笑顔は、土方でも一瞬ぽうっとなるほどだ。
しかし総司は「馬子にも衣装ってこのことだったんだね〜」などとまたまた土方をハラハラさせるような発言をして千鶴をからかいながら、宴会をしている部屋にへと歩いていった。