霜降
三年目 秋 原田佐之助
五月の健康診断で総司の労咳の告知があったその秋
ジャッジャッという乾いた、どこか心地いい音を聞きながら左之は高い空を見上げていた。
「あーいーい天気だなあー」
「今日はあったかいですよね」
ジャッっとひときわ大きな音で植え込みの下から大量の枯葉を掻きだしながら、千鶴が答える。そのまま竹ぼうきを持って反対側の大きなブナの木の下へ行き、新たな枯葉をはく。
左之はそんな千鶴の姿を、屯所の縁側にすわりながらぼんやりと眺めていた。
チビでガリのイメージしかなかったが、こうやってみるとそれなりに背も伸びたなあ。柳腰とまではいかねえが十分娘らしくなってんじゃねえか?そういえばあいついくつだ?
「おい、千鶴!」
「はい?」
「おまえ、いくになった」
唐突な質問に、千鶴は一瞬首をかしげたが「十七です」と答える。
十七か……おいおいもう普通は嫁に行ってる年じゃねえか。
左之は急に罪悪感のようなものに襲われた。何も左之一人が千鶴を閉じ込めているわけではないのだが、花の盛りをこんな男所帯に閉じ込められて、男の振りをさせられて、あまりにも哀れだ。女らしい装いも、女らしい楽しみも趣味も、ここでは何もできないだろうに。
「おまえ……」
このままでいいのか?何かしたことはないか?
できないことはわかっているのに、左之は思わず言いかけて、そして驚いた。
千鶴の顔がパッと晴れやかな笑顔になったからだ。
「?」
左之が千鶴の視線を追うと、庭の向こうから背の高い男がやってくるのが見えた。
「ありゃあ……」
左之が目を凝らす。
総司か?
そして千鶴を見る。
ああ……
そうか、とさとるものがあった。頬がほんのり染まっているのは秋先の空気が冷たいからだけじゃない。目がうるんでいるように見えるのも左之の気のせいではないだろう。
「千鶴ちゃん、そういうのなんていうか知ってる?」
来るなり総司は千鶴の脚元の散らばった枯葉を指さした。そして千鶴の答えを待たずに言う。
「徒労っていうんだよ。はいてもはいても落ちてくるのによくやるね」
そういって左之の横に座る。千鶴はむくれて、それでも落ち葉掃きを続けていた。
「左之さん、休憩ですか?」
のんきな顔で話しかけてくる総司を、左之はまじまじと眺めた。
「?なんですか?何かついてます?」
総司は怪訝な顔をする。
「……いや、お前いつのまに……というか、どうしておまえなんだ?」
「何の話ですか?」
「……」
左之はさらにまじまじと総司を見た。こいつ、気づいていねえのか?いつもいやに鋭いくせに……いや、まさかなあ。
「千鶴だよ、お前が来た途端嬉しそうにしやがって。お前に惚れてるんじゃねえのか?」
総司はハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
そして笑う。
「嫌だなあ左之さん、何言ってるんですか。あの子が嬉しそうにしたのはコレですよ」
総司はそういうと、懐から何かをガサガサっと取り出した。そして立ち上がる。
「千鶴ちゃん!ほら、せっかくそれだけ集めたんだから、これで有効利用でもしたら?」
大きなサツマイモを持ちながら、総司は千鶴のそばに行った。ふくれていた千鶴は、近づいてきた総司を見て再び嬉しそうな笑顔になる。そして懐にあるサツマイモを見てさらに嬉しそうな表情になった。
枯葉を山にしながら総司が左之に振り向き、『ね?』というような表情をして見せる。
左之は苦笑いをしながら同意をするように手を振った。
ありゃあマジで気づいてねえんだな……まあおれも気づいたのは今日ようやくだから千鶴の奴がうまく隠してるのかもしれねえが。
しかし、季節は巡る。
桜が咲いて若葉が芽吹き、入道雲に紅葉に淡雪。毎年同じで毎年違う。
ガキだと思っていた総司がいっちょまえの『男』に、同じく哀れなガキだと思っていた千鶴もちゃんと『女』になるのだ。
いや、総司はまだガキのままか。と左之はほほ笑んだ。
庭では二人が、強い風にあおられて一斉に宙を舞う枯葉を見上げて楽しそうに笑っていた。