小寒
五年目 冬 原田左之助
薫たちに総司が撃たれ、大阪城で療養。その後鳥羽伏見の戦いで負けた新選組と大阪城で合流したころのお話。
ふわりと白いものが舞って、左之は空を見上げた。
吸い込まれそうなほど暗い夜の空。どこから落ちてくるのかちらほらと雪が北風に吹かれて、あちらこちらへと踊りながら落ちてきている。
「さみーはずだぜ……」
左之は腕を組むようにして、ぶるっと体を震わせた。そして廊下の向こうから歩いてくる小さな人影に気づく。
相手も気づいたようで、ぺこりと頭を下げた。
「よっ。寒いな」
「雪が降ってきちゃいましたね」
千鶴も首を傾げてにっこりほほ笑む。
左之は千鶴が手に持っているお盆を見てふと口をつぐんだ。千鶴が持っていた丸盆には水と薬包、包帯がのっていた。
この先には総司が寝ている部屋がある。
「……江戸についていくんだってな」
療養のために新選組と別行動をとる総司に千鶴はついていくと、土方から聞いた。
千鶴はこくりとうなずいた。
「あいつは……」
言いかけて左之は口を止めた。千鶴を傷つける言葉かもしれねえが言っておいてやった方が親切だろう。
「あいつはお前の気持ちにこたえちゃくれねえかもしれねえぞ」
泣くかと思いながら言った言葉だったが、意外にも千鶴は小さくうなずいただけだった。
「おまえ…それでいいのか。その……」
新選組から、総司から、今の千鶴なら離れられる。土方も近藤も、千鶴は誰か信頼できる人物に預けて京に置いて行こうかと話していた。娘盛りをなにもこんな男たちと過ごすこともないだろうと。
「いいんです」
千鶴はにっこりとほほ笑んだ。
左之は苦いものが3割ほど混じった微笑みを浮かべると、くしゃっと千鶴の髪をかきまぜる。バカな選択だとは思うがその真っ直ぐさが千鶴らしい。
「まーったく!こんないい子に思われてあいつは幸せもんだな」
『あいつ』の名前は口に出さなくても当然わかっている。
『あいつ』は自分が手にしているもんの大事さに気づいてもいないだろう。
いつも前ばかり見て近藤さんの後ばっかり追っかけて……いや、気づいてるのか?
左之はふと首を傾げた。
気づいていて応えてやらないのかもしれねえな。あいつはああ見えて性根はくそまじめなところもあるし。
そんなことを考えていた左之は、ふと千鶴を見てぎょっとした。
千鶴の大きな瞳からはぽろぽろと涙がこぼれている。
「なんだ?どうした。何か悪いこと言ったか?」
泣くなら先ほどの『あいつはお前の気持ちにこたえちゃくれねえかもしれねえぞ』の言葉かと思っていたが。
千鶴は首を横に振った。
「わたし、いい子なんかじゃないです。だって嬉しくて……喜んでるんです」
千鶴はそういうと涙を拭いて、左之を安心させるためか笑った。泣き笑いのような表情になる千鶴を、左之は驚いたまま見ていた。
「かばってもらって、隊命で堂々とそばにいることができて、私、とても嬉しくて。沖田さんはそのせいで命が危ないかもしれないのに。近藤さんだって新選組のみなさんだって大変な時なのに、とっても嬉しくて幸せなんです、私」
千鶴はくしゃっと笑って左之を見上げた。
泣き笑いと苦笑いのまじったような顔。これまで左之がみたことのない表情。
「沖田さんの方が、こんな私にそばにいられて迷惑なんじゃないかって思います。実際そんなようなことも言われたこともあるし…」
それでも、私は傍にいます。
ガキだ、子どもだと思っていた千鶴は、いつまにか『女』になっていた。
きっぱりとした意志のこもったまなざし。
雪を含んだ冷たい風に揺れる黒髪。
左之はそれを初めて見る女性のように見つめた。
俺が口を出す筋合いじゃねえが、総司もこいつも、なんとかうまく幸せになれるといい。
試衛館の時代から総司を知っている左之は、そう思った。
親から捨てられ誰からも顧みず、自分の力で生きてきた総司。
思うようにならない人生を、それでもギリギリで投げずに必死に抗っている。
千鶴も同じだ。
新選組に軟禁され誰も助けてくれる人がいない中で、自分で生きる道を切り開いてきた。
そして今、初めて自ら自分の道を選んだのだ。
多分ここで、左之たちと道は分かれるだろうという予感が左之にはあった。
でもそれでいい。
ここで出会えて千鶴があいつに惚れたのも何かの縁だ。
少し寂しいが、こいつらはこれからは二人で同じ道を歩くんだ。
総司は振り向かねえかもしれねえが、千鶴はあきらめずに引っ付いてくだろ。
今の新選組の状況や総司の怪我と病じゃあ、幸せになれそうな道筋は俺にはみつけられねぇ。
それでも千鶴のこの強い思いが、きっと道を拓けてくれるんじゃねえかと信じたくなる。
これまでみたいに前に近藤さんや土方さんは歩いちゃいてくれねえ、総司と二人で切り拓いていく二人の道を。
左之は無言で、空から舞い落ちてくる雪を見上げた。
【終】
お付き合いいただきありがとうございました!