冬至

四年目 冬 沖田総司
近藤さんが撃たれ、薩摩藩士を殺しに総司が屯所を抜け出した夜





驚くほどよく見えた。
月灯りはあるけれど雲が多い夜なのに、辻の向こう側、かなり遠くにいる奴らの首筋から胴体にかけての急所が、そこだけがくっきりと目に入ってくる。
体も軽い。
まるで滑るようにそいつらに近づくと、総司は一言もなく抜刀し、斬りつけた。
1、2、……4人か。
首筋から血を吹き出し、ゆっくりと倒れるそいつの恐怖に歪んだ唇が見える。すぐに視線を巡らすと、右側にいる薩摩藩士が剣を抜こうとしているところだった。
見開かれた目の瞳孔の動き、柄にかけた腕の筋肉の一本一本までくっきりと見える。
一歩踏み出して視線と殺気だけで威嚇すると、そいつは「ひ、ひいっ!」と叫び声をあげて剣を取り落した。その隙に後ろから斬りつけてきた剣を体を反るように起こして避け、空振りをした相手の背中を一突き。
すぐに引き抜くと、血を払う間もなく先ほど剣を取り落した相手の首へと斬りつけた。
「ひあああああああっ!」
みじめな泣き声がそいつの最後の言葉だった。
そして最後の一人。
こいつは結構使えそうだな、と総司はふと楽しそうな顔をした。
あまりにもあっけなく死なれてもつまらない。

今の僕は最強だからね。
羅刹になったって言われても熱が出なくなって普通に生活できるようになったぐらいにしか思わなかったけど、これは確かにすごいかな。

頭の中での動きのイメージとぴったりの動きができる。
総司が健康だったころ、心も充実し鍛錬も厳しく積み重ね日々鍛え上げていた一時に感じていたイメージ。動きたい速さと方向、キレ、強さすべてが、自分の実際の動きとぴたりと合う。それが今だ。
おまけに、五感が鋭くなった。
ふとした匂い、風の動き、小さなささやき声、敵の表情や目の動きから、全てがわかるのだ。
今の総司ならどんな達人からでも隙をみつけることができるだろう。

――ほら、そこだ!

恐怖に耐えきれず打ちかかってきた刃先を避けて、総司は胴を一斬りした。
血しぶきが派手にあがって総司の頬と隊服に飛び散る。
相手は一声もあげずに崩れ落ちた。

総司は剣を振って血を飛ばし、懐紙を取り出して刀の血を拭いた。
薩摩藩士はもうひとかたまりいるのだ。あの辻のさらに向こう。先ほどちらりと見えた。ああやって屯所の周りをうろちょろし、近藤が出かける時に後をつけるのだろう。
総司がそちらを見ると路地に影が動くのが見えた。

いた。

さらに、キラリと何かが月の灯りに反射した。
銃だ!
もしかしたらあいつらが、近藤さんを撃ったやつらかもしれない。いやたぶんそうだ。
総司の頭に血がのぼる。体中の血が沸き立つように感じ、筋肉が躍動するのを感じる。

殺してやる。
一人残らず。

肉を断つ感触に手がうずく。月夜に飛び散る血しぶきを見たい。それを見ればこのたけり狂った血も落ち着くだろう。
全身が泡立つような感覚を抑えきれずに総司はごくりと唾をのんで一歩踏み出した。

「沖田さん!」

突然の声に、総司の血の酔いは一瞬現実に引き戻された。
千鶴だ。
「……何しに来たの」
どうせうるさいことを言って止めに来たんだろう。今は構っている暇はない。
総司が再び薩摩藩士の方へ向かおうとしたとき、今度は千鶴は総司の前に立ちふさがった。
「沖田さんを止めに来たんです」
総司は呆れて小さく笑った。戦闘の余韻で、笑うと言うよりは歪んだと言った方が良いような表情だったが。
「……僕を?君が?」
小さな犬でも足元にまとわりつかれるのは邪魔だ。総司は心の中で舌打ちをした。千鶴は今の総司の戦闘が私闘だとか、まっすぐに信じた道を歩いてほしいとかわけのわからないことを言って総司の時間を浪費する。
こうしてる間にもあの銃を持った薩摩藩士が逃げてしまうのではないかと総司はイライラした。

「……君が何を言ってるのか、よくわからないよ」
何を言いたいのかわからない。君が僕を止められないのは明らかなんだから早くどいてくれないかな。
「自分を見失わないでください。本当に沖田さんの仕事は、感情に任せて剣をふるうことなんですか?」
違うに決まってる。
そんなことは言われなくてもわかってる。
これは新選組の一番組組長の仕事ではない。でも新選組の剣――沖田総司のやり方だ。
僕の大事なのは近藤さんで、その近藤さんを傷つけたのはあいつらだ。報いを受けるのは当然だ。こんなところで、昔近藤さんにされたような『武士の生き方』や『志』、『人を斬る理由』を、新選組でもないこの子に説教されるほど馬鹿らしい時間の無駄はない。
総司はもうこの会話は終わらせようと、千鶴を見た。

「……ねえ、千鶴ちゃん。あんまり生意気な事ばかり言ってると、今日こそ君を殺しちゃうかもしれないよ?」

散々脅してきた総司だ。そして総司の中でもその言葉は本気だった。
これが僕の生き方だ。
近藤さんが悲しむのは知っている。新選組も困った立場になるのはわかる。だけど、近藤さんを傷つける奴は沖田総司に殺される、この事実だけが世間に広まれば僕はそれでいい。
武士とか志とか私闘とか感情に任せて剣をふるうとか。
そんなことはどうでもいいんだ。

千鶴はあきらかにピクリと身をすくませた。
総司の全身から立ち上る、血なまぐさい本物の殺気を感じたのだろう。
しかし彼女は総司から目をそらさなかった。

「私は、絶対にどきません」

下がりかけていた腕をさらにあげて、とうせんぼのように道をふさぐ。
その手が細かく震えているのが総司には見えた。

「どうしても行くつもりなら、私を殺してから行ってください!」

見つめ合う数十秒。
その間総司は、この高ぶった感情に任せてここで千鶴を斬り伏せることも考えた。いや、切り捨てずに腕で彼女の肩を押せば、それだけで彼女はよろけて道を開けるだろう。総司が彼女を置いて走り出したらもう追いつけまい。追い付くころにはもうあちらの辻の端にいる薩摩藩士をすべて斬り伏せられる。今の総司なら可能だ。
何かきついことを言ってひるませようかと総司は口を開き、そして気が付いた。

雲に隠れていた月が顔をだし、千鶴の恐怖にこわばった青い顔を照らす。
その顔の大きな瞳。
二つの大きな黒い瞳の中。
総司が映っている。
彼女の二つの瞳の中の総司が、こちらを見ている。

「……」
何故かわからないが、総司は言葉を失った。

この子は……この子は僕を見てる。
僕だけを。

真っ直ぐにずっと。
そうだ、前から。
総司を、総司だけを真ん中にして真っ直ぐに見ているのだ。



ふっと総司の中で張りつめていたものが切れた。
銃を持った薩摩藩士を追いたい気持ちは変わらない。だがここを動けない。
こんな小さなとうせんぼのせいで。

「君は……」
総司は千鶴から視線を外した。

負けだ。

「なんで君は、そこまでできるのかな。……変な子だよね、君って」



変な子だ。
何を考えているのかわからない。どうして僕にそんなに構うのか。どうして僕をそんなに気にするのか。

そして僕も変だ、と総司は剣を鞘に納めながら思った。
どうして彼女を捨て置いて薩摩藩士を殺しに行かなかったのか。

新選組の剣になれ、それが正しいことかなんて考えず近藤に害成すものをすべて斬れ――

山南にそう言われたのは何年前だろう?
近藤が期待するきれいな心なんてなく獣と同じなのが沖田総司で、それでいいと言われたのは。

なぜ今、僕は立ち止まったのか―――

総司はいくら考えてもわからない答えを、隣を歩く細い肩を見ながら考えていた。





【終】

長い間おつきあいいただいてありがとうございます!
ひととせがさね、とりあえず来週で終了です。
ありがとうございました!