立夏

四年目 夏 近藤勇
スイカと浴衣のイベント後ごろのお話。







パカン!ときれいな音がしてスイカが割れた。
「わあ!おいしそうですね!」
千鶴が歓声を上げると、出刃包丁を持っていた近藤が満足そうに笑った。
「そうだろう?一番おいしそうなやつを選んでもらったんだ」
「あっすいません。近藤さんにこんなことをさせてしまって……」千鶴が慌てて包丁を受け取る。

夏場、食欲をなくしている総司のためにと近藤がまたスイカをもってきてくれて、千鶴では力が足りずなかなか切れないのを見て代わってくれたのだ。
「あいつにもっていってくれるか?こんなものでも少しは慰めになればいいんだが」
「はい。前の時も食べてましたし」
近藤は千鶴を見ると顔をほころばせた。「前の時は浴衣を着ていたんだったな、総司も新鮮だっただろう。君もその方が涼しいだろうに、すまないな」
「いえ、そんな……しょうがないことだってわかってます」
「……」

近藤は、さらに西瓜を食べやすく切っている千鶴を見た。白く細いうなじ、繊細な指先。
拾ったときはまだ子供だったが、今となっては男装では隠し切れない女性らしさが漂っている。近藤はため息をついた。
「どうも……すまないな。総司といい、君といい……本来ならもっと違った人生があったのかもしれんのに私のせいで」
ふいに気弱になったのは、幕府で様々な要人と話し広い世界を知るようになったからかもしれんな。
武士の志、幕府への忠誠。
それは揺らがないが、時代がかわりつつあるのを近藤は肌身で感じていた。このまま徳川の世を続けることを愚直に正義と信じてすすむことで、自分についてきてくれる仲間たちを不幸にするのでは。
事実、総司は……
「近藤さん?」
千鶴の大きな目に覗き込まれて、近藤は小さく笑った。
「いや、総司は……総司を京に連れてこない方がよかったのではないかと思ってな。あのまま多摩に置いてきていたら、人斬りとよばれることもなかっただろうし、あんな病気にかかることもなかっただろう。あいつが俺を慕ってくれていることはわかっているのだが、俺がきちんと考えてやっていれば……」

総司には、近藤や土方が持っているような志がないのだ。
武士としての志をもって剣をふるってほしいと思っているが、そして総司にもそれは伝えたが。
近藤が見る限り、総司には人を切る大義は、『新選組のため』。それしかない。そんな心に、あの恐ろしいまでの剣の腕。人を殺すことへの迷いのなさ。その総司が、どうも昔から気をかけてやっていた無邪気な少年の総司にそぐわない気がするのだ。少年の時の総司のままでいてほしかったと思ってしまう。

「山南さんには、いい加減弟離れするようにと説教をうけたのだがな」
近藤はそう言って、頭を掻きながら苦笑いをする。
そうだ、総司ももう大人の男なのだ。ああいう生き方を望んでいるのなら俺が口を出すことではない……のだが。また弟離れできれいないということなのだろうな。

「いや、すまないな。長々と自分の悩みを話してしまった」
千鶴は首を横に振った。
「いいえ、近藤さんみたいなすごい人でもそんな風に悩むんだなって、なんだか少し安心しました」
その微笑みに、近藤は少し心配になる。
「何か悩みでもあるのかい?私にできることならなんとかするが」
「……私の、その……出自のせいで、新選組のみなさんが鬼から襲撃されているので……。私がこちらでお世話になっているせいでみなさんにご迷惑をおかけしているのがとてもつらいんです」
「何を言ってるんだ!迷惑だなんてそんなことはない。逆にこちらの都合で君を閉じ込めてしまっていて申し訳ないと思っているんだ。守るくらいはさせてくれ」
「でも……」
「自分のせいだなんて思わなくていいんだ。私たちはみんな自分の意志で君を守ってるんだよ」
「近藤さん……」

自分のせいだなんて思わなくていい。自分の意志で……

二人は顔を見合わせて、同じことに気が付いてぷっと吹き出した。
近藤が照れたように頭を掻く。
「いや、そうだな。私の悩みも、同じだ。自分のせいだなどと思わなくてもいいのか。総司の意志もあるのだしな」
千鶴もくすくす笑いながら、切り分けた西瓜をお盆の上にのせた。
「私も、閉じ込めてしまって申し訳ないなんて思わないでください。最初は怖かったんですけど、今はもう……」
なごんだ空気に、近藤は西瓜のきれっぱしをつまみながら聞いた。
「今はもう怖くないかい?」
「はい。怖いどころか、楽しいです。私、同じような年頃の人達と過ごしたことがあまりなかったので、寺子屋とかこういう感じなのかなって」
「同じ年頃の友人と過ごしたことがない?」
確か小太刀の道場に行っていたと言ってなかったか?それに彼女は読み書きそろばんは一通りできている。
「勉強は父が仕事の合間をぬって教えてくれました。本当は寺子屋に行きたかったんですが、母がいないので私がお客さんの相手とか患者さんの世話とか家のことをしなくてはいけなくて。小太刀の道場も、ただ習いに行くだけだったんです。でもそれがとても楽しくて、熱心に通っていました」
「そうだったのか……」
小さなころから近所の子どもたちのガキ大将として遊びまわり、道場でも同じような年齢の男たちと転がりまわりながら成長した近藤には、千鶴の環境が想像もつかなかった。
「じゃあ、友達はいなかったのか?」
千鶴は少し考えるようにして視線をさまよわせる。
「そう……ですね。同じくらいの、定期的に会うような友達はいなかったです」
「兄弟もいないのだろう?」
「はい」
「じゃあ一人で家のことを……」
言いかけて近藤は気づいた。そうだ、それは総司も同じだ。
近藤の家に来るまではそれなりに普通の子どもとして育っていたらしいが、試衛館に来てからは友達と遊んでいるような暇はなく、下働きをさせられ空いた時間は剣の稽古を自主的にしていた。
同じくらいの年の子どもはおらず、皆年上の荒っぽい男ばかり。

近藤は、初めて見るような眼で千鶴を見た。
こんなに小さく華奢で、吹けば飛んでしまいそうなこの子が……
長い間のさみしさに耐えていたんだなあ。
彼女は総司のことを気にかけてくれているようだし、同じような孤独な境遇なのがどこか心に触れたのかもしれんな。

「そうか。ここは……ここは、あまり自由は無いし君にとっても年上の男ばかりだが、気のいいやつらだ。君がすこしでも楽しんでくれているのなら、それは私も本当にうれしいよ」

千鶴は笑顔で近藤を見上げる。
「たぶん、近藤さんのお人柄のおかげで、私もここで楽しく暮らせるようになったんだと思います。ありがとうござます」
お礼を言われて近藤の方が慌てる。
「いやいやいや、そうはいっても若い娘さんをこんなところに閉じ込めていることには変わらん。鬼とかいうやつらからは必ず守るし、お父上もさらにいっそうさがさねばならんな」
ふふっと近藤を見て笑った千鶴に、近藤も笑い返す。
「なんだい?」
「まえに沖田さんが言っていたことを思い出したんです。『大事に思ってもらうより、誰かを大事に思う方が幸せだ』って。その人が好きでその人の役に立ちたいって思える大事な人ができるといいねって言ってました。だから沖田さんは近藤さんの傍にいることができて、今とっても幸せなんだと思います」

総司がそんなことを……

その信頼に今の俺はきちんと応えられているだろうか。
近藤は新たに気が引き締まる思いだった。
迷いは薄れ、逆にもっと頑張らねばと腹の底から思いがこみ上げる。

「いや、総司をなぐさめようと来たのに、逆に私が慰められてしまったな」

そうだ、大きくなった新選組に昔からの仲間。
総司に千鶴。
近藤の背中には今やたくさんのものが乗っているのだ。迷っている暇はない
過たず道を行けるよう、改めて努力しなくては。
近藤が誠の道を行けば、後をついてくる総司も同じ道をたどることになるのだ。
時代の流れが変わったとしても、変わらない誠もきっとあるはずなのだから。