小満1
四年目 初夏 雪村千鶴
千が屯所を訪ねてきて、千鶴は千たちと一緒に行くのを断ったその後のころのお話。
怒鳴り合う声が聞こえてきて、千鶴は思わず足を止めてしまった。
なんだろう?とその部屋を覗くと、中にいたのは土方と総司だ。
「こんな仕事、わざわざてめえが起き上がってやることじゃねえだろ!ほかのやつらに任せてお前は寝てろ!」
「もう熱は下がったって言ってるじゃないですか。何度も言わせないで下さいよ」
総司のうんざりした声と土方の怒鳴り声。
「前もそうやってまた熱が上がったんじゃねえか。今日一日は寝てた方がいいって言われてんだろ?」
どうやらなかなかすっきりと本調子にならない総司を心配して、土方がしかりつけているらしい。総司の周りには他の組の活動の割り振りが書いてある紙が散らばっている。
言い合いをしたせいか、ゴホッと総司が咳き込むと土方は舌打ちをした。
「早く自分の部屋へ戻れ!これは左之に言ってやらせておく」
バサッと総司が手に持っていた紙をとりあげ、土方は散らばっている紙を集めだした。
「……ったく斎藤達が抜けてこの忙しいのに手間かけさせんな」
紙を取り上げられた総司は、悔しそうに唇をかみしめている。
千鶴は立ち去った方がいいのか仲裁に入った方がいいのかその場でオロオロとあたりを見渡した。
一度障子に手をかけたものの、千鶴が口を出すようなことではないのでは、とためらっているうちに、中から総司の声が再び聞こえてくる。
「……僕なんか眼中に無しって感じですか」
紙をまとめながら土方が総司を見る。「なんだそりゃ」
「新選組をどうするか、近藤さんをどうするか、土方さんの頭の中にはそれだけで、使えなくなったコマはもう用無しってことですよ」
千鶴はハッとして、障子の影から総司を見た。
土方も驚いたように総司に言う。
「……使えなくなったって、何言ってんだてめえは。単なる風邪だろ」
「だからこれぐらいできるって言ってるんです!単なる風邪ですから!」
総司の高ぶった声に引きずられたのか、土方も声を荒げた。
「ごちゃごちゃうるせえ!いいから寝てろ!!」
ドスの利いた本気の声だ。
「これは副長命令だ」
総司はぐっと言い返す言葉につかえた。そして自嘲するように笑うと、
「土方さんはいつもそうだ。おまえにはまだ早い、おまえには無理だって……聞き飽きましたよ!」
そう言い捨てて、勢いよく障子を開けた。
ちょうどそこにいた千鶴と鉢合わせになり、総司は驚いたような顔をする。
千鶴は、総司の表情を見て胸が痛んだ。
風邪じゃないのは自分が一番よくわかってる。思い通りにならない病状や、微熱のつづく重い体。通常の業務から置いていかれるような疎外感。
行き場のない思いが、総司の顔には溢れていた。
総司はそのままふいっと顔をそらすと、出て行ってしまった。
開け放した障子から、土方と目が合う。
「……みっともねえとこ見られちまったな」
「すいません。のぞき見みたいいになっちゃって……」
千鶴はおずおずと部屋に入ると、土方を手つだって散らばった紙を集めだした。
「いや、いいんだ。最近あいつと話すと毎回あんなんだよ」
あきらめたような苦笑い。千鶴は集めた紙を土方に渡す。
「……土方さんにだけ、あんなふうにできるんだと思います」
「俺にだけ?」
きょとんとした土方に、千鶴はうなずいた。
「あんな風に言う沖田さんって、私にはすごく珍しくて……きっと土方さんには素の自分をだせるんじゃないかなって。兄弟みたいな感じで」
土方は自嘲するように笑った。
「そんないいもんじゃねえよ。あいつにとっちゃ俺は目の上のタンコブだろ」
千鶴はそういいながらも総司の後始末をしている土方を見た。心配したのに反発されて、それでも後片付けまでしてあげている新選組の副長。
そしてそれを特に不満とも思っていない土方に、やっぱり総司は甘えているよねと千鶴は思う。
越えたくて、越えられなくて、でも本当は憧れてるんじゃないのかな。
「土方さんみたいに心配してくれる人がいるのがありがたいことだって、きっと沖田さんもいつか気づいてくれると思います」
土方と総司の当人同士がいくら喧嘩しようと、やっぱりはたから見れば仲のいい兄弟のようだ。深刻なことにはなるはずがないと安心していられる。
千鶴がほほ笑みながらそういうと、土方は紙を文机にまとめてふと手を止めた。
「あいつは……総司は、ガキのころからあんまり人に心を開く性質じゃなくてな」
そうだろうと思いながら千鶴はうなずいた。土方は続ける。
「人から気にかけてもらうのを嫌がるところがある。たぶんガキの頃に家を出されたこととか、道場のやつらに折檻されたことがかかわってるんだとは思うんだが」
千鶴の目が大きく見開かれたことに気づいて、土方はうなずいた。
「そうなんだ。俺が会ったころはもうそんなことはなかったんだがな。近藤さんの家に行ったばかりのことはひどかったらしい」
「……知らなかったです……」
あの総司が。
いつも余裕があってどこか冷めた目で全体を見ている彼が?
誰よりも強くて、でも誰よりも努力している。
「だからかどうかはわからねえが、あいつは自分を大事にしねえんだ。俺や近藤さんが心配して寝てろって言っても、見当違いに受け止めやがる。近藤さんはなんていい人なんだそんな人のためにもっと頑張らねえとってな」
土方は文机の向こう側に落ちていた最後の一枚を拾う。
「だから俺が寝てろって言ってもきかねえ。心配されてるとは思わねえんだ。わかるか?」
あっと千鶴はうなずくものがあった。
「私も……私も同じようなことを前に言われたことがあります」
風呂上りでぬれた髪のまま涼んでた総司の世話を焼いたときに、心底不思議そうに『どうして君が僕を心配するの?』って聞かれたっけ。
土方はあきらめたように小さく笑った。
「どうせさっき俺が寝てろって言ったこともまったく気にしちゃいねえだろ。今頃どこにいるんだか」
探しに行くか、と立ち上がった土方に、千鶴は言った。
「私、たぶんどこにいるかわかります。あの、行って部屋で寝てるように言ってきます」
「いいのか?」
はい、とうなずく千鶴に、土方は笑った。
「俺が言うよりはまだ効くかもしれねえな。じゃあ頼んだぞ」
「はい!」
千鶴が立ち去ろうとしたとき、土方に呼び止められた。
「はい?」
「………その、あいつは本当に安静にさせておきてえんだ。……よろしく頼む」
「……土方さん……」
二人はしばし見つめ合う。
千鶴は小さくうなずいた。
「はい…!」
土方さんは気づいてるのかもしれない。
気づいてて、新選組の今の状態や沖田さんの気持ちを考えて、黙ってるのかも……
千鶴は、総司を探しに走りながらそう思った。