春分

四年目 春 左之、斎藤、平助
昨年の十二月に島原イベント、年を越して三月に巡察中に薫と出会ったころのお話。





「ほらよ」
左之の声と共に、ぴらりと何かが総司の視界を遮った。
「文?」手に取ってみると、淡い桃色の飾り結びをした文だ。
ちょうど屯所の近くの桜も膨らみだしていて、今の季節にぴったりの色。
春らしくすっきりしない花曇りの午後、たまたま時間の空いた皆が何となく集まって刀の手入れをしている。

総司はその文をポイッと横に置くと、再び刀の手入れを始めた。すでに手入れを終えて暇そうに隣に寝転んでいた平助が、文を拾う。
「あーこれ、昨日島原でもらってたやつだろ。総司宛てだったんだ」
左之はどっかりと座ると、自分も持ってきた手入れ道具を広げた。
「お前もたまには遊びに行けよ。去年のあの千鶴の時の騒ぎで、角屋の女どもが総司と連れてこいってうるさくてよ」
「左之さんが相手してあげてくださいよ。僕は忙しいんで」
つれない総司の答えに、左之は「あ〜あ」と苦笑いだ。

「島原からの呼び出しで総司が飛んでくのは、千鶴からの文だけか」

どこか含みを持った左之の言葉に、平助と斎藤は顔を見合わせる。
昨年の千鶴の潜入の時は、総司は文が来たことを誰にも言わずに自分で島原まで行ったのだ。何故声をかけてくれなかったのかと疑問に思わないでもない。
「そういえばそうだな」
「なあ」
総司は吹き出した。
「何言ってるのさ、あれは仕事でしょ」
「それだけか?」
斎藤の無表情の聞き返しに、左之と平助は総司の表情を見た。さすがにここまで言われたら勘ぐられているのに気付くだろう……と思ったのだが。
「もちろん。他に何があるのさ?」
総司は心底不思議そうな顔だった。
三人は心の中でため息をつく。
この顔が本音なのか演技なのか、考えを読ませないことにかけては一枚上手の総司の内心は、ここにいる皆にはわからない。

「……では質問を変えよう。なぜ千鶴はお前を呼び出したのだと思うのだ?」
斎藤の質問に、総司は肩をすくめた。
「さあ?そんなのあの子に聞けばいいんじゃない?」
「俺が聞いているのは、『お前は』どう思うのか、ということだ」
ここまで聞かれたら、のらりくらりとかわすのがうまい総司と言えども、答えざるを得ないだろう。
「うーん……」
総司は刀の手入れが終わったのか、道具を片付けながら考えるように境内の裏庭を見た。そこは春を敏感に感じた雑草が芽吹き始めている。
平助も横から口をはさむ。
「以前、勝手場から千鶴が助けを呼んだ時も総司だったろ?千鶴ってよく総司を頼ってるよなって」
「僕が思うにね……」
総司がいたずらっぽく緑の瞳を輝かせてそう言い、皆は続きの言葉を待つ。
「餌付けの効果だと思うな」

「餌付け?」

驚く皆に、総司はうなずいた。
「そ。僕のお気に入りの場所で時々あの子と会うんだよ。で、その時持ってたお菓子をあげたりしたからじゃないかな。なつかれちゃったんだね」
「菓子……」
会話の流れは、三人が意図していたのとは180度違う方向に向かってしまった。
「金平糖の時が多かったかなー。近藤さんがいっつも僕にくれるから。あの場所、夏は涼しくて冬はあったかくて人目につかないし誰も来ないし、気に入ってたんだけどな」
平助が気を取り直して聞いた。
「そこで千鶴はなにをしてんだよ?」
総司は三人を見る。

「泣いてる」

「え?」「泣く?」驚く三人に、総司は軽くうなずいた。
「そう。迷惑なんだよねー、勝手にあの場所を泣く場所にしてるみたいでさ。せっかくくつろぎにいってるのに隣で泣かれてちゃくつろげないでしょ?だから金平糖をあげて泣き止ませるのが習いになっちゃって。だから僕になついてるんじゃないかな」
なんで僕がいっつもこんな役……とぶちぶち総司は言っている。
なるほど、皆が知らない総司と千鶴の二人だけの時間があったのかと、斎藤と平助は視線を交わらせた。
千鶴も気丈とはいえ来たばかりのころはまだ小さかった。親元を離れて不安だったり、屯所での生活がつらかったりしたこともあっただろう。
いまだって、女一人でこんなむさくるしいところに軟禁されているのだ。泣きたくなることもあるのかもしれない。
それをいつも総司がなぐさめているのなら(……なぐさめるなんてこの男にできるのか?)、そのせいで千鶴が総司になついているだろうとおもうことは不自然ではない。

千鶴には隠せていない恋心があるのはわかるが、総司の方は本当に気づいていないのかもしれないな……
と斎藤と平助が考えていた時。

左之だけは騙されなかった。
「ふーん」
と何事かを考えているような眼で総司を見る。
「その場所ってどこだ?」
左之に聞かれて、総司は「場所ですか?」と聞き返した。左之はうなずく。
「そう。そんなところで一人で泣いてるなんざ可哀想だろ?お前もなだめ役が面倒みたいだし、俺が変わってやるよ。場所を教えてくれたらちょくちょく見に行って、千鶴が泣いてたら俺がなぐさめといてやるから」
左之は総司の瞳を覗き込む。
「だから場所を教えろよ」

「……」
総司は左之の顔をしばらく見返す。
そして、手入れ道具を持つと立ち上がった。
「あの場所は僕の秘密の場所なんですよ。いくら左之さんといえども教えられないですね」
総司はそういうとにっこりとほほ笑み、その部屋を立ち去った。

「ほれみろ」
左之が呆れたようにつぶやく。
平助と斎藤は、また顔を見合わせた。