【Can't Help Falling
Love With You 8】
幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。
「君は、今幸せかい?」
「え……?」
突然の質問に、千鶴は驚いた。
「男装させられて、新選組の中で軟禁状態であることは聞いてるよ。最近は少し自由になってきているようだが、それでも窮屈なことにはかわりはないだろう?」
幸せか、と聞かれて、一番最初に千鶴の頭に浮かんだのは、沖田の顔だった。
その途端、顔が赤くなる。
そんな千鶴の顔を見て、男は何か察したようだ。
「君も年頃の娘だし、新選組の隊士たちもそうだしな。そういうこともあるかもしれないな。あそこの林からあからさまな殺気をだしている人は、君のその赤くなった顔の理由に関係しているのかい?」
千鶴は、驚いて目を見開き、顔を真っ赤にしたまま、口を開けてしまった。
沖田が潜んでいることも、この人は知ってたんだ……。しかも、何故私が特別に思ってる人かどうか、なんてことまで?
「ぷっ、あははは!君は顔にでるなあ」
男はひとしきり笑ったあと、言った。
「関係があるのかな、って思ったのはね、出してる殺気がとてもわかりやすかったんだ。隠れていることを隠してないくらいに牽制している。あんなに君のことを心配しているのは、普通の隊務としては少し変かな、と思っていたんでね」
何を言ったらいいのかわからなくて、真っ赤になっている千鶴を、その男は暖かい目でみつめ、それからふと目線をそらす。
「少し、歩かないかい?」
そう言って、立ち上がり、ゆっくりと林の方に近づきながら男は千鶴を振り返る。千鶴は、あわてて、手に持っていた変若水を袂に入れると、男の後を追った。男はそのまま、林の傍まで行き、静かに話し出した。
こんなに近いと沖田にも聞こえているんじゃないかと、千鶴は思いながらも何も言わずに男の話しに耳を傾ける。
「こんな話しを知っているかい?あるところにね、たいそう裕福な家があったんだ。そこの娘が凶悪な窃盗団にさらわれた。娘を人質に、身代金をせしめようとしたその窃盗団は、娘を自分達の拠点に監禁して、娘の家と交渉を始めた」
男は静かに続ける。
「娘は、大事な人質だから、そんなにひどい扱いを受けはしなかったようだが、それでも周りの男共は人を殺すことをなんとも思わない、殺人集団だ。神経を張り詰める日々が続いただろうね。まずいことに、交渉がなかなかうまくいかなくて、娘の監禁期間は少しづつ伸びて行った。そうして…。どうなったと思う…?」
千鶴は、何故この男が突然こんな話しをするのかわからなかったが、思ったことを口にした。
「結局、殺されてしまった……?」
「違う。娘はその窃盗団の一人に恋をしてしまったんだ」
慈しむような男の眼差しが、月明かりの下、千鶴を見つめた。
これは……、もしかして、私のことを話しているの……?でも私は別に人質というわけでは……。
「これは極限状態にある人間にはよくある心理状態でね。自分の生命を左右している相手に、無意識に生き残るために愛情を持つようになるんだよ。もとはといえばその相手が引き起こした状況の被害者なのに、ね。普通に考えたらありえないだろう?幸せな、愛情あふれる生活を奪ったのは、その窃盗団なのに、恨んで、憎むのが普通だろう?でも、命の危険、という究極の状態では、そういうことがあるんだ」
「しばらくした後、その窃盗団は捕まって、その娘も解放された。命の危険がなくなった娘と、犯罪者として捕まったその娘の恋人……。その娘はその後どうしたと思う?そのまま想い続けたと思うかい?」
「お、思います!わたし!わたしは……想い続けると……」
「うん、その娘もそう思ってたんだけどね。幸せな、命の危険のない環境にもどり、その男に会わなくなった途端……」
パチン、とその男は指を鳴らした。
「すっかり恋心はなくなってしまっていたんだ。男の方は想い続けていたようだけどね」
立ちすくんでいる千鶴を見つめて、男は続けた。
「その娘は、近くに住む他の男と結婚し、子どもを産んで幸せになったそうだよ」
「雪村君。我々は、その娘が安心して子どもを産んだような、そんな日本を作りたいと思って活動しているんだ。今ここで幸せではない娘がいるのなら、助けたいと心から思っている。怨嗟の声や、血の匂いがしない生活というのは、もちろんあるんだ。君が望むなら、薩摩藩で君を保護することもできる。京で住み込みの働き口を探し、藩が後ろ盾になってあげてもいい。しっかりとした青年を紹介して、気に入ったようなら夫婦になって、子どもを産み、けんかしたり笑いあったりして育てていく……、そんな生活をしたいとは思わないかい?」
何も言えないでいる千鶴に、その男は静かに続けた。
「今じゃなくてもいい。藩邸に来てくれれば保護するように、話しは通しておこう。考えておいてくれ」
そう言った男は、ぽんぽんと千鶴の頭を軽くたたいた。
「我々が綱道さんをさらったせいで、君の人生を大きく変えてしまった。罪滅ぼしにもならないかもしれないが、幸せになって欲しいと思っているんだ」
じゃあ、と言って、その男は来たときのように、静かに歩いて去って行く。
千鶴は、張り詰めていたものが、ぷつんと切れ、近くにあった大きな石に腰掛けるようによりかかり、大きくため息をついた。すっかり傾いた月が、あいかわらずあたりを照らしていた。
どのくらいそうしていただろう。
緊張からの解放で、抜け殻のようになって自分の膝の上にある手を見つめていた千鶴にはわからなかったが、月の作る影からみて、かなりの時間が経ったようだった。
草を踏む音がして、ふと千鶴に影がさした。
見上げると沖田が、月を背にして立っていた。逆光のため、表情は見づらい。
沖田が、手を差し出したので、千鶴は、掴まって立ち上がろうと、自分の手をのばす。と。
「よく考えて」
いつものような、軽い感じの沖田の声がした。
千鶴は、え?と沖田を見上げて、とろうとした手をとめた。
「この手をとる前に、良く考えて」
沖田の顔に浮かんでいたのは、以前よく見ていた、からかうような微笑みだが、瞳は笑っていなかった。
千鶴が、沖田の言葉の意味がわからず、何も言えないでいると、沖田は口元の微笑みを消し、言った。
「この手をとったら、もう二度と離さないから」
目を見開いた千鶴に、沖田はかすれた声で続けた。
「君が離してくれって頼んでも、不幸にするかもしれなくても、もう離さない。離して欲しいかどうかも二度ときかない」
緑色が深く濃くなった瞳で射すくめられ、千鶴は言葉を失った。その瞳は声音や表情とは違い熱を孕み、強い意思を伝えていた。
めずらしく余裕をなくしている自分を、沖田は妙に冷静にみていた。
自分達の関係がゆがんでいて、彼女が離れていくかもしれない、と思った途端口にでた言葉だった。
離したくない。たとえ彼女にとって不幸な関係だとしても、彼女を離したくない。離せない。
それでも、最後の選択肢をあたえるような、小さな良心が自分にあったことが、少しおかしかった。
「さっきの男の後を追うなら、今なら見逃してあげるよ。土方さんにはうまく言っておいてあげる」
もしかしたら、と沖田は軽い感じで続けた。
「土方さんが、納得してくれなくて、後から千鶴ちゃんの追討令がでるかもしれないけど、その時は薩摩藩がまもってくれるんじゃない?」
沖田は、彼女に逃げる道をあたえる台詞を言いながらも、彼女を失うかもしれないと心臓が震えていた。
あの黒い艶やかな髪に指をすべらすことも、どこまでも白いその肌に口付けることも、彼女のやさしい笑い声も、もう二度と自分の手には入らないかと思うと、胸に氷のような冷たい雫がおちるように感じる。
「君には、安定した生活も、血の匂いのしない日々も、もしかしたら子どもと楽しく生きていく人生も与えてあげられない。あげられるものは、僕だけだ」
「よく考えて、決めて」
沖田の言葉は、静かに、夜の闇に溶けた。
千鶴は何も言えなかった。
全てが突然で、何を言われているのかわからなかったのだ。
まさか、と、思う。
沖田さんは、ずっと私を傍においてくれると言っているの?
でも、近藤さんの剣になるために、他のものはすべて切り捨てると、それが沖田さんの生き方なんじゃないの?
そんな言葉が頭にうかんでくるが、彼の瞳を覗き込んだ途端、全ての迷いが消えた。
沖田の目の中には、明らかに自分を求める強い熱があった。
そしてちらちらと揺らめく不安も。
千鶴に差し出してくれている手も、よくみればかすかに震えている。
感動で胸が震える……。
全身に電気がはしったように、ぴりぴりとしびれた。
何を言えばいいんだろう?
どうやってこの気持ちを伝えればいいんだろう?
言葉ではおさまりきらないこの気持ちを…?
「わ、私が欲しいのは……」
千鶴の声は、自分でもびっくりするくらいの、細い、涙まじりの声だった。
「私が欲しいのは、安定した生活でも、血の匂いのしない人生でもなくて……」
千鶴はそう言って、震える白い手を沖田の手へのばした。
「沖田さんとの人生です……!」
その言葉と同時に、二人の手の間の、最後の距離を沖田がつめて、沖田の手が千鶴の手を、強く掴んだ。
「後悔しないね?」
睨むように、噛み付くように、千鶴の顔を覗き込む。
「最後の機会だよ」
「こ、後悔なんて、しません……!沖田さんがいてくれるなら、それだけで……!」
最後の言葉は沖田の胸につぶされて、聞こえなかった。
沖田の熱に包まれる。
優しくも暖かくも無い、すがり付くような、しがみつくような熱い抱擁だった。
千鶴も必死に沖田の背中に腕をまわし、縋るようにつかむ。
千鶴の涙があとからあとからこぼれて、沖田の心を震わせる。
痛いくらいの沖田の腕が、千鶴の想いを更につのらせた。
沖田の顔が、探るように千鶴の唇を求める。
千鶴もそれに応えて、溺れた者が空気をもとめるように、沖田の唇を求めた。
何度も何度も口づけをかわしながらも、沖田は握った千鶴の手を離さなかった。
傾いた月が、その手を静かに照らしていた。
その夜、土方に報告をする二人を土方は何も言わず、見ていた。
二人の関係の変化は、一回りも年がはなれ、華やかな色恋を経験してきた土方には、はっきりわかるものだった。報告の途中で、千鶴を気遣う様子をみせる沖田。そんな沖田に、恥ずかしそうにけれども幸せそうに微笑む千鶴。全身で千鶴を感じ、庇うような沖田の素振り……。
何よりも、二人の間の物理的な距離が、とても近くなっていた。
沖田らしく、二人の変化した関係を隠す気もないのだろう。こちらが恥ずかしくなるような優しい瞳で千鶴を見つめていた。
千鶴に渡された、変若水を改良した薬は、新選組が研究していた羅刹とは少し違うもののようであるため、とりあえず千鶴が保管すること。綱道さん探しは、このまま続けること。
これらを告げた土方は言った。
「ご苦労だったな。下がっていいぞ。総司は残れ」
少し沖田を気にしながら部屋を去る千鶴を、沖田はじっと見つめていた。そんな沖田を、土方は複雑な心境でみつめる。千鶴の足音が遠ざかったのを確認したうえで、土方は総司に言った。
「……で、どうするつもりなんだ。……千鶴を」
沖田は、千鶴の去った方向から、ゆっくりと土方に顔をむけて言った。
「一生傍において、大事にするつもりです」
土方の視線を真っ直ぐにうけとめたうえで、強い意志を込めた静かな言葉だった。
何を、ともきかず、土方の問いに当然のように答える。
土方は、思わず言葉につまってしまう。
「……っあー……。おめえ、ちょっと前とえらい違うじゃねぇか。色恋なんざ面倒だってよ」
沖田は、少し考えながら言った。
「確かに、前の方が、賢い生き方だったと思います。でももう……」
おちてしまったので、と沖田はつぶやいた。
「知ってしまったんで。賢くは生きられないですね。賢く生きたいとも思いませんし」
土方は盛大なため息をついた。
「近藤さんに相談、だな……。それまでは手ぇだすなよ。風紀が乱れるし、千鶴だって一応大事な預かりもんなんだからな」
「まぁ、努力はしますよ。じゃあ、おやすみなさい」
また飄々とした沖田にもどり、土方の部屋をでた。
土方は、そんな沖田の背中を見ながら、大きくため息をつく。
あの、いつも近藤さんの後をついてまわってたガキが、なぁ。女を大事に思うような心なんか持っちゃいねぇと思ってたが……。しかも妙に素直になってるときた。まぁ、あいつは自分の好きな奴やモノには極端に素直で真面目だからなぁ。その上周りの言うことは聞かねぇで自分の思うとおりに突っ走りやがる。こりゃはやめに近藤さんに相談しねぇと、千鶴があぶねぇな。
土方は再度ため息をついた。
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愚かな奴だけが恋におちる。
賢い人はそう言うけれど。
でも、それでも僕は。
君を好きにならずにいられない−−−−−−。
【終】 あとがき