【Can't Help Falling Love With You 6】

幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。












  隣の男が席を立った後、何か白い紙が椅子に残されたままなのに、千鶴は気が付く。
「あの、これ…!」
そういって、店先においてある細長い椅子から、その白い紙を持って、男の背にむかって、立ち上がった。
まわりに座っている他の客達は、自分達の会話や、目の前の団子に夢中で、千鶴のことはちら、とも見ない。
今日は例の特命の四日目、最初に訪れた甘味所でのことだった。

 男は、千鶴の声が聞こえたはずだが、こちらはちらとも見ずにそのまますたすたと歩いていってしまう。
千鶴は、もうちょっと大きい声をあげようと息をすい、その白い紙をなんの気もなしにみて、息をとめた。

ゆきむら 

と、その紙、いや手紙の表に書いてあるのが目にはいったからだ。

 ドクン!と心臓がなるのを、千鶴は感じた。
突然回りの喧騒が消え、自分の持っているその手紙が、妙に重く感じられる。

 き、きた……!これ、多分……。

 千鶴は思わず沖田を探して、まわりを見渡した。
もちろん身を隠しているため、どこにいるのかわからない。

 そ、そっか。とりあえず、屯所に帰って土方さんに、報告……!

 千鶴は、団子屋にお金を払うと、手紙を懐にいれ、屯所に小走りに走りだした。
情報操作をしたと思われないようにも、今ここで自分だけで内容を見るよりも、土方にまず見てもらった方がいいだろう。片手で手紙の入った胸元を押さえながら、千鶴は屯所にむかった。

 屯所の近くまでくると、千鶴は迷った。
どうしよう。こんな女の子の姿で屯所に入ったらすごく目立ってしまうし、もしいつも屯所にいる雪村だと平隊士に気づかれたりしたら今後の男装がやりにくくなってしまう。
でもこの書状を持ったまま、一度醒ヶ井まで行って、着替えるのは……。時間もかかるし、その間書状に何か工作をしたのではと疑われてしまうかもしれない。
じゃあ、隊士の人に託して土方さんに渡してもらう……?
駄目。こんな大事な書状を誰かに託すなんてできない…。

 千鶴がおろおろと考えていると、後ろから沖田の声がした。
「ほら、これ着て」
千鶴が振り向くと同時に、肩にふわっと何かがかけられた。

 これって……、沖田さんの羽織?

 大きいので、千鶴が着ると膝辺りまでおおわれてしまう。
「それで、この髪飾りをとって…」
沖田はそう言いながら、ぽいぽいっと、簪やら櫛やら、千鶴の頭にあった飾りをとり、自分の袂に入れてしまった。
「これで僕と一緒に入れば、そんなに目立たないよ」

「あ、ありがとうございます…」
ずっとそっけなくされていたのに、沖田は、言う前から千鶴の困りごとを見抜いて、さりげなく対処してくれた。
それが嬉しくて千鶴は沖田を見上げ、にっこりと微笑んで礼を言う。

 沖田は、その千鶴の顔をみて、動きをとめてしまった。
びっくりした顔で、かなりの長い間何もいわずにみつめれたので、千鶴はだんだん居心地が悪くなってきた。
「あ、あの、沖田さん…?」

 その声で我に返ったように沖田は目を瞬くと、沖田は口元を手で覆い、千鶴から顔をそらした。

 千鶴が不思議そうに見ていると、沖田は相変わらず千鶴の目を見ないまま、千鶴の肩に腕をまわしてぐいっとひきよせ、歩き出した。そのまま、門で、「おつかれさま〜」と軽くいいながら千鶴を自分の体で隠すようにして幹部棟の方へすたすたと歩いていく。

 
沖田の匂いのする羽織にすっぽりと覆われ。
大きな手で肩を抱かれ。
千鶴の肩があたる沖田の胸板を意識して。
千鶴は真っ赤になりながら、御礼を小さい声で言った。
沖田は、何も言わなかった。

 

 「な、なんて書いてあるんでしょう……?」
土方の部屋について、土方は手紙をひらいて読みだした。
「なんにも。今日亥の刻に、神社の裏にくるように、だとさ」
土方は手紙をこちらに渡しながら言う。
「行くか?罠かもしれねぇぜ」

 千鶴は渡された書状を、隣にいる沖田と一緒に覗き込んだ。
そこには、太い豊かな字で、先ほど土方が言ったことだけが、ぽつんと書かれていた。

今夜、亥の刻、神社裏にて待つ。

 「行きます。もちろん。行きたいです。いいですか?」
ようやく投げられた細い細い糸。たぐりよせたら何がでるのかわからないけれど。でも先へ進みたい。
「ま、このために四日間茶屋に通ってたんだしな。もう二三人護衛をつけて、行くか」

 「でも、そうするとあちらが警戒して出てこないかもしれないですよ。僕一人で十分です。まかせてもらえませんか」
土方はじろり、と沖田を見ると、その話は後でしよう、といい千鶴に向き直った。
「千鶴、お前は今から醒ヶ井に行って、男装に戻してもらえ。それで今日は夜まで部屋で待機だ。総司、お前はいつものとおり部屋で待機になるまでこいつの護衛だ。もう隠れなくてもいいぜ」


 屯所から出るときは、他の隊士に気づかれないよう裏口から出た。しばらく歩いて人目につかない狭い路地裏までくると、二人は立ち止まる。

 「あの、これ、どうもありがとうございました」
千鶴は俯きながら借りていた羽織をぬぎ、沖田に渡す。
「どういたしまして。ちょっと待って、これ……」
沖田は羽織を着た後、袂から簪と櫛をだした。
「つけてあげるからちょっとこっちむいて」

 視線を上げると、以前のような悪戯っぽい笑顔やからかうような眼差しではなく、最近よく見る無表情な沖田がいた。

 その表情をみて、千鶴は冷たい指で心臓をつままれたように感じる。

 あの夜の口付けは、きっと罰だったんだ……。
私が想っていることに、沖田さんは気づいて、それで……。
昨日の盗み聞きしてしまった話だと、想いすらきっと迷惑で。
私の怪我の治りが早いことや、忘れないで欲しい、って言ったことだって、剣と近藤さんでいっぱいの沖田さんにとってみれば、どうでもいいことに違いないのに。

 千鶴はもうこれ以上沖田に迷惑をかけないため、ぱっと下をむいた。
自分の瞳は、隠そうとしてもどうしても心が現れてしまう。鋭い沖田が見れば、恋心などすぐわかってしまうだろう。
涙を一生懸命こらえているので、目の際がひりひりする。
後で、一人になったら。
そうしたら思いっきり泣けばいいから。
だから今は涙をこらえなきゃ……。

 沖田は、そっと千鶴の髪を指でかきわけて、簪と櫛をさしてくれていた。
けれどもその指は、さしおわった後もまだ離れがたいように千鶴の髪の上をさまよい、千鶴の頬におりて包む。
千鶴がはっとして沖田の新緑の目を見上げると、何を考えているのかわからないいつもの表情で、千鶴を見つめる沖田がいた。
その眼差しが、千鶴の桜色の唇におちる。
そしてゆっくりと沖田の顔が近づいてくるのが見えた。

 沖田の唇は吸い寄せられるように、千鶴の唇に重なった。
そっと唇を合わせ、やさしく啄ばむ。そして唇を離すと、震えるような吐息が二人の口からもれた。
千鶴がまぶたをゆっくりとあげると、ゆらゆらと揺れるような眼差しで沖田がこちらを見ていた。瞳の奥には熱が燻っている。そのゆらめく瞳の中の炎に千鶴がみとれていると、頬にあった沖田の手が、千鶴の腰にまわされ、ひきよせられた。もう一方の手は、宙に浮いていた千鶴の手を掴み、指をからませる。

 「ん……」

 そのまま千鶴の体を路地の塀に押し付けて固定すると、沖田は自分の体で千鶴を覆うようにかぶさり、口付けを深めた。我が物顔にすべりこんできた沖田の舌は、言葉よりも雄弁で、どれほど恋しく思っていたのかを千鶴に伝える。
からめた華奢な千鶴の指先を、沖田の長い指が、もう離さない、というように強く握り締めた。
前回の貪るような口付けとは違い、切なくなるような甘い口付けだった。

 千鶴を包み込む腕で、千鶴の手とからめた指先で、やさしい唇で、何度も何度も沖田は想いを伝える。
千鶴は耐えられず、自分に覆いかぶさっている沖田の胸板を、どんっと叩いた。

 何度か叩くと、ようやく沖田は気づいたようで、はっと我に返ったような顔をして唇を離し、一歩下がって千鶴と距離をとった。

 千鶴は、唇を押さえながら、涙をぽろぽろ流し、沖田に言った。
「どうして……。どうして、こんなこと……!」

 迷惑なんでしょう?
私に好きになって欲しくないんでしょう?
こんな口付けをされたら、どんどん好きになっていってしまいます。
もうやめて……!

 言葉にならない思いを込めて、千鶴は涙を幾筋も零しながら、沖田を見つめた。

 「ごめんね……」
沖田は、ポツンとそうつぶやくと、何も言わずに、後から後から溢れ出る千鶴の涙を、何度も何度も指でそっとぬぐった。


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