【Can't Help Falling Love With You 1】
幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。
僕の手をとって。
僕の人生全てもーーーーー。
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なぜ、彼ばかり目で追ってしまうんだろう。
なぜ、いつも彼を探してしまうの。
会えると嬉しくて。
話しができると幸せで。
見かけない日は、どうしているのか気になってしまう。
彼の気まぐれに振り回されて、天国にいったり地獄に落とされたり。
それでもいつも彼のことを考えてしまう。
声が聞きたい。
姿を見たい。
「千鶴ちゃん」
沖田の声に、千鶴は繕い物から目をあげた。
心臓が、トクン、と鳴る。
千鶴の部屋の入り口をふさぐように、その人は立っていた。
長身のせいで頭が敷居にあたってしまうのか、すこし背を屈めて襖に腕をかけ寄りかかっている。
太陽の光で、ただでさえ色素の薄い髪が更に明るく輝いて見えた。透き通った緑色の目が、千鶴を見ている。
頬が自然と赤くなるのを隠したくて、いまだ整理できていない問いを知られたくなくて千鶴は目をそらして答えた。
「沖田さん、なんでしょう?」
「夕ご飯。当番、今日君でしょ?はやく来てよ」
少し苛立ちをこめた、からかうような口ぶりだった。
「あ……っ。すいませんでした!」
急いで針を針山にさし、腰をあげる。
目をあわせずに沖田の前をとおり、勝手場に向かおうとした千鶴の腕を、沖田がつかんだ。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか変だよね。何かあった?」
沖田が顔を覗き込む。
息がかかりそうなほど顔を近づけられて、千鶴は真っ赤になった。
「な、何もありません!」
「ほんと?」
「ほ、ほんとです!だ、だから腕を……」
離して下さい。と消え入りそうな声でつぶやくと、沖田はしばらく沈黙した後、腕を放した。
「ねぇ、前も言ったよね。勝手に悩まれると結局後でこっちに迷惑がかかるんだよ。早めに頼ってもらったほうが、千鶴ちゃんも僕も楽だと思うけど」
千鶴は思わず沖田を見つめた。
前から、わかりやすい顔だとか考えていることがすぐ表情にでる、等散々言われてきたけど、こうまではっきりとよまれてしまうとは……。さらに、口調はきついながらも、自分のことを気にかけてくれている気持ちが伝わってきて、千鶴は胸が熱くなった。
何か答えなければ、と思い、沖田を見上げるが、何から言えばいいのか頭が混乱していて、言葉に詰まってしまう。千鶴は、言葉の接ぎ穂を考えなら、先ほど土方の部屋で話したことを思い出していた。
「なんだってぇ!?囮ぃ!?」
予想はしていたものの、土方の驚いた声に、一刻前の千鶴は身を竦めた。
土方は、その美しい眉の間に、縦皺をいくつも刻ませながら千鶴をにらんでいる。
千鶴は、怒らせてしまったのかと、ぎゅっと目をつぶったが、それでもちゃんと伝えなければと思い返して、もう一度顔を上げて土方を見つめなおす。
千鶴の父親、綱道探しはもう3年近くなんの進展もないこと、自分を狙う鬼という存在から自分を守るため、新選組に少なからず被害を与えてしまっていること、薩長側に、対羅刹ともいえる銀の弾や従来の羅刹とは異なる羅刹らしき存在がいること……。
「それに……、私自身も知りたいんです。父が何をしようとしているのか、私が知っている父は何だったのか、それと……、鬼に狙われる私自身もいったい何者なのか……」
だから、囮として、薩長側と接触して情報を引き出したい、と強い意志をこめた瞳で土方をみつめながら告げた。
土方は何も言わず千鶴を見つめた。
普段でも潤んでいる濡れた黒目がちの大きな瞳、それを際立たせるような白磁を思わせる透明感のあるすべらかな肌、瞳と同じ絹のような細い黒髪……。
三年前拾ってきた子犬のような少女は、今まさに咲き零れる寸前の清らかで可憐な白木蓮の花に似た匂いたつ存在となっている。
その匂いにあてられて、新選組の無骨な幹部どもも、花にむらがる蜂のように、あるものは意識的に、あるものは無意識に甘い蜜を少しでも味わえないかと彼女のまわりをうろつくようになってきていた。
確かにそろそろ潮時かもしれねぇとは思うが……。
しかし土方自らもこの少女に少なからず好意と信頼と情を持ってしまっている今となっては、判断に迷うところでもあった。
「具体的には何か考えてんのか?」
土方の問いに千鶴は浅慮かもしれませんが…、と前置きをして話し始めた。
「なるほどな。娘の格好をして、毎日同じ時刻、同じ場所、同じ時間いれば、薩長の方から何か接触してくるんじゃねぇか、とそういうわけか。確かに綱道さんが薩長にさらわれてるんなら、新選組にいるお前のこともあいつら探り出してるだろうし、そのお前がそんなことすりゃあ、接触してくる可能性はあるな。なかなか……、まあいいセンいってるたぁ思わないでもねぇが……」
「だが接触があった後どうするつもりだ。一応お前は新選組の秘密を知っている以上、薩長に渡すわけにはいかねぇ。あっちに親父さんがいたとしてもおまえを自由にするわけにはいかねぇぜ」
それについては、千鶴もさんざん考えてきていた。
「はい、私も三年間ただで置いていただいて、いろいろ面倒をみていただいた恩を新選組の皆さんに感じてます。薩長側に父がいても寝返るつもりはありません」
「さっきも言ったとおり、ただ情報が欲しいだけなんです。このまま何も分からないままお世話になっているのもつらくて…。ですけれど、想定外であちらに行くような事になった場合や内通しているような素振りがあった場合、私を信用できないと判断したら、斬っていただくことも覚悟しています」
揺らぐことなく真っ直ぐ自分を見つめる大きな瞳に射られて、土方は思わず言葉に詰まった。
「斬っていただくって……。お前が……、お前の覚悟はわかるが……。綱道さん探しは新選組にとって今最優先ってわけじゃねぇ。正直言やぁ、おまえが命をかける程の案件とは思わねぇが…」
土方は暗に、千鶴を斬るような自体は避けたいと伝えた。
千鶴はうつむく。
瞳に浮かんだ涙を見られないように。
ああ、だめだ。
こんなに優しくされて。
仲良くさせていただいて。
思う人までできてしまって。
江戸にいたころの父との寂しい暮らしからの反動か、どんどん新選組が好きになっていってしまう。
私には迷惑しかかけることができないのに。
本当にお荷物で、でも皆さんがやさしいのに甘えてしまって、ようやく心を強くしてこうやって決着をつけるために来たのに、やさしい言葉にまた揺らいでしまう。
弱くなっていく自分の心に鞭打って千鶴は顔をあげて土方を見た。
「以前土方さんはおっしゃいましたよね。自分の信念にしたがって生きろと。自分なりに考えた信念がこれなんです。できるだけ新選組のみなさんにご迷惑をおかけしないようにしますので、どうか私の我侭を聞いていただけないでしょうか」
「薩長から情報をひきだすことができたら、その内容は全てをお話します。想定外の事が起こって、私が新選組に戻らないようなことがあれば、斬っていただいて結構です。ご迷惑をおかけすることとすれば女になるための着物を準備していただくことと、最悪の場合に私を斬ることだけだと思うんです」
たたみかけるように説得する千鶴を見て、並々ならぬ覚悟の上で自分の部屋を訪れたことがわかった。
土方はまだ迷いながらも、あきらめさせるための問題点を告げる。
「お前が囮になっている間や、接触している時、何かあった時のために常に幹部を一人はりつけなけりゃならねぇ。巡察や稽古のやりくりが難しくなるぜ」
「順番に幹部の皆さんが私の張り番をされるとなると、確かにそうですが、期間を一週間と区切ったらどうでしょうか?その間同じ方にお願いして、斬る場合もその方にお願いできれば…。一週間しても接触が無かった場合は、私もあきらめようと思います。一週間なら今でも時々特命で留守にされる場合もありますよね?」
「えらくきっちり考えてきてんだな。まぁ、確かにそうだがな…。でも誰に頼むかってぇのが問題なんだよ。三年以上も一緒にいるから、誰もやりたがらねぇと思うがな」
「私が直接頼みます。その人が了解してくれたら…。それなら今回の件、許していただけますか?」
土方は面食らった。
どうやら千鶴は本気らしい。詰め将棋のように自分がだす問題点を全て説き伏せる駒を用意した上で来たようだ。
「わかった。お前がそこまで言うなら許そう。……できれば許したくねぇが。確かに新選組にとっちゃぁ労少なく益多い提案だ。それで、……どいつに頼むつもりなんだ。もう考えてきてんだろ?」
土方の言葉に、千鶴はほっとしたように、肩の力を抜いた。
勇気を出して一歩踏み出すことができたことが嬉しかった。でもまだもう一つの壁が残っている。彼を説得しなくては……。
一方土方は千鶴の返事を息を詰めて待っていた。
一週間自分を見張り、最終的には斬る判断までまかせるというのはなみなみならぬ信頼だ。
千鶴は誰にも同じように接しているようにみえたが、その中でも特に千鶴の心の近くにいる幹部とは誰なのか。
千鶴も、自分を斬ることがそいつにとってつらいことだとわかっているはずで、それでも敢えてそのつらい思いをさせることができる程、甘えることができるような存在……。
「沖田さんにお願いしてみようかと思っています」
その答えは土方の考えどおりのものだった。
「で?何を悩んでるの。夕飯が遅くなるから早く言っちゃってよ」
沖田がいつもの爽やかな笑顔を顔に貼り付けつつ、黒い空気を出しながら千鶴に迫る。
追い詰められた千鶴が口を開き、話そうとした途端……。
「おーい!総司!千鶴!早く来いよー!腹減ったよーーー!!」
平助の声が二人の間の緊張を破った。見れば、廊下の曲がり角から顔だけだして、こちらを見ながら呼んでいる。
「うん!今いくね!」
千鶴は、一瞬緩んだ沖田の腕を払い、これ幸いとばかりに平助の方に走った。
早く話さなくてはとは思うが、まだ全然整理ができておらず、こんな状態では頭の回転が速い沖田を説得することはできないだろうと思っていたので、平助が呼んでくれたのはちょうどよいタイミングだったのだ。
残された沖田は、頭の後ろをかきながら、下を向いてため息をつくと、同じ方向に歩きだした。
その夜、みんなが寝静まった頃ーーー。
千鶴が自分の部屋の前の縁側に座って満月を見ていると、後ろの方から人が近づいてくる気配がした。
「こんばんは、千鶴ちゃん」
「こんばんは、沖田さん」
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