【Blue Rose 7−3】

『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。










 
  ご飯ももうすぐ炊けるし、コロッケも揚げるだけ。お味噌汁もあとは仕上げだけだし……。よし!OK!
沖田先輩の家で、私は一人でクリスマスの夕飯を作っていた。先輩のお姉さんはもちろん彼氏の家にお泊り中。先輩は今は近藤さんの道場に受け持ちクラスの指導に行っていてもうすぐ帰ってくるはず。私は沖田先輩から家の鍵を預かって、一足先にご飯を作っているのだった。
クリスマスの料理、ターキーはさすがに無理だけど(二人じゃ食べきれないし)何がいいですか?ってきいたら、ポテトコロッケが先輩の希望だった。クリスマスにコロッケ?と思ったけどまあ先輩が食べたいものを作るのが一番私も嬉しいし、と思ってコロッケにした。ケーキは、先輩は甘いものは好きだけど生クリームはあんまり好きじゃないというので実がたくさん入ったパウンドケーキ。これでよしっと思った瞬間、マンションエントランスのブザーが鳴った。教えてもらった通り点滅しているボタンを押すと先輩の顔が映る。
『ただいま〜。』
にっこりしながら手を振る先輩に、おかえりなさい♪と言って、自動ドアのロックを解除するボタンを押した。
玄関のブザー音に私がドアを開けると、先輩が立っていた。このシチュエーションが何となく新鮮で照れ臭くて、私はちょっとあわてて話す。
「あ、おかえりなさい。お疲れ様でした。え、えーと……。ごはん!準備できてますよ。あ、でも道場の後はお風呂でしたよね?お風呂も一応教えていただいた通り入れるようにしておいたんですが……。どうします?」

 私の台詞に沖田先輩は何故か目をキラキラさせた。
スポーツバックを玄関に落とし、中に入ると突然私を抱きしめてくる。
「えっ……!ちょっ……!なんですか?え?え?」
なんの脈絡もない先輩の行動に私が戸惑っていると、先輩は私の首に顔をうずめながら言った。
「お風呂かごはんか千鶴ちゃんか、って聞かれたら迷うことなく千鶴ちゃんだよ」
「っていうか、言ってません!お風呂かごはんか、とは言いましたが、私かとは一言も……!」
私の言葉は、先輩の強引なキスでさえぎられた。
道場から帰ったばかりの先輩は、外の匂いと、汗の匂い、そしてたぶん……男性の匂い……?いつもの軽く触れるだけのキスはそこそこに、すぐ舌をからませる濃厚なキスをしてくる。帰ってきたと思ったら突然抱きしめられて。かと思ったらいきなり深いキス。私はほとんど茫然として気持ちが追い付いて無くて先輩のなすがままになっていた。

 しばらくして、ようやく先輩の唇が離れると、先輩はぼんやりとした私の顔を覗き込んで、おでことおでこをコツンとあわせた。
「……ほんとに、千鶴ちゃんが希望なんだけど……ダメ?」
甘えるように、でもひどく色っぽく聞いてくる沖田先輩……。これで『ダメです。』なんて言える人がいたら、その人は女じゃないはず。
甘いキスと先輩の色っぽさに悩殺されてぼーっとそんなことを考えていつまでも返事をしない私に、先輩は苦笑いをした。
「ま、とにかくお風呂入ってくるよ。一人で。その後一緒にご飯たべよ」
先輩は床のスポーツバックを拾うと、私の髪をくしゃっとかき回して、お風呂に向かって行った。

 お風呂からあがった先輩は、もういつも通りだった。
別に……、何か期待してたわけじゃないけど、覚悟していた私は少し拍子抜けする。
二人でご飯を食べて。メニューも別に特別じゃなくて。外から帰ってきた沖田先輩とこんな風にしてると、ほんとに一緒に暮らしてるみたいで、なんだか嬉しくて恥ずかしくて照れくさくて……幸せ……。こんな時間をもっともっとたくさん持ちたい。二人の間にある変な緊張感が、先輩と……そういうことをすることでなくなるのなら……、それだけのためだけでも怖いのを我慢する価値があると思う。先輩も望んでくれてるんだし…。

 ごはんの片付けは二人でして。さっきの先輩の問いかけが二人の間にずっと漂っていて、妙に二人とも黙りがちになる。
最後のお皿を食洗機に入れてスイッチを押すと、先輩が後ろからそっと私を抱きしめてきた。固くなって前を向いたままの私のうなじに、先輩が顔をうずめる。
そのまま二人でじっとしばらく動かなかった。

 ど、どうしよう……。先輩は私の答えを待ってるのかな……。な、なんて言えばいいのかな……。っていうかここ台所だし、私、お、お風呂入ってないし……。

 私の頭の中は混乱して緊張して爆発しそう……。先輩はそのまま私を振り向かせて、そっと唇を寄せてきた。私は素直に上を向いて受ける。先輩の唇は優しくて……熱かった。
「……リビングのソファに行こうか……?」
先輩の声に私はキスの余韻からはっと覚めた。

き……、きた……!ううっっ……。緊張する……!は、恥ずかしい……。

ソファに座らされた私は、カチンコチンに固まっていた。先輩が抱きしめてキスをしてくるけどもう全然何も感じない。
は、早く終わって……!
目をつぶって、体を固くして、口もぎゅっと閉じて。でも抵抗だけはしないで。

しばらく目をつぶったまま待っていたけど、何もしてこない先輩に、私はそろそろと目をあける。先輩は……なんとも言えない顔で私をまじまじと見つめてた。
「……せ、先輩……?」
おずおずと私が聞くと、先輩は溜息をついて髪をかきあげた。
「……僕、また先走ってるね……」
「え……?」
「ゆっくりするって言ったのになぁ……」
そう言って先輩は体を離して、バフンッとソファにもたれた。両手で髪をかきあげる。
「ごめんね。怖いの我慢して僕のこと好きって言ってくれただけで十分嬉しかったのにね。どんどん欲張りになっちゃって……。無理させちゃったね」
先輩の言葉に、私はあわてて先輩の方を向いて言った。
「あ、あの……!これは……!これは別に『幸せな約束』とかとは違う……感じがします。それとは別で……」
「……まだ心の準備ができてない?」
ちらり、と流し目のように視線だけ私にむけて言う先輩に、私は赤くなって俯いた。
「は、は……い……。すいません……」

 先輩は苦笑いをして、私をまたそっと抱きしめてくれた。
「謝らないで。僕は待つよ。今は時間はたっぷりあるし……。そもそも千鶴ちゃん、まだ16歳だしね……」
腕の中から先輩を見上げる私を見て、先輩は少しつらそうに姿勢を変えながら冗談っぽく続けた。
「しばらくは一人で慰めてるから大丈夫」
先輩の言葉に、何を言っているのかわかった私は赤くなったけど、思わず先輩の服をつかんで言ってしまった。
「あ、あの……!私、何かお手伝いできないですか……?」
先輩はキョトンとする。
「え?」
「先輩の……そのつらいのを、その、その……。私の手とかで……!」
そう言って私は自分の手を先輩の前に出した。

 先輩は唖然としてたけど、ようやく意味がわかったみたいで固まってた。
私も息を呑んで、両手を前に出したまま先輩の言葉を待つ。一応そういうことを男の人がするっていうのは知ってるし、く……口でっていうのは……むっ無理、無理だけど、手でならお手伝いはできないかと、私は真面目に思った。やり方はわからないけど、先輩に教えてもらえれば……。

 かなり長い沈黙の後、先輩はそろそろと手を伸ばして私の手をつかんだ。
先輩のがっしりした大きな手につつまれた私の手をそのまま自分の体に持っていく……かと思ったら、先輩は自分の唇に近づけて私の指先にそっとキスをした。
「……ありがとう。千鶴ちゃん。ほんっとにほんっとに心が揺れる提案だったけど……。今もほんとに揺れまくってるけど……。でもやっぱりいいよ。それはもっと仲良くなった後にやってもらうから」
目をつぶって、私の手を額に押し付けて、先輩は苦笑いをしながら切なそうに溜息をついた。
「……はじめては、やっぱり千鶴ちゃんの中で、千鶴ちゃんと一緒がいい……」

 先輩が瞳を閉じながらそっとそう言うのをきいて、私は思わず目をぱちくりさせてしまった。

私が今、こんなことをいうのはほんとになんなんだけど……。でも……

「先輩って……」
「乙女だよね。自分でも今そう思った」
そう言って、先輩は私をまた抱きしめた。たぶん自分の顔を見られるのが照れ臭いから。
「……でも、本当にそう思ったんだ。単に欲望の処理だけじゃなくて……。千鶴ちゃんの全部に触りたいんだ。だからあんなカチンコチンじゃあきっと中までは触れないんじゃないかって……思って」
あ、中って、そういう中じゃないよ。心的な意味だよ?、と先輩は悪戯っぽく付け加えた。

 エッチはしたことがないけれど、先輩の言ったその行為はとても素敵に聞こえて……。そんなことを一緒にできるように待ってくれる先輩が、私はほんとうに嬉しかった。きっと私はまだ子供で。男の人をちゃんと好きになったのも先輩が初めてで。先輩が言ったみたいに全部触れてもらえるようにさらけだすことなんてできないんだろう。でもできるようになりたい。そして先輩にもちゃんと触れることができるようになりたい。受け身なままじゃなくて。

もし二人ともそうすることができたら、きっと素敵だと思う。
とても……幸せなことだって。

「じゃ、このままこうしてると、乙女な僕が野獣の僕に負けそうだから、外に行こっか」
先輩がムードを変えるみたいにすくっと立ち上がって言った。
「この近所の家、クリスマスのイルミネーションに命かけてるみたいな家庭がたくさんあってさ。結構きれいなんだよ。見に行かない?」
先輩が差し出してくれてる手をそっと握り返して、私は立ち上がった。
「……はい!」

 つないだ手を先輩のコートのポッケに入れて、二人でゆっくりと静かな住宅街を歩く。ちらほらと私たちみたいなカップルや小さな子供連れの家族がやっぱり家々が飾ってるイルミネーションを楽しんでる。
角を曲がった途端つながれてた犬にいきなり吠えられて二人でびっくりして大笑いしたり。すごくロマンチックなイルミネーションを黙って見たり。ただの散歩なんだけど、お金をかけたデートスポットよりも、とても楽しく幸せなクリスマスだった。

 来年はどんなクリスマスなんだろう。もう……全部さらけだせているんだろうか。でも、今はそんなにそのことが気にならなくなってた。たぶん先輩も、そりゃそういうことをしたいんだろうし、我慢してるんだろうけど……。でもいつか必ず私の全部を見てもらうのは先輩だけで、先輩もそのことをちゃんとわかってくれたんだと思う。早く先輩を受け入れたいけど、それまでをゆっくり楽しみたい気持ちもあって……。
私はイルミネーションの青白い光にぼんやりと浮かび上がる先輩の端正な顔を見上げて、そっと微笑んだ。



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