【Blue Rose 7−1】
『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
「土方さんがそんなことをするわけがないだろう」
なんで部活をさぼったのか、千鶴とまたケンカしたのか、と聞いてきた一君に、階段の踊り場のことは伏せて土方さんの事を話したら、そう一刀両断された。
だから話したくなかったのに……。
「だからさ、土方さんがどうこう、ってわけじゃなくて、自分の女の子を他の男が抱きしめてるのに腹が立ったってことだよ」
「何かの誤解だとは思わなかったのか」
「……あんなのを目の前で見せられたら冷静なんかじゃいられないよ。それに、過去の千鶴と……ちょっと混乱してたし」
一君は黙り込んだ。視線を自分の机の上にある自習用のプリントに移す。
しばらくそのままだったから、もう話は終わったのかと思って僕も自分のプリントに向かった。シャーペンをまわしてるとまた一君が言った。
「それで、仲直りはしたのか」
「うん」
「混乱の方は?」
「うん……。たぶんもう大丈夫。なんか……わかった。当然なんだけど、千鶴も千鶴ちゃんも同じ千鶴で……あれ、千鶴ちゃんで……?まぁいいいや。要は僕は彼女が好きで、彼女は彼女だってこと。昔も今も」
僕が自分なりに納得してそう言うと、一君が溜息をついた。
「お前はちょっとおかしいな」
「……なにそれ」
新手の嫌味かと思って僕がむっとすると、一君は僕の方を見て言った。
「お前は千鶴のことになるとおかしくなる。不安定になるというか…。以前まではそれだけ彼女を好きなのだろうと思っていたが、卵焼きの件といい、今回の件といい、どうも極端すぎる気がする」
一君が何を言おうとしてるのか見当もつかなくて、僕は黙って彼が続けるのを待った。
「お前は以前、前世での千鶴の傷を癒したい、と言ったが、きっとお前にも傷があってそれが不安定になる原因なのだろう、と俺は思う」
青いバラの話をした時の話だ。確かに僕は、僕のつけた彼女の魂の傷を癒したかったけど……。
僕は学園の固い椅子の背によりかかって、一君の言ったことを考えてみた。
本当に僕にも傷があるとしたら、どんな傷なんだろう?病気に対する恐怖?死ぬことに対する恐怖?いや、それは無かった。千鶴ちゃんに会う前も、会った後も自分が死ぬことについて怖いと思ったことは一度もない。でも、彼女の傍で生きられないことはつらかった。彼女に悲しい思いをさせてしまうことも。でも今はそんな思いをさせるような事はないから不安定になるはずもない。
「……よくわからないな。でも僕は彼女と一緒に暮らして一緒に苦しんできたんだから僕も何かに傷ついてる可能性はあるよね。でも、もうたぶん大丈夫だよ。そんなに不安定になることもないと思う。ってことは傷は癒えたってことなんじゃない?」
「今は安定してるからそう思うんだ。ちゃんと意識だけはしておいて、コントロールできるようにしておけ」
僕の楽観的な感想を、一君は眉間にしわを寄せてまた一刀両断した。
「だが、お前の言っていたことに救いがあるのだと思う」
「……何が?」
「一緒に暮らして一緒に苦しんできたから双方に傷がついている、ということだ。今お前が千鶴を癒すために一緒に時を過ごして一緒にいろんなことを経験していくのは二人の傷を治していくことにつながるのかもしれないな……」
そこまで話したところで、平助が二者面談から帰ってきた。
「あ〜、終わった終わった。はぁ、きつかった。俺マジで勉強しないといけないかもしんねぇ」
「確実にそうだろ。じゃ、そろそろ僕だから廊下でてるね」
僕は二人を残して教室を出た。
「んで、おめーは何をしたいんだ」
「何をしたいんでしょうかねぇ。それがわかんないんですよ」
土方さんは、手元にある、多分僕の成績表とか通知書とか偏差値とかかいてあるだろう黒いファイルを開けなら言う。
「おめーは要領がいい。実際の社会生活をまともにおくれるかどうかはともかく、こういう人格とは関係ねぇ紙だけで白黒つけられる試験みたいなのはなんとかなんだろ。まあ、ちょっと死ぬ気でやりゃあ選択権はおめーにあんだよ。それなのに肝心のおめーがぼやぼやしてんじゃどうしようもねぇじゃねぇか」
いちいち刺のある台詞で、褒めてんだかけなしてんだか……。まぁ褒められても気持ち悪いけどね。
僕は椅子にもたれてズポンのポケットに手を入れ、足を投げ出した。
以前、全国大会の前日に道場で、土方さんに『お前はもっと強くなる』と言われたことをふいに思い出した。褒められた、っていうのとは違う、認められたと感じた。つまりはそういうことなんだ。自分の意思で自分のしたいことを考えないといけないってことだ。
僕は前世を思い出す。
「……何か、はしたいんです。命をかけて成し遂げたいことを、以前の僕は持っていた。今はそれが何なのか……。いい大学に行って、いい会社に入って、出世競争レースにのって……。それはそれでいいし、楽しそうだし、経済的にも安定してて千鶴ちゃんを幸せにできそうなんですけど……」
ふいに話し出した僕に、土方さんは少し驚いたみたいだ。いつも茶化してばかりで、土方さんと真面目に話したことなんてなかったから。土方さんには前世の記憶がないから、命をかけて成し遂げたかったこととかわかんないと思うけど。でも教師という自覚を思い出したのか土方さんも真面目に答えた。
「……おめぇはな、自分のことに関しては徹底的に無欲なんだよ」
土方さんの言葉に僕は顔を上げた。無欲?どっちかっていうと貪欲だと思ってたけど?
千鶴ちゃんの顔を思い出しながら、そんなことを考えていると、土方さんは僕の考えてることに気づいたみたいだった。
「おめぇは能力がある。要領もいい。だけど目的がねぇんだよ。その目的を自分で見つけられねぇんだ。見つけるっつーか、無ぇんだな、そもそも。近藤さんと雪村がいなけりゃおめぇはその日その日を目の前の気晴らしで時間をつぶしておしまいだ。しかもそれが対して苦にも思わねぇだろ?中学んときだって、結構楽しんでただろ?」
……なるほど……。土方さんに言われるとなんか腹が立つけど、確かに当たってる。
「おめぇは、今、何かしてぇって思ってるんだろ?それは自分で見つけるしかねぇけど、どうやって見つけるかっていったら、、お前の場合、人だと思うぜ。お前が受け入れた数少ない『人』のためにならおめぇは結構なんでもできる。全国大会で優勝したり、偏差値高ぇこの薄桜学園に合格したり、な。目的に気が付いたときに手が届くことができる大学を選んどけばいいんじゃねぇか?」
じゃ、もう一度この進路調査票出し直せよ、と言って、土方さんは白紙で出した調査票を返してきた。
「雪村との幸せな生活を夢見てるんなら、せいぜい勉強して、いい大学でも行っておいた方がいいぞ。あそこんちの兄さんはえらい過保護だからな。どんな難癖つけてくるかわからねぇぞ」
あれ?土方さん知ってるんだ?なんで?
僕の表情を見て、土方さんは苦笑いをしながら言った。
「前部活で遅くなった時に、俺が雪村を車で送ってったことが一度あったんだよ。そんときまぁすげーのなんのって。……ま、がんばれよ」
僕は電話の時のあいつ(薫って言ったっけ?)の言いぐさを思い出して溜息をついた。
一応進路の話が終わって、土方さんも書類を片付けながら雑談モードで話しかけてくる。
「そんで、どうなんだ。雪村とはうまく行ってんのか?」
にやにやしながら聞いてくる土方さんの顔に腹が立つ。
あんたのせいで危うく振られそうになったんですけど。っていうか早とちりした僕が悪いんだけどさ。
「平助に聞いた話じゃあ、めずらしくいっぱいいっぱいだそうじゃねーか」
平助の名前はとりあえず死亡者リストにいれて、僕は答えた。
「まぁ、確かに。あんまり余裕はないです」
素直に認めた僕に、土方さんは目を瞬いた。
「なんでだ?」
「……なんででしょう?……まだエッチしてないからかな……」
自分で言った台詞に少し考えてみる。
「……そうか、そうかもしれない。エッチしちゃえば変に不安定になったりしなくなるのかな」
自問自答してる僕に、土方さんは固まっていた。
「どう思います?」
僕は聞いてみる。
「……あのな、俺は仮にも教師でな、ここは進路指導室で……っておい!待て!」
そうか!そうすればよかったんだ!
僕は答えが見つかった喜びで(しかもその答えも楽しいものだし!)席を立って進路指導室を出て行こうとした。後ろで必死に僕を呼び止めてる土方さんの声が聞こえる。
「あ、そうだ。ご指導ありがとうございました」
にっこり笑ってドアを閉める。中から、お、俺は雪村の件では何も指導してねぇぞ!おい!って声が聞こえてくるけど、僕は気にせず鼻歌を歌いながら教室へと歩き出した。