【Blue Rose 6−1】
『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
「え?卵焼き……ですか……?」
一君、平助、僕、千鶴ちゃんのいつものメンバーでの部活の帰り道、千鶴ちゃんと平助が僕が怒ってた理由を聞きたいっていうから、答えたら、千鶴ちゃんはぽかんと口を開けた。
なんかまた誤解してそうだから説明した方がいいよね、これ。説明しないと、この子わかんないまま卵焼きを大量に家で作って持ってきそう……。
「あのさぁ、平助じゃないし別に食い物の恨みってわけじゃないんだよ?卵焼きが食べられなくて怒ってたわけじゃんくてさ、千鶴ちゃんが調理実習で作ったのが食べたかったの。調理実習で彼氏彼女って言ったらお約束のイベントってのがあるでしょ。それをまったく千鶴ちゃんはしてくれないから、僕って千鶴ちゃんの何なの、って」
「なんだよ、お約束のイベントって」
平助が言う。平助は別に千鶴ちゃんみたいに天然で鈍いわけじゃないけど、単純なんだよね〜。どうしようもなく。
僕は溜息をついた。なんでこんなことまで説明しないとわかんないのかなぁ、この人たちは。
「だから正しい調理実習っていうのはさ……」
『あ、あの、沖田先輩……!』
『あれ?千鶴ちゃん?どうしたの。部活でしょ。』
『そ、そうなんですけど、あのこれ……』
『……何これ?』
『今日調理実習で、わ、私の作った卵焼きなんです。お口にあうかわかりませんが、た、食べてみてくれませんか?』
『へぇ〜?千鶴ちゃん料理できるの?』
『で、できます!あんまりうまくはないかもしれないですけど……』
『ふぅん?どれ……』
『あ!それちょっと形が崩れちゃったんで、こっちを……』
『これ?いただきます。もぐもぐ……』
『(ドキドキ)ど、どうですか……?』
『……うん、おいしいよ。』
『ほんとですか!?』
『うん、千鶴ちゃんいいお嫁さんになるね。』
『え!?』
『僕がもらっちゃってもいいかなぁ……?』
「みたいな…ね?」
僕が説明し終わると、平助が叫んだ。
「!!!!すっっっっっげーーーーーーーいい!!!むちゃくちゃいい!!調理実習最高!!!俺も彼女ができたらそれする!!」
「だよね!?平助でもそう思うよね?!」
僕と平助は珍しく意気投合してうなずき合った。一君の冷たい目は気にしない。
「そ、そういうものだったんですか…。私男の人とつきあったことがなくて知らなかったです。すいませんでした…」
真面目に答える千鶴ちゃんに一君が溜息をついた。
「男みんながみんなそんなわけではない」
「そんなこと言って一君だって彼女から、一番に、自分だけ、調理実習で作ったのもらったら嬉しいでしょ?」
「そ、それは……」
想像したのか、一君は珍しく頬を染めて口ごもった。それを見ていた千鶴ちゃんはなんだか納得したみたいだ。
「わかりました……!また調理実習はあるんで、その時は気を付けます…!」
その言葉に、僕はちらり、と千鶴ちゃんを見た。
今のは『幸せな約束』だと思うんだけど、大丈夫なのかな?千鶴ちゃんは気づいてないみたい……。
意外にこんな感じなのかもしれない。
何回もいろんな約束をして。不安になる約束や、不安になることなんて忘れてるような約束やらがあって。そしてだんだん全部の約束が不安でなくなっていくのかもしれないな……。
僕はあえて何も言わなかった。
「それにしても総司がそんなこと考えるなんて変われば変わるもんだよなぁ」
平助がしみじみと言う。
「沖縄でホテルに漂白剤を借りていたのにも驚いたな」
一君がうなずきながら答える。僕はなんだか気まずくて黙り込む。
「漂白剤ですか?沖縄のホテルで?」
不思議そうに聞く千鶴ちゃんに、一君が答えた。
「拾った貝は、そのままだと臭くなるそうだ。漂白剤につけて殺菌しなくてはいけない、ということを総司は携帯のネットで調べてホテルの部屋でやっていた」
「千鶴、おみやげもらったろ?貝。以外にマメだよなぁ。女心を理解してるっつーかさぁ」
「沖田先輩……」
千鶴ちゃんがキラキラした感動したような目で僕を見る。
「電話もらった後ね、千鶴ちゃんを思いながら、貝を拾ったんだ」
「ありがとうございます。大事にしますね」
あま〜い空気が僕らの間を流れる。平助も一君もすっかり二人の視界からフェイドアウト。
千鶴ちゃんの嬉しそうな笑顔がかわいくて、僕もなんだか嬉しくなった。
「実はまだおみやげあるんだよ。千鶴ちゃんの……というより二人の」
「そうなんですか?」
「うん、ゴーヤのゴム」
「……は?」
平助と一君、千鶴ちゃんの声がそろう。
「ゴーヤみたいに緑色でぶつぶつがついてるコンドーム。千鶴ちゃんの心の準備ができたら一緒につかおーね♪」
僕の言葉に、千鶴ちゃんは真っ赤。平助は青ざめて口をパクパク。一君は言った。
「総司……。だいなしだぞ」
「それじゃね」
「はい、また明日!」
僕はこれから道場。一君は駅の先にある自分の家。千鶴ちゃんと平助は二人で電車。僕たちは駅で別れの挨拶を交わした。
道場は反対方向なんだけど、せめて駅まで、と思って一緒に帰ってる。こうでもしないと千鶴ちゃんに会う時間がとれないから。こんな風に無理やり時間を作ろうとするのは僕だけで、千鶴ちゃんは『道場の日は会えないですね。寂しいけど、しょうがないですね。』ってあっさり帰っちゃうんだよね。あーあ、前世では一緒に暮らしてて好きな時に好きなだけいちゃいちゃできたのになぁ……。命の危険や生活の不安はないけど、現代は不便だ……。
なかなか進展しない僕たちの関係。焦るつもりはないけど、やっぱり実際は焦ってるんだと思う。卵焼きぐらいであんなに怒っちゃったし。でも卵焼きだけじゃなくて、その前にも千鶴ちゃんの冷たい態度が僕を不安にさせてたんだけどね。でもそれは千鶴ちゃんのせいじゃない。千鶴ちゃんは、僕みたいになんでもあけっぴろげな性格じゃないってこと。千鶴ちゃんの、慎重で恥ずかしがり屋で真面目で固いところ、全部好きなんだけど、僕にだけはそうしてほしくない、ってのが本音。でもそんなの無理だしね。わかってる、わかってるんだけどねぇ……。ついついあせっちゃうんだよね。触れて、抱きしめて、奥まで入りたいって、好きな子といると思っちゃうのは男の本能でしょうがないんじゃないかな。
修学旅行から帰った夜、千鶴ちゃんから手をつないできてくれた時はほんとにドキドキした。押し倒しちゃおうかと思うくらい。
『会いたかった』って言ってくれた時はほんとにうれしかった。押し倒しちゃおうかと思うくらい。
好きで好きでコントロールがきかなくなりそうで、怖い。
はぁっ。
僕が溜息をついたとき、千鶴ちゃんが僕に手を伸ばして言った。
「あ、先輩。髪に糸クズがついてますよ」
彼女の白い小さな手が僕の耳の後ろの髪に触る。なんでもない接触なのに、彼女の手の感触に心臓がふくらんで体が熱くなって、僕は目をぎゅっと閉じた。
次に目を開けたときは、彼女は平助とこっちに手をふりながら改札に入っていくとこだった。
「顔が赤いぞ」
一君が改札を見ながら言う。
「……ほっといてよ」
「えらい変わりようだな」
一君の言葉に僕はまた溜息をついた。
「……こんなに天国に行ったり地獄に行ったりしてるのは僕だけなんだ」
一君はもの問いたげな眼で僕を見る。
「千鶴ちゃんは、ちょっと楽しい友達ができた、程度の認識なんじゃないかな」
「そんなことはないだろう」
「千鶴ちゃんのことばっかり考えて、一生懸命会う時間を作ってるのは僕ばっかりでね。虚しいよね」
遠くを見ながらぼんやり呟く僕を見て、一君は眉根をしかめた。
「……不安定だな。何があった?」
千鶴を抱いた。
一晩中。ずっとずっと体と心にしまっていたものを全部千鶴の中に注ぎ込んだ。千鶴はそれを優しく受け止めてくれて。僕を求めてくれた。涙を流して、体中で僕を好きだって伝えてくれたんだ。彼女の気持ちが僕に流れ込んで、僕は震えるくらい幸せだった。彼女もそう思ってくれていた。でも……。
朝が来たら全部忘れてた。僕を受け入れてくれたことも、全身全霊で僕を求めてくれたことも。
それが寂しくてつらくて。
「……一君はさ、過去の記憶のせいで現在でうまくやっていけなかった経験ってある?」
突然の僕の質問に、一君はでも生真面目に考え込んだ。
「俺が思い出したのは、小学生のころだったからな……。現世自体の精神がまだ未熟だったから、過去の記憶のせいで云々かどうかはわからん」
「そうなんだ……」
僕は一君を促して駅の外へと足を向ける。
もう秋が近い夕方の空は、暮れるのが早くて街灯がちらほら灯り始めてた。
「比べちゃいけない、ってのはわかってるんだ。前世の千鶴とは、生死の境を共にして、仲間もたくさん失くして……つらい思いも楽しい思いも散々した後に夫婦になった。今の千鶴ちゃんとは平和な現世で会ってまだ半年、つきあいだして二か月……。夫婦の時の千鶴と今の千鶴ちゃんを比べちゃいけない、ってわかってるんだけど……」
「比べてしまうのか」
僕は、ためらった後うなずいた。
「比べる、っていうか……。悲しくなるんだよね。心も体も全部僕に預けてくれて、僕のも受け入れてくれてた千鶴を知ってるからさ。今なかなか近づいてきてくれない千鶴ちゃんがもどかしくて寂しくて……」
一君は僕の言葉を聞いて、空を見上げた。
「……現世の千鶴も、お前のことをとても好きでいると傍で見ていてわかる」
そのまま、呟くように静かに一君は続けた。
「焦ることだけはするなよ」
「……わかってるよ」
毎日自分に言い聞かせてる。千鶴ちゃんだって少しずつ近づいてきてくれる努力をしてる。千鶴ちゃんの傷を癒す、なんて言って、僕の方こそ我儘を言ってるよね。
大丈夫。大事にするから。
次の日の夕方、僕は千鶴ちゃんを探してた。
今日は例の二回目の調理実習の日で、今回は僕のために作ったものを持ってきてくれるはず。
……なのに、自分の教室で待っててもなかなか来ない。焦れた僕は千鶴ちゃんの教室まで彼女を探しに行った。
廊下の向こう側、ちょうど窓から差し込む長くなった日が人影を逆光に見せる場所に、誰かいるのが見える。
千鶴ちゃんかな?
僕は小走りになって向かおうとしたら、その人影は二人で、しかも抱き合うみたいに折り重なっていた。
あれ、なんか誰かが廊下の真ん中でラブってる?
そう思いながら足を緩めながら目を凝らすと、男の方は……土方さん。
女の子の方は。
……千鶴ちゃん。
二人は折り重なるように抱き合って、その後顔を見あわせて笑った。そしてそのまま抱き合ったまま、コピー部屋に向かって歩いていく。
僕はもうそれ以上見ていられなくて、踵を返して歩き去った。
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