【Blue Rose 5−2】
『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
沖田先輩が変だ。
最近ずっと変だったけど、今日はもっと変。
部活の前まではいつも通りだったと思うんだけど、自転車で送ってもらってる今、沖田先輩はまったくしゃべらないで考え込んでるみたい。いつもなら、ちゃんと前みてください〜!って言いたくなるくらい後ろを見て話しかけてくれるのに。
変なのはあの土砂崩れで一泊した夜から。
次の朝何度もおかしなことを聞いてきた。『何もおぼえてないの?』とか『何か夢をみた?』とか。どっちも、いいえ、と答えたらすごく微妙な顔して黙り込んでた。
そして昨日。
いきなり『生理はきた?』って……。なんでそんなことに興味があるの……!?聞いてどうするつもりなんだろう。そもそも『そろそろでしょ』って、なんで私の生理の周期を知ってるの?
沖田先輩が何を考えているのがわからなくて、そっとしておいた方がいいのか、何を考えているのか聞いた方がいいのかわからないまま、自転車は私の家についた。自転車から降りて先輩にお礼を言おうと見上げた私は、先輩の表情を見てぎくりとする。
うす紫色の夕闇に包まれた先輩は、出会ったころ何度か見た無表情な、どこか冷たい顔をしてた。
私は心臓が冷たくなって、声をだそうとしても喉が締め付けられてでない。
どうしたんだろう……。私何かしたんだろうか?何か沖田先輩の気に障ることをしてしまったんだろうか?必死になって今日の部活であったことを思い出すけどわからない。
「あ、あの……」
「僕さ、来週から修学旅行なんだよね」
私が絞り出すように言った言葉に、かぶせるように言った沖田先輩の台詞は、表情と全然関係のないものだった。私はちょっとほっとする。
「あ、そういえば、そう、でしたね……」
私がそう言うと、沖田先輩はちょっと眉根をしかめて笑う。
「忘れてたんだ?僕は四日間も会えないから、どうしようかと思ってたのに」
話の行く末が見なくて、私は黙り込んだ。行先は確か沖縄だったはず。忘れてたわけじゃない。私も四日間も会えないのか……って思ったけど、学校行事だし沖田先輩に楽しんできて欲しいなって思ってた。だって……どうしようもないことだし。
沖田先輩は、何か私の言葉を待っているみたいにこっちを見ながら黙っていた。だけど私には何を言えばいいのかわからなくて……。
「……しばらく会わないでいた方がいいのかもしれないね。いろいろ考えたいし」
沖田先輩は私からフィッと視線を外すと、背を向けて自転車に跨った。そして感情の読めない表情でにっこり笑う、
「じゃあね、千鶴ちゃん」
……何が何だかわからない。
だけど沖田先輩が怒ってるのだけはわかる。
私はそのまま玄関の前に立ち尽くして沖田先輩の自転車が見えなくなるのを茫然と見送っていた。
しばらく会わない方が……ってどういう意味だろう?修学旅行の間だけって意味?それとも帰ってきてからもずっと?いろいろ考えたいって言ってたけど何を?私、もしかして振られたの?
でも、何故?……わからない。
……わからない。
気が付くと私の頬に涙が伝ってた。
どれくらいそうしてたんだろう。あたりが薄暗くなった頃、電車で帰ってきた平助君が立ち尽くしてる私に気が付いた。
「うぉ!びっくりした〜!何してんだよ……って千鶴!?泣いてんの?」
スポーツバッグを放りだして平助君が駆け寄ってきた。
「なんで?総司送ってくんなかったのか?総司となんかあった?」
顔を覗き込んで心配そうに聞いてくれる平助君を見て、私の心は決壊した。声をあげて平助君に抱きついて泣き出す。しゃくりをあげながらさっきあったことを話す。何をやってしまったのかわからないけど、沖田先輩がすごく怒ってること。しばらく会わない方がいいんじゃないかって言われたこと。謝って許してほしいんだけど何をどうすればいいのか、どこが悪かったのかまったくわからないこと……。
支離滅裂になりながら、子供みたいにたどたどしく平助君に訴える。
「落ち着けって。総司はお前にべた惚れしてんだからさ。別れるってのはねーよ。だから安心しろって。これはお前らの問題だからさ。俺が口出してなんやかやするのはよくないとは思うけど、それとなく総司が何怒ってんのか探っておいてやるから。ほらそんなに泣かねーで。大丈夫だって。明日土曜だけど部活で会うだろ?案外もういつも通りかもしんねぇぜ?」
平助君の言葉に私は顔をあげた。
そうだ、明日部活がある。わからないけど。どうすればいいのかわからないけど。このまま終わりになっちゃうのは嫌だ。沖田先輩に会ってちゃんと聞いてみよう。そんなこともわからないのかって余計怒らせるかもしれないけど。
だけど次の日の部活に、沖田先輩は来なかった。
斎藤先輩のところに、急用ができたから休むって連絡があったみたい。めんどくさがってても沖田先輩が部活を休むことなんて一度もなかった。たぶん私に会いたくないから……?顔も見たくないほど嫌われちゃったんだろうか?
夜に平助君に電話してみたら、道場の受け持ちのクラスには来ていたみたい。
『いやはや、怖ぇーのなんのって。ピリピリしてる上黒いオーラをだしまくっててさ。何にも話せなかったよ。お前いったい何したの?浮気でもした?』
まったく覚えがない。沖田先輩以外の人は全然見えてないのに。
私は悲しくなって電話越しにまた泣いてしまった。平助君は優しくて、修学旅行中同じ班だからなんとか話して聞いといてやるよ、って言ってくれた。
沖田先輩に電話かメールをしようかと思ったけど、何を言ったらいいのかわからない。それよりもでてくれなかったり返事をしてくれなかったらどうしよう。一生懸命勇気を出してつきあうことになったけど、やっぱり私は臆病者のままで。
結局電話もメールもしないまま、携帯を抱きしめて私は布団の中で泣きながら丸くなった。
沖田先輩や平助君たちが修学旅行に出かけてもう二日。
私は部活からの一人の帰り道に大きく溜息をついた。
ずっと沖田先輩とのことが気になって、胸に大きな石が乗ってるみたい。呼吸がしにくくて、気が緩むと涙が出そうになる。
どうすればいいんだろう。どうすればいいの?
それだけが頭を渦巻いて。でも答えは出ない。
沖田先輩を怒らせてしまった私、理由も気づくことができない私、上手に仲直りもできない私……。
こんな自分にほんとに嫌気がさすけど、でもどうすればいいのかわからない。
私は立ち止まって、勝手に目にたまった涙を手の甲でぐいっとぬぐった。
その時携帯が鳴る。あせって取り出すと平助君からだった。
『うっす!』
「平助君!修学旅行、どう?」
『ああ〜、もう最悪。総司がずっとピリピリしてて機嫌悪ぃし。ほかの学校の奴らとケンカ騒ぎになるし。おまえさぁ、総司に電話した?』
「……してない」
『してないの!?メールはしてんだろ?』
「何にもしてない……」
『おいおい…!なんで何にも連絡とんねーの?それまじぃだろ?お前それでいいの?』
平助君の言葉は、とっても耳に痛かった。
「用もないのに…電話して、いいのかな……?」
『用ならあんだろ?声聞きたかった、でいーんだよ。』
その夜、私は携帯をじっと睨んでた。考えてみれば私から沖田先輩にメールや電話をするのは初めてだった。もしかしたら、うぬぼれかもしれないけど、こういう私の態度も沖田先輩を怒らせた原因の一つだったのかもしれない。いつも沖田先輩にやってもらって、私は受け身で待ってるだけで。そんな私に疲れちゃったのかもしれない。どうせもう終わりなのだとしたら。電話で別れを告げられてもこのままフェィドアウトしても結果は同じ。
私は携帯の通話ボタンを押した。
呼び出し音が続く。沖田先輩が、携帯の表示に私の名前が出ているのを見てうんざりしてる姿を勝手に想像して、私は切りたくなった。もう我慢できない、切ろう!と思った瞬間、沖田先輩の声がした。
『……はい。』
自分でかけたのに、沖田先輩が出たのに驚いて私は口を開けたまま固まってしまった。沖田先輩は何も言わない。私から何か言わなくちゃ……!
「あ、あの……。元気ですか?」
沈黙。
『……元気だよ。』
「そうですか……」
また沈黙。
もう、限界……!
私は、じゃあ、といって電話を切ろうとした。すると沖田先輩の声が聞こえてくる。
『千鶴ちゃんは元気?』
沖田先輩の、千鶴ちゃん、という声を聴いたら、なんだかすごく切なかった。ああ、遠くにいるんだなぁって。
「……あんまり、元気じゃないです……」
沖田先輩は、私が元気じゃない理由はきかなかった。そうなんだ、って言っただけ。たぶんわかってるんだろう。
さっき切ろうとしたのに、私はもっと沖田先輩の声が聞きたくなった。何か話題…しゃべること……。
「あ、あの、沖田先輩!」
『ん?』
「わ、私……生理きました……」
沈黙のあと、沖田先輩は噴出した。くすくす笑いながら言う。
『そうなんだ。ありがとう、教えてくれて。』
沖田先輩の笑い声で、私の緊張がほぐれた。沖田先輩もそうみたいで、その後はなんとなく普通に話が続く。沖縄が暑いこと、海がきれいなこと、琉球王国の歴史が面白いこと……。斎藤先輩が迷子になった話や、平助君が日焼けしすぎて苦しんでることとかいろいろ笑いながら二人で話した。耳元で聞こえてくる先輩の声はとっても心地よくて。ずっとこのまましゃべっていたい。
『あ!土方さんがきた!ごめん千鶴ちゃん、切るね!』
そんな声で電話は終わった。私はそのまましばらく携帯を見つめる。
なんだかすごく切なかった。
修学旅行から沖田先輩たちが帰ってきた夜。明日は本物の沖田先輩に会えるんだ、と私は妙に緊張しつつも嬉しかった。ずいぶん久しぶりな気がする。
メールの着信音に携帯を開けてみると、沖田先輩からのメールだった。
『お土産渡したいから、外出てきて』
急いで外にでてみると、沖田先輩が自転車の横に立っていた。私はなんだか嬉しいんだけど恥ずかしくて、先輩の顔が見れない。先輩ってこんなに背が高かったっけ?こんなに…がっしりしてた?
なんとなく知らない男の人みたいで、私は緊張した。
「夕飯食べてないんだよ。コンビニ行っていい?」
沖田先輩の言葉に、自転車を置いて二人でコンビニに向かう。
前もこんなことがあったな……。あの時は突然手を握られてびっくりしたっけ。今は……手はつないでいない。
私はごくっとつばをのんで先輩の顔を見上げた。街の灯りにぼんやりと浮かび上がる先輩の顔は、陰影がくっきりしていていつもよりも端正だった。あんなことがあって、しばらく離れてて、すごく近寄りがたい感じがする。
どうしよう……。でも、手をつないでほしい。つなぎたい……。
私は、えいっ、と勇気をだして、後ろから先輩の手のひらに自分の手をすべりこませた。
先輩が驚いたように私を見るのがわかったけど、恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもなくて私はずっと地面を見てた。
先輩の手がするっと動いて、指をからませたつなぎ方にする。そうしてぎゅっと私の手を握ってくれた。
前にもコンビニで買った夕飯を食べた近所の小さな公園。あたりは真っ暗で、一つだけともっている電燈の下のベンチに二人で座った。
「まずね、これ」
そう言って、沖田先輩はきれいなグラスを差し出した。とろっと分厚いガラスにピンクや赤のモザイクみたいなガラスの模様が入ってるきれいなグラスだった。
「琉球ガラスのコップ。それから次は……」
手を出して、という沖田先輩に私は手のひらを差し出した。その上にきらきらしたものが落とされる。
とっても小さな、色とりどりの貝殻だった。オレンジ、薄いピンク、濃いピンク、黄色、白……。私はおもわず、わぁっと歓声をあげた。
「かわいい…!こんなにいろいろな色があるんですね!」
私が夢中になって貝殻をみていると、沖田先輩はそれをさっきもらった琉球ガラスのコップに入れる。ガラスの赤やピンクと、貝殻の色とがとけあって、見入ってしまうくらいきれいだった。見惚れていると、先輩は、これで最後、と言って、コップに何かを入れた。
それはかんざしだった。黒い漆の細い棒に朱色の真ん丸の飾り玉がついている。シンプルだけどかわいくて、今でも使えそうだった。
「価値はないけど、一応アンティークなんだって。琉球漆でつくってあるから丈夫なんだってさ。これなら日常でも使えるかなって思って」
千鶴ちゃん、古いの好きなんでしょ?沖田先輩の言葉に、私は前のデートの時の会話を思い出した。昔の生活を感じさせるものを見るのが好きだって言ったこと、覚えててくれたんだ……。
「ありがとうございます。嬉しいです」
私がにっこりと笑って沖田先輩を見ると、沖田先輩も嬉しそうだった。
もう怒ってないのかな……。仲直り、できたと思っていいんだろうか……?
機嫌のよさそうな沖田先輩にそんなことを思っていると、沖田先輩がおにぎりを食べながら世間話のように聞いてきた。
「千鶴ちゃんの方はどうだった?かわりはなかった?」
「あ、はい。部活も、1年生だけで寂しかったですけど、特に問題もなくて……」
そう言いながら、私は言葉を止める。
違う。
こんなことを言いたいんじゃなくて……。
「……あ、」
一言言って黙り込んだ私を、先輩が不思議そうに見る。
「……会いたかった……です……」
俯いて、私は小さい声で続きを言った。
きっと顔も真っ赤になってる。
沖田先輩から何の反応もないので、今言ったことを激しく後悔していると、ふっと先輩の匂いがして、気が付くと沖田先輩の腕が私を包んでいた。
そのまま引き寄せて、ぎゅっと抱きしめられる。
いつもなら真っ赤になって固くなるような先輩の行為だけど、今日はとっても嬉しかった。ドキドキして痛いくらいだったけど、沖田先輩の匂いにつつまれて、私は体の力を抜いて先輩の胸に寄りかかる。
先輩はそのままずっと何も言わずに私を抱きしめてた。