【Blue Rose 2】

『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。










 変じゃないかな……。
私はビルのガラスの扉に映る自分の姿を眺めた。横から、後ろから、くるっと回ってチェックする。散々迷って今日の洋服は薄いベビーピンクのキャミソールワンピにグレーというかシルバーの七分丈のカーディガン。ストローバッグに黒いミュール。
ちょっとフェミニンすぎるかな……。水族館に行くのに歩きにくい?でもせっかく沖田先輩が誘ってくれたんだから女の子らしい恰好をして可愛いなって思って欲しくて……。

 前に何気なく話してた時に、私がクラゲを見てると幸せな気分になって好きなんです、って言ったのを沖田先輩は覚えていてくれて。今朝の電話で、水族館で今クラゲの特設展示をしてるから見に行かない?と誘ってくれた。沖田先輩とつきあってることになったときに、『今度誘うね』って言ってくれてたけど本当に誘ってくれるとは思っていなかったんでびっくりした。

 つきあってるって実際に何をすればいいのかわからないし、そもそも今でも本当に先輩をつきあってるのか不思議になる時がある。先輩は私なんかでいいんだろうか?沖田先輩ははっきりいってすごくモテる。学校でも有名だし、剣道で全国一になったこともあって学校外でも有名だ。メディアや大会で沖田先輩が出ることが増えて、その見た目や悠然とした雰囲気、一見にこやかな笑顔に加えて剣道の強さに注目を浴びて、ファンクラブができたっていう噂も聞いてる。一時はケンカや冷たい態度のせいで女の子も少し遠慮してたみたいだけど(それでもひっきりなしに彼女ができてたけど)、今は落ち着いてきたせいかさらに人気がでてきてるみたい。

 沖田先輩が……なんていうか女癖が悪いのは平助君やクラスの女の子たちの噂で聞いてるし、私もその中の一人になっちゃうんだとは思うけど、それでも私は沖田先輩が好きだった。平助君は、あんな奴のどこがいいんだって不思議がるし、私もなんであんな意地悪で振り回されてばっかりの人を好きになっちゃったんだろうって思うけど。でも頭で考えるよりも心が、否応なしに沖田先輩でいっぱいになってしまっていた。いつまで続くかわからないけど、どんなに傷つくか不安だけど、今一緒に居られるのが楽しくて、嬉しくて、心地よくて。
沖田先輩も何度も『今が嫌かどうかだけを考えて』って言ってくれた。それは本当にそのとおりだなって思う。

『嫌』じゃない『好き』な今を、許される限り積み重ねていきたい。

沖田先輩が私といることで、少しでもあの寂しそうな途方に暮れた表情をしないでくれるなら、それだけで私は幸せって言い切れるから。
変に臆病で『幸せな約束』を怖がってる自分を乗り越えて沖田先輩を大事にしたい。


 「千鶴ちゃん!」
沖田先輩の声に私が振り向くと、沖田先輩が向こうから走ってくるのが見えた。濃いブルージーンズに白地にモノクロ写真がプリントされたTシャツ。その上に黒のシャツをはおってる。先輩の色素の薄い髪の色とシャツの黒とのコントラストがきれいで、ジーンズの脚が長くて、ドキドキしてまっすぐに見られない。そんな私の近くに、少し息を切らせて沖田先輩が駆け寄ってきた。
「早いね。待った?」
「いえ、私が早く来すぎちゃったんです……」
きらきらと本当に嬉しそうな顔の沖田先輩を見て、私の変な緊張も少し解けた。なんだか本当に無邪気な笑顔で……可愛い。
私も笑顔になって沖田先輩を見上げた……と、沖田先輩が固まった。
私の後ろを見てみるみるうちに嫌そうな顔になる。

 「よっ!総司!」
その声に振り向くと、平助君と斎藤先輩。
なんでこいつらがここに……、っていう顔をしている沖田先輩に私はおずおずと言った。

「あ、あの……。今朝先輩から電話をもらった時に平助君もいて……」
「……なんで日曜の朝8時に平助が千鶴ちゃんちにいるわけ」
不機嫌そうに言う沖田先輩のことなんて全然気にしないで平助君が言った。
「今朝千鶴んちフレンチトーストだっていうからさー」
「あの、平助君は私の作ったフレンチトーストが大好きなんです。だから今朝作る時にメールしたら来て、それで電話誰からだって話になって、水族館の話をしたら……」
「夏休み最後の日くらい遊びに行きたくてさー!俺水族館好きだし!」
「俺は平助からいきなり電話で呼び出された。来てみたら……」
斎藤先輩が相変わらずの無表情で言った。
「俺はどうしても水族館に行きたいわけではない。だからこれで失礼す……」
「なんでー!!一君も一緒にいこうぜ!」

 ぎゃあぎゃあやっている二人に、沖田先輩は手で目を覆って溜息をついた。
「……もういいよ。別に水族館に行きたければ行けば?」
沖田先輩の声に平助君が、ホント?という顔をして振り向く。沖田先輩はそんな平助君を見ないようにして続けた。
「そのかわり!水族館についたら別行動で……」
いいかけた沖田先輩の台詞は、クラクションの音で途絶えた。何事かとみんなで音がした方を見る。
「おおーいい!平助!水族館だろ?車だしてやったぞ〜!」
大きな四駆の運転席から新八さんが乗り出して手を振ってる。

沖田先輩は頭を抱えてた。


 まったくしゃべらなくなってしまった沖田先輩を気にしながらも、新八さんが『千鶴ちゃんは助手席!』とすすめられるまま私は助手席に座った。
後ろの席には左之さんもいて、軽く会釈する。後ろに乗り込んだ沖田先輩が左之さんにムスッとして言うのが聞こえる。
「……なんで左之さんまでいるの。女の人とデートで忙しいんじゃないの」
「総司を見ている方が面白そうなんでな」
左之さんがにやにや笑いながらそう言うと、沖田先輩はますますムスッとして黙り込んでしまった。

 

 「うおっ!なんか光ってるぞ!」
「電池入ってるみてぇ!」
「これはカブトクラゲというそうだ」
ゆらゆら、きらきらとただよう海月たち。水槽がうっすらとブルーに光って、薄暗い水族館の部屋をぼんやりと照らしてる。部屋全体が水の中にいるみたいにゆらめいていた。大好きな海月を大きな水槽でたくさん見れて楽しかったけど。気になるのは沖田先輩。騒いでる皆から少し離れたところで一人でぼんやりと水槽を眺めてる。沖田先輩の前には、足がたくさんあってすごく長い海月がゆったりと泳いでいた。
私はそっと平助君たちから離れて沖田先輩のところへ行く。

 「……先輩。ごめんなさい…」
「千鶴ちゃん」
沖田先輩は突然謝った私にちょっと驚いたみたいだ。
「せっかく二人で、って誘ってくれたのにこんなことになっちゃって……。すいませんでした」
私がしょんぼりと言うと、沖田先輩は苦笑いをした。
「……千鶴ちゃん、水族館楽しい?」
「はい。クラゲがたくさん見れて嬉しかったです」
「なら、いいよ。千鶴ちゃんが楽しんでくれたなら誘った僕も嬉しいし。ほんとは二人きりがよかったけどね」
まぁ、これもいいんじゃない。といいながら沖田先輩は目の前の水槽に目をやった。


 「すごいね、こいつらの脚。長すぎ」
私も水槽を見た。
「よくからまないですよね」
「からまってるよ。ほら」
「……ほんとですね。もうとれないんでしょうか?飼育員さんがほどいてあげるとか……」
「うわー、僕そういうの苦手。子供のころ姉さんのあやとりのひもがこんがらかってるのをほどかされてイライラして切っちゃったんだよね」
先輩の話をくすくす笑いながら聞いてると、なぜだか私は自分が情けなくて泣きたくなった。

 約束を計画するのがきらいな私のせいで、先輩が苦労しているのはなんとなくわかってた。わかってたけど先輩との仲を一歩踏み出すのが怖くて…。わかってないふりをしてた。今日だって、平助君をうまくかわすことだってできたのに、心のどこかで二人きりで関係が深まっていくのが不安で、平助君の言動に便乗してしまった。そのせいで先輩はがっかりしてるのに、『いいよ』って笑ってくれる。私はそれに甘えてこれからもずっと受け身のままでいいんだろうか?私が先輩を幸せにしたいんじゃないの?『幸せな約束』が破られた人なんて、たくさんいる。みんなその時は傷ついても乗り越えてまた約束をするんだろう。なのに私は、破られた記憶が確かにあるわけじゃないのに怖がってばかり。

 

 「……先輩」
私の声に、先輩は、ん?と言ってこっちを見る。水槽の青白い光が先輩の顔を照らしてて、先輩が妙に儚く見えた。

「……今度、先輩が空いてる週末に、私と、いっしょに、出かけてもらえませんか?」

先輩が目を見開く。

「……二人きりで」
私はあわてて付け加えた。

 「……いいの?」
先輩がそっと聞く。
はい。
私は先輩を見上げてそう言おうとして口を開いたけれど、意思に反して何故か声はでなかった。

 


 こわい。
 また傷つくのがこわい。
 こんなつらい目に会うくらいなら、あんな約束しなければよかった。

 

 
 『来年も、この蛍を一緒に見に来よう。』
 『この花が春に咲いたら、また摘んできてあげるよ。』
 『次の着物は一緒に買いに行こうね。』

 蛍を見るたび、あの花が咲くたび、あなたの着物を見るたびにつらくて。つらくて。つらくて。
 涙も出ない。
 蛍はもう見ない。花も。着物も。


 何も見ない。

 

自分の瞳が揺れているのがわかった。
わけのわからない感情に呑みこまれそうになった時に、待ち合わせに来た時の沖田先輩の嬉しそうな顔が浮かんだ。
「……はい」
私の口から、きしみながらもなんとか言葉が出てきた。


 先輩の手が、私の手を握った。まるで勇気をわけてくれるみたいに。
あったかい……。ほんとに何かが流れこんでくるみたい。
「……ありがとう。じゃあ来週の土曜日。大丈夫?」
「……はい」
私の返事に、沖田先輩はにっこりと笑った。
「どこに行きたい?」
私はしばらく考えて言った。
「今日、沖田先輩が私の見たい所に一緒に来てくれたみたいに、今度は私が沖田先輩の行きたいところに一緒に行ってみたいです。沖田先輩がどんなことが好きで、何に興味があるのか、私、知りたいです」
それを聞いた沖田先輩は、嬉しそうに言う。
「僕に興味を持ってくれたってこと?嬉しいなぁ。じゃあ考えとくよ。時間と場所についてはメールする。平助にばれないようにね」
最後は私の耳に口を寄せてささやくように言う沖田先輩に、私は赤くなった。と、平助君の声が響く。

 「あ!総司!何してんだよ!手ぇ出すなって言ってんだろ!」
そう言いながら、こっちに走ってきて私たちの手を引き離した。いつもならやり返しそうな沖田先輩だけど、今回は特に抵抗せずに笑顔のまま素直に手を離したのだった。

 

 


 その夜から、私は何度も何度も約束を取り消してしまいたくなる自分と戦った。
どうせ守られない約束ならいっそしなければよかった、という思いと、沖田先輩が約束を破るはずがない、という思いとが交錯する。そして最後にはいつも、待ち合わせに来た時の沖田先輩の嬉しそうな顔を思い出して我慢をした。あんな表情をさせたのが私だってうぬぼれていいのなら、これからもっともっと沖田先輩にはあんな幸せな表情をして欲しい。私がこの変なトラウマを乗り越えることが出来れば沖田先輩を喜ばすことができるっていうのなら、私にできるすべてのことをしたい。この不安には何の根拠もないことは頭ではわかってるんだから。勝手に心配して勝手に不安になる気持ちのせいで、沖田先輩に寂しそうな顔なんてさせたくない。沖田先輩の幸せな顔を見ることが私の幸せなんだから……!

 一人だったら結局負けてしまっていたかもしれないけれど、私には沖田先輩がいた。私のこんなわけのわからない癖なんて、普通の人なら変な奴、で終わるだろうに、沖田先輩は何故だかすごく私の恐怖を理解してくれてるみたいだった。新学期が始まって部活で会うようになると、毎日ちょっとの時間を見つけて私のところまで来てくれる。そして、いつものようにからかって、笑って。去り際に私の顔を見て、大丈夫だよ、今度は絶対約束を守るからね、と言ってくれる。そんなことを言ってほしいなんて思ったこともなかったのに、初めて言われた時に、『これが不安な私が欲しかった言葉だったんだ…』って思った。

 大丈夫。

 つらい思いはもうしない。


 沖田先輩が傍にいてくれるから。

 

 私は自分に言いきかせるのだった。








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