【青は藍より出でて藍より青し 9-2】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
総司の試合が始まった。千鶴は握り合わせた手を、顎の下で祈るようにして、総司を見つめた。一と平助が、総司の相手のことを手ごわいと話している声が聞こえてくる。千鶴はその声に総司の相手を見ると、意外にも小柄でそんなに強そうには見えない。
もの問いたげな眼で平助と一を見ると、平助は視線の意味に気づいて説明をしてくれた。
「あいつの相手、強いのも強いんだけどさ、総司とは相性が悪いっつーか、総司があんまし得意じゃないタイプなんだよ」
「総司は背が高い。腕も長い。通常ならリーチが長い分竹刀が遠くまで届くため有利なのだが、それは逆に言うと懐が広いということにもなる。あの相手は動きが速く懐に潜り込む戦法が得意だ。入り込まれたら対処ができない。入り込まれないようにすると、総司の有利さがいかせない」
一と平助の言葉に、千鶴は息を呑んで、試合会場へと目を向けた。
総司の相手、去年全国15位だった彼は、面の中から沖田総司という初めて戦う相手を見つめた。沖田総司が相当強いらしいという噂は聞いていた。去年も全国大会にすすんでいる。背は高い。リーチも長いが、自分はそれをかいくぐって懐にはいる技を得意としている。それに今見ている沖田総司からは、それほどのプレッシャーは感じられない。
何度か打ち込んでくる竹刀をよける。
確かに、動きはかなり速い……。
だが自分に対処できないほどではないし、自分の方が速い。それに風切音から判断すると、剣が軽い。簡単に竹刀で弾くことができそうだ。
突然の踏込に注意して、逆に隙を見つけて……。
考えていると、また沖田総司が打ち込んできた。後ろに飛び下がってよける。そして気が付いた。沖田総司は、打ち込みが空振りに終わって自分の剣を引くとき、かならずひじを上にあげる。相手の、面を狙うカウンターをふせぐために、竹刀で面を守るように上にあげるのだろうが、そのせいでその瞬間だけ左右の視界が狭まるのがわかった。
上からの面ではなく、あの瞬間に横からねらえば……。
彼は、沖田総司の再度の打ち込みを誘うために、わざと左足で踏み込むフェイントをかけ、右側を開けた。思った通りに、沖田総司はそこへ打ち込んでくる。
……来た!
待ち望んだ一撃を難なくかわし、沖田総司が再び腕を上げながら下げるのを視線でとらえた瞬間、彼は強く踏込み、一気に沖田総司の面の横に懇親の一撃を打ち込んだ。
と、思った途端、自分の手首に、まるで熱い鉄を押し付けられたような鋭い痛みを感じた。それは、とても耐えられるような熱さではなく、彼は思わず竹刀を取り落した。竹刀はそのまま床に落ちるのではなく、下から払いあげられたように、きれいな放物線を描いて遠くへと飛んで行った。
審判が、総司の一本を示す旗をあげるのを見ながら、平助は呆れたように言う。
「うひ〜。総司性格悪ぃ〜」
「性格ではない。駆け引きというものだ。全国大会の上位に行くには不可欠だ。お前も少しは使えるように訓練した方がいい」
「あんなだまし討ちみてーなことしなくても、総司なら勝てんだろ?」
「わからんぞ。強い相手だ。まだあと2本あるしな」
二人の会話の意味がわからず、千鶴は不思議そうな顔をして見つめた。総司が一本取った、ということはわかる。あと一本総司がとれば勝ちの筈…だけど、性格悪い、ってどういうことだろう……?
平助が千鶴に説明してくれる。
「総司さぁ、こう…なんつーか自分じゃない試合スタイルを演じて相手をだましたっつーか……」
うまく説明できず言葉に詰まっている平助を、一が助ける。
「剣さばきのうまさと、動きの速さ、剣の重さ、体格の有利さが総司の良さだ。だが今回の試合では、特に相手にプレッシャーもかけず、ただ単に動きの早い選手のふりをしていた。そして、相手がさらに油断するように、本来無い癖を、まるで本当のように相手に見せつけた」
剣を引くときの、しぐさがそれだ。と一が伝える。
「そして相手がそこをついてくるのを待ち、その瞬間に本来の総司に戻ってしとめた」
「なんでそんなめんどいことしたんだろーな?全国の上位戦とかならわかるけど、関東大会ぐらいじゃあいつ手ぇ抜きそうなのにな」
「安全に、完全に勝ちに行った、ところだろう」
本気モード?なんで?と言っている平助の声を聴きながら、千鶴は総司の思いが伝わってくる気がした。
勝って欲しいと、近藤さんのために勝って欲しいと私が願って。
かなえてくれたんだ……。
それはもちろん自分のためにではない。総司にとって近藤がどれだけ大切かわかっている千鶴は、そのこともわかっていた。それでも、自分の言葉が確かに総司の心に届いたこと、いつも斜めに構えて笑みをたやさない総司が、試合に真剣にむきあってくれたことがとても嬉しかった。
自分の考えに耽っていた千鶴は、会場がざわめいているのに気が付いた。試合場を見ると、審判とスーツを着た大会スタッフらが総司の相手にむらがって何か話している。千鶴が乗り出して見ていると、審判が試合の中止を告げた。
「……?どうして?まだあと二本あるんじゃあ……?」
「もう相手が竹刀を持てない」
「手首の骨でも折っちまったんじゃねーの?」
ほ、骨を……。
こともなげに言う平助に、千鶴は一瞬ひるんだが、そのすぐ後に思う。
「じゃ、じゃあ……沖田先輩は……」
「そっ。Eブロック優勝。全国行けんな。俺たち!」
平助の言葉に、周りにいた薄桜学園剣道部の部員たちが歓声をあげた。
顧問の土方のおごりで、体育館の前でみんなで缶ジュースでお祝いをして。
それぞれ帰路につく。平助、一、総司、千鶴は、腹が減ったとさわぐ平助に引っ張られて、ファミレスに入って早い夕飯を食べることになった。
「総司、それ食べんの?お前焼き魚御膳食べた後だろ?」
チョコパフェの生クリームをすくいながら、総司は平助に言い返す。
「オムライスとトンカツ定食食べた後、ホットケーキを食べる奴に言われたくないなぁ」
「平助は栄養バランスが全くとれてないな」
回鍋肉定食を食べ、ホットコーヒーを飲んでいる一が言った。
「今日は皆さんが全国大会出場を決めた日ですから。お祝いってことでいいんじゃないでしょうか?」
チキンドリアの後、ホットティーを飲んでいる千鶴が、とりなすように言う。
「全国大会は一か月後か〜。テンションきらさないようにしねーとな」
「そうだな」
一はうなずくと、ふと思い出したように平助に問いかける。
「平助、これからお前はどうする。近藤さんの道場にはお世話になっているし、もしお前が全国大会出場の報告をしに行くのなら俺も行こうと思うが」
「そうだな。行こっか。総司も行くだろ?」
総司は、アイスクリームを食べていたが、顔をあげて言った。
「あ、僕これから学校戻るから、後から行くよ。今日は近藤さんちに泊まろうかな」
「学校?薄桜学園?なんで?」
平助の問いに、総司はにっこりとほほ笑んだ。
「去年の一君の全国大会の試合のビデオ、部室にあるでしょ。たぶん上位のメンバーはそうかわらないだろうからちょっと見ておきたいんだ」
総司の言葉に、コーヒーを飲んでいた一が動きを止めた。平助も口をポカンと開けて総司を見る。
唖然とした三人の顔を面白そうに見て、総司は言った。
「僕、全国大会で勝つから。優勝する」
「は!!?何言ってんの突然!?っつーかどうしたの!そのやる気?」
「ふふーん。ナイショ。ね!千鶴ちゃん?」
頭を傾けて千鶴を覗き込む総司に、千鶴は赤くなりながらも驚いていた。たぶんあの時の近藤さんを貶められた件で、総司がやる気になったのだろうが、ここまでとは正直思っていなかった。
千鶴は、いつもの飄々と軽やかに物事を躱していく総司も好きだったが、今みたいに心の奥深くに強い思いを秘めて真正面からぶつかっていく総司はまぶしくて、とてもきれいだと思った。
「がんばってください!沖田先輩。私にできることなら何でもお手伝いします!応援してますね!」
にっこりと、心からの笑みで千鶴がそう言うと、総司は本当にうれしそうに、軽やかに笑った。
ファミレスの前で、総司は三人に手を振って別れた。
しばらく歩いた後振り向くと、一と平助に挟まれた千鶴の背中が見える。総司はしばらくそのまま立ち止まって、彼女の背中を見つめていた。
見つめるだけで心が温かくなる自分が不思議だ。
彼女のすべてが愛おしいと思う。彼女が生まれてきてくれたこと、自分と出会うことができたことに心から感謝したかった。彼女にふさわしい自分になりたいと総司は強く思う。自分のことはあまり好きではなかったが、今日彼女が与えてくれた信頼と、幸せそうに自分を見てくれる瞳を見ると、ほんの少しだけ自分が誇らしく、認めてもいいんじゃないかと思える。
今日のあの時から、総司をとりまく世界がかわった。すべてが色を持ち、鮮やかに見える。一つ一つの物事が、丁寧に心に入ってくる。一や平助たち仲間の楽しさ、ありがたさ。自分達の優勝を、当然だといいつつ嬉しそうな土方の顔。夕闇にのまれつつある空の色から道の横にある家の灯りまで、すべてが意味を持ち優しさにあふれている。
全部、千鶴ちゃんがくれたんだよね……。
一生懸命千鶴に対する気持ちに抗っていたこれまでの自分が、おかしい。今になって思うと、心の深くでは彼女にとても惹かれていることに気が付いていた。あれこれと理由をつけながら、片方の手で彼女をひきよせ、もう一方の手ではつきはなして。わけのわからない強い感情を、無意識に怖がっていたのかもしれない。でも、抗うことなんて最初から無理だったんだ。
運命なんて言葉は陳腐すぎるけど。
でも、彼女を好きになることは運命だった、なんて思ってしまう僕は、そうとう彼女にいかれてるのかな。
「なんか……切な……」
総司は、そうつぶやいて前を向くと、歩き出したのだった。