【青は藍より出でて藍より青し 8-2】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
「うめぇ!」
「うん、おいしい」
カレーができたのは、お昼を過ぎた14時ごろだった。お腹をすかせた四人は早速できたてのカレーを食べている。
「すごく勉強になりました。今度家でもつくってみます」
千鶴がにっこり笑いながら、一に言った。微笑んで千鶴を見る一を、カレーを口にいれながら総司が見つめる。
「……そういえばさ、千鶴ちゃん。今日僕たちがいなくても一くんちに来る予定だったの?」
「?どういう意味ですか?」
首をかしげる千鶴に、総司は一を見ながら続ける。
「だからさ、僕と平助は昨日突然一くんちに泊まることになったから、今日は千鶴ちゃんと一君だけじゃなかったけど、僕たちがいなければ、この家に二人きりだったわけでしょ?僕たちお邪魔虫だったのかな〜?って」
「えっ!そんな…っ」
真っ赤になって言葉に詰まる千鶴を後目に、一が冷静に言った。
「カレーを作るのに、千鶴と二人きりでも、総司たちがいても別にかまわん」
「ふーん……。いつそんな話になったの?」
「昨日の帰りにその話をした。千鶴は前もっての約束は苦手だということだったから、今朝メールで誘った。今からつくるが来るか、と」
からん、とスプーンをカラになった皿に投げ出して、総司は唖然とした顔で一を見た。
「ねぇ、ひょっとして、一君さ、千鶴ちゃんのメアドと携番知ってるの?」
一は背筋をのばしたままカレーを口に含み、目線でうなずく。
「え〜!なんで僕には教えてくれないの?千鶴ちゃん、差別?僕のこと嫌い?」
じたばた。
カレーを食べている千鶴を下から覗き込んで、総司は駄々をこねるように言う。
「なんだ、総司教えてもらってねーの?」
「平助も知ってるの?」
「あったりめーだろ。千鶴が携帯買った時から知ってるつーの!なんだ、安心した。あんだけからかってたくせに意外に抜けてんのな」
おかわり!と、平助は無邪気に千鶴にカラになった皿を差し出した。千鶴も当然のようにそれを受け取って、食べかけの自分のをおいて席をたとうとする。
総司はむっとして、平助の頭をぐーで思いっきりなぐった。
「自分でやれよ!それぐらい」
当然のような二人のやりとりが、幼馴染故の気軽さというのはわかってはいたが、まるで長い間つきあってきた彼氏彼女のようで、総司は気に入らなかった。
「……千鶴ちゃんはさー。無防備だよね、いろいろ。前の小林君のこともそうだけど、こんなに男に自分のメアドとか教えたり、彼女扱いしてくる奴にそのままにしておいたりさ。一くんちに一人でくる予定だったってのもどうかと思うけど」
机の上の、自分のカラの皿に視線をやったまま、総司は拗ねたように言った。
小林の名前が出て、千鶴は一瞬肩をすくませた。
「あ、あの……すいません……。でも、平助君のおかわりは、いつものことなので……」
「そーだよ!総司。余計なお世話!千鶴、いいよ、行って。こんな奴気にすんな」
平助の皿を持ってリビングを出ていく千鶴の背中を見ながら、一は総司に言った。
「ガキのような真似をするな」
「……何が?一人暮らしの男の部屋に、気軽に遊びに来るなって普通のことじゃない?」
平助が総司をにらみながら言う。
「お前のは、ただの嫉妬だろ!かっこわりーぜ!総司。千鶴にあたんなよ」
「いつの間にか、一君も千鶴ちゃんのこと名前呼びだし。無防備すぎってのは別にほんとのことだからいいんじゃないの?」
一はカレーを食べ終え、溜息をついて、スプーンを置いた。
「お前が疑うような関係ではないし、そうなるつもりもない。へんな勘繰りはやめろ。仮にそうだったとしても千鶴の行動は千鶴のものだ。お前がとやかく言う事ではないだろう」
総司はむっとして黙り込んだ。冷たい沈黙に平助が溜息をついてとりなすように総司に言った。
「まあ、お前も千鶴にメアドでも教えてもらえばいいじゃん。そんなにやきもちやかねーでさ。千鶴だって、ちゃんと考えてるって。一人暮らしの男んちに遊びに来たのも、相手が一君だからだろ。総司が誘っても総司んちにはたぶん行かねーから安心しろって」
「やきもちなんかやいてないし。それになんで僕の家には来ないわけ」
「だから危険人物かそうでないかを判断したうえで、遊びに行っているのだろう、ということだ。納得できないのなら、千鶴が戻ってきたら誘ってみたらどうだ。それで断られたら、千鶴もそうそう無防備じゃないとわかってお前も安心するんじゃないか」
一がうっすらと笑いながら言う。
言い返そうと総司が口を開いた途端、リビングのドアから千鶴が入ってきた。
にやにや笑いながら、自分と千鶴を見ている平助と一を横目で見ながら、総司は、なんなの、気分悪い、と思いながらも、ここで聞かないと自ら危険人物だと認めてしまっているようで悔しくて、千鶴に話しかけた。
「千鶴ちゃん、僕にもメールアドレスと携帯の番号、教えてよ。それと来週僕の家にも遊びにこない?」
平助の前に、おかわりのカレーを置きながら、千鶴は少し目を見開いて総司を見た。先ほどのとげのある発言から、自分が総司を怒らせてしまったとびくびくしていたのだが、今の総司はそんな怒っているかんじではない。千鶴は少しほっとする。
「えーっと、メールアドレスですね。はい。じゃあ…今ですか?」
千鶴はソファの上にあった自分のカバンから携帯を取り出す。総司も後ろポケットにいれてあった携帯を取り出し、赤外線でお互いに交換した。
「それで、僕の家に遊びに来てくれる?」
携帯をみながら総司のアドレスを確認していた千鶴は、その言葉に総司の顔をみた。そして困ったように一と平助を見る。
「え、えーっとそうですね。またみなさんと一緒に……」
「ヤダ。千鶴ちゃんだけでいいよ」
「いえ、それは……。えーっと……」
あからさまに断れず、赤くなって困っている千鶴を見て、ぶほっと平助が噴出した。一も下を向いて肩を震わせている。
「ぶぶぶっ!ほら、言ったとーりだったじゃん!千鶴は人を見る目のある、いー子だな〜」
平助は笑いながら千鶴の頭をいい子いい子と撫でた。総司はムスッと頬を膨らませて子供のように機嫌を損ねている。一はおかしそうにそんな総司をながめていた。
食後に千鶴のつくったケーキとお茶を飲んで、16時ごろ。
「じゃあ、そろそろ私帰りますね。家の夕飯の準備しなくちゃいけないんで」
平助も立ちあがる。
「じゃ、おれも帰るよ。おくってく」
「?平助君、今日夕方から道場じゃないの?」
「あ!そーだった!どうしよっか!?」
「大丈夫だよ。まだ明るいし、一人でも平気。ありがとね。じゃあ、おじゃましました。斎藤先輩、ありがとうございました」
帰ろうとした千鶴に、すっと総司がよりそった。
「じゃ、僕が送っていくよ。ちょうどコンビニに用があったし」
遠慮しようとした千鶴だったが、コンビニに行きたかったという言葉に台詞を飲み込んだ。
「……すいません。ありがとうございます……」
「千鶴ちゃんのトラブルメーカーの能力は、もう散々知ってるからね。不良にからまれたり看板の下敷きになりそうになったり、スカートがめくれちゃったり?」
最後の言葉に千鶴はぎょっとして目を見開いた。
平助君と斎藤先輩の前で、何を言い出すの!この人は……!
「おっ沖田先輩!ちょっ……」
キョトンとしている平助と一に、真っ赤になりながら会釈をして、千鶴は総司をぐいぐい押しながら玄関まで連れて行った。
「そーゆーことを大声で言わないでください!」
「あははは!ごめんごめん!」
まったく反省してないだろうさわやかな声で謝る総司に、千鶴は溜息をついたのだった。
なんで僕の家には来てくれないの?という拗ねた問いには、だって沖田先輩のうちに行っても特にすることがないですから。斎藤先輩の家に行ったのは、別に遊びに行ったわけではなくカレーの作り方を教わりに行ったわけで、沖田先輩の家に行って何をするんですか?と返されて。
メールアドレス教えてくれなかったのはなんで?と聞けば、聞かれなかったからです、とこれもしごく当然の返答で。じゃあ一くんには聞かれたの?と問えば、練習試合先の高校へ行くときに待ち合わせ用に連絡先を交換しました、と少しも色っぽくない返答が帰ってきて、総司は変にかんぐった自分を、少し恥ずかしく思った。
確かにちょっとかっこ悪いかも、僕。
夕闇の中、ふと視線を落とせば自分との間にある千鶴の白い手が目に入る。もっと近くに行きたくて、手をつなぎたくてムズムズするけれど、そんな仲ではないし、我慢だし、と思い自分を抑える。いつもは思った通りに行動しているのに、千鶴のことに関しては妙にキレてぶっとんだ行動をしたり、逆にストイックになったりと、振れる幅が大きい。でもこうやって何気ない会話をしたり、からかって笑ったりする穏やかな時間は、これまで誰とも経験したことのないような心地いいもので、総司は好きだった。
「沖田先輩は今日は近藤さんの道場には行かなくていいんですか?」
「ん?別に受け持ちのクラスはないけど、週末は近藤さんに会えるから自己練習でもしに行こうかなって思ってる」
千鶴は、総司を見上げてにっこりと笑った。
「本当に、沖田先輩は近藤さんが大好きなんですね」
しみじみと言われて、総司は少し照れた。
「そうだね。近藤さんは、大きくてあったかくて……」
総司はふと昔を思い出して、千鶴に話したくなった。自分がどうして近藤を好きなのか、千鶴に会うまでの自分はどんな風だったのか、千鶴に知ってもらいたい。のんびりと歩いているこの時に聞いてほしくなった。
「僕は小さい時、変な子だったみたいでね。夜も寝ようとしないし、昼も寝るのを嫌がってたんだって。人見知りが激しくて、家族以外の人にはほとんどなつかなくて。もちろん幼稚園なんかとんでもなくてね」
話し出した総司を、千鶴が少し驚いた顔で見上げた。その顔がとてもかわいくて。
ああ、手をつなぎたいなぁ。
総司はそう思いながら、話を続ける。
「困った母親が、運動させて昼間に疲れさせたら夜いやおうなしに寝るんじゃないかと考えて、家の近くにあった近藤さんの道場に僕をいれたんだ。近藤さんに事情を話してね。剣道が僕の性にあってたのもあるんだろうけど、近藤さんに僕はなついて。近藤さんもかわいがってくれて、道場のいろんな人と一緒に遊んでくれたり、楽しいところに連れて行ってくれたり……。だんだん夜眠れるようになって、人見知りもなおってきたんだって」
「沖田先輩はその頃のことを覚えてないんですか?」
「うーん……。断片的に覚えてる」
総司はあの頃見ていた夢を思いだして、暗い顔をした。あの夢の話は、誰にもしたことがなかった。口にするとあの夢に飲み込まれてしまいそうな気がして。でも今なら話せるような気がする。千鶴に話したら楽になるような気が。
「今ならこれは夢だって心の整理がつけられるけど、子供のころは、本当に夢の世界があるんだと思っていてね。寝るとそちらにひきずりこまれてしまうから本当に怖かった。毎回同じ夢で……。起きるとあまり覚えていないんだけど、夢の中のなまなましい感情はそのままで、子供の僕には処理できないくらいの圧倒的な気持ちだったんだ」
最近、前ほど頻繁ではないが、また見るようになっていたその夢。ずいぶん久しぶりだ。久しく見なくなって、もう克服したのだと思っていたのだけれど。大きくなった今でも、自分の叫び声で目が覚めることがある。起きると汗びっしょりで心臓が痛いほどの強さで打ち付けている。子供には耐えられないくらいの恐怖。夢の内容は全く覚えていないけど。
「いろんな大人に、なんで寝ないんだ、どうして笑わないんだ、どうして友達をつくらないんだって散々言われて、もう嫌になっていた僕に、近藤さんだけは何も言わなかったんだ。眠りたくなければ寝なくていい、笑いたくなければ笑わなくていい、一人がいいなら一人でいいってね。言われた時、本当に心が楽になったのを覚えてる。剣道も楽しくて、近藤さんの流派は、ぜんぜんメジャーじゃないけど、とても強いんだ。近藤さんよりも強い人に僕は会ったことがない。そんな強い剣道を教えてもらったことが、あのころの僕は本当にうれしかったんだ。一生懸命練習すれば、近藤さんが喜んでくれて僕も強くなって、強くなると近藤さんがもっと喜んでくれて。試合で自分より大きいやつに勝つと、こんな僕でも少しは近藤さんが誇りに思ってくれるような気がして、頑張って真面目に練習してた」
今もだけどね、と総司はおかしそうに笑った。
こんなに素直に話してくれる総司は初めてで、千鶴はとてもうれしかった。話しているときの表情も、無邪気な子供のようでかわいい。近藤がらみのときは、とことん純粋な総司が、千鶴は愛しかった。
「小学校の時に、僕の父親が海外に転勤になってね。でも僕は神経質な子だと思われていたから、海外に連れて行くより環境を変えない方がいいんじゃないかってことで、近藤さんの家に3年くらいあずかってもらったんだ。近藤さんの両親や、婚約者(今は奥さんだけどね)にも家族同様にかわいがってもらって、僕にとっては、師であり、兄であり、父親みたいな存在になったんだ。中学の時、平助に聞いたでしょ?ちょっと荒れてて。親はもう日本に帰ってきてたんだけど、僕を持て余しててさ。一週間の半分は近藤さんの家に泊まらせてもらってたんだ。いろんなことで迷惑をかけたけど、見捨てないで、叱る時は叱ってくれた。僕に対する態度はずっとかわらなかったんだ。ほんとうに近藤さんには感謝してるんだ。恩返し、じゃないけど、これからは僕がなにか近藤さんの役に立てるような人間になりたいなって漠然とだけど思ってる」
飄々として一見いい加減に見える総司が、そんなことを思っていたのかと、千鶴は少し驚いた。捻くれて、意地悪で、残酷な面もあるけれど、こんなに純粋でまっすぐで可愛らしい面も総司なのだと思うと、その二面性にますます惹かれてしまう。どちらの総司も好きだと思ってしまう自分に、千鶴は重症かな、と苦笑いをした。
千鶴の家は、確かに何度か来たことのある平助の家に隣接していた。
「じゃあ、わざわざありがとうございました。明日また部活で」
とにっこり笑って家に入ろうとする千鶴を、総司は思わず手を掴んで止めた。
何ですか?と声にはださないものの表情で問いかけてくる千鶴に、総司は口ごもった。特に用があったわけではなくて、ただ何となく名残惜しかっただけ、とは言いにくい。
「えーっと、…今夜おやすみのメールするね」
と、からかうつもりで甘くささやいたら、千鶴がちょっとびっくりしたように言った。
「先輩……。以外と乙女なんですね……」
いいよ、じゃあ送らないから。と拗ねると、千鶴はくすくす笑いながら、メール待ってます。と言ってくれた。
そんな一言が妙にうれしくて、総司は自分でもうっすらと頬が赤くなったのがわかった。
なんだか、変なテンポだなぁ。
主導権のとれない自分に、ちょっとあせるけど、こんな関係も心地よくてもっともっと甘やかしてほしいと思ってしまう。千鶴が家のドアを閉めるまで見送って、少し寂しさを感じながら、総司は一の家まで帰って行った。