【青は藍より出でて藍より青し 5-1】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。


   練習試合から一週間。
一の不吉な予言どおり、総司は荒れていた。
千鶴にはよくわからなかったが、学校の授業もさぼりがちらしい。けれども剣道部の練習には毎日参加して、稽古をつけると称して部員達をしごいている。連日の疲労が蓄積して、特に一年部員達は今日も部活の初めからけだるそうな動きをしていた。

 そうなると、総司は気に入らない。いつもは高校の部活と近藤の道場で鍛えている総司にとっては、部活しかやっていない他の部員達がこんな程度の練習で疲れきっているとはわからず、わざと怠けているとしか思えないのだ。さらに、優れた身体能力と天性の勘を持つ総司には、自分が簡単にできることを、何故他の人間ができないのか理解できなかった。

 今日の相手は、小林という千鶴と同じクラスの部員だった。総司は防具をつけてもいないのに、小林には何度やっても打ち込むことができない。総司はからかうような薄い笑みを浮かべ、とてつもなく鋭い突きが繰り出す。それが余計に小林をいらだたせ、とうに限界が過ぎている体力を超えて、総司に向かって行ってしまう。同じクラスでマネージャーである千鶴に、ほのかに思いをよせていることも、いつも千鶴を独占している総司に対する対抗心を煽っていた。

 けれども、実力と体力の差は歴然で、疲れた小林の体は、総司の攻撃をよけきれず、どんどん打ち込まれていた。まわりの部員達が、やばいんじゃないの、あいつ、と心配そうに二人を見ているが、総司を止める勇気のある者は誰もおらず、総司はそれをいいことに、手加減無しにほぼ無抵抗の小林を攻める。とうとう小林が竹刀を取り落とし、ひざまずいてしまった。よつんばいになって、肩で大きく、あえぐように息つぎをする。竹刀を肩にかついだ総司が、そんな小林を微笑みながら上から見下ろしていた。
「ほら、立って。もう休憩?」
総司の声が、静まり返った道場に響く。

 「小林。手当てをしてこい」
一の静かな声が、静寂を破った。小林が、ぼんやりと一に目をやると、一はうなずき、心配そうに見つめている千鶴の方を顎で示した。総司は何も言わず、そのままつまらなそうに竹刀を、ぶんっ、と振った。

 「もうそろそろ部活の終了時間だ。皆、片付けをはじめろ」
一の声で、部員達が一斉にほっとため息をつき、片付けにむかう。

 小林の腕を見た千鶴は、思わず眉をひそめた。両腕いっぱいに、酷いみみずばれと、赤くはれあがった痕、青痣がひろがっている。口もききたくないほど、疲れてうちのめされている小林を思って、千鶴は何も声をかけずに、てきぱきと湿布をあて、血が滲んでいるところは消毒し、ガーゼをあてて、包帯を巻いて行った。
「……かっこ悪…」
小林が下を向いたまま呟いた。
「そんなことないよ、小林君。沖田先輩についていけるだけ、すごいよ」
千鶴はなんとか励ましたくて言う。小林はようやく顔をあげて、千鶴を見てすこし笑った。
水分補給をさせ、タオルを渡すと、小林は小さく、ありがと、と言って片付けにむかって行く。

 使ったものを救急箱に片付けていると、総司がいつのまにか近くに来ていた。
「千鶴ちゃんは相変わらず誰にでもやさしいね」
皮肉をこめた棘のある声で言う。見上げれば、例の意地悪な笑顔を浮かべている。
「そんなに優しさをふりまいて、どうするの?みんな勘違いしちゃうんじゃない?」


 総司の瞳は、見たことも無いほど冷たい硬質な澄んだ緑色をしていた。その輝きが、千鶴の背筋を寒くさせる。

落ちてくる看板から助けてくれた時、自分を掴んでいた総司の手が震えていたのを千鶴は感じた。
千鶴が怪我をしていると気がついて、千鶴を見た時の総司は、千鶴よりも傷つき痛みに耐えるような瞳をしていた。
意地悪を言ったり、からかったり。飄々としているせいで分かりづらいが、総司はいつも千鶴を助けてくれる。
あの時のお礼と、心配させたことを謝りたかったが、素直に受けてくれる雰囲気ではない。

 荒れている総司は、投げやりで、寂しそうで、痛々しくて、千鶴は見ているのがつらかった。
いつものように、いろんな人と冗談を言って笑ったり、自分をからかって笑っている総司を見たかった。
どうすればいいのか、総司が本当のところ何にいらいらしているのかわからないが、自分なりに総司を楽にさせるために、考えてみたことを、千鶴は恐る恐る言ってみる。

「私の、そういうところが、沖田先輩を、いらいらさせるんですか……?」

 千鶴の問いに、総司は驚いたようにすこし目を見開いた。
「どういう意味?」
総司の問いに、千鶴は勇気を出して言う。
「落ちてきた看板から助けていただいたときに、先輩が言っていたから……。自分のこともできないのに人のことにおせっかいをするって……。あれから、先輩がずっと怒っているのは何故だろうって考えて、それが理由なのかと思ったんです」

 総司は何も言わずに、無表情に千鶴を見ながら、千鶴の言葉を聴いている。
「どうすれば、機嫌を直していつもの沖田先輩になってくれるのかわからないんですが、もし私のせいでしたら、ごめんなさい。先輩の言うとおりだと思います。結局あの三人に襲われたときも、看板の時も、沖田先輩に怪我をさせてしまいましたし……。私にできることを考えたんですが、剣道部のマネージャーを辞めたら、すこしはよくなるでしょうか……?」

 ぴきっ。
総司の周りの空気が、音を立てたような気がするくらい、苛立ちが伝わってきた。
 
 また怒らせてしまった……!

 千鶴は自分の提案が、逆効果だったことを悟る。総司の怒りが怖くて、俯いて目をつぶった。

 「誰がそんなことしろって言った?」
これまで聞いたことの無いくらい冷たい声だった。
「僕をいらいらさせるのはね、そうやって原因をすべて自分のせいにして、よくわかってもいないくせに謝る、君の態度だよ」
淡々とした調子で、総司は続ける。
「なんで謝ろうと思ったの。それで全てがうまくいくとでも思ったの?」
総司の言葉と口調に、千鶴の瞳に涙が滲む。


 ああ、また泣かせてしまった。
彼女のことは嫌いじゃないのに。気に入っているのに。笑顔が好きなのに。
なんで、泣かせたくなるんだろう。でも今は、彼女を傷つけたい自分がいる。
そのきれいな涙をこぼして。
僕のために。
そうすれば少しはこのいらいらがおさまるような気がする。


 「そこまでにしておけ」
一が割って入った。そして千鶴の方を見て言う。
「こいつが苛立っている原因は、お前のせいじゃない。気にするな」
そして今度は総司に向き直る。
「いつまでも無自覚だと周りが迷惑する。はやく自覚しろ」
「何を言っているのかわからないよ。一くんも、人の事なのに口だしてきて、うるさいよね」
「おまえはやりすぎだ。うちの部員をみな使いものにならなくするつもりか」
「小林君のこと?いいんじゃない?彼。その分千鶴ちゃんに優しくしてもらって、ラッキーだと思ってるんじゃないかな」
そう言って、総司は意地悪な目で楽しそうに千鶴を見る。

 「お前のそれは八つ当たりだ。千鶴にあたるのはよせ」
いつも雪村と呼ぶ一が、千鶴と呼んだことに、総司は、はっとして一の顔を見た。
「千鶴……?」
総司の反応に、珍しく一はすこし慌てたように総司にむかって謝る。
「すまん、口がすべった。他意はない」
その一の反応が、総司を刺激した。

総司はうっすらと笑みを浮かべているが、瞳の中は笑ってはおらず、目の中の光は刃のように鋭い。
「なんで僕に謝るの。別に僕に謝る必要なんてないよ。名前で呼んでもいいじゃない。それだけ仲良くなってるんでしょ。一くんと千鶴ちゃんは」
「そういうわけじゃ……」
違う、と言おうとした一の後ろから、か細い、ためらいがちな女の子の声がした。

 「あ、あのすいません……」

 三人がふりかえると、少女は総司を見つけて、ほっとしたように笑う。
総司の彼女だった。

 総司は、瞳にある苛立ちを隠そうともせず、前髪をかきあげて大きくため息をついた。
「何?」
総司の冷たい答えに、彼女の肩がはねる。
「あの、一緒に帰れたら、と思って……」
「今日は一人で帰りたいから」
視線もあわせず、総司は答える。
「でも、そう言って最近ぜんぜん会ってくれないから……」
彼女が涙声になる。

 二人の会話を、このまま聞くのは、彼女にも申し訳ないと思い、一と千鶴は視線を交わして席をはずそうとした。
その時総司が、声を荒げて言った。
「あ〜!もう。わかったよ。じゃあ別れよう」
もうめんどくさい。その総司の台詞に、その場が凍りついた。

 彼女は瞳を見開き、息をのむ。そして、みるみる涙があふれ、こぼれた。

 踵を返し、長い髪を揺らして、彼女は走り去る。

 「沖田さん……!」
今のは酷い……!千鶴が思わず我を忘れて、総司を責める様な声を出した。
千鶴のその声が、総司を逆に煽る。

 「何?何か言いたいことでもあるの?」
「追いかけてください!こんなところであんな言い方……!ひどいです!!」
そう詰め寄る千鶴の頭の横の壁を、総司は拳で思いっきり叩いた。
耳元で響いた大きな音と衝撃に、千鶴は驚いて固まる。

 拳の勢いとは裏腹に、静かな声で総司は言った。
「君には関係ない。君はいったいなんなの?僕の母親?なんの権利があって僕にああしろ、こうしろって言えるのさ?」
「「総司!!」」
一と、いつの間にか帰り支度を済ませて近くに来ていた平助の声が重なる。

 総司はその二人にちらっと目をやると、そのまま踵を返して出て行った。

 「……また俺の出番だったりする?」
平助が心底嫌そうな顔で言う。
「……いや、今回は俺の対応がまずかった。俺が行こう」
ため息をついて、総司の後を追いかけようとした一の手を、千鶴がひいた。
「私に行かせてください」

 「ちょっ……、今の総司はやばいって……。泣かされんぞ」
という平助をさえぎって、一が言う。
「……雪村、大丈夫なのか」
「……わからないです。わからないですけど、多分私が余計なことを言ったんだと思うんです。あんなつらそうな沖田先輩はもう見たくありません。泣かされても、傷つけられてもいいから、行きたいんです」

 千鶴の、強い眼差しに、一と平助は言葉を失った。千鶴はそれを了承ととって、踵を返して総司が去った方へ駆け出す。
千鶴の背中に、一が「多分屋上だ」と声をかけた。

 「……大丈夫かな……。千鶴」
平助がつぶやく。
「……わからん。だが、総司の機嫌を直すことができるやつがいるとしたら、雪村だけだろう」

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