【青は藍より出でて藍より青し 4-3】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
「どうだった?」
あからさまに褒め言葉を期待して、にこにこと総司は微笑み、千鶴に近づいてきた。
総司の試合を見て、一の言葉を聞いて、総司が、自分が思っていたよりはるかにすごい人なんだということを再認識した千鶴は、何故かどきどきして、まともに総司の顔が見られなかった。
すこし視線をはずしてタオルとボトルを総司に渡す。
「お、お疲れ様でした」
そういうと、すぐ他の個人戦にでた四人の方を向いて、同じくお疲れ様、と言いながら忙しくボトルを渡していく。
あまりにもそっけない千鶴の態度に、総司はちょっとむっとして、まわりこんで千鶴の顔を覗きこんだ。
「それだけ?一君や平助とえらい違いじゃない?かっこよかったです、って手をこーやって(と、自分の手を顎のしたで握り合わせ祈るようなポーズをする)言ってくれないの?」
うぅっ……!なんで言えないんだろう。ほんとにかっこよかったのに……。平助君たちには言えたのに……。でも言ったらなんだかからかわれそうな気がする……。
千鶴の言葉を待っている総司の前で、千鶴の顔はどんどん赤くなっていく。言わないと許してもらえない空気に、千鶴は一生懸命言葉にした。
「か、かっこよかった……で、す」
真っ赤になって、俯きながら言う千鶴を見て、総司はすこし驚いた顔をしたが、すぐにミルクを舐めた後の猫のような満足げな笑顔に変わった。下を向いている千鶴の顔を、さらに覗きこみながら言う。
「ほんと?」
「ほ、ほんとです」
「好きになっちゃったら駄目だよ?」
「なってません!」
即答した千鶴は、走って総司から離れ、帰り支度を忙しく始めた。そんな千鶴を見ながら、総司は心から楽しそうに声をあげて笑う。後を追ってさらにからかおうとする総司を、一が呼び止める。
「あまり雪村にかまうな。それよりお前はこれを読んでコメントを入れろ」
「何これ?今日の対戦表の用紙?同じものばかりなんでこんなにあるの?」
「見るのはそれの裏だ。ノートがなかったから、たまたまあった対戦表の裏に書いた。今日試合をした、うちの部員全ての課題と長所と、それを考慮した明日からの個人別練習メニュー(案)だ。副部長なら、お前もすこしは考えろ」
「えーっ?真面目だなぁ、一君は。わかったわかった。また見ておくよ」
「今すぐだ。これから帰り道で目を通せ。今夜それを反映させた練習メニューを俺が作成する」
そんな二人のやりとりを、背中で聞きながら、千鶴は一が気を使って、総司が千鶴に構うことができないように仕事を与えたのがわかった。女子部員達に、総司に注意しておく、と言った手前、総司が千鶴をあまり構わないようにしないといけないが、千鶴がいじめられたことは総司に言わないで欲しい、と言ったので、総司に仕事を与えて千鶴に構うことができないよういしてくれたのだろう。
斎藤先輩は、すごいな……。
千鶴は感心して、尊敬した。総司が、一には甘えるのもわかる。そして彼が部長の理由も。
「だから、なんでそんなに私の後ろばっかり歩くんですか!」
「たまたまだよ。たまたま」
赤くなって怒る千鶴に、総司はにやにや笑いを隠そうともしない。
風は相変わらず強かった。練習試合の帰り道。またもや他の部員達の一番後ろに、千鶴と総司は並んで歩いていたのだが、どうも総司は千鶴の後ろにまわりこもうとばかりする。スカートがすこしでもめくれれば見えてしまう位置を狙っているとしか思えないのだ。
「だって他の奴に見せたくないからね。見るのは僕だけでいいんだよ」
「おおおおおおおっ沖田先輩にも見られたくないです!っていうか、もう早く前に行ってください!」
「そしたら千鶴ちゃんの後ろ、誰もいなくなって隠せないじゃない」
「だからって沖田先輩に見られるのも嫌なんです!」
千鶴は後ろ歩きをして、総司と向き合う形で歩きながら、ぎゃあぎゃあ言い合っている。そんな二人の横を、三歳くらいの男の子が走り抜けて行った。
ガタガタガタッ!!
その時突風が吹き、総司の後ろ、肩越し遠くで、行きに危険だと話していた歯科医院の看板が、更に大きな音をたてた。
千鶴は、その音で上を見上げ、その看板がゆっくり落ちていく事に気がついた。
あの男の子……!
千鶴はそう思うと、つい先ほどすれ違い看板の方へと走って行った男の子の後を追って駆け出した。
急に青ざめた表情で自分の横をすり抜け、走り出した千鶴に驚いて、総司も振り向く。そして、大きな看板がかなりの高さから小さな子どもめがけて落ちていくのを認めると、舌打ちをして千鶴の後を追った。
総司の手から、対戦表の紙束が離れ、スローモーションのように風にまかれ宙に舞う。
千鶴は持っていたカバンを放りだして走った。けれど……。
だめ……!間に合わない……!
子どもの手を、ひいたり突き飛ばしたりするような時間的余裕はなく、千鶴はせめて自分が盾になれるようにと、子供に覆い被さり、ぎゅっと抱きしめ、衝撃を予想して体を強張らせた。
しかし予想していた衝撃は来ず、千鶴は上を振り仰ぐと、自分達の後ろに立つ総司の姿が見えた。
総司は自分のスポーツバックをクッションにして、看板を受け、斜め下へと衝撃を逃しつつ落とした。
大音響を響かせて、地面に落ち、派手に割れて曲がる看板。
悲鳴をあげて駆け寄る、子どもの母親。
千鶴と総司の名前を呼びながら駆け寄る平助と一と、部員のみんな。
風に舞い散る対戦表……。
全てが一斉に千鶴の目と耳に入ってきた。
胸の中の子どもが身動きをするのに気がついて、千鶴は震える声で聞いた。
「大丈夫……?」
こどもは、何が起きたかわかっていないだろう。けれども血相を変えた人たちが自分を囲んでいるのが怖かったようだ。千鶴の手を振り払い、必死に子どもの名を呼ぶ母親とおぼしき女性に向かって駆け出して行った。
怪我のなさそうな子どもの様子に、千鶴がほっとしたときに、総司が千鶴の左腕を握って、乱暴に立ち上がらせた。
「勝手な行動をするなって、何度言えばわかるのさ!僕が間に合わなければどうなってたか……!」
初めて見た総司の蒼白な顔に、千鶴は呆然として言葉が出てこない。
「聞いてるの!?」
総司が千鶴の両手首を強く掴む。
そこは、長袖の下に隠れてはいるものの、先ほどの練習試合の時に女子剣道部員達に竹刀で叩かれて傷になっているところだった。
思わず顔をしかめ、手を引こうとする千鶴の様子に気がついた総司は、そこを捲り上げた。
「……っ!」
そこは、今は赤黒く変色し、千鶴の白い手首の上にどす黒い痕をつけていた。それを見た総司が息を呑んで、千鶴の目を見る。
「今ので怪我を……?自分で自分を守ることもできないのに、他人を守ろうとするなんて思い上がりだ!君がそうやって勝手に動くことによって、周りに迷惑がかかるってことを自覚しなよ!前に襲われた奴らにやった湿布だってそうだ!もっと自分のことだけを……」
「もうやめろ、総司。雪村も無事だ。落ち着け」
一の冷静な声が割って入った。
そして一は、総司のきつい言葉に青ざめて震えている千鶴に、優しい視線を投げる。
「総司は心配のあまり、きつい言い方になっているだけだ。気にするな」
その一の落ち着きぶりが、余計に総司を刺激した。
「違う!こんな怪我をするような愚かなことはもう二度とするなって言ってるんだ!優しさをふりまくのは勝手だけど、そのせいで……」
「総司!」
一が総司を睨む。
「そこまでだ。雪村の怪我は、今出来た怪我ではない。そもそもこの怪我の原因はお前にもあるんだぞ」
一の言葉に千鶴が我にかえる。
「斎藤先輩!やめてください……!」
「何…?僕のせい?何の話?」
むっとした顔で総司が一に向き直る。
「お前があまりにも雪村に構いすぎることに嫉妬した、先ほどの高校の女子が、千鶴に負わせた怪我だ。からかってかわいがるのもいいが、自分の行動がどのように影響するか考えた上で、雪村のことも考えて扱ってやれ。お前の考え無しの行動から出た反感は、全部雪村に行くんだぞ」
自分のことをちらりとも見もせずににらみ合っている総司と一に、千鶴はうろたえた。
「斎藤先輩、それは沖田先輩に関係ないって言ったじゃないですか……」
千鶴の言葉などまるで耳に入っていない様子で、総司はうなるように低い声で言った。
「……誰がやった?」
その低い、震える怒りを込めた声に、千鶴ははっとして総司を見上げた。
「いいよ。僕が自分で聞いてくる」
そう言って、踵を返した総司の腕を、一が掴む。
「やめるんだ。俺がもう話しはつけた。お前が行ってもさらに混乱をまねくだけだ。もうこんなことは二度と起こらない。向こうも反省している。お前は、相手を責めるのではなく、反省すればいい」
総司は勢い良く、一の手を払った。緑色の瞳に隠しきれないぎらぎらした怒りが揺らめき、金色に輝いて光を反射させる。それが獣じみていて、野生動物が持つ息を呑むような生々しい美しさをかもし出していた。
「ご立派なことだね。一君の意見なんてきいてない。僕は自分のしたいようにする」
「それが結果的に、更に雪村を傷つけることになってもか」
その言葉に痛いところをつかれたのか、総司は言葉を詰まらせ、ちらり、と千鶴を見た。
千鶴はすこし青ざめながらも、目を大きく見開いて総司を見ている。
「そうだよ。総司。お前が行ったらどうせ穏便にすまないだろ。大事になれば千鶴が一番つらい思いをすんだぜ!」
話しを聞いていた平助が口を挟む。
総司がひるんだところに、すかさず一が続ける。
「総司、お前はここに残ってすこし頭を冷やしてから帰れ」
そして平助の方を見て、
「平助」
と声をかける。
「わーってるよ。俺も残って総司見張ってるよ」
あー、損な役回り、こんなキレた総司についてくなんて、とぼやきながらも、平助は、
「ほら、なんか食いにでも行こーぜ」
と、総司の背中を叩いて、引っ張っていく。
そんな二人の背中を見つめながら、一はぽつりと呟いた。
「また荒れるな……」
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