【青は藍より出でて藍より青し 4-1】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
風の強い日だった。
芽吹き始めた若葉が、強い風にあおられて空を舞う。
ゴールデンウィーク明けの晴れた月曜日の午後、薄桜学園剣道部の部員15人程が練習試合先の高校へ向かっているところだった。
「あぶねーな、あれ」
千鶴と総司の前を歩いていた平助が、上を見上げながら言う。
それにつられて、千鶴と総司が上を見上げると、歯科医院の古い看板が、ビルの7階あたりで風にあおられてガタガタと大きな音をあげていた。
確かに今にも落ちてきそう……。
千鶴は上を見上げながら、立ち止まって、そう思った。部員達においていかれた形になった千鶴を、総司が呼ぶ。
「千鶴ちゃん!そんな危ないところで立ち止まってないで、早くおいで。置いてかれるよ」
千鶴が振り向いて、総司のもとへ行こうとしたその時。
一陣の風が二人の間を通り抜けた。
そして、千鶴の制服のスカートが舞い上がる。
「きゃあ!」
千鶴は叫んで、スカートを抑える。風が強かったので、千鶴はずっとスカートを気にしていたのだが、先ほどは上に気をとられて、抑えるのを忘れていたのだ。
「おっ沖田先輩!見ましたかっ!?」
千鶴が真っ赤になって総司を見ると、総司は目をきらきらさせながら、満面の笑みだ。
「みっ見たんですね!?」
「見てない。見てないよ。大丈夫」
「ほっほんとですか!?」
「ほんとほんと。他のみんなは前にいるし、誰も見てないよ。大丈夫」
満面の笑みが気になるけど、総司がそういうのなら大丈夫なんだろう。千鶴はすこしほっとして、スカートをカバンで抑えながら、歩き出した。
しばらく二人は無言で歩いていたが、総司がふいに何気ない口調で言う。
「それにしても千鶴ちゃん、ピンクが似合うんだね。色が白いからかな」
「?」
どうしたんだろう、急に。今日は制服だから、ピンク色なんて……。そこまで考えて千鶴は、はっと気がついた。
そういえば、今日の下着の色……!
「おっおおおおおおおおおおおお沖田先輩!!!!みっみっみっ……!」
真っ赤になって問い詰める千鶴に、総司は笑いながら、
「いやだなぁ。ピンクが似合うねって言ってるだけなのに。なんで怒ってるの?ピンク色の何かに心当たりでもあるの?」
「〜!!!おっ沖田先輩!!」
「あはははっ!その顔!!千鶴ちゃん、面白いね!あっはははっ!」
「わっ笑い事じゃないです!」
ぽかぽか!
千鶴は暢気に笑っている総司を叩くが、全然痛くも痒くもない攻撃に、総司はますます楽しそうに笑う。
そんな二人のきゃっきゃっした声が、随分前を歩く平助と一に聞こえてきた。平助は後ろをちょっと振り返り、言った。
「総司のやつ、えらい機嫌いいのな」
「雪村と仲直りしたからだろう」
「え?あの二人ケンカしてたの?」
一がちらっと平助をみて言う。
「お前が、いらないことを雪村に吹き込んだからじゃないのか?」
そう言われた平助は、すこし気まずそうな顔をする。
「でもさー、一君そういうけど。千鶴はほんと総司みたいにひねくれた奴に免疫ないんだよ。無防備に近づいて傷つくのを見たくないっつーか……。一君だって、妹いんだろ?妹に総司、紹介する?」
平助の言葉に、一はすこし考え込んだ。
「……確かに紹介したくはないな」
「だろっ!?千鶴はさー、いい子だから総司みたいな奴にも優しいんだよ。総司のことはツレとしては気に入ってるけどさ、そういう優しさを容赦なくはねつけるようなところがあんだろ?あと、わざと傷つけたりさー」
意外に総司のことをよく見ている平助に、一はすこし驚いたが、静かに言った。
「確かに総司にはそういうところがある。でも俺から言わせれば、おまえは雪村のこと少々見くびっているように思う。幼いころから近くにいるせいで、そう思ってしまうのはわかるが。雪村は、確かに無防備な優しさがあるが、傷つけられても自分の中のゆずれない部分は守れる強さがある。逆にその強さは、総司に必要なのではないかと俺は思う」
平助はそれを聞いて、大きな目をさらに見開いた。
「千鶴が……?強い?総司より?」
平助はいい奴だが、単純だ。物理的な強さは理解できるが、そういった人間の関係性における心の強さのような抽象的な感覚はわかりにくいのだろう。うーん、と考え込んでしまった。
「よく……わかんねぇけどさ。一君、なんかえらい千鶴のこと理解してるかんじだよな。とても4月に初めて会ったようには思えねぇんだけど?」
「そうか?確かに理解はしているかもしれないな」
え?え?どーいうこと?千鶴のこと、前から知ってたの?と聞いてくる平助に、一は静かな笑みを返すだけだった。
薄桜学園剣道部の一行が、練習試合先の高校の剣道場につくと、相手高校の部員達が道場で整列して迎えてくれた。
ここの高校の剣道部には、男子も女子もあるため、女子部員達もいた。彼女達の目当ては、薄桜学園のイケメンたちである。
「きゃー!平助くん!いらっしゃい!」
「斎藤さん、お久しぶりです。私のこと覚えてらっしゃいます?」
「沖田君!今日はがんばってー!」
そんな黄色い声の中、桜花学園剣道部は進む。平助は、気さくに、おっ久しぶり!などと顔見知りの女子に返答している。
一は相変わらず無表情のまま、かけられた声にうなずくのみ。そして総司は……。
「なんでそんなに怒ってるのさ〜。僕はなんにも悪いことしてないのに。悪いことしたのは風でしょ?」
「知りません!もうその話はしないでください!」
顔を真っ赤にして、あさっての方向を見ている千鶴の顔を、総司は心底楽しそうに覗き込む。
「僕は風さんがくれた素敵なプレゼントを受け取っただけでー……」
「もう!沖田先輩うるさいです!」
端から見たら、いちゃいちゃじゃれているとしか思えない二人。その二人に対戦高校の総司ファンの女子部員達は面白くない、という表情を隠そうともしなかった。
「新しく入った女子マネって、あれ?」
「なんであんなに慣れなれしくしてんの?」
総司にからかい倒され、女子部員達の反感は買い、千鶴本人は気づいていないが、本当は散々だった。
平助の気合が道場に響き渡る。
平助がずっと剣道をやっていて、さらにかなり強いことも千鶴は知っていたけれど、試合を見るのは初めてだった。緊迫した雰囲気に、千鶴は思わず両手を胸の前でぎゅっと握り締め、まるで祈っているようなポーズで息を呑んで平助を見つめた。
そんな千鶴を、総司は隣でにやにや笑いながら見ている。
今日の試合形式は、団体戦二組、個人戦五人で、総司は団体戦の後に行われる個人戦に出ることになっていた。そのため千鶴の横で防具もつけずに観戦しているのである。団体戦二組のそれぞれの大将が、平助と一である。できるだけ多くの部員達に試合を経験させるために、一は多分相手と実力が拮抗していると思われる部員達を選び、それぞれ先鋒、次鋒、中堅、副将にすえた。一の思惑どおり、一人だけで勝ち抜くことは出来ず、先鋒が勝てば次鋒が負け、中堅が勝てば副将が負け、という鋼勝負にもつれこんでいた。そして、平助が一足先に大将戦を行っているのだ。
千鶴が、大きな目をさらに大きくして平助を見つめていると、平助は気合の声とともに、勢い良く相手の懐に飛び込んだ。
その勢いに相手が一瞬ひるんだところに、鮮やかな胴が決まる。と同時に二人の審判が平助の勝ちを示した。
千鶴は、声を出すのは必死で抑えたが、思わずぴょん!と跳ねてしまった。小さな声で、でも抑えきれない興奮を込めて隣の総司に言う。
「へ、平助君!やりましたね!」
千鶴の興奮が面白くて、総司はにやにやしながら囁く。
「平助ならちょろいよ。全然本気出してないし。胴を打つ前に小さくフェイントかけてたでしょ。あれだけで相手はひっかかってたからね。たいしたことない大将だったね」
千鶴は目を見開いて総司を見た。フェイントなんて全然わからなかった。あっという間のできごとで。そんな駆け引きがあったことすら気づいていなかった。
平助が道場の脇に戻り、正座して面をとる。汗と乱れた髪が、ばさっと額を覆い、ふっと息を吐いて前髪をかきあげた平助に、女子部員達のため息がもれる。
千鶴も例外ではなく、
「平助君、かっこいい……」
総司はそんな千鶴を見ながら、面白くない。自分の出番が早くこないかな、と珍しくやる気を出す。
「あ、ほら千鶴ちゃん。次は一君だよ。見てごらん」
総司の指の先を辿ると、防具をつけた一が道場の真ん中で礼をしていた。
「一君は平助を違って、綿密に計算した試合運びをするんだ。相手を誘ってね」
千鶴はドキドキして、また手を胸の前でぎゅっと握り合わせる。
すっと剣先を固定して構えた一の姿は、凛として綺麗だった。すこしの物音でも聞こえてしまいそうなくらい、しん、と道場が静まり返る。しかし、平助の時と違って、試合をしている二人は全く動かない。
総司が千鶴の耳元で囁く。
「一君が誘っているんだよ。打って来いって。でも打って出たらやられちゃうからね。相手もタイミングを図ってるんだよ」
いつもなら、そんな耳元で総司に囁かれたら、千鶴は真っ赤になって逃げ出してしまうのに、一生懸命祈るように一を見つめている。
かわいいなぁ。
緊迫した道場の雰囲気には全然構わず、総司は千鶴を見ながらそんなことを思った。
一の家で千鶴と二人で話した総司は、以前よりも千鶴と深く知り合えたような気がした。素直で、潔くて、何故か無防備に総司を信頼していて、純真で。女の子から、頼って欲しいなんて言われたのは初めてで。でも言われてみて気がついたけれど、確かに最初から彼女には甘えているところが自分にはあったような気がする。彼女はそれをすこし困った顔をしながら受け入れてくれて、それがとても心地よかった。あらゆるものを受け入れてくれるような彼女の雰囲気は、多分彼女の生来持っているもので、みんなにもそうなんだろう、と思うとすこしイラッとするが、自分に向けられている分は、もう手放したくなかった。
総司は、視線を千鶴から一に移す。と、一の剣先がすこし動く。その途端、我慢の限界にきた相手が思わず打ってでた。一は冷静にその剣先を下から跳ね上げ、返す刃で上から面に打ち付けた。審判が一の勝利を示す端をあげる。
わっと道場が、それまでの静寂を破って一気に活気付いた。鮮やかな試合に、男女ともからため息と歓声があがる。
千鶴はどうしているかと総司が見ると、目をキラキラさせて、相変わらず手を握り合わせていた。
「全部一君の計算どおりに、手のひらの上で転がされていたね」
総司が楽しそうに言う。
「でも、一君が本当に強くなるのは、計算がぶっ飛んだときなんだよ。僕とやると、たまにそうなることがあるんだけど。あの冷静な顔の下の、本当の一君が出てくるんだ」
どんなだと思う?と聞いてくる総司に、千鶴はふるふると「わかりません」と首を横に振った。
千鶴が知っている一は、クールで動揺することの無い態度を保ちつつも、温かい優しさと花がほころぶような微笑を持っている、視野の広い頼りになる剣道部の部長だった。
「すっごく熱いんだ。熱くて、凶暴で、負けず嫌い」
総司の言葉に千鶴は驚く。
「びっくりしたでしょ?理性でおさえてるんだよね。それをふっとばして、中のものを出してやるのが楽しくて」
くすくすと黒いオーラを出しながら笑う総司を見て、千鶴は一にすこし同情した。
斎藤先輩も、沖田先輩にからかわれているんですね……。