【青は藍より出でて藍より青し 3-2】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。







 千鶴と平助、一が三人で、一の家に向かって歩いていると、平助が声をあげた。
「おっ!総司じゃん!やっほーって彼女と一緒か。やべっ!」
千鶴が思わず見てしまうと、マンションの入り口から、総司と彼女が出てくるところだった。平助の声に気づいた総司がこちらを見て、少し驚いた顔をする。隣の彼女は、千鶴たちを見とめると、気まずそうに顔をそむけた。

 千鶴も、二人を見られなかった。総司がこちらを見ている視線を感じるが、千鶴は頑なにカバンを持つ自分の手を見つめていた。頬が勝手に熱くなるのを感じる。千鶴はいたたまれなくて、今すぐこの場を去りたかった。

 「あれ、下見もう終わったの?」
総司の声が千鶴の頭の上を通り過ぎる。
「おお!これから一君ち行ってみんなでゲームすんだよ」
平助は普通に話して、じゃな!と言って総司達二人に手を振った。
千鶴はほっとして、顔をそむけたまま、一と平助の後を追った。後ろから視線を感じたが、振り切るように走る。胸が重く呼吸するのが苦しかった。

 下をむいたまま足をすすめる千鶴のそばに、一が寄り添うように歩く。
「カレーは好きか?」
突然の質問に、千鶴が目を瞬いて、一を見上げた。
「はい、好き……ですけど……?」
「そうか。じゃあ、俺のうちでご馳走しよう」
そう言って、一はにっこりと微笑んだ。
いつも無表情な一の笑顔が、まるで花が開くように、雪が溶けるように優しく笑うのをみて、千鶴はびっくりした。

 こんな優しい顔もするんだ……。

と、いうより、いつもの厳しい顔が彼の理性で制御している表情で、この優しい笑顔が彼の本質のように感じられた。

そして。
そうきっと。

 斎藤先輩は、私を慰めてくれてるんだ。

変に口を出したりはしないけれど、彼は多分何があって、千鶴がどう思っているか気づいてる。何故かわからないけど知っている。多分千鶴よりもいろいろわかっているような気がした。
 一の優しさに応えるために、千鶴は明るい笑顔で顔をあげる。

「ありがとうございます!楽しみです!」
千鶴の心の動きもわかった上で、一は楽しげに、もう一度笑った。

 

 一のカレーは驚くことに、とんでもなくおいしかった。
「おいしい……!」
千鶴が驚くと、平助は何故か自慢げだ。
「だろ〜?金とれるよな!」
「じゃあ、払え」
一が答える。
「ええー!なんでだよう」
平助がぶーぶー言うのを、千鶴は笑いながら見ていた。机の上には綺麗に空になった皿が三枚おいてある。何が入っているのか、どうやってつくっているのか、と話しがはずんでいると、玄関の方からがちゃっと音がして、総司が顔を出した。

 「あれ、一君のカレー食べてるの?いいなぁ。まだ残りある?」
千鶴は、今一番会いたくなかった総司の登場に、ギクリと身体を固まらせる。
ある、と総司の質問に端的に答えた一は、皿を持って台所へと立ち上がった。千鶴も残りの皿を持ってあわてて後を追う。流しで皿を受け取った一は、千鶴に言った。

 「おまえは居間へ戻れ」
今総司と顔をあわせたくない千鶴は、戸惑った。
「じゃあ私、今日はもう帰……」
「逃げるな。おまえは今総司と少し話したほうがいい」
その言葉に、千鶴ははっとして一を見上げる。

 「このままでは何もかわらない。人から聞いた話や勝手に解釈した状況ではなく、お前自身の目で見て、総司から直接話しを聞いて判断しろ」
「斎藤先輩……」
あまりにも的確に指摘されて、言葉もなかった。

 そうだ、私はいつも逃げてばかり。自分のことしか考えてなかった。突然避けられたり、目をあわせなくなってしまった私を見て、沖田先輩がどう思うかなんて全く考えてなかった。沖田先輩が自分の期待通りの人じゃなかった、っていうだけで勝手に傷ついたりして、平助君の教えてくれた沖田先輩しか見てなかった。大事なのは私からみた沖田先輩なのに….

沖田先輩の不安を拭い去りたいっていうのも、別に見返りが欲しかったわけじゃない。だってあの暗さが消えた瞳で、楽しそうに笑う沖田先輩を見るのが、好きなんだから……。

 「行け。平助に俺が呼んでいたと伝えてくれ」
「はい」
千鶴は素直にうなずいて、居間へとむかった。入れ替わりに台所に来た平助は、一にお金を渡され、アイスクリームと果物、ついでに洗濯洗剤とトイレットペーパーを買ってくるように言われ、なんで俺が、とぶつぶついいながらもカレーの恩で家を出て行った。
「さて、これで平助は片付いたが……」
千鶴は納得して、総司のもとへ行った。問題は総司だ。一年とちょっとのつきあいだが、一には総司のことがある程度わかっていた。

 あいつは最近不安定だからな…。

 何をするかわからない。もしかしたら更に酷く千鶴を傷つけたり、わざと泣かせたりするかもしれない。
一はそっと廊下にでて、居間の横の壁に背を預け、腕を組み、中の会話に耳を傾けた。

 

 「千鶴ちゃん、もう一君のカレー食べたの?」
「はい」
「美味しかったでしょ」
「はい、すごく!斎藤先輩って料理が上手なんですね」
「あれ。今日は怖くないの?」
さらっと言われた沖田の言葉が、一瞬理解できず、千鶴はきょとんとした。
「最近避けてたじゃない。僕のこと。怯えた目でさ」

 千鶴は頬がかあっと熱くなるのを感じだ。

 沖田先輩、わかってたんだ……。

「どうせ平助辺りに何か言われたんだろうけど?」
そう言って、意地悪そうな目でちらりと千鶴を見る。
「す、すいませんでした……!」
千鶴は、素直に謝った。一が言うとおり、自分で判断しなかったのは総司に対してとても失礼なことだったと思ったから。
素直に謝られて、総司はちょっと驚いたようだ。意地悪な目をやめて、にっこりと笑う。
「どういたしまして。もう怖くなくなったの?」

 久しぶりのその笑顔に、頭に血がのぼって千鶴は何も言えなくなってしまった。
「多分平助の言ったことは、正しいよ。あんまり僕に近づかないほうがいいと、僕も思うけど?」
挑戦的な目をして、うっすらと微笑みながら総司は千鶴の顔を覗きこむ。

 「怖くないか、と聞かれれば、今はまだわからない……としか言えません。あの時の喧嘩は確かに怖かったですけど、私を助けてくださるためだったし……」
千鶴は、そこで顔を上げて、目の前の総司の顔を真正面から見つめた。
「だから、もっと知りたいと思います。沖田先輩のこと。怖いって思うかもしれないですけど、そうしたらその時にどうするか考えます。私は…、沖田先輩が寂しそうにしているのを見るのがつらいです。だから…」

 千鶴は、総司の目を見つめたまた、一瞬口ごもったものの、勇気を出すように続けた。
「だから先輩も、もっと私に頼ってください。!」

 その蜂蜜色の大きな目が、あまりにも綺麗で、総司は見惚れていた。
まっすぐ、どこまでもまっすぐに自分の心の中までも射通すような真摯な輝きを持った瞳。
それとは対照的に、自分より力も強く大きい男に向かって、寂しそうだの頼れだの言う千鶴の天然なところが可笑しくて、総司は笑っていいのか、怒っていいのか困ってしまった。
 寂しそうって何?千鶴ちゃんの僕のイメージってそんな?襲われてるとこ助けたりしてあげて、平助から僕の過去の話も聞いて。それで怖い、というならわかるけどなんで寂しそう……?しかも20センチ以上も背が高くて、男の僕にむかってこんなちっこい子が、頼れ……って。

 総司は我慢が出来ずに、とうとう噴出してしまった。
千鶴が、真っ赤になる。
わけがわからない心配だけど、それでも千鶴に気にかけてもらうのは嬉しかった。寂しい云々なんて総司にとっては全くの誤解だけど、解くつもりはぜんぜんない。

 それで千鶴ちゃんに優しくしてもらって、甘えさせてもらえるなら全然オッケーでしょ。

 一拍おいた後で、総司は言う。意識したわけではないが、とても甘い声だった。
「もっと僕を知るために僕に近づいたら、今度は僕が君を離せなくなっちゃうかもよ?」
千鶴は、返事ができず、うーとかあーとか、うめきながら顔を真っ赤にしている。その顔が可愛くて、総司は思わず笑ってしまった。

 「ねぇ千鶴ちゃん。僕は確かにあまりお勧めできるような男じゃないかもしれない。これまでいろんな人を意識的にも無意識にも傷つけてきたし。でもこれだけは知っていて欲しいんだ」
総司はそう言って、また千鶴の目を覗き込んだ。
「僕はね、千鶴ちゃんは傷つけたくないと思ってる。それでも僕がいたらなくて、君が傷ついてしまうことがあるかもしれないけど、でもわざと君を傷つけたいとは思っていないんだ。それだけは君に分かっていて欲しい」

 はじめてみた総司の真剣な瞳。若緑の瞳の色がすこし濃くなり、千鶴の目を見つめていた。
千鶴は、これまでつかみ所のなかった総司の、心の一部をほんの少しだけ掴めた気がした。感情が高ぶって、思わず涙がこみあげてしまうが、総司の真剣な言葉に答えたくて、千鶴は総司の瞳を見返しながらしっかりとうなずいた。

 しばらくそんな千鶴を見つめていた総司は、ふと視線をそらせ、あーお腹すいた、カレーまだかな、といいながら居間を後にした。

 廊下で一をみつけ、総司は少し気まずそうな顔をする。
「盗み聞きなんて趣味悪いよね」
「とっくに気づいてただろう」
「一君がお膳立てしてくれたってわけ?」
「お前の方も彼女と話す必要があると思っただけだ」
「ふーん、別にお礼は言わないけど」
「別に礼など欲しくない。でもこれで明日の練習試合は勝てそうだな」
一の言葉に、総司はポカンとした。

 「ま、まさかそのためにしたの…?」
その顔が可笑しくて、一は珍しく声を出して笑った。
「お前のそんな顔は初めてみるな。あんなに心を乱しているお前も初めてみたが。まぁ、これに懲りて己の日ごろの行動を少し慎むといいかもしれんな」
「なんで僕が」
不満そうな総司に、雪村に嫌われるぞ、と言うと、これもまた珍しく、総司は言葉をつまらせた。

 そんな総司をおいて、一は台所にもどり、すっかりさめてしまったカレーを温めなおすのだった。







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