【青は藍より出でて藍より青し 1-1】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。










ぐしゃ。
それは、生暖かい音だった。

 後頭部を手のひらで掴まれ、まるでボールを投げるかのように、顔面からコンクリートの壁に叩きつけられた音。
「っのやろぉ!!」
「てめぇぇ!!」
怒鳴り声とともに、他の仲間二人が一斉にその人に襲い掛かる。
 千鶴に見えるのは、暴力の真っ只中にいるとは思えないくらい力を抜いて立っている、すらりとしたその人の後姿だけだった。
その人は、なんの気負いも無しに、殴りかかった一人の拳をひょいとよけ、逆に全体重をかけたカウンターを右手で男の顔面に叩き込む。
ぐはっ!といううめき声とともに、男は鼻から血を噴出しながら、地面にくず折れた。
それを見もせず、その人はもう一方の男に向き直ると、両手をあげて押さえ込もうと飛び掛ってきた男をかわし、勢い余ってよろけた男に、長い足で加速をつけた回し蹴りをお見舞いする。蹴りで重心を崩し地面に倒れこもうとする男の顎を再度蹴り上げ、男はそのまま仰向けに地面に倒れた。
 千鶴は、情け容赦のない暴力の応酬に、呆然と座り込んだまま目の前の惨状を見つめていた。ほんの10分前の、平凡な日常と現状の乖離に、心がついていけていない。

 

 それが起こったのは、本当に本当に平凡な日常の中だった。
今日は千鶴の高校の入学式で、一生懸命勉強して難関高校に受かった千鶴は、幸せな気持ちで新しい制服に身を包み入学式に参列した。授業はなく、簡単な説明とクラス分け、担任挨拶、自己紹介などをすませ、午前中で高校一日目は終了した。千鶴はその後、中学が同じでこの四月から別の高校になってしまった友達と、カフェでお昼を食べ、夕方まで他愛も無いおしゃべりに花をさかせていた。
友達と別れた千鶴は、すっかり遅くなってしまったと駅へと帰り道を急いでいた。

 そんな時、横から出てきた三人組みの男にぶつかってしまったのだ。
「いてっ!このやろう!」
「あれ?かーわいい女の子じゃん」
「なんだぁ、女の子なら許しちゃうよ」
「ねぇ、お詫びにさ、俺達これからゲーセンでも行こーかと思ってたんだけど、一緒に行ってよ。ね?」
す、すいません!と謝る千鶴の言葉など、まるで聞こえていないかのように三人の男達は口々に言う。
「あ、私もう帰らないと……」
「いいーじゃん、ちょっとだけ!ね?」
男達の言葉は優しいが、強い力で腕をつかまれる。
「あ、あの……。私…ほんとに……」
三人は、そう言う千鶴をずるずると、まるで引きづるようにして、駅へと続く大通り商店街から、裏の人気の無い路地に連れ込んだ。そこは大通りの喧騒が嘘のような、狭く静かな奥まったつきあたりだった。その壁に押し付けられて、唯一の逃げ道を三人にふさがれる。そこまできて、千鶴はようやく彼らが単純に自分をゲームセンターに誘っていたわけじゃないということに気が付いた。
 レイプの大半は、こういったほんの少しの都会の落とし穴で行われる…千鶴は前に見たニュースの内容を思い出した。
「は、離して……」
振りほどこうとした手は、簡単に壁に押さえつけられ、悲鳴をあげようしたが、、喉がつまり、声というよりはあえぎ声のようなかすれたうめき声しかでなかった。恐怖で瞬きを忘れ、大きく見開いた目だけが、唯一できる抵抗だった。


 その日、総司は学校が休みだったため、朝から近藤の道場で自己練習をしていた。午後からは自分が指導を勤める小学生たちの剣道教室があり、それを終えて、一人で駅前の大通り商店街の真ん中にある円形のベンチにすわり、ぼーっとペプシを飲んでいた。今日は偶然にも、大好きな道場主である近藤が来ており、久しぶりに稽古をつけてもらった。あいかわらず剣のセンスがいい総司との立会いに、近藤はとても嬉しそうにしていた。そんな近藤を見て、総司も練習をさぼらず頑張っていてよかったと思う。剣道というスポーツが自分の性にあっていたのもあるが、近藤がどんどん強くなっていく総司に喜んで、認めてくれるのが何よりも嬉しかった。そんなことを考えながら総司は、ペプシを最後まで飲みきった。
 そんな総司の前を、薄桜学園の制服を着た少女が、小走りで駆けて行く。見るとも無しにその少女の姿を目で追っていると、わざとしか思えないようにぶつかってきた三人の男にからまれ、路地裏につれていかれるのが目に入ってきた。

 どうしようかな……。

 めんどくさいなぁ、と思いつつ、そちらを見ていると、押し殺したような、悲鳴のようなかすかな叫び声が聞こえてきた。近藤がこの場にいたら、きっと助けるように言うだろう。総司は小さくため息をつくと、スポーツバックを持ち上げ、ペプシのペットボトルをベンチに残したまま、路地裏にゆっくりとむかった。

 「ねぇ」
総司のけだるげな呼びかけに、その三人はうるさそうにこちらを振り向く。
「すごいめざわりなんだけど」
総司はそう言って、少女の手を掴んでいる真ん中の男の後頭部を自分の手のひらで、がしっとつかむ。そしてそのまま、思いっきりその頭を横の壁にたたきつけた。
 襲われていた少女は、呆然として、背中を壁に預けたままずるずるとしゃがみこむ。

 あ、かわいいかも。

 総司は夕日に照らされた少女の顔を見て思った。

 結構タイプかな。

 そんなことを考えながら、唖然としている残り男二人の間を歩いて、彼女の前に彼女を背にかばうようにして立ち、男達に向き直った。

 

 

 「はい、終了」
その人は、喧嘩の後とは思えないくらい平坦な、感情の高ぶりなどまったくない声でそう言った。そして千鶴の方を振り向くと手を差し出す。
 「大丈夫?」

 千鶴は、その恩人の顔を見上げたが、ちょうど逆光になっていてよく見えない。
「あ、ありがとうございました……」
まだ夢の中にいるような気持ちで、呆然としながら差し出してくれた手をとった。その手は、先ほどのためらいのない暴力をふるったとは思えないくらい、暖かくやさしかった。

 引き上げてくれようとして、彼が千鶴の手をぎゅっと握ってひっぱると、
「いたっ!」
その人が小さく叫ぶ。
千鶴が驚いて手を離して立ち上がると、彼は手を動かさないようにしながら、やばい、傷めたかも……と呟いていた。
「あの、さっきのせいで……?」
千鶴が心配そうに彼の手を覗き込むと、その人はまるで聞こえてないかのように、
「あー、大会近いのに…。一君にばれたら殺される…」
などと独り言を言ってる。そしてふと千鶴をみると。
「ね、君さ。あそこにある、あれ、僕のカバンなんだけど、中に湿布がはいってるんだ。悪いんだけど、封をあけて、一枚ここに貼ってくれない?」
彼の指差す方をみると、道の真ん中にナイキのスポーツバックが転がっている。
「これですか……?」
千鶴は自分のせいで、彼に怪我をさせてしまった、とあわてて中をあさり湿布をとりだした。封をあけていると、彼が苦笑しながら言う。
「結構打ち身の多いスポーツをしててね。いつも湿布は持ち歩いてるんだ。あ、テープでとめるから、テープもいい?」
「あの、テープより包帯の方が湿布がしっかり固定されるのでいいかと思うんですが……」
千鶴は一緒に入っていた包帯を手にとって彼に見せた。
「巻いてくれるの?」
「もちろんです。私のせいなんで、ぜひ手当てをさせてください!」
千鶴はそういうと、彼の手をそっととり、慣れた手つきで湿布をあてる。


 総司は、先ほどから見てた感じで彼女はトロくさそうだと思っていたので、手際よく自分の手当てをするのに少し驚いていた。
彼女の、細くて真っ白な手が、自分の手に添えられると、柄にもなくドキドキして、そんな自分が少しおかしい。彼女はするすると、手を動かしてもゆるまないようV字に包帯を巻いていく。そのあまりの慣れた感じと上手さに、
「君、もしかして看護婦さん?」
そう言うと、彼女は初めて顔を上げて、総司の顔を見た。そして、とてもおかしそうにくすくすと笑った。

 かわいい……。

 夕日に照らされ、心からの笑顔で自分を見てくれた彼女は、文句なしにこれまでみた女性のなかで、総司にとって一番のストライクだった。総司が彼女にみとれていると、彼女は包帯に視線を落とし、手を動かしながら言う。
「まだ高校生です。父が小さな医院を開いているんで、その手伝いをたまにしてるんです」
総司は、その妙に落ち着く彼女の声を聞きながら、彼女の伏せた長い睫と、それが頬に落とす影を見つめていた。
永遠に続いて欲しい、と思ってしまう自分に驚きながらも、この妙に心地いい時間をたのしんでいると、はい、終わりました、という声とともに、彼女が顔をあげた。


 


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