【青は藍より出でて藍より青し 9-1】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。











 

   「総司はまだ帰ってこないのか」
一の問いに、千鶴があたりを見渡しながら答える。
「はい、1時間くらい前にちょっと昼寝してくるって言って行ったきり……」
「そろそろ総司のブロックの最終戦じゃね?」
平助の言葉に、一は眉根をしかめた。

 関東大会の最終戦、A〜Eの各ブロックに分けられた選手たちは、それぞれのブロックを勝ち抜いた優勝者だけが、夏休み直前に開催される全国大会に出場できる。Bブロックの一、Cブロックの平助は、早々に優勝をして全国大会の出場を決めた。あとはEブロックの総司の試合を残すだけになっている。あと30分ほどで集合をかけられる時間になるのだが、ふらっと席を立って行った総司は、いまだに帰ってきていなかった。

 「わ、私あたりを探してみます!」
千鶴は立ち上がり、総司を探しに市の総合体育館の観客席やロビーを、走りまわった。梅雨があけた後の体育館は、クーラーが効いているといってもかなり蒸し暑い。千鶴も、制服の中を汗がつたい首筋にはゆるくまとめた髪の後れ毛がはりついていた。
一階にある体育館の競技スペースを、ぐるっと囲むように2階に設置されている東西南北の観客席をのぞいてみても、総司はいない。寝転んでいるのかと思ってイスの方から覗き込んでみたのだが、はずれだった。

 暑いから、クーラーがよく効いてるロビーかな……。

 千鶴は一階におりてロビーのベンチを見渡したが、ここにも総司はいなかった。再び階段をのぼり、二階の観客席裏にある自動販売機のコーナーを見てみると、どこかの学校の剣道部の生徒たちが、しゃがんだり、壁にもたれたりしてしゃべっている。千鶴はその間をかき分けて通り抜けようとしたが道の真ん中をふさいでる男子生徒の一群がいて、通れなかった。

 「あ、あの……。すいません……」
上目使いで遠慮がちに声をかけると、道着を着た男子生徒たちが振り向いた。

 「あ〜ごめんね〜?」
「悪かったね〜」
そう言いつつも、じろじろと千鶴を見つめ、なかなかどいてくれない。総司の試合の一つ前の試合が始まるアナウンスが流れ、千鶴はあせった。自分の試合の一つ前の試合が始まる時には、もう次の選手は待機場所にいなくてはいけないのだ。焦る千鶴とは裏腹に、その男子生徒たちは、お互いに千鶴を肴にしてからかいあっている。
「君、どこの高校?」
「かわいいね〜。今日は彼氏の応援?」
「彼氏、いるの?」
つぎつぎと問いかけられ、千鶴は、あの、すいません、通してください。と困った顔で訴えるしかできない。そんな時、彼らの後ろから仲間の一人が言った。
「それ、薄桜学園の制服じゃないか?」

 その瞬間、彼らの空気が固いものになる。
「……ふーん。君、誰を応援しに来たの?沖田?」
突然出た総司の名前に、千鶴は驚いた顔をしてしまった。それを見た彼らは、やっぱり、という顔をして、嘲るように笑いあう。
「沖田かぁ。去年の全国、三戦目ぐらいまで残ったんだっけ?20位くらい?残念だねぇ、次の試合、沖田とやるのうちの先輩でさ。去年全国で15位だったんだよね〜」
「もう沖田の応援なんかやめて、うちの応援してよ」
ぎゃはははっと下品にはじける笑いに、千鶴は悔しさで真っ赤になった。
「ああ、試合さえできないかもなぁ。全国大会のとき、沖田の相手確か不戦勝で繰り上がったはずだぜ」
「不戦勝……?」
千鶴が思わず聞き返すと、その生徒は得意げに言った。
「知らないの?あいつ試合に来なかったんだよ」
負けるのが怖くて逃げだしたんじゃねーの!へたれだよなぁ!と一斉に沸いた声に、千鶴は思わず自分でもびっくりするくらい大きな声で叫んだ。
「違います!!」
騒いでいた生徒たちが、驚いたような顔をして静かになり、視線が千鶴に集まる。あまりの悔しさに、千鶴は彼らの表情などかまわずに勢いよく続けた。
「沖田先輩はそんな人じゃないです!試合を逃げたりするような人じゃない!いい加減なこと、言わないでください!」

 「あれぇ?何真剣に怒ってんの?」
「か〜わい〜い〜。顔真っ赤にしちゃって」
「そう言うならさ、君も、ここで観戦しなよ。沖田が負けるの一緒に見ようよ」
あ、そもそもあいつは試合に来ないのか!ぎゃはははっとまた笑いながら、一人の生徒が千鶴の手を掴んだ。千鶴は振り払おうとしたが、すごい力で握られ、痛みのあまり顔がゆがむ。その顔を、その生徒は楽しそうに覗き込んだ。
「ほんと〜にかわいいね。沖田のファンってのがますます気に入っちゃったよ。ちっちゃくて、いいね」
そう言って、千鶴の手を引き、自分の胸にひきよせようとする。

 「何やってるのかな〜?」
のんきな言葉だが、声の調子は底冷えがするような冷たさだった。
千鶴たちの後ろから聞こえてきた、聞きなれた声に、千鶴は振り向く。
「沖田先輩!」

 総司はゆっくりと千鶴達に近づき、千鶴を掴んでいる男子生徒の手首をぎりぎりと締め上げた。
「汚い手を放しなよ」
そして、男子生徒の手が離れると、千鶴の手をとり、自分の後ろへとやる。
「ほんとーに君はトラブルメーカーだねぇ。またやっかいごとを起こして」
呆れたような総司の声に、千鶴は真っ赤になってうつむいた。
「すっ……すいませ……」
「でも、かばってくれてありがとう、千鶴ちゃん。そんな人じゃないって信頼してくれてうれしかったよ」
総司がにっこりほほ笑んだ。

 「じゃあ、なんで去年全国大会で試合に行かなかったんだよ!」
「どうせびびったんだろ!かっこつけてんじゃねーよ!」
次々にあがる男子生徒たちの非難の声に、総司はイラッとした顔をして言い放った。
「うるさいなぁ!昼寝してて寝過ごしたんだよ!」

 ……しーん……

 お、沖田先輩……。その理由……。怖くて逃げだしたのとどっちもどっちです……。 

 総司を信頼して喧嘩を売った千鶴は、思わずがっくりした。
「も、いいです……。沖田先輩。今回はそうならないように、早く行きましょう……」
千鶴は総司の腕に手をかけ、通路をふさいでいる男子生徒たちと反対方向へと総司の袖をひっぱった。男子生徒たちもあきれたのか、笑えばいいのか、怒るところなのか、わからないようで、口をパクパクさせている。
珍しく素直に千鶴の後をついてその場を去ろうとした総司に、後ろから悔し紛れの捨て台詞が投げ捨てられた。

 「……どうせ試合に行っても負けるだけなのにな。聞いたこともない弱小流派のくせに!」
「確かに聞いたことないよな。とっととそんな道場潰しちまえばいいのに。目障りだぜ。かっこ悪ぃ。どうせ負けるよ、弱いから」

 千鶴の後ろにいる総司の体がこわばったのが、千鶴にも感じられた。あっと思う間もなく総司がふりかえり、男子生徒たちに向かおうとする。千鶴は必死に総司にすがって止めた。
「沖田先輩やめてください!」
千鶴の体重をかけた静止をものともせず、総司は視線を男子生徒たちからはずさずに、低い声で言った。
「千鶴ちゃん、放してくれる?近藤さんのことを言われるのだけは許せないんだよ、僕」
総司の顔は、これまで見たこともないくらい無表情で、緑色の目には野生のネコ科の動物のような金色の光がゆらめいている。まるで知らない人のようで千鶴は恐怖というよりも、ようやく近づいたと思っていた総司が、はるかに遠くにいることを思い知らされて、震えた。

 でも、これだけはゆずれない……!

千鶴は、総司の前に出て、男子生徒たちへと続く通路の真ん中で両腕をとうせんぼのように広げて、総司を見上げた。

 総司は、やはり冷たい目でちらりと千鶴を見て、またすぐ視線を男子生徒たちへとやる。
「千鶴ちゃん、君に乱暴なことはしたくないんだ。どいてくれる?」
静かな声が、総司の怒りを表しているようで、恐ろしい。
『……あいつん中には、あの頃の危ないのがまだ残ってる。時々それを感じる……』
以前平助から聞いたことを思い出す。

 でも千鶴も決して譲る気はなかった。
冷たい総司の眼差しを、震えながらも正面から受け止める。

 「絶対にどきません……!今暴力沙汰になったら、沖田先輩はもう試合に出られないんですよ!?」
「別にいいよ試合なんて。あいつらぶちのめす方が大事だよ。さぁ、どいて」

 全くとりつくしまのない総司に千鶴は思わずかっとなった。


 「どきません!だって……!私も悔しいんです!悔しくて悔しくてたまらないから……!だから絶対にどきません……!」


悔しい、と言ったのは本当だった。悔しさのあまり涙声になりながらも叫ぶように言った千鶴に、総司は初めて視線をまっすぐにあわせた。何を言っているのか?という顔の総司に、千鶴は涙をにじませながら言いつのった。

「近藤さんの道場が強いのも、沖田先輩が誰よりも強いのも私は知っています。だから……!あんなしょうもない人達にだけ、こんなところでその強さを証明しても意味がありません!私は、あの人達の言うことが間違っているっていうことを、みんなに知ってほしいんです!」

 そう言って千鶴は、総司の両腕を掴んで、瞳を覗き込んで訴えた。

「この会場で試合を見ている全員に……!沖田先輩が……近藤さんの剣道が誰よりも強いって教えてあげてください!試合で勝ってください!それができるのは沖田先輩だけなんです……!」

 零れ落ちそうな涙を必死にこらえて、総司が初めて見る強くまっすぐな力のこもった瞳で視線を外さず言いつのる千鶴の姿と、その言葉に、総司の胸の奥から何かが溢れた。

 言葉にできないその思いが、総司の全身を圧倒するように包む。津波のように次から次へと襲い掛かるその初めての感情に、総司は流されないように、千鶴を思わず引き寄せてすがるように抱きしめた。

 突然の自分の行動に、千鶴が驚いて体を固くしたのを感じたが、総司はかまわず力を込めてさらに千鶴を抱え込むように抱きしめる。
びっくりするほど華奢なウエスト、やわらかな肩が、総司の心の中で信じられないほどの存在感を伝えてくる。自分が抱きしめているものが、この小さな体以上の大きなものであることを総司は全身で感じ、そしてそれは震えるほどの感動と幸福感を総司に伝えた。

 好きだ、なんて言葉じゃ足りないくらいの圧倒的なこの思いに、総司は足元がおぼつかないような不安を覚える。けれども彼女が自分に示してくれた絶対的な信頼が、これまで感じたことのないくらい総司の両足を地面にしっかりつけさせてくれてもいた。

 何も言えない……。何を言ったらいいのかわからない…。
でも、見てて。千鶴ちゃん。


僕を見てて。
僕は……。




 「全力で君の期待に応えるよ」



 


      
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