【青は藍より出でて藍より青し 8-1】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
関東大会の初日の土曜日、総司と一、平助は当然のように順調に勝ち上がった。次は来週の上位戦で全国大会への出場をかけて試合をすることになっている。そんな土曜日の次の日曜日。朝起きてカーテンを開けようとリビングに向かった一は、自分の家のリビングの惨状を見て、溜息をついた。
もう朝の9時近くだというのに、部屋はカーテンが閉まったままで薄暗く、テレビに接続されたゲーム機は電源が入ったまま、表面の緑のランプがちかちかと瞬いている。テレビの方は電源がおちているが、たぶん一定時間操作がされないと自動的に電源がきれる機能が働いてきれただけだろう。テレビの前には、漫画雑誌やら、食べかけのポテチやらポッキーの空き箱がちらかり、その中に平助がゲームのコントローラをにぎったままソファにもたれて眠っている。総司はなんとかソファの上にまでたどりついたようで、横になって、ひじかけの部分を枕にして丸くなって眠っていた。
一は見なかったことにして、踵を返してリビングを出た。
もうすぐ千鶴が来るはずだ。
昨日の関東大会の帰り道、千鶴と話すともなく話していると、明日の話になった。一が明日はカレーをたくさん作る予定だと言うと、一のカレーのファンになった千鶴が、ぜひ作り方を習いたいのでお邪魔していっしょに作らせてくれないかと頼んできたのだ。特に断る理由もなかったので、了解したが、そのあと総司と平助が一の家に押しかけ、ぐだぐだし始めた。一はつきあいきれないと、いつも通り11時ごろに風呂に入り、12時には寝室で眠ったが、あの馬鹿二人はその後もゲームをしつづけたらしい。
まあいいだろう。キッチンとリビングは廊下をはさんでいるし、ちょっと座ってお茶をのむくらいのテーブルとイスはキッチンの脇のダイニングにあるから、千鶴にお茶をだすときはリビングを使わなくてもいい。カレーができるころにはさすがにあいつらも起きてくるだろう。
一はそう考えて、特にリビングの惨状を繕わずに、キッチンに行き、自分にコーヒーをいれ、千鶴の紅茶のためのお湯をわかしはじめた。
来客を告げるチャイム音がした気がして、総司は目をさました。
昨日は風呂に入らずに寝てしまったし、その前にはあぶらっこい菓子を食べ、歯もみがかずそのまま寝てしまったため体中がべとつく感じがして気持ち悪い。
総司はまだ眠かったが、その気持ち悪さをなんとかしたい気持ちの方が強くて、寝ぼけながら起き上り勝手したる一の家の風呂にむかった。
途中廊下で、来客(さっきのチャイム音、夢じゃなかったんだ。宅配かな?)を迎えるため玄関に向かっている一とすれ違い、
「シャワーあびさせて」と頼む。一の「かまわない」という返事を背中で聞きながら、総司はバスルームのドアを閉めた。
「骨付きの鶏肉を使うんですね」
千鶴はダイニングで一が入れてくれたミルクティを飲みながら、その鶏肉の量に目を丸くした。
「何キロくらいあるんですか?」
一は冷蔵庫やパントリーから、カレー作りに使う材料をドサドサと出しながら、答える。
「1Kだ。だが冷凍で安い。その鶏肉は食べるため、というよりスープのだしをとるために使う。カレーに入れる食べるための肉は、基本牛のすね肉だ」
総司と平助がそれが好きだからな、と一が不本意ながらつぶやいているのを聞いて、千鶴は微笑んだ。
「北側のベランダにある玉ねぎとジャガイモを持ってくる。ここでゆっくりしててくれ」
一はそういうと、キッチンから出て行こうとした。その一に、千鶴はティーカップを置いて声をかける。
「あのっ、私にも準備を手伝わせてください。何すればいいですか?」
明るいブルーのすっきりとしたエプロンをつけた千鶴を、一はちらっとみて微笑んで言った。
「じゃあ、冷蔵庫にあるバターを出しておいてくれ」
「はいっ!」
千鶴が冷蔵庫を覗き込み、バターを見つけた時、廊下を歩いてくる足音がした。一だと思い、冷蔵庫を閉め振り向いた千鶴の目に飛び込んできたのは、頭をタオルでおおって拭きながら、キッチンに入ってくる半裸の男だった。
「一君、新しいTシャツ……」
「……!!!きゃーーーーーーーーーーーーっ!!!」
空気を切り裂くような叫び声に驚いたその男は、顔を覆っていたタオルを頭の後ろに下げて、こっちを見た。
「千鶴ちゃん!?」
「おっおおおおおおお沖田先輩!!」
はっはだはだはだ色のものがぁ……!
洋服の上からはわからなかったが、何も着ていないため、意外にがっしりとしたたくましい上半身がむき出しになっている。その胸板を、シャワーを浴びた直後の濡れた髪からたれた滴がつーっと伝う。千鶴は、思わずその滴を目で追ってしまう。その滴は総司の胸を伝いひきしまった腰をたどり、一番上のボタンが開けられたままのジーンズと肌の間に吸い込まれていった。
千鶴が、あわてて目線を上にあげると、ほどよく筋肉のついたなめらかな腕を頭にやったまま、驚いてこちらを見ている総司と目があった。額にはらり、とかかる濡れた髪を、うっとおしそうに総司は両手でかき上げる。いつもは髪で隠れて見えないすっきりとした額があらわになって、総司の整った顔を際立たせていた。
いっ色っぽすぎる……!だっだれか助けてください〜!!!
千鶴は、総司に悩殺されて、全身真っ赤、目はめまいのあまりぐるぐるしていた。
そんな千鶴に気づいて、総司は楽しそうににやり、と笑う。
「照れてるの?僕の裸、そんなにドキドキする?」
わざとにきまっている艶めいた低い声をだして、総司は、ゆっくり千鶴に近づいてきた。それにあわせて千鶴は一歩、また一歩と後ろに下がる。とうとう冷蔵庫に背中があたり、これ以上下がれないところまで追い込まれた。壁サンドならぬ冷蔵庫サンドである。
総司は片腕を冷蔵庫につけて、わざと自分の裸の胸を千鶴によせた。顔はまるでねずみを追い詰めた猫のような満面の笑みで、楽しくて楽しくてしかたがないらしい。
「ねぇ……?千鶴ちゃん。答えてよ?」
耳元にふっと息をふきかけて、殊更甘さを漂わせた声で、総司は千鶴の耳元にささやいた。
風呂上りの総司のシャンプーのにおいやら、口から漂う歯磨き粉のすっきりとした香りやら、裸の胸をつたう滴やら、ずりおちてしまいそうなジーンズやら、耳元でささやかれる甘い声やらで、千鶴はもう爆発寸前だった。色気の塊のような総司を、見てしまわないようにぎゅっと目をつむる。全身固まって冷蔵庫に張り付いていた千鶴を救ったのは、一のいつもの落ち着いた声だった。
「総司、千鶴で遊ぶな。Tシャツは、俺のを着ていいから、はやく着替えてこい。ついでに平助を起こしてリビングを片付けておけ」
「……は〜い」
つまんないの、といいながら、意外にも総司はあっさり千鶴から離れた。
「我慢我慢、だからね」
そう呟きながら、総司はキッチンを後にした。
「すまなかった。言っておけばよかったな。総司と平助が昨日押しかけて来た。あいつらは一晩中ゲームをしていたらしい。平助はまだリビングで寝ている」
「あ、あ、そうですか……。ハァ」
朝っぱらからすごいものを見てしまった……。
千鶴は、頭に浮かんできてしまう総司の先ほどの姿を、首をぶんぶん振って振り払おうとしていた。
「な、何からしましょうか?」
一は背筋を伸ばしたまま玉ねぎの皮をむきはじめている。
「じゃあ、まずこの野菜をざく切りにしてくれ。圧力鍋で煮る」
総司と平助(平助も風呂に入った)は、ダイニングでコーヒーを飲みながら、キッチンでカレーを作っている千鶴と一を眺めていた。
総司は長い脚をだらっと投げ出し、イスの背もたれに背中をあずけ、コーヒーをすすっている。平助はまだぼーっとしているのかテーブルに頬ずえをついていた。二人の目の前で、一と千鶴は仲良く料理をしている。
「え?みりんですか?」
「そうだ。いい甘味がでるし、カレーうどんにした時も相性がいい。ルーは別にこだわっていないが、何種類かを混ぜるようにしている」
「中辛と……、バーモンドカレーの甘口?」
「前カレー屋に行った時、わかっただろう?総司が辛いのが苦手だからな」
「熱っ……!」
「大丈夫か?圧力鍋のふたは危ない。俺がとろう」
「な〜んか、楽しそうじゃね?」
「むかつくよね」
総司と平助がぼやく。
「いや、別にむかつきはしねーけどさ。新婚さんみてぇ」
平助の言葉に、総司はむっとした顔でだまりこむ。
「……平助は一くんならいいんだ?」
「は?何が?」
「前、僕には散々だったよね。手をだすな、とかもてあそばれるとかさぁ。一くんになら千鶴ちゃんに手を出されてもいいんだ?」
平助は一瞬きょとんとして、しばらくして前に道場で話したことを思い出したらしく、「あぁ!」と言って手をたたいた。
「一君ね、一君ならいーんじゃね?安心だよ。千鶴を幸せにしてくれそ」
総司はそれを聞いて眉間にしわをよせる。
「……別に平助に認めてもらわなくてもいいけどさ。なんか心外だなぁ。なんで僕は千鶴ちゃんを幸せにできないわけ?」
「なんでって、おまえ自分がこれまでの彼女にやってきたこと考えてみろよ。あんな扱い千鶴にはさせたくねーよ、普通」
「ふーん……。じゃあこれまでみたいじゃない付き合い方ならいいわけ?たとえばさ……」
総司は、記憶をたどりながら続ける。
「千鶴ちゃんのこと考えて夜眠れなくなったり、夜中とかに声が聞きたくなって電話したり、かっこ悪い嫉妬したり……えーっと後はなんだったっけな…?あぁ、そうそう、明日会えるのに別れがつらくて帰らないでってわがまま言ったり?」
平助は目をぱちくりさせた。
「は?何言ってんのお前」
「だから、まぁいわゆる『恋』的な?」
総司の言葉をしばらく考えて、平助はうなずいた。
「あぁ、なるほどね。そうだな。確かにお前今までつきあってきた子たちとの関係って、いわゆる恋ってかんじじゃなかったよな。なんつーか、おまえに余裕があるっつーか。それほどのめりこんでねーっつうか」
でも、そんなんになる総司、想像できねぇ。平助はそう言ってコーヒーを口に含み、ちょっとトイレ、と言って席を立った。
総司自身にも想像できなかった。特にそんなにこだわりが強いほうではない。近藤に対する信頼と敬愛、剣道に対する強くなりたいという願い。総司が持っているものはそれぐらいだった。そういうつきあいができないなら千鶴を幸せにできないというのなら、やはり千鶴とは付き合わない方がいいのだろう。
さじ加減に気をつけて、我慢我慢……か。めんどくさ。
「千鶴、味見をしてみろ」
キッチンでは一が千鶴に小皿を差し出していた。総司はそれを逃さず立ち上がり、二人に近寄る。
「千鶴ちゃん♪僕にも味見させてよ」
「おっ沖田先輩。いいですよ。ちょっと待ってくださいね」
千鶴が、小皿にカレーをすくって、スプーンとともに総司にさしだす。総司はそれを無視して、あーんと言いながら自分の口を開けた。
「はい、あーん」
「お、沖田先輩……///」
千鶴は、恥ずかしがりながらも、スプーンでカレーをすくって、総司の口にいれてくれた。千鶴の口もあわせるように、あーんと開いている。総司はカレーを食べながら、千鶴の桜色の唇を見ていた。
カレーより、こっちの方がおいしそうだよね。どんな味がするのかな……。
今日千鶴が着ているうす紫色のチュニックが、千鶴の肌をさらに白くみせていてまぶしい。スプーンを持つ白い手、細い手首、すんなりした指、桜色の爪…。すべてがなめらかで、きれいで、おいしそうだと総司は思った。その指に、カレーが一滴ついているのを発見した総司は、何も考えずに思わず彼女の手をとり、自分の口に運んで、そっと舐める。
「……っ!」
千鶴が息をのむ音が聞こえてきて、総司は我に返った。
「あ、ごめん。つい……」
からかいに紛れ込ませる余裕がなくて、思わず総司は謝った。
「い、いえ……」
千鶴は真っ赤になって、総司に背を向け、鍋の方に向き直った。
総司は、自分でもなぜあんなことをしてしまったのかわからなかった。髪をかきあげて、小さく溜息をつくと、リビングへと歩き出す。
我慢我慢と言い聞かせているのに、ふとした拍子に勝手に動いてしまう自分が、よくわからない。
総司が後ろを振り向くと、千鶴の後姿が見える。ゆるくまとめた髪、その間から見える白いうなじ、エプロンの腰紐で、腰の細さ、体の華奢さが強調されている。
触れたい。
後ろから、思いっきり抱きしめて彼女の体温を確かめたい。
髪に触れて、彼女の驚いた顔、恥ずかしそうな顔、僕を求める顔が見たい。
なんで我慢しなきゃいけないんだっけ……?
総司はいらいらしながら、リビングのソファにどさっとすわると、足元にちらばるお菓子の空き箱やカラのペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。