【青は藍より出でて藍より青し 5-2】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
千鶴が息をきらしながら屋上にたどり着くと、一が言ったとおり夕陽を浴びながら、屋上のフェンスにもたれて校庭をながめている、道着姿の総司の背中があった。
まるで大事な何かを、落っことしてきてしまった子どものように途方にくれた、寂しげな背中だった。
千鶴は胸が痛くなる。
千鶴の気配を感じた総司が、ふりかえらずに言った。
「何しにきたの。やさしい一くんや平助のそばにいた方がいんじゃないの」
「お、沖田先輩だって……、優しいです……」
「優しい…?僕が?優しくないでしょ。君を泣かせたし」
千鶴は沈黙した。そして、
「そうですね。優しくないかもしれません」
と答えた。
ははっ、と総司が笑う。
「どっちなの。いいかげんだなぁ」
「どっちでもいいんです」
総司の背中を千鶴は見つめていた。
原因はわからないけど彼は傷ついてる。
総司が周りを傷つけているんじゃないか、とみんながいいそうだが、多分一番傷ついているのは総司だと、千鶴は感じた。
胸に抱き寄せて髪をなで、なぐさめたい気持ちがこみ上げる。
校庭から帰りの挨拶をかわす生徒達の明るい声が、屋上まで響いてきた。
「沖田先輩が優しくても、優しくなくてもどっちでもいいです。どっちでも……私は、沖田先輩の傍にいたいんです」
千鶴の言葉が、夕陽に赤くそまる空気に響いて溶けた。
総司は、背を向けたまま頭をがっくりと落とした。
「なんなの、その殺し文句」
千鶴の位置から、苦笑いをしているような声と横顔が見える。
「あれだけからかわれたり傷つけられて泣いたりしてたのに、よくそんなことが言えるね」
総司の雰囲気がさっきまでの意地悪な表情や棘のある声ではない気がして、千鶴は続けた。
「からかわれても傷つけられても、それよりも沖田先輩の傍にいると嬉しくて楽しいです。だから、沖田先輩になら、傷つけられても、いいんです。私こそ、いつも迷惑をかけて助けてもらってるのにお返しもできなくて……。でもどうすれば先輩が喜ぶのかわからないんです。先輩の笑顔が見たいだけ、なんですけど…」
最後の方は途方に暮れたような涙声になってしまったが、千鶴は涙を零すことだけは、ぐっと我慢して、総司の背中を真っ直ぐに見つめた。
学校のチャイムが鳴り、下校を呼びかける教師のアナウンスが、屋上にも流れてきた。
かなり長いその放送の間、総司はずっと校庭を見ながら沈黙していた。
そして、大きなため息を一つつくと、ゆっくりと振り向いた。
「あー、もういいよ。降参」
総司はそう言って、手のひらを広げて、両手を上にあげる。
その顔は、つきものが落ちたようにさっぱりとしていて、千鶴を見て、困ったように笑っていた。
「負けたよ。なんか自分が馬鹿みたいだ」
ほっとしたせいで、思わず涙ぐむ千鶴に、総司はゆっくりと近づく。
千鶴の瞳を優しく見つめながら、総司はそっと手を千鶴の頬にあてた。
そして囁くように言う。
「僕がいらいらしてたのはね、多分、自分でもよくわからなかったけど、君に怪我をさせるような事態にさせちゃった僕自身に苛立ってたからだと思う。その上さらにそのいらいらを君にぶつけて傷つけちゃったし」
ごめんね、と小さく総司はつぶやいた。
「彼女にもちゃんと電話するよ」
「……」
千鶴の不満げな表情と沈黙に、総司はちょっと口を尖らせて拗ねた顔をする。
「……わかったよ。ちゃんともう一回会って、さっきのこと謝って、ちゃんと別れる」
それを聞いた千鶴は、ふわり、嬉しそうに総司を見て微笑んだ。
夕陽に照らされたその笑顔は、ほんとうにかわいくて愛しくて、何故か総司は胸が痛くなった。
誰かに認められたいなんて、近藤以外には思ったことも無いのに、総司は何故か千鶴にはひどい人間だとは思われたくなかった。
男にも女にもさんざんひどい事をしてきた自覚はある。そしてそれは、はっきり言って総司は全く後悔はしていなかった。喧嘩も自分から売ったものはない。売られたものを買っただけだし、女の子に対する態度も、つきあう前にちゃんと言ってある。それでもいい、と近寄ってきたのだから、自分が後ろめたく思う必要はまったくない、と考えていた。
でも、千鶴はこんな自分をどう思うだろう。
優しい彼女は、気に入らないだろう。彼女の優しさは、自分ひとりに向けられたものじゃない。それでも、少なくとも総司のスペースは彼女の中で、大きくなってきているはずだと、彼女の自分に対する態度から、思う。そして総司には、それが心地よく、必要なものになっていた。
総司は自分の気持ちをごまかすように、明るく言う。
「じゃあ、多分道場で心配してる、保護者二人のところにもどろうか」
「保護者って……斎藤先輩と平助くんのことですか?」
歩き出す総司の後を追って千鶴が聞く。
「そうそう。ところで一君はいつから君の事を名前で呼ぶようになったの?」
「いえ、あの時が初めてです。あの後はもう、雪村、でしたよ?」
「そうなの?」
ふーん、とつぶやく総司を見て、千鶴は不思議に思う。
「でも沖田先輩だって、私のこと『千鶴ちゃん』って名前で呼んでますよね?平助くんも『千鶴』だし……。なんで斎藤先輩のだけそんなに気にするんですか?」
階段を降り、剣道場に向かっていた総司は、ぴたっと歩くのをとめ、まじまじと千鶴を見つめた。
しばしの沈黙の後。
盛大に噴出した。
「ちっ千鶴ちゃん……!面白い…!面白いくらいに鈍いね……!あっあははっあははははは……!」
お腹をかかえて笑う総司に、わけがわからなくて千鶴はむっとする。
「な、なんですか?それ。別にそんな鈍いとか、そういうたぐいの話を私はしていたんじゃなくてですね……!」
「あははは!あー面白い!ほんとに千鶴ちゃんは面白いねぇ」
以前どおりの総司と千鶴のきゃいきゃいはしゃぐ声が、道場の外から聞こえてくると、一と平助は顔を見合わせ、微笑みながらうなずいた。
「あー、どこかの馬鹿が問題起こすからこんなに遅くなっちまった。腹減った〜!」
四人で帰る帰り道。駅前の、薄暗くなった大通り商店街を歩きながら平助が叫ぶ。
「どこかの馬鹿って、平助のこと?」
「なんでだよっっ!それより何か食べてかね?」
「あ、ごめん、平助くん。私今日夕ご飯作らないといけないから、皆さんで行ってきて?」
「千鶴ちゃんが行かないのに、何が哀しくてヤローだけで行かないといけないの」
総司が口をとがらせながら拗ねたように言う。
「ま、いいや。うちも今日ハンバーグって言ってたし。でも今度またみんなで行こーぜ。ほら見てあそこ。新しいカレー屋ができてんだろ。行ってみてーんだよなー!」
「勝手に行けばいい」
一が答える。
「なんでだよ!どっちかってーと一くんに食べて欲しいから行きてーのに」
「俺に?何故だ」
いぶかしげに一が問う。
「ほら、外のメニューにさ、チキンカレーとかキーマカレーとかいろいろ書いてあんだよ。一くんのカレーの幅がひろがるかと思って」
「……何故俺がお前達のために、料理の幅を広げなければならんのだ」
「まあ、いいじゃん!みんなが幸せになれるんだからさ!な、総司お前はいつがあいてる?」
「んー?そうだな、道場の無い日ならいつでもいいよ。千鶴ちゃんは?」
俺は行くとは言ってない、と主張している一の声をスルーして、総司が千鶴に聞く。千鶴は困ったように笑って総司を見上げる。
「私は、皆さんが行くときに誘ってください」
「空いてる日に誘うからさ。都合が悪い日かいい日を教えてよ」
「……」
すこし不安そうに微笑む千鶴が不思議で、総司がさらにいいつのると。
「ああー、千鶴はいいよ。わかった。俺らが行くとき誘うからさ。その時都合がよかったら一緒に行こーぜ」
平助が会話を奪って千鶴に言った。
千鶴はほっとしたように、うん、ありがとう。と言う。
総司はクエスチョンマークが頭に渦巻いていた。千鶴のことをよく知らなければ、ていよく断られたと思うところだが、平助の様子だとどうも違うようだ。
「カレーがあんまり好きじゃないの?」
総司がそう聞くと、千鶴はキョトンとして、好きですよ?と答えた。
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わからなかったが、もう平助と千鶴達は別の話題に映ってしまっていたので、とりあえず何かひっかかりながらも総司はそのまま流すことにした。
千鶴と平助が、今夜の夕飯についてにぎやかにしゃべっている横で、一が総司に言う。
「もう機嫌はなおったのか」
突然の一の言葉に、総司はすこし驚いてしばらく沈黙した。
「なおったっていうか……。もういいやってなんかあほらしくなったっていうか……」
視線を感じて、総司が一を見ると、一は意味ありげな目で総司を見ながら微笑んでいた。
「……何、その笑顔。なんかむかつくんだけど」
「別に深い意味はない。ただ……」
「ただ……?」
「次の地区大会は勝てそうだな」
「……一くん……。またそれ……?」