【青は藍より出でて藍より青し 4-2】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。











 

   「お疲れ様です!すごかったです!」
団体戦から戻ってきた選手達を、ドリンクの入ったボトルを渡しながら千鶴は笑顔で迎えた。
きらきらとした笑顔で、頬を上気させて勝利を喜ぶ千鶴に、部員達は皆嬉しそうに、照れたように笑っている。
 でも、俺まけちゃったし……。と平助の組の先鋒が言う。小林、という名の彼は千鶴と同じクラスで、ずっと剣道をやってきたらしい。そんな彼に千鶴は、そんなことないよ!すごい試合だったよ!と言う。
 これまで男子しかいない時は、勝っても負けてもみんな淡々としており、こんな素敵なご褒美はなかった。こんなに嬉しそうに勝利を喜んでくれる女の子がいるのなら、次からも絶対勝ちたい。部員達のやる気が上昇する。

 「平助君もびっくりしたよ。私平助君が試合するところ初めて見たから!かっこよかった〜!」
興奮した様子の千鶴にかっこいい、と言われ、平助はまんざらでもない様子で赤くなり、いや、あれは別に普通だし……、などともごもごと言う。
「斎藤先輩もすごかったです!見惚れちゃいました。鮮やかでしたね!」
手放しで千鶴に褒められ尊敬の眼差しで見上げられ、一もうっすらと目の下を赤くする。

 そんな三人を見ながら、総司は防具をつけて千鶴に言った。
「じゃ、次僕出るから。千鶴ちゃん、ちゃんと応援してよ。こーやって」
そう言いながら、総司は自分の手を胸の前でぎゅっと、千鶴がしていたように握りあわせてみる。そして返事をしようとした千鶴の頭に、自分のタオルをふわっとかけた。
「千鶴ちゃんが持ってて。次からは千鶴ちゃんに似合うピンクのタオルにするから」
「!!!おっ沖田先輩!」
千鶴の怒った声に、あっはっは、大声で笑いながら総司は面と竹刀を持って、道場の真ん中へ向かった。

 道場は二面あるため、個人戦は二人づつ対戦する。総司は一番最後の、一人での試合の順番だった。
 千鶴は今のうちに次のドリンクの用意をしておこうと、最初の試合が始まってしまっていたけれど、ボトルとドリンクの粉を両手に一杯に持って、外の水場に向かおうとした。すると、千鶴に一が声をかける。
「雪村、どこへ行く。試合が始まっているぞ」
「水を入れてくるだけなので、すぐ戻ってきます」
「急げ、総司の試合に間に合わないと、あいつの機嫌が悪くなる」

 一の言葉の意味がわからず、千鶴はキョトンとしたが、とりあえず急ぐことだけはわかったので、うなずいて外へ向かった。

 千鶴が5本のドリンクボトルに水を入れていると、後ろから尖った声がかけられる。

 「ちょっと」

 千鶴が振り向くと、対戦高校の女子剣道部員が5人くらい並んでこちらを見ている。みんな道着を着て竹刀を持っていた。
険悪な雰囲気に千鶴が息を呑むと、真ん中の少女が千鶴を睨みながら言った。
「あなたマネージャーでしょ?なんであんなに沖田さんにべたべたしてんの?」
「わっ私べたべたなんて……」
「つきあってるの?」
「いっいえ!まさか!私なんて……。沖田先輩にはちゃんと彼女がいらっしゃいますし……」
「じゃあなんであんなにべったりくっついてるの!?彼女から盗ろうとでもしてるの?」
急に声を荒げた彼女にびっくりして、千鶴は口ごもった。
「彼女にも失礼でしょ!あんな風にくっついてるのを見たら、いい気はしないんじゃないの?もうちょっとよく考えなさいよ!」
「見てて不愉快だし!もうあんなにしゃべるのもやめなさいよ。他の部員達だって気分悪いと思うよ」

 口々に責められたけれど、千鶴はぐっと唾を飲み込み、彼女達を見返した。
「そ、そんなことできません……!斎藤先輩とも約束したし、ちゃんと自分で沖田先輩を理解するって決めたから…。それにそんなことするの、沖田先輩にに対しても失礼だと思います……!」
震えながらも言い返した千鶴を見て、かっとなった女子部員の一人が、竹刀でボトルを持っている千鶴の腕を払った。
そんなに力を入れたようには見えなかったにもかかわらず、竹刀があたった時に重い音がして、千鶴はボトルを地面に落としてしまった。中のドリンクがこぼれる。
腕と手首に竹刀があたったせいで、右腕全体がしびれ、感覚がなくなった。

 「簡単でしょ!沖田君のそばに行かなきゃいいの。普通にマネージャーの仕事だけしてれば!」
思わぬ反抗を受けた女子部員達は、激昂して千鶴につめよる。
「沖田君は、あなたに避けられてもなんとも思わないよ。自分の周りの女子の心なんか気にするような人じゃないし!」

 「違います!」
千鶴は迷わず大きな声をだした。
それは違う。
総司が本当にそんな人なら、あの最初の出会いの時、見ず知らずの私を助けてくれたりしなかった。私が怯えて避けていた時も、話しに来てくれたし、千鶴がちゃんと正面から話した時は、ちゃかしたりしないで真面目に答えてくれた。平助から聞いた総司は、確かに今彼女達が言っている総司と似ているけど、でも人にはいろんな面がある。千鶴は、自分に見せてくれる総司を理解したかった。

 「沖田先輩はそんな人ではないと思います!いろんな面を、私は自分で知りたいと思うから!沖田先輩を避けたりするつもりはありません!」
「……っ!」
かっとなった女子部員が竹刀を振り上げた。千鶴は、殴られる!と思い、首をすくめ、ぎゅっと目を閉じた。

 しばらく経っても、なんの痛みも襲ってこない上、周囲がいやに静まりかえっているので、千鶴は恐る恐る目を開けた。
と、目の前には二人の男性の背中があった。

 「さ、斎藤先輩…!平助くん!」

 一は、女子部員が振り上げていた竹刀を、掴んで止めていた。

 「雪村は……」
一は静かな声で話しだす。
「マネージャー業務を一生懸命やってくれている、剣道部の大事な一員だ。自分から業務をおろそかにして一人にかまけたりするような人間ではない。全ては総司が悪い。総司には俺からちゃんと言っておく。だから……」
そう言って、掴んでいた竹刀を話す。
「竹刀をこんなことに使うな」

 諭すような一の言葉に、女子部員達は気まずそうに沈黙する。

 「これ以上、この件についてお前達が口や手をださないようなら、こちらもこの件については見なかったことにする。けれども更に同じ様なことを繰り返す場合……」
そう言って、一は彼女を静かに睨んだ。
「こちらとしても、それなりに対応させてもらうぞ」

 どうする?という一の言葉に、女子部員達は、ごめんなさい……、とかすいません……とか気まずそうに謝りながら、離れていく。そんな彼女達に、平助が言った。
「もうこんなこと、やめろよ?総司さ、こういうの、大っ嫌いだからさ、総司のこと好きなら、普通に話しかければいいんだよ。な?」

 優しい平助の言葉に、涙ぐむ女子部員もいた。

足早に去っていく女子部員達を見送り、千鶴は一と平助に向き直ってお礼を言った。
「あの、平助君、斎藤先輩、助けていただいて、ありがとうございました……」
「あの啖呵は見事なものだったが、あの状況で言うのはどうかとも思う。打たれたところを見せてみろ」
一は千鶴の腕をとり、長袖を上にすこしずらすと、手首のあたりの痕が見える。真っ赤にはれて、思ったより痛そうに見える痕に、千鶴は自分でも驚いた。
「竹刀で打たれると、こうなる。この後、青くなって痛みが続く。湿布をしよう」
「あ、いいんです!あんまりおおげさにすると……。沖田先輩には、沖田先輩は、知らないでいて欲しい……ので…」

 一は千鶴の言わんとすることがわかったようで、微かに眉をしかめる。
「しかし今回の元凶は、はしゃいでお前に構いすぎた総司だ。一言言っておいた方がいいと思うが」
「いいえ、沖田先輩は特に何もしてないです。どちらかといえば被害者なんじゃないでしょうか」
「……お前らしいな。お前がそういうのなら、いいだろう。あまり総司を甘やかさない方がいいかとは思うが。その傷は一週間ほど痛むだろう。家に帰ったら湿布をしろ」
「はい。ありがとうございます」

 「それにしても、千鶴。かっこよかったじゃん」
平助が、地面に転がったボトルを拾い、千鶴に渡しながら言う。すこしはにかんだ様に微笑んで千鶴を見つめていた。
「私……、夢中で。自分でも驚いてる……」
すこし赤くなった頬を、両手で押さえて、千鶴は恥ずかしそうに笑った。そんな千鶴を、平助は眩しそうに見ている。

 「俺さ、今までお前は、弱くて優しくて、俺が危ないところにお前が近づかないように守ってやんなきゃって思ってた」
平助は、自分のつま先に視線を移して、足の先で地面を軽く蹴りながら言う。
「でも、違うんだな、お前。一君の言ってた意味が、すこしわかったよ。お前があんなに強いなんて、俺知らなかった。総司に近づかないほうがいい、とは今でも思うけど…、でも」
そうして平助は、顔をあげて千鶴の目を見た。
「総司に近づいて見て、お前が傷ついたら俺が慰めてやんよ。助けが欲しいときは、言ってくれりゃあ飛んでくからさ」
すこし照れたように言う平助に、千鶴は胸が熱くなるのを感じた。。

 「あ、ありがとう…!平助君。うれしい…!」
思わず涙があふれてしまった千鶴の頭を、平助は優しく、何度もなでてくれた。
そんな二人を、微かに微笑みながら、一は見つめていた。

 それにしても、と千鶴は思う。

 友達にそこまで言われる沖田先輩って……。
どれだけ酷い人間なのかな……(汗)

 

 

総司は面をあてながら、千鶴が一と平助と一緒に、道場に入ってくるのを、視界の端で確認した。

 まったく、はらはらさせるんだから……!僕の試合に遅れてきたりしたら、お仕置きをしようと思ってたけど、大丈夫だったね。

 総司は竹刀を掴むと、流れるような動作で立ち上がり、礼をした。

 みてなよ、千鶴ちゃん。

 それきり、総司は周囲がまったく気にならなくなった。
相手が背景から浮き上がって見え、動作の一つ一つ、呼吸さえ手に取るように感じることができた。

 「いい集中だ」
一が静かにつぶやく。いつもこうだと有難いんだが、と独り言を言う。

 試合場の二人は、ぴたりと静止したまま微動だにしない。千鶴は、両手を握り合わせて祈りながら、息を止めて見つめていた。
「相手のやつさ、去年全国にも出た結構強い奴で、この高校の部長なんだけど、総司にもう、のまれちまって、動けねーんだよ。きっと今あいつには、総司がすっげーでかく見えてると思う」

 「どんな攻め方をしても、勝てるイメージがしないっつーか。でも……」
そこで平助は言葉をきり、つぶやく。
「総司が打ってくるのを待ってたら、じり貧だぜ」

 総司は、面の中でうっすらと微笑んでいた。心も体も充実しており、負ける気がまったくしない。

 こないの?なら、こっちから行くよ。

 それは一瞬のことだった。
千鶴は片時も目を離さず試合を見つめていたはずなのに、何が起こったのかまったくわからなかった。
竹刀が防具にあたった、乾いた強い音が響き、道場の静寂に吸い込まれていく。
審判が、総司の勝ちを示す。
他の観客達も、何が起きたかわからなかったのだろう。道場は水をうったように静まりかえったままだった。

 「……あいかわらずすげーな……」
平助が呆れたように、言う。
「ああ」
一が満足そうに微笑んで答える。
「は、早すぎて……。何があったんですか?」
そう、焦りながら聞く千鶴に、一が説明してくれた。

 総司は踏み込んで、それに反応してよけようとした相手が動く前に、右篭手をとり、そのまま胴を打った、のだと。
相手が反応して動く前に、全てが終わってしまっていた。呆然としたままの相手に礼をし、総司は試合場を後にした。周囲はざわざわと、まるで大きな声を出すのがはばかれるように、静かにざわめいていた。

 個人戦の試合結果を、並んでいる総司達の前で審判が発表している。もちろん薄桜学園の勝利だった。
「今日の総司の試合内容は良かった。だが、まだまだだ。あいつは不真面目すぎる。片手間にやってもある程度勝てるから、それほどやる気もでないんだろう。今日の集中力を、地区大会、全国大会まで維持して、練習を真面目にして、さらに上を目指す志を持てればいいんだが……」
つぶやく一を、千鶴が不思議そうに見る。
「なんだ?」
「あ、あの、斎藤先輩も大会にでるんですよね?そうしたら沖田先輩とライバルになるんじゃないですか?変なことを言うようですけど……。あんまり沖田先輩が強くなるのは、斎藤先輩にとってはあまりありがたいことじゃない、ってことはないんですか……?」

 一は千鶴の言葉にすこし驚いたように、目を見開いた。
そして、視線を空に移し、考えるような目になる。

 「俺は……そうだな。多分、総司の剣の……ファンなのだろう。あいつの剣の最盛期を知っているからこそ、もう一度それを見たいと思ってしまう。全てをそぎ落として強さのみを追求した美しさが、あいつの剣にはあった」
今の時代では、もう一度あれと同じものを見ることは難しいかもしれないが。と小さく付け加える。

 「それでも、あれをもう一度再現できるとしたら、それは総司にしかできない」
そう、きっぱりと遠くを見つめなたらつぶやいた一の言葉には、強い思いが込められていた。

 


 

 

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