【青は藍より出でて藍より青し 3-1】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
避けられてるよね……。
総司は武道館の反対側で、部員達のスポーツドリンクを用意している千鶴を見ていた。
しかも、なんか怖がられてるみたいだし。
どうせ、千鶴に構う総司を見て、平助あたりが何かを彼女に言ったんだろう。確かに誇れる過去なんかないし、自分が平助でも近づかないほうがいい、くらい言うかもしれない。けれども、以前見たような自分に向けた笑顔が見られないのは、少しつらかった。総司は、よりかかっていた壁からトンッと背中を起こし、千鶴の方へ近づいて行く。
総司に気が付いた千鶴は、少し目を見開き、動きを止めた。その落っこちてしまいそうなくらい大きな瞳の中に、少しの怯えと戸惑いが見え、それが思ったよりも総司を傷つける。
「飲み物、もらえる?」
総司が手を差し出すと、千鶴はほっとしたように、スポーツドリンクを差し出した。実際喉も渇いていたので、ごくっごくっと音をさせながら総司は飲み干していく。千鶴はぼんやりとそんな総司を見ていた。額を伝って顎の線に流れ落ちる汗がきれいで、千鶴の鼓動を早めていく。
「どきどきする?」
総司は、飲み終わった容器を千鶴に返しながら、にやっと笑って言った。千鶴は、はっとして真っ赤になって口ごもると、あ、部室にある残りのドリンク持ってきます。とあさっての方をみながら駆けて行ってしまった。
あー、こういうところが苦手とされてるのかな。
総司なりに、自分は人の考えてることに聡いという自覚はあった。千鶴はただでさえ思考だだもれの顔と表情で、わかりやすい。総司からしたら千鶴の考えていることは手に取るようにわかってしまう。
千鶴は、からかわれながらも、総司の事をそれなりに好意を持ってくれているらしいし、男として意識をしてくれているようにも感じる。しかし総司は、これまで千鶴の周りにいたようなタイプの男ではなかったのだろう、どう接したらいいのかわからず、とまどっているようだ。さらに平助から過去の自分の悪行を聞いてしまい、少し怖がっているんだろう。
別に彼氏彼女なりたいってわけじゃないしね。そもそも僕今彼女いるし。
かわいいと思うし、とってもタイプで気に入ってるけど、二股はしない主義で、彼女に対する気持ちも恋愛感情って感じじゃない気がするし…。
でも総司は、千鶴にあんな顔で見られるのは面白くなかった。自分よりはるかに小さくて、力も弱くて、ドジで抜けてる彼女が、何故かいつも自分のことを心配してくれているような瞳で追いかけて、包み込むような優しさを与えてくれる。彼女の、甘えさせてくれるような雰囲気が総司は心地よく、好きだった。失いたくない、とも思う。
けれどもじゃあどんな関係になりたいかと聞かれると難しい。普通のいい関係。普通に笑って冗談が言える関係になりたかった。でも千鶴が総司を怖がるのは、ある意味正しいことだと総司自身も思う。無害な優しいだけの男になろうとも思わないし、そもそもそうなってしまったら既に総司ではない。でもそんな素のままの総司を受け入れてくれるよう頼むほど、部員とマネージャーという関係は深いものではなかった。
はぁっ。
総司は思わず大きなため息をついた。
どうすればいいのかな。こんな悩みは初めてで。
ずっと悩んでいるけれど、答えがでないまま日は過ぎていくのだった。
「綺麗な学校でしたね〜。薄桜学園もきれいですけど」
千鶴が後ろを振り向きながら、言う。
「そうだな。剣道場もなかなか立派だった」
と一。
「あー、腹減った。あ、ケンタッキーがある!よってこーぜ!」
これは平助。
ゴールデンウィークもとうに終わり、地区大会が近づいているとある日曜日。三人は、明日の剣道部の練習試合の相手の高校に、挨拶と下見を兼ねて打ち合わせに来ており、今その帰りだった。一は平助の言葉に苦笑いをしながらも、確かに腹が減ったな、とつぶやき千鶴を見る。千鶴もにっこり笑いながらうなずいて、三人でケンタッキーに入って行った。
「そういえば、今日はなんで総司はこないの?。どうせ一君ちに泊まってるんじゃねーの?」
平助の言葉に、千鶴が不思議そうな顔をする。それを見て、平助が説明した。
一の両親は、一が高校に受かった後転勤がきまったが、せっかくの難関高校、しかも一が前から希望していた剣道がさかんな高校に合格したので、転勤のためにあきらめさせるのはもったいない、という事で意見が一致した。ということで一だけもともと住んでいたマンションに残り、家族は転勤先の社宅に住むことになったのだ。
そして、総司の両親も転勤でおらず、総司はもう社会人の姉と二人で住んでいる。そして一と総司の家はとても近かった。
そんな環境であるため、総司はすっかり一のマンションに入り浸っているのだ。ちなみに洗濯やら食事の用意やらはほとんど一がやっている。
「そうだったんですか……」
初めて聞く話に、千鶴は少し驚いた。仲のよさそうな二人だと思っていたけど、私生活まで一緒にいることが多かったのだ。
「今日は俺の家に、総司はいない」
一がコーヒーを飲みながら言う。
「今日は総司は彼女と約束があるらしい」
続けた一の言葉に、千鶴のポテトを食べている手がぴたりと止まった。
「なんだよ、またかよ。あいつ彼女連れ込む時だけ自分ち戻るのな」
平助が呆れたように言うのが、余計千鶴を固まらせた。
自分でも何故だかわからないくらい、傷ついていた。本当に胸から血がでているのかと思うくらい、リアルな痛みが走る。
涙が滲んでくる瞳を見られたくなくて、千鶴はアイスティーに視線を落として、飲み物に集中しているフリをした。
そんな千鶴を斎藤がちらり、と見る。
沖田先輩には彼女がいて。彼女なんだから、一緒に時をすごすのは当然で。私が沖田先輩の寂しそうなところを心配するなんでほんとにお門違いで、かえって迷惑になってるかもしれない。
もう心配なんかしなくて良くて、それは面倒が一つ減って私には嬉しいはずなのに、なのになんでこんなに泣きたくなるんだろう。聞きたくなかった、こんなこと。聞かなければよかった。沖田先輩が彼女と過ごしている所を勝手に想像してしまう。
きっと私の見たことのない表情や仕草を、彼女は見ているんだろう。その事実がひどくつらかった。
相変わらず平助が、楽しそうにおしゃべりしているけれど、千鶴の耳にはほとんど入ってきていなかった。もう食欲もすっかりなくなって、どんどんさめていくポテトを指でもて遊ぶ。
「な?千鶴も行こうぜ!」
平助が千鶴の顔を覗きこみながら言う。
「え?な、何?」
「なんだよー。聞いてなかったんか?これから暇なら一くんちいってゲームしよって」
「ゲーム?斎藤さんが?」
「平助が勝手に持ち込んだんだ」
一が苦々しい顔で言う。
「最高だぜ、一くんのカレー!」
「しかも何故俺が、ご馳走することになっているんだ」
「いいじゃん、まじうまいし。千鶴にも食べさせたいっつーか!あんだろ?」
「カレーは一度に大量に作ったほうがおいしい。一人暮らしでカレーを作る場合は、大量に作って残りを小分けして冷凍保存するといい」
「よーするにあるってことだろ?」
「あくまで自分で食べる分だ」
わいわい話している二人に千鶴の心も少しだけ上向く。
こんな気持ちで一人で家に帰るより、平助君たちと遊んでた方がいいかもしれない。
千鶴は、平助と一緒に一の家にお邪魔したい旨を一に告げ、駄目ですか、と小さく一に聞いてみると、一は微かに笑って了承してくれた。
総司は、台所で二つのグラスにミネラルウォーターをそそぎながら、最近癖になっているため息をついた。
それにしても、今回の失敗はここのところ最大のものだった。
熱い吐息と汗、途切れ途切れの泣き声に似た声が、総司の名を呼ぶ。二人の動きでベッドがきしむ。彼女の声が甲高く上ずったものにかわり、総司の動きも激しくなる。そして最後の時に、総司が思わず囁いた声。
「ち…づるちゃ…っ!」
途端に固まった彼女の身体を感じて、総司は自分の間違いに気づいた。
そして周囲をつつむ沈黙。
気まずくて、総司は、飲み物を持ってくると言って、ついさっき脱いだジーンズとTシャツを着て台所に立っているのだ。
はぁっ。
もう一度ため息をつく。いつまでもここにこうしているわけにはいかない。総司は二つのグラスを持って、自分の部屋にむかった。
彼女は、もうすっかり服を着て、ベッドの上にペタンと力なく座っていた。服を着ていてくれたことに、ちょっとほっとして、総司は部屋に入る。
「どうぞ」
コップを差し出す。
彼女は、ちらっとコップを見る。
その姿を見て、総司は思った。
みんなに大事にされている千鶴ちゃん。彼女がこんな仕打ちにあったら、平助を初め、千鶴を気に入っている一君や部活のみんなが黙っていないだろう。それに、彼女から聞いた、彼女の兄や父親も、彼女をとても甘やかしているらしいから、怒り狂いそうだ。自分だって、もし千鶴が他の男にこんな目にあわされているのを知ったら、とても冷静ではいられないだろう。
でも、きっとこの目の前の彼女にも、彼女を大事に思っている人たちがいるはずで。
自分にこんな目にあわされている彼女が、気の毒になった。
こんな風に、「彼女」のことを考えるのは初めてで、総司はそんな自分にすこし驚いていた。
「ごめんね……」
本当に心から申し訳ないことをしたと思い、総司は謝った。
彼女がおずおずと顔をあげる。思ったとおり、泣きはらしたような赤い目をしていた。
「別れよっか?こんなひどい彼氏、いない方がいいでしょ?」
最後の思いやりのつもりで、総司は別れを告げた。彼女のことはそれなりに気に入ってはいた。真っ黒なくせのない長い髪。
黒目がちの大きな瞳。控えめな仕草。
けれども総司にとっては、これまで別れてきた彼女達と、それほど大きな違いはなかった。
彼女はまた、うつむいたまま小さな声で言う。
「千鶴……って、新しいマネージャーの子、よね?彼女ともつきあっているの……?」
「いや!違うよ。あの子とはそんな関係じゃない」
総司はあわてて訂正した。
「僕、二股はしないし。あの子とはちょっと、けんか……っていうかうまくいってなくて、部活の雰囲気があんまりよくなくてさ。少し悩んでたんだ。最近その事ばかり考えてたからつい……」
我ながら苦しいとは思ったけど、でも一応それが本当だからしょうがない。
少女は目を見開いた。
誰とでも軽やかに、にこやかにうまくやる総司が、うまくいかない人がいるなんて、しかもそれが女の子だなんて信じられなかった。優しい彼。自分を含めて誰にでも優しい。我侭も言わないし、たいていの事はなんでも受け入れてくれる。そんな彼とうまくいかない、なんて何故だろう?
それに、総司はそういった人間関係のもつれには飄々として一歩距離を置いているようなところがあった。問題があっても特に気にせず問題を含めて相手全てを切り捨ててしまうような冷たさも。そんな総司が人間関係で悩んでるなんて……。
彼は少しでも、自分のことをそんなに考えてくれたことがあるだろうか。悩んだことなんてないに違いない。
それでも彼女は総司が好きだった。
そろそろつきあって二ヶ月になろうとしている。あまり二人の時間を彼から作ってはくれないが、自分から誘えば、彼はたいていのことはOKしてくれる。一緒いいるうちに、自分の見ている総司は、彼の表層であることはなんとなく感じていた。本音を見せてくれない彼に寂しさを覚えるけど、一緒にいる時間を積み重ねていけばそのうち、少しずつ仲良くなっていけるのではないかと思っていた。
「わ、別れたくないです……」
最後は涙声になってしまった。別れようと言われているのに、別れたくない、なんて縋る自分が惨めだったけど、それでも別れてしまったらもう二度と総司は自分を見てくれない、触れてもくれない、関心すらもたないだろうと思うので、それは彼女には耐えられなかった。
「うん、君がいいなら、僕はいいよ」
総司はそう言って、水を飲み干した。あんなことをされてまで、自分とつきあいたいという彼女が、正直言ってよくわからない。けれど彼女がまだつきあっていたいなら、それは別にかまわなかった。あまりうるさいことを言う子じゃないし。
それきり総司は、彼女への関心を失い、どうやって彼女にそろそろ帰ってもらおうか、と考えていた。