【青は藍より出でて藍より青し 11-2】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。











 


 「はぁ〜うまかった〜!!!」
椅子によりかかり腹をさする平助。おかわりしてまだ食べている総司。平助の分も皿を下げ、食洗機に入れる一。
「なーんだ。千鶴ちゃんがあっためて食べさせてくれるかと思ったのになぁ」
総司がぼやく。
「あほか。おかんじゃねーっつーの」
ごはんはタイマーでセットされ、カレーは温めるだけ、サラダもすでに皿に作ってあったが、千鶴はすでに自分の家に帰ってしまっていた。
「なかなか面白いカレーだったな。肉はひき肉をつかっていた。千鶴のアレンジなのだろう。ほかはうちの味と同じだが食感が面白かった」
一が感想を言う。

 「なぁ、全国大会が終わったらさ、左之さんに車だしてもらってみんなでキャンプ行こうぜ!」
唐突に言う平助に、総司が冷たく答える。
「やだよ」
「千鶴も誘うからさ」
「行く」
一が呆れた顔で総司を見るが、総司は全然気にした様子もない。
「いつ行く?早速誘ってよ、千鶴ちゃん。千鶴ちゃんがOKの日にしようよ」
全国大会優勝の嬉しいご褒美だなぁ〜、と総司はすっかり優勝する気でうきうきしながら平助に言った。
「あー……っと、そっか。あいつ……」
平助はそれを聞いて、思い出したように顔をしかめた。
「あらかじめの約束は苦手なのだろう?」
「うん、そうなんだよねー。ま、いーよ。それとなく俺が予定さぐっておいてから当日か前日に誘うからさ」
一と平助の話に、総司はキョトンとした。
「なんの話?」
「うーん、あいつさ、楽しいこととかの約束が嫌いなんだよ。嫌いっつーか、苦手っつーか……。もしそれが実行できなかったときがつらいんだって。あいつんちちょっと複雑でさ。小さいときにお母さんなくしてるし、双子の兄きも一時他の家にもらわれてっちまって……。そういうのが影響してるんだと思うんだけど」
お茶を飲みながら話す平助を見ながら、総司はそういえば……と前に不思議に思ったことを思い出していた。

 みんなでカレーを食べに行くときとか、一君の家に行くときとか、そんな話してたな……。
 もしかして、僕の告白から逃げたのも、それと関係ある……?

 総司の思考は、絹を裂くような叫び声に中断させられた。
「きゃーーーーーっ!!!!平助君!平助君!平助君〜!!!」
それは千鶴の声だった。三人は思わず腰を浮かす。

玄関に走ろうとする総司を平助が止める。
「そっちは鍵かかって入れねぇから、こっち!」
そうして平助は階段をのぼり、廊下にある二階の窓から外に出た。そこは平助の家の駐車場の屋根が千鶴の家のすれすれまで伸びていて、その屋根をつたって千鶴の家まで行けるようになっていた。
平助は慣れた仕草で屋根を歩き、千鶴の家の網戸になっていた窓を開け中に入る。
一と総司は勝手に入っていいものかと目を見合わせながらも、まだ聞こえてくる叫び声にせかされて平助の後に続いて千鶴の家に入って行った。

そこは廊下だった。千鶴と平助の家はどちらも建売で中の構造は対称になってはいるものの同じだった。右に行こうとした総司に平助が言う。
「そっち千鶴の部屋。階段こっち。千鶴〜!下か〜!!?」
最後は千鶴に向かって大声で叫ぶ。
「平助君!助けて!お風呂!!」
「また、あいつか〜!!?」
「そう〜!!きゃー!!はやく!はやく!」
千鶴につきまとう変質者でもいるのかと、一と総司は顔をこわばらせる。総司は殺してやると言わんばかりにこぶしを握り締め目をぎらっと光らせる。しかし平助はのんびりした表情で階段をおり、そこにある収納からカンのようなものを取り出して風呂場と思われる方へと向かった。総司達も後からついていく。

風呂場へと続く脱衣場と洗面所の入り口(ドアは開けっ放しだった)を覗いた平助は千鶴の脱いだ服、バスタオル、湯気に気づき千鶴が入浴中だったとさとった。ぎょっとした平助は、後ろを振り向き総司と一にしっしっ、と追い払うような仕草をした。
「ちょっっまずいって。おまえら。大丈夫だから向こう行ってろ!」
「大丈夫って、そんなわけはないだろう。先ほどの悲鳴はただ事ではなかったぞ」
「大じょーぶなんだって!俺一人で十分だから……!」
「きゃーーー!こっちくる!助けて平助君!はやくはやくーー!」
最後は裏返ってしまっている千鶴の動転した悲鳴が三人の押し問答を止めた。
「ああ〜もう!」
と平助は洗面所へと入っていく。洗面所からは風呂場は見えないが湯気と脱いだ服、バスタオルからどうやら千鶴は風呂に入っていたときに何者かに襲われたのだとわかる。色めき立つ総司達を片手で制しながら平助は洗面所と風呂場の間にうごめく黒い小さな生き物を発見した。
それに向かって手に持っていたスプレーを噴く。とそのぬめぬめした黒い生き物は焦ったように風呂場の方にむかって素早く逃げ出した。その瞬間千鶴の悲鳴が響き、風呂場から千鶴が飛び出してきた。
もちろん裸だ。

 出たのはゴキブリで。
 千鶴は裸で。

目がテンになった総司と一だが、千鶴は二人は眼中にないようで、叫び声をあげながら平助に飛びついた。
「うわっ!!ちょっ!おまえ、苦しっ……!ちょっと離せって!シューできねぇぞ!っつーかお前その恰好……!」
平助は、ゴキジェットプラスとかかれた害虫駆除用のスプレーを、千鶴にのしかかられ後ろに倒れそうにながらも総司にむかって投げた。そしてもう一方の手でパスタオルをとり千鶴にかぶせる。
「総司、一君!ゴキ頼む!」
そして千鶴をバスタオルで包みながら言う。
「千鶴!もう大丈夫だから落ち着けって。総司達もいるんだからまずその恰好なんとかしねーと…!」
平助は千鶴を抱きかかえながら洗面所から出ようとする。その言葉に千鶴がはっと見上げると、茫然と自分をみている総司と一の姿があった。

 「!!!!!!!っっきゃーーーーーーーっ!!!!!」
先ほどより10倍くらいの音量の悲鳴が響き渡った。
「ちょっ!近所迷惑だっつーの!!」
平助が千鶴の口を手でふせぎ、抱え込むようにして洗面所を出て行った。
「なっなななななんで、沖田先輩と斎藤先輩ががが……!どうして……?わっわたし裸……」
「うちにカレー食べに来てたんだよ。叫び声で一緒に……もういいから早く上いって着替えてこいよ」
そんな背中から聞こえてくる会話を聞きながら、総司と一は、しらけた顔でゴキブリを風呂の隅に追い詰めてスプレーを浴びせていた。風呂の中は、シャンプーのいい匂いと、かすかに千鶴の甘い匂いが充満している。

 のたうちまわっているゴキブリを見ながら、総司は心底面白くなさそうにつぶやいた。
「僕、平助の役がいいんだけど……」
「……気持ちはわからないでもない」
めずらしく一も同意した。


「……どうぞ……」
千鶴が、一と総司と平助にアイスコーヒーを出した。うっすらと頬を赤くして、髪を一つにまとめてバレッタで上にとめている千鶴はいかにもお風呂上りという感じで、新鮮だ。総司は、そんなことを思いながらも、ぶすっとしたままだされたアイスコーヒーの飲む。一はいつも通りの表情で、ありがとう、と答えグラスを手に取った。
「あの……。ありがとうござしました……。私ゴキブリ苦手で…」
「おじさんと薫はいねーの?」
「うん、父様は当直で薫は予備校で勉強してくるって……。平助君もありがと。いつもごめんね」
「別にいーよ。いつものことだし」
「いつもあんな風なのか?」
一が聞く。
「父様いれば大丈夫なんだけど、薫も私もゴキブリだめで……。つい平助君を呼んじゃうんです。あの、今日はすいませんでした」
一言もしゃべらず、視線もあわせない総司を気にしながら千鶴は申し訳なさそうに言った。
「気にすることはない。たいした手間ではない。ゴキブリは別になんとも思わん」
一の言葉に、千鶴は少しほっとしたようだ。
「それより、今夜は千鶴の作ったカレーを平助の家でごちそうになった。うまかった。ごちそう様」
「あーそうそう!あんがとな。すっげーおいしかったよ!一君のと勝るとも劣らないくれぇ!」
「そんな……。ありがとうございます。嬉しいです。皆さんが来るってわかっていたら、サラダとか人数分作ったんですけど……。足りました?」
「大丈夫だ。サラダは適当に作り足したし、ごはんは4合もあったしな」
「そうそう。いっつもあんまし食わねぇ総司でも、おかわりしてたぜ!」
「あ、そう……なんですか……。嬉しいです……」
千鶴は頬を紅潮させながら、総司をちらりと見て言った。
「ああー…。うん。ごちそうさま」
総司も、ちらっと目線をあわせてお礼をいう。

 二人の目があった。

 むすっとしながらも、総司の視線は思わずあらわになった千鶴のうなじや桜色の唇に行ってしまう。総司の眼に、千鶴は昨日のことを思い出してしまい真っ赤になった。
そんな二人のせいで、妙な空気が流れる。
平助がきょときょとと総司と千鶴の顔を見比べ、一は何も言わずアイスコーヒーを飲んだ。何か話せよ!と平助が気まずい沈黙を打ち破ろうと一をつつく。

 「……あのカレーは圧力鍋を使ったのか?」
真っ赤になってうつむいていた千鶴は、一の言葉にほっとしたように顔をあげた。
「いえ、うちには圧力鍋がなくて……。でもやっぱりあれがないとお肉がおいしくならないですね。だからミンチを使ったんです」
「そうだな。骨付き肉からのスープも圧力鍋がなければ、とりにくいだろう」
「そうなんです。だから斎藤先輩が作ったのより、コクがだせなくて……。圧力鍋買おうかなって思ってます」
「そうか。今度ルーをつかわずにカレーを作ってみようかと思っている。その時は千鶴も来るか?」
「はい!ぜひ!楽しみです」

 一と千鶴の会話に、総司はまた機嫌が悪くなった。
「……そろそろ僕帰るよ。遅いし疲れたし、一応テスト勉強もあるし」
そう言って立ちあがる。一と平助も、おお!そうだな、といいながら総司に続いた。三人は靴がないから、また二階にあがり屋根づたいに帰る。千鶴は二階の窓から三人を見送った。

 「……ねぇ、平助。あそこの窓っていっつも開いてるの?」
平助の家に戻って階段を降りながら総司は平助に聞いた。
「ん?ああ。まあ夏はだいたい開いてんな。開いて無くても、開けてくれーって俺が叫べば開けてくれるぜ?」
「そうじゃなくてさ。不用心だよね。彼女ほんとに、いろいろ」
「へ?何が?」
「こんな時間に自分一人しかいない家に平助を呼んだり、裸だったり、お風呂の窓も開いてたし、ここの窓も開けっ放しで、一君ともまた家に遊びに行く約束とかしてるしさ」
機嫌が悪そうに愚痴る総司に、一と平助は複雑な表情でお互いの顔を見合わせた。

 「なんでお前そんなこと気にしてんの?……っつーかすげぇ不機嫌だし」
「やきもちか」
一の言葉に、平助があわてたように総司を見る。
「えっ。そうなんか?総司、おまえ……手ぇださねぇとか言ってたのに…!」

 総司は自分が食べたカレーの皿を片付けて、カバンを手に持った。
「……好きだよ。それが何か?」

 あっさりとそう言った総司の顔は珍しく真面目で、まっすぐ二人を見つめていた。覚悟を決めた静かに光る若葉色の瞳。すこし緊張したような表情が、総司の端正な顔を際立たせていた。軽い気持ちではないことが伝わってきて、一と平助は黙り込んだ。

 「安心してよ。ゆっくりやるから。まずは千鶴ちゃんに僕を好きになってもらわないとね」
平助は、総司の言葉にぽかんと口を開ける。それにかまわず総司は舌打ちをして言う。
「……ったくなんなの平助のあの役得は!っていうか千鶴ちゃんも信用しすぎだよ。別に血がつながってるわけもない男にあんなに隙だらけでさ。一君だってちゃっかり次のデートとりつけてるし。僕一番不利だよね」
「これまでの行動の結果だろう」
一の冷静な指摘に、総司はちょっとむっとする。
「わかってるよ。まず自分からだよね。じゃあ僕帰るよ。平助お邪魔しました。ごちそうさま」
すたすたと玄関に向かう総司に、平助は、お…おお、と返事をして背中を見送った。

 しばらくして、食事の片付けを手伝い、帰り支度を始めた一に平助が言った。
「……一君……どう思う?総司のやつ。千鶴は……」
混乱して言葉がまとまらない平助に、一は言う。
「これまでとは違うだろう。大丈夫だ。何より総司が自分で変わろうとしている」
「そうだよな……。あんなあいつ初めて見たし……。全国大会優勝ってのも、千鶴に関係してるんかな…」
「あとは、千鶴次第だな」
一と平助にとって、どちらも大事な友人だ。上手くいってくれることにこしたことはない……が……。総司のこれまでのろくでなしぶりに、少々不安を覚える二人だった。

 

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