【青は藍より出でて藍より青し 1-2】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。












 


 「ほんとうにありがとうございました。お礼をしたいので、お名前と連絡先をおしえていただけないでしょうか。私は雪村千鶴といいます」
千鶴は、感謝を込めて、その人にお辞儀をした。思い返してみると、あの時彼が来てくれなかったらどうなっていたかと、本当に怖くなる。千鶴は自分達のまわりに血まみれになって倒れている男達を見ながら思った。

 その人は、手当てした手をためすように動かしていたが、千鶴の言葉を聞いて、すばらしい提案を聞いた、というより目をきらきらさせながら楽しそうに微笑んで、千鶴を見て言う。
「それ、ナンパ? 逆ナンってやつ? 嬉しいなぁ!ありがとう千鶴ちゃん!結構大胆なんだね」
「ちっ!違います!お、お礼を……!」
「お礼?楽しみだなぁ!何をしてくれるの?」
千鶴は真っ赤になって、ナンパの誤解を解こうとしていたが、妙に楽しそうな彼をみて、からかわれているとさとった。けれど助けてくれたお礼はしたい。男慣れしていない千鶴には、彼のからかいを流すことはできず、かといってお礼はせずにすることが出来るほどいいかげんでもなく、どうすればいいのかわからないまま固まってしまった。

 そんな千鶴を見て、総司のからかいの笑顔は、心からの笑顔に変わった。
「ごめん、ごめん。千鶴ちゃん……だね? 僕は沖田総司といいます。お礼は、いいよ」
「でも……」
「本当にいいよ。この包帯だけで充分。ありがとね。それより、そろそろ暗くなってきたし、帰ろうか。駅まで送るよ。あんなことがあった後だし」

そう言って、路地から出ようとした総司の腕に、千鶴は思わずすがって呼び止めた。
「あ、あの……!お願いがあるんですけど……!」
「何?」
「あの、お、沖田さん……の、あの湿布、あれ全部いただけないでしょうか?駅に行く途中のドラッグストアで同じものを買って返すので……」
何故千鶴がそんなことを言うのかわからない、そんな顔をして総司は言う。
「……一枚使っちゃったことを気にしてるの?いいよ、どうせ使ったの僕だし」
「いえ、そうじゃなくて……。あの人たち……」
そう言って、千鶴はちらっと総司に倒されたままの三人を見る。
「あの人たち、今湿布をはっておけば、明日とっても楽だと思うので……」
打撲等で炎症を起こした筋肉は、とにかくすぐ冷やすことが大事である。総司もこれまでの剣道の経験から、先ほども傷めたその場で処置をしたのだが……。

 ばちくり。
そんな音か聞こえそうな総司の顔だった。
助けに来てくれたときからずっと彼にあった、飄々とした雰囲気と微かな微笑みが初めて消えた。しばらくの沈黙の後。
「君さ、こいつらが君に何しようとしてたかわかってる?」
馬鹿?と聞かれたのと同義の言葉に、千鶴は耳まで赤くなった。
「わ、わかってます!何も包帯したりテープでとめたりまではしませんけど、湿布を置くだけなら……っと思って…」
まじまじと自分を見つめる総司の視線に耐え切れず、もういいです、と言おうとした時。
「ま、いいけど」
そう言って、総司はスポーツバックの中から湿布の箱を取り出し千鶴に渡した。
「あ、ありがとうございます」


 三人の額、頬、顎にそれぞれ湿布を貼ると、千鶴と総司は二人で路地裏をでた。
辺りはすっかり暗くなってしまっていたが、商店街の灯りで大通りは明るかった。
「その制服、薄桜学園のでしょ。今日着てるってことは、新入生?」
「あ、そうです」
「そうなんだ。じゃあ後輩だね。僕二年」
えっ?と彼を振り仰いだ時、千鶴はそれまで逆光ではっきりとは見えなかった彼の顔を初めて正面から見た。

 薄暗がりの中、店の灯りで深い陰影をつけている彼の顔は、とてもきれいだった。
と、いうより、色っぽい……?魅力的……?かっこいい……?
整っているのはもちろんだが、ただ単に整っているだけではなく……滴るような魅力があたりに零れ落ちていた。色素の薄そうな明るい髪の色、男の人にしてはきめ細かい肌、悪戯っぽい光を宿す瞳、そして均整のとれたすらりとした長身。どこをとっても非の打ち所一つない、魅力的な人なのに、瞳の奥が……。にっこり微笑んでいる表情なのに瞳の奥の奥、一番底の部分が、笑っていない。まるで置いていかれた子どものように寂しげで、許しを請う罪人のようにいたいたしくて、氷のように固まった何かが瞳の奥で揺らめいている。綺麗な微笑みと、瞳の奥の何かとのコントラストが妙に強烈で、千鶴はその真実を知りたいと、彼の目をまじまじと覗き込んでいた。

 「一目ぼれ?」
何も言わずに自分を見つめている千鶴が可笑しくて、総司がからかうようにそう言うと、千鶴ははっとして顔をみるみる真っ赤に染めた。
「すっすいません!じろじろ見ちゃって……!」
人の顔をまじまじと見るのは失礼なこと、そんな意味から顔を真っ赤にして謝る千鶴はかわいくて面白い、と総司は思った。

 「いいよ。千鶴ちゃんなら、好きなだけ見て」
「すっすいません!もう見ません!」
「えー?それも逆に失礼なんじゃないのー?」
「そっそうですよね……!すいません!」
パニックになっている千鶴を、さんざんからかいながら二人はドラッグストアにつく。

 「これでいいですか?」先ほどもらった湿布と同じものを手にとり、千鶴は後ろの総司を振り向いた。しかしそこには総司はいない。千鶴はレジの方へむかいながらきょろきょろと総司をさがした。
 レジの横に積んである薬を、ぼんやりと見るともなしに眺めている総司を見つける。

 まただ……。

 千鶴は思わず立ち止まった。

 なんであんなに寂しそうなの。

 そしてそれを見た自分が、何故こんなにも気になるのか。
傍にかけよって、頭を抱えて髪をなでて、安心させてあげたいと、心の底から思ってしまうのか。彼の手をとり、安心させる言葉をかけて、あの瞳の奥の暗闇をはらすことのできる、立場と力がないことが、何故こんなに哀しいの。

 千鶴は何故かこみ上げる涙を、一生懸命こらえて、総司に声をかけた。
「沖田さん、湿布これでいいですか?」
その声に振り向いた総司は、もう先ほどの寂しげな様子は全くなく、うん、それでいいよ、とにっこりと笑って千鶴に近づく。
 
 総司が、自分で払うと言っているにもかかわらず、思いがけず頑固な千鶴はそこはゆずらずお金を払った。湿布の入った紙袋を総司に渡す。
「じゃあ、お言葉に甘えておごってもらうよ。ありがとう」
「そんな…。お礼を言うのは私の方です。本当にありがとうございました。寝る前に湿布換えてくださいね」
思わず病院の患者さんに言うような調子で、千鶴は言った。
「あ、換えれないや。僕今夜一人だ」
「え……?」
「姉と一緒に暮らしてるんだけど、あの人今夜は彼氏のとこお泊りだった」
そう言って、総司は、すばらしいアイディアを思いついた、と言わんばかりのきらきらした笑顔で千鶴を見る。
「お礼したいって言ってたでしょ。今夜僕の家に泊まって、寝る前に湿布換えて包帯巻いてよ」
「え、ええーーーーーーー!!?」
「お礼したいんじゃないの?」
にっこり。
そんな音が聞こえそうな満面の笑みで総司は言う。
「むっ無理無理無理です!そんな!今日は父と兄と入学祝いをするし、そんな夜に家を出られないし……!」
「そうなの?じゃあ明日の朝でいいや」
「え?」
「明日は在校生も学校あるし、7時半に保健室に来てよ。湿布換えて包帯巻いて?」
それならなんとかなる。ちょっと早く家をでればいいだけだ。千鶴はほっとした。
「いいですよ。じゃあ、明日7時半に保健室に行きますね」

 してやったり。最初から無理だとわかっている難題をふっかけて、あわてたところでもうちょっとハードルの低いお願いをして、今後の総司の手当てに繋がる約束をとりつけた。明日手当てしてもらった後、じゃあ次もよろしく、といえば断る理由もないし、治るまで彼女の朝を独占できるだろう。

 これまで特に誰かと一緒にいたい、という欲求を特に女性に対して持ったことの無い総司にしては、珍しいことだが先ほどの心地いい手当てを、これからもして欲しいと何故か思っていた。

 お辞儀をしながら改札に入って行く彼女に、手をふりながら、会ってまだ30分もたっていないのに、もう別れるのが妙に寂しい自分を不思議に思う。

 自分を襲った男達にも優しい彼女、どこかぬけてるくせに自分ではそれに気づいていない様子、そして何故かはわからないが自分を心配そうにみつめる彼女の瞳。先ほどのドラッグストアで、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしながら必死で笑顔を作って総司に笑いかけていた。その表情が痛々しくて、抱きしめて、もう大丈夫だよ、とささやいて、彼女を悲しませる全てから、自分の腕でまもってあげたいと、思ってしまう。
彼女のことを知りたいし、傍にいて欲しい。何か手はないかと、総司は黒い笑顔で考えを巡らせていた。

 

 「じゃ、これに君の名前を書いて」
早朝保健室での手当てが終わり、総司は捲り上げていた腕のシャツを下ろしながら、一枚の紙を机の上に差し出した。
「?これはなんですか?」
湿布に貼ってあったセロハンや箱のゴミを捨てながら、千鶴が不思議そうに総司に聞く。

 「入部届」
にっこりと笑って総司が言う。
「?私の?入部届け?剣道部……?」
「そう、マネージャー。よろしくね。はい」
そう言って総司はボールペンを差し出す。
千鶴は言われるままボールペンを持つが、意味がわからないようで固まっている。
総司はため息をついて、説明をはじめた。

 「昨日さ、暴力沙汰があったでしょ、君を助けるために。あれ、まずいんだよね、すごく。ばれたら僕全国大会に出場できなくなるし、剣道部自体が半年間の活動停止になるんだよ。僕も一週間くらい停学くらうし」
ま、学校行かなくて済むからそれはいいんだけど。そんなことを言いながら、総司はどんどん青ざめていく千鶴を、わざとらしく困ったような顔をしてちらりと見る。
「あ、もちろん君も停学だね。それでね、あいつらは馬鹿そうだから、多分何も言ってこないと思うけど、問題は…」
総司はここで意味ありげに言葉をとめて、千鶴を見つめる。
「君だよ」
総司がそう言うと、千鶴の肩がピクンとはねた。
「君がうかつなことを言わないように、剣道部に入ってもらって監視させてもらわないと」

 さ、書いて、そう言って総司は千鶴の後ろに回り、彼女の手の上から自分の手を重ねて、入部届の名前欄に千鶴の名前を書き込み始めた。
「ち、づ、る……千に鶴でいいんだよね?っとできた。じゃあこれ僕から顧問に出しとくから」
千鶴は、言われた内容に衝撃を受けて固まっていたが、さらに後ろからまるで抱きかかえるようにされ、手を握られて顔を真っ赤にしたまま放心していた。
そんな千鶴をおいて、総司はにこやかに手をふって保健室を出て行く。と、もう一度保健室のドアが開き、総司の顔が覗いた。
「あ、明日もここに7時半ね。それから今日放課後迎えにいくから」
バタン。
千鶴はボールペンを握ったまま、呆然とドアを見つめていた。





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