斎藤課長の一夜の過ち

 




その日、千鶴は風邪をひいていた。
 いや、正確に言うと風邪の引き終わりだった。

 斎藤と千鶴の退職を取りやめ、いつもの日常に戻ってしばらくしてから。
 暑さがこたえたのかクーラーで冷えすぎたのか、千鶴は風邪をひいてしまった。高い熱が三日続いたが医者からもらった薬と斎藤の献身的な看病で、昨日の夜から熱は平熱にもどった。
『三日の間軽いものしか食べていない。体力も戻っていないだろうし今日は金曜日でそのあと三連休だ。今日は休んでゆっくり体を治してから来週あけに出社した方がいい』
 心配性の斎藤の言葉に従って、大事をとって千鶴は今日も休んでいた。
 そんな千鶴から、会社で仕事をしている斎藤に電話が来たのだ。業務終了時間間際。なにかあったのかと斎藤はスマホの通話ボタンを押しながら、人通りがない廊下の一番奥に大股で移動した。

「千鶴か? どうしたのだ」
『一さん、今、お話しして大丈夫ですか?』
「ああ、体調がまた悪くなったのか? もしそうなら、今日の総司たちとの飲み会はキャンセルして帰るが」
『いえ、そうじゃなくて……』
 言いづらそうに口ごもる千鶴に、斎藤は心配になる。「どうしたのだ」
『朝、今日も寝てるようにって一さんに言われて、私、一さんが出社してからお薬を飲んでまた寝たんです。そしたら夢を見て』
「……夢?」
『いえ、夢っていうか夢じゃなくて……私、思い出したんです』
「思い出した……何をだ?」
『あの夜。あの祝賀会の夜、何があったのか思い出しました』

 つかつかとすごい勢いで通路脇を通り過ぎた斎藤に、沖田が声をかけた。
「あ、斎藤君。千鶴ちゃん元気だった? 今日、飲みに行けそう?」
 千鶴が風邪で休んでいること、彼女の体調次第では今夜の飲み会は行けないことをあらかじめ聞いていた総司は、それを確かめる。昼食の時は、昨夜から熱も下がってるから大丈夫だとは言っていたけど。
 斎藤は妙に硬い顔で振り向くと、今度はつかつかと総司に向かって歩いてきた。
「行けなくなった」
「え? また熱あがっちゃった?」
 総司がそう聞いたとき、一緒に飲みに行くはずだった平助もやってきた。「何? 千鶴、また具合悪くなったのか?」
 斎藤は首を横に振った。「いや、千鶴は元気だ」
 平助と総司は顔を見合わせる。
「じゃあ、飲みに行けるってこと?」
「いや、家に帰らせてもらう。すまない」
「家に帰んの? 何か問題でも起こった? 助けがいるなら……」
 千鶴が元気なのに斎藤が家に帰らなくてはいけない、しかも前々から総司たちと約束していた飲み会をキャンセルして……となると、なにか相当困ったことが起きたのではないか。平助の質問に、斎藤はきっぱりと答えた。
「いや、大したことは起きていないが、飲み会より大事な事が起きた」
 まっすぐな瞳できっぱりとそう言われて、総司と平助は、「あ……そう」「がんばれよ」としか答えられない。
 斎藤は「じゃ」と会釈するとくるりと向きを変え、呆然としたままの総司と平助をのこして、またつかつかと立ち去った。


 ガチャっという音がして斎藤が帰ってきたので、千鶴は驚いてベットから起き上がった。
『すぐに帰る』と言って電話をきったけど、それからまだ五分しかったっていない。
「早かったですね」
 寝室から顔を出すと、靴を脱いでいた斎藤と目があった。汗が額ににじんで息が荒い。走って帰ってきたようだ。
「そんな急いで帰らなくてもよかったんですけど……飲み会はいいんですか?」
 千鶴の言葉が聞こえていないように、斎藤はつかつかと千鶴に歩みよると両肩をつかんだ。
「……思い出したのか」
 その迫力に、千鶴は目を見開いてうなずく。「は、はい」
「俺は……いや、お前は、どこで……いや、そもそもどうやって……」混乱して思考も言葉もまとまりがない。それに自分でも気づいたのか、斎藤は手を放して深呼吸した。
「一さん、とりあえず着替えて落ち着いてからゆっくり話しましょう? おかえりなさい」
「いや、すぐに知りたいのだ。いろいろ知りたいが、最初から、時系列で一つ一つ教えてくれ」
 廊下で立ったままそういわれて、千鶴は斎藤の迫力に飲まれてうなずいた。
「は、はい。えーっと一さんがワインを出してきてくださって……」
「ワイン? その前に俺はどうやって部屋にお前を誘ったのだ?」
「え? 普通に…」
「普通にとは? どのような言葉で? ……ああ、そうだ、いっそ二人でやり直してみたいのだがどうだろう?」
 斎藤はそういうと、カバンを持って玄関へと行きかけた。そして思いついたように千鶴を振り返る。
「お前も、あの時着ていた服に着替えてもらえないだろうか」
 千鶴はぱちぱちと瞬きをした。

「ふむ、なるほど。玄関で、か」
「そうです。唐突に『ワインが好きなのだろう?』って言って、扉を開けて私が通るのを待ってる様子だったので、『あ……じゃあ、失礼します…』って入ったんです。そのまま帰っちゃうとまた一さんが外に出て飲みに行っちゃうんじゃないかと思って、とりあえず家でお酒をグラスに入れて手に持って飲みだす状態にしてから帰ろうと思って」
「いろいろとすまないな……で?」
「それで、二人でリビングへ行って……」
 斎藤は今日のスーツのまま。千鶴はわざわざその時着ていた薄紫色のブラウスと、アイボリーのスカートにストッキング姿だ。リビングに入り、ワインと焼酎をそれぞれグラスに入れてソファに座るまでは、特にそんな雰囲気ではなかったらしい。
「で、一さんが、『こっちに来てみるといい。桜がきれいだ』って言ったんで、私もならんで窓のところに立って」
「その時お前は何と言ったのだ?」
「え? 私ですか?」
 なぜそんな細かなセリフが知りたいのだろうと千鶴は驚いたが、斎藤は大まじめだ。先ほども、『俺もできれば思い出したいのだ。どんな言葉がきっかけで思い出すかわからん。できるだけその時の言葉を教えてほしい』と言っていた。
「えーっと、よく覚えてないんですけど、たぶん『わあ、ほんと。きれいですね』って……」
 言っているうちに思い出した。そうだ、本当にきれいだったのだ。

 うっすらとライトアップされている夜桜を上からのんびり眺めるなんて、そうそうできることではない。千鶴が夜桜に見とれていると、となりで斎藤がぽつりと言った。
『……雪村と一緒に見られたら、と思っていたのだ』
『え?』
 千鶴が桜から目を離して斎藤を見ると、斎藤は妙に真剣な目で千鶴を見ていた。

「真剣な目……なるほど。こんな感じか?」
「ああ、はい。そうです。そんな感じでした。お酒に酔っていて少し目じりが今よりほんのりしてましたけど」
 今、窓の前で隣に立って真剣な顔でこちらを見ている斎藤に、千鶴はうなずいた。
「それで、私が驚いていたら……」
「驚いていたら?」
「『最初に落ちてくる花びらの一枚を、お前と一緒に見たかった』ってもう一度……」
「待て、言ってみる。『……最初に落ちてくる一枚を、お前と一緒に見たかった』……こんな感じでどうだろうか?」
「そうです! 似てます」
 記憶の斎藤と同じで千鶴が思わず拍手をすると、斎藤は笑った。
「似てるといっても同じ人間だからな。しかし我ながら相当酔っていたのだな。よくそのような甘いセリフを言う度胸があったものだ。それでお前は何と答えたのだ?」
 興味津々という様子で聞かれ、千鶴はその時の様子を思い浮かべる。
「同じ言葉を繰り返した覚えがあります」
「その時のように言ってみてくれ」
「『きれいです。とても』」
 千鶴がその時のように斎藤を見上げながら言うと、斎藤はじーんとその言葉をかみしめるように小さくうなずいた。
「『お前なら、そういってくれると思った』」
千鶴が伝えたように斎藤が言う。
「そうしたら……一さんは、そのう……私の少し後ろに立ってたんですが……」

 斎藤の腕が千鶴の体に回され、千鶴は驚いた。そのまま後ろから抱きしめられる。

 斎藤は驚いた顔で千鶴を見ている。
「信じられん……よくそのような大胆な真似を……殴られたり訴えられても文句は言えない真似を……この俺が」
「お酒って怖いですよね」
 驚きながらも斎藤は、その時と同じように後ろから千鶴を抱きしめた。
「何か思い出しましたか?」
 斎藤はしばらく考えたが思い出せない。

 斎藤は探るように顔を寄せた。千鶴が肩越しに少し顔を向けると、斎藤の唇が柔らかく触れた。

「んっ……」
 唇を合わせた後、斎藤が歯でからかうように千鶴の下唇を軽くかむ。そして暖かく湿った舌が……
「ま、待ってください、それは、まだ……」
「舌は……入れなかったのか?」
 キスしたせいか斎藤の呼吸が少し荒い。会話をしながらも斎藤は千鶴の唇をもう一度味わう。
「あ……、ん……そう、です。舌は……」
 千鶴が『舌』といった言葉に興奮したのか、斎藤の舌がまた滑り込む。
「ん……、っあ……だ、だめ……」
 斎藤はしばらく味わった後「舌は入れなかったのだな」と、唇を離した。
「それで……こうか?」
 斎藤は千鶴から指示があった通りに千鶴を自分に向きなおらせる。そして窓ガラスと自分の間に千鶴を閉じ込めて、改めて深く唇を合わせた。
「ん……、そ、それで……あっ……だめ、うなじにはこの時はまだキスは……み、耳もだめです。あんっ……だめって言ってるのに……」
 斎藤の唇は指示通りに千鶴の唇に戻り、次は窓ガラスにい置かれていた腕が千鶴のウエストに回された。
「……はあっ……こうして……?」
「そう、です……そのあと、ブラウスのボタンを……」
「上からか? 下からか?」
「……上から二つ目と三つ目をいきなりはずして………」
 するりと入ってきた手が、千鶴の胸をブラの上から触った。
「お前は拒絶しなかったのか?」キスの合間に斎藤が聞くと、千鶴は首を横に振った。
「キスが……気持ちよくて……私も酔っ払ったみたいになって……」

『……っ…!』
 ブラの下に指をいれ敏感な先端を中指の先で触れると、千鶴が息をのんで背筋をそらすのが分かった。斎藤はそのまま中指の腹で先端の突起をゆっくりと円を描くように撫でた。
 初めての刺激に驚いたのか、千鶴が斎藤のYシャツをつかむ。
『あ…っ』

「あ……っは、はじめさ、ん…! あっ」
 斎藤は千鶴の耳たぶを指でくわえながら訂正した。
「その時は『斎藤課長』ではないのか。言い直した方がいい」
「さ、斎藤かちょ……あっ…」
 斎藤の舌が千鶴の耳に入り込む熱い息がかかる。斎藤の手は千鶴の指示なく千鶴の背中に回されるとプチンとブラのホックを外した。
「そう、……です。次に斎藤課長はそうして……思い出したんですか……?」
「いや。こうなれば当然次はこの行動しかない」
 言いながら斎藤は手のひらで、素肌の千鶴の胸を包んだ。
斎藤はネクタイをつけたスーツ姿。千鶴だってオフィスにいた時のままの服で、胸の最低限のボタンだけ開けられて隙間から胸をもまれているこの状況は、あまりにも興奮する。斎藤も千鶴も息が荒くなっていた。
「一さん……私、もう……」
 新婚生活も半年以上過ぎ、毎夜斎藤にまわりくどく開発されている千鶴は、もうすっかり我慢ができなくなっていた。しかし斎藤は止める。
「いや、あの時のまま最後までやりたいのだ。それで? 胸のあと、俺はどうしたのだ?」

 斎藤は千鶴のブラウスのボタンを全部外すと、スカートのウエストからブラウスの裾を引っ張り出し、ブラウスを脱がせてしまった。そしてホックの外れているブラもとって放り投げる。
 千鶴は夜に明かりのついた部屋で、窓を背に上半身だけ裸になってしまった。もし近くに斎藤のマンションより高い建物があれば丸見えだっただろうが、そこは大丈夫だ。
 斎藤は両手のひらで千鶴の胸を包み込み、手のひらを先端に押し付けて刺激しながら優しくもむ。
『あっ……あ、斎藤課長……あっ』
 我慢できなくなった斎藤はかがんで、千鶴の胸に唇をつけた。舌で転がし味わう。「ああっ」新たな刺激に千鶴は悶えた。あの斎藤課長に……こんなこと……
 しかし立ったままでは身長差もあり思うように楽しめない。斎藤は千鶴を抱き上げるようにしてすぐそばにあるソファに横たえた。

「一さん……!」
 斎藤が乳首を口に含むと、千鶴は悲鳴のように叫んだ。
「斎藤課長、だ」
「ああっ……さ、斎藤課長……だ、だめ……」
 斎藤は千鶴のスカートのホックを外した。「これであっているか?」聞かれて千鶴はしばらくぼんやりしていたが、 ようやくあの夜の行動と同じかどうかと聞かれているのに気づき、首を横に振った。
「斎藤課長は……ネクタイを……」
 斎藤はネクタイの結び目を緩めると、そのままネクタイをとりYシャツの一番上のボタンをはずした。そして千鶴の体をはさむんで膝立ちになったままジャケットを脱ぎ、近くのローテーブルの上に置いた。
「Yシャツは脱がなかったのだな?」
 千鶴は熱に浮かされたようになったままうなずいた。そうだ、斎藤は脱がないままほとんど裸の千鶴を抱きしめたのだ。Yシャツのごわごわしたひんやりしたあの夜の感触を、千鶴は思い出した。

 斎藤は一度千鶴を抱きしめると、手を千鶴の膝に置き、そのままゆっくりと上にあげようとした。しかし肌触りの悪さにストッキングの存在に気づく。
 斎藤は千鶴の耳に唇を寄せると、なめながら耳元で確かめた。
『脱がせてもいいだろうか』
 いつもオフィスで聞いている静かな声で耳元でそうささやかれ、千鶴はびくりと反応してしまう。

「『脱がせてもいいだろうか』」
「一さん……」千鶴は真っ赤になってしまった。クールで仕事のできるオフィスでの斎藤課長のイメージのままでそのセリフを聞くと、いまだにぞくぞくする。
「それで……? 千鶴は何と答えたのだ?」
 斎藤の右手はストッキングの上からヒップへとあがり、唇は乳首を含んでいる。
「はっ……あ……何も……考えられなくて……」

 千鶴が答えられないでいると、斎藤はそのまま手を上げて、器用にストッキングを脱がせてしまった。肌寒い脚に斎藤のスラックスの感触が直に伝わる。
 ショーツ一枚だけになった千鶴を、斎藤は強く抱きしめた。斎藤の脚が千鶴の脚を割り、ショーツを斎藤の指がなぞる。脱がそうとしたとき、千鶴が抵抗した。
『斎藤課長……明かりが……恥ずかしい……です』
 手で顔を胸を隠し恥ずかしそううに顔を背ける。斎藤は無言で千鶴を抱き上げた。

「脱いだ服はどうしたのだ」
 斎藤は千鶴を抱き上げながら聞いた。
「それは……課長が一緒に持っていきました」
「なるほど、そこでブラジャーは持って行き忘れたのだな」
 千鶴をお姫様抱っこし二人分の服をくしゃっとまとめて持つと、斎藤はそのまま寝室へ向かう。リビングを出たところで千鶴が言った。
「ここで、キスを……」
 望むところだ。斎藤は千鶴をもう少し上に持ち上げて唇を合わせる。そのまま寝室のドアを足で押して開けると、千鶴をベットに横たえた。

「嫌ではなかったのか?」
 千鶴の太ももの内側に唇を這わせながら斎藤が聞くと、千鶴はびくんと背をのけぞらせる。
「嫌ですって言ったんです。そんなところを……」
 言い終わらないうちに斎藤の唇が、千鶴の暖かく湿った場所にたどり着いた。
「ああっ!」
 斎藤が敏感なつぼみを優しくついばむ。「お前が嫌だと言ったのに、俺は聞かなかったのか?」たっぷりの唾液で潤して、蕾の上で優しく円を描くように転がすと、千鶴の返事は甘い喘ぎ声だけだった。

『だめっ……あっ…! 斎藤課長、やめてくださっ、あっ、そ、そんなとこ……ああ……』
 斎藤が潤った千鶴の花芯優しくなめ続けると、千鶴の手は力が抜け唇からはかすかな喘ぎ声が漏れるだけになった。
 千鶴の肌の滑らかさ、白さ。それににおい立つような甘い匂いに斎藤はすっかり酔っていた。受け取った快楽と同じくらいの快感を千鶴にも与えたい。
 千鶴の反応に全神経を集中させながら、斎藤はゆっくりと中指をあたたかな深い穴へとうずめていく。千鶴は一瞬体を固くしたものの小さくあえぐ声はそのままだ。斎藤は慎重に指で中を探ぐっていく。千鶴の中は暖かくしっとりと斎藤の中指を受け入れていく。
 そして蕾を唇で優しくついばみながら、ゆっくりと中指を出し、そして入れる。ゆっくりとした出し入れはだんだんと速さを増していった。斎藤は敏感なつぼみをなでながら、一定のペースで指を動かした。

「は、一さん……だめ、いっちゃう……」
 千鶴が腰をうねらせながら訴える。
「あの夜は、ここでいったのか?」
 千鶴は首を横に振った。「だってあの時は初めてで……」
「なら、いまもいかない方がいい」
 敏感なつぼみの上で斎藤の舌先がくるくると回る。
「無理……むりです、一さん………あっああ……課長……斎藤課長、ダメ、いっちゃう、だめ……! あっ」
 千鶴の腰が大きく反って一瞬固まった後、ビクンッと何度か痙攣した。
「だめだと言ったのだがな……」
 斎藤は指を抜くと、ベットサイドの引き出しからゴムを取り出した。
「まあ、あの時はこれもなかったし、すべてあの時通りにはできんな」
 そしてぐったりとしている千鶴を見る。千鶴は体がしびれるように弛緩して、ぼんやりと斎藤を見上げていた。
「この流れでいいのだろう?」

 斎藤の熱があてがわれたのがぼんやりと分かった。
イきはしなかったものの継続した強烈な快感に、千鶴はしびれたようになっていた。腰から下が熱く、自分でも驚くほど敏感になっている。いつの間にか斎藤は裸になって、千鶴に覆いかぶさっていた。斎藤の体が熱い。
 こんな風に、こんな状況で、抱きしめられたことのなんてない。男の人がこういう時はこんなに熱くなるなんて。こんなに汗ばんで、こんなに……こんなに私の体に集中して、夢中になるなんて。
 ゆっくりと、千鶴を押し広げるようにして固いものが千鶴の中心に埋め込まれていく。
 千鶴の両脇にある斎藤の腕は、力が入り筋肉が浮き上がっていた。

 ゆっくりと入ってくる途中で、斎藤は聞いた。
「俺は、何も言わなかったのか? お前を気遣うような言葉とか……」
「……っ…『痛いか?』って……」
「今は……どうだ…?」
 千鶴は首を横に振った。
「痛く…ない、です。あ…すごく、いい……でも、あの時は、こんなに入らなくて……」
「これぐらい、か…?」
「そう、…そうです……そこで何度も動いて……そしたら私の体がふわってして……」

『か、課長、なんだか、私……あっ…』
『……っなんだ、雪村……はあっ』
 浅い所で何度も刺激され、斎藤はつらかった。このまま一気に奥深くまで挿れてしまいたい。先端だけ締め付けられて刺激が強すぎてすぐに終わってしまいそうだ。しかし千鶴は感じているようだ。この先は痛いだろうからできるだけ快感を与えたい。我を忘れつつある千鶴の表情を見ながら、斎藤は速く細かく何度も自分のものを出し入れする。そうしながらもすこしずつ、押し開くようにして奥へと挿れていく。 
 ようやく最後まで入って、斎藤は快感と千鶴へのいとしさから千鶴を抱きしめた。千鶴の顔を見ると涙が目じりから一筋流れている。
『痛かったか……』
 眉を曇らせる斎藤に、千鶴は首を横に振った。
『大丈夫です』
 そして腕を斎藤の首に回し、斎藤を抱き寄せる。斎藤の体が動くと、千鶴の中に入っている斎藤も動いて痛かったがそれよりも斎藤に抱きしめられたかったのだ。千鶴の願い通り、斎藤は千鶴を強く抱きしめた。
 そして抱きしめたまま顔をあげて目を合わせる。暗闇の中でも斎藤の蒼い瞳に浮かぶ熱い光は見えた。
『酔いに任せてお前を抱いたようになってしまったが、誤解しないでほしいのだ』
『課長……』
『前から、かなり前から、いつも見ていた。立場上気軽に誘えなかったが、ずっと……ずっと想っていた』
 突然の告白に千鶴は目を見開いた。痛みも一瞬忘れ、斎藤の首に回していた腕をほどきまじまじと斎藤の顔を見る。
『ずっと好きだった。ずっと……こうしたいと思っていたのだ』
 斎藤はそういうと、思いをぶつけるように深く動いた。

「あっ!」
 トロトロに溶けていた千鶴は、斎藤のその刺激でまたいってしまった。
「いくなと言っているのだが……」
 言いながらも斎藤は満足げにもう一度腰を動かす。小さく痙攣を繰り返し、どうしようもなく快感の波に流されてようやく岸辺に戻ってきた後、千鶴は目をゆっくり開けた。
「だって我慢なんてできなくて……」
トロンとした表情、紅潮した頬。斎藤はこの幸せをもう一度抱きしめた。
「何か月もかけて、佐之から教えられたり雑誌を読んだりしてようやくわかったことを、酔っ払った俺が一晩でなしとげていたとは」
 千鶴は手を伸ばし、斎藤の頬を指でなぞる。
「一さんは、少し理性の力を弱めた方がいいのかもしれないですね……」
 本当にそうだと思いながら、斎藤はほほ笑んだ。
「それで、お前の返事はなんだったのだ?」
「……え?」
 千鶴の声はもう眠り込んでしまいそうだ。眠らないようにと斎藤は腰を動かして千鶴を刺激した。斎藤はまだカチコチで痛いほどなのだ。
 達した後、敏感になっていたところを刺激されて、千鶴は小さく声をあげてのけぞった。
「お前を好きだったと告白した、その返事だ」
「返事なんて……できなくて。だって一さんはこうやって……」

 こすりつけるように何度も何度も抽挿を繰り返されて、千鶴はすべての思考が飛んだ。先ほどの斎藤からの嬉しい告白も霧散してしまう。それほどの強烈な快感だった。
 自分のものとは思えない大人の女の喘ぎ声が部屋に響く。
『あまり慣れていないと…達するのは難しいかもしれん』
 腰を動かし千鶴の胸を愛撫し口づけを交わす合間に、斎藤が千鶴を気遣うように言った。初めての千鶴にはどうやればイけるのかはわからない。が、斎藤が細かく動かすたびに、鈍い痛みを覆い隠すとろけるような甘い波が、押し寄せては引くのを感じていた。
 わからないなりに斎藤がくれる快感を受け入れるように体が動くと、斎藤もそれに合わせるように動いてくれる。

「それで、その時は達したのか…?」
 斎藤が耳たぶをなめながら千鶴に聞いた。千鶴はもう言葉を発することができなかった。あの時とは違い、今はもう自然に波に乗って快感の海に体が浸ってしまうのだ。途切れそうになる意識を繋ぎとめて、千鶴はなんとかうなずいた。
「達したのか?」
 荒い呼吸の合間に斎藤が尋ねる。「一緒に?」
 答える前に千鶴は一気に快感の波を駆け上がった。
「……っあ、ああっ……!」
 うごめきくるみ締め上げる千鶴の内部に刺激されて、斎藤も押し上げられる。
「くっ……ちづ……あっ……!」
「あっま、また……っいく、いく……っあっ」
 激しい快感に、斎藤の頭も真っ白になった。千鶴の体からあふれるような女性の香りがにおい立ち、きゃしゃな体が何度も痙攣するのを感じながら、斎藤も一気に放出した。

 ぐったりとした千鶴を抱きしめながら、斎藤はぼんやり窓を見ていた。夕方だった窓の外は、今はもう真っ暗だ。
「あの夜の会話を覚えていたら……」
 千鶴が不意に言い、斎藤は千鶴の方を見る。
「二人とも覚えていたら、あんなに長いこと悩んだり喧嘩したりすることもなかったんですね……」
 その通りだ。
 まさか斎藤にできるとは思ってもいなかったが、きちんと口説いて意思を確かめながら導き、おまけに自分の気持ちまで伝えていた。
「ほんとうだな」
 でもまあ、ああやってもがき苦しみながら千鶴のことを、そして自分のことも知れたのはよかったと思う。
 あのまますんなりできあがっていたら、千鶴のことは知っていっただろうが自分が恋をしたことがなかったことや、相手がいるのに勝手に自己完結してしまっている自分の悪いくせに気づかないままだっただろう。
「しかし、結果論かもしれんが今は幸せだ。あの夜はあれで終わってしまっていたとしても、まあそれはそれでよかったのではないか」
 自分に言い聞かせるようにそういうと、千鶴は小さく笑っった。
「なんだ?」
 千鶴の大きな目がいたずらっぽくきらめく。
「終わってないです」
「何がだ?」
「あの夜、一度終わって、私、たぶんそのままちょっと眠っちゃって。そのあと斎藤課長、また……」
「もう一回……だと……?」
 初めてだというのに? 
 驚く斎藤の顔を見て、千鶴は声を出して笑った。
「もう一回じゃないです。もう二回」
 あまりの自分のがっつきように、斎藤は唖然とした。千鶴がさらに追い打ちをかける。
「初めてだったのにいろんな体勢を教えてくださって。もしかして私、それで記憶がとんじゃったのかもしれないですね。お酒のせいじゃなくて」
 酒の過ちだけではなかったのか。斎藤は自分にため息をついた。
「申し訳ない。お前といると俺は過ちばかり犯してしまうようだ」
「私もです。だって、私もあの夜酔っぱらって斎藤課長からキスされてソファに横になった時、初めてなのにいいのかなとか、つきあってもいない隣の課の課長さんなのにこんなことしていいのかなとか全然考えなかったですもん。近くで見ても素敵だなあとか気持ちいいなあとかそんなことぐらい。一さんじゃない人とならそんな風にならないのに」
 二人は顔を見合わせる。
「ふふっ……この話、研修の時のホテルでもしましたね」   
 そして二人で笑った。

 そう、この過ちのせいで二人の縁が始まったのだ。過ちといっても悪いものばかりではないらしい。
 
 このことも、斎藤は千鶴と出会ってはじめて知った。




2016年9月7日
掲載誌:斎藤課長のオフィスラブ



戻る