君の名は  4






ピッという音と共に定期を自動改札に通して、総司はいつもの通学電車に乗った。
 総司の家から薄桜学園の最寄駅までは三駅。開かない方のドア付近に寄りかかり、総司は不機嫌な顔で外を眺める。

 結局体調不良の原因は、彼女の言ったとおりインフルエンザだった。
 一週間学校を休んで久しぶりに学園に行き、真っ先に南雲薫の所に向かった。保健室のことを彼に告げ連絡先を教えるよう言ったところ、馬鹿にしたように笑われた。
『何を言ってるのかわかりません。南雲薫は俺ひとりで、俺はそんな保健室まで先輩の様子を見に行ったりいちゃこらしたりなんかしてません、申し訳ないですけど。熱にうかされて自分の願望の幻覚でも見たんじゃないですか。っていうか勝手にそんな妄想に俺を登場させないでもらえます。想像しただけで気持ちが悪いんで』
 唖然とした総司に、薫がトドメを刺す。
『俺はあなたと違ってそういう趣味はまっっったくないんですよ』
 ぶちっと総司の我慢が切れた音が、隣にいた平助と一に聞こえたようで、後ろから二人がかりで抑えられて、南雲薫の息の根を止めることは残念ながらできなかった。
 むりやり自分への連絡先を書いたメモを薫に押し付けてきたが、あの性格最悪の男の『南雲薫』が、日曜日の女の子に渡す前に捨てていることは容易に想像できる。
 南雲薫を殺す百の方法を笑顔でリストアップしている総司に、平助が必死にフォローした。
『あ、あいつさ、南雲薫。いろいろダチに話を聞いたらガチでホモに追っかけられてるみてーでさ。ほら、知ってるだろ、プロレス部で全国大会で優勝したあいつ。あいつがそっちの趣味で南雲薫のことをしつこく追っかけまわしてるんだって!だからそういう話に敏感で、お前にも過剰反応してんだろ』
平助の言葉に一が反応した。
『プロレス部の?そういえばもともと学園祭での駅前のチラシ配りは、南雲とプロレス部のその男が二人でやることになっていたな』
『だろ?そんな男にストーカーされてたらそういう話全般に敏感になんだろ。総司ももう諦めたら?日曜日には違う南雲薫と会って、そいつが月曜日にうちの保健室にも来たとか、なんか普通信じられねーよ』


となりの線路を反対方向に向かう電車が勢いよく走ってきて総司の電車とすれ違う。
総司はすぐ窓の向こう側を走っている電車を眺めながら、再び怒りを思い起こしていた。
 日曜日の女の子はいたのだ。絶対に。
 保健室のは……今から考えると確かに熱にうかされた夢ような気もするが、でも最後、眠りに落ちる直前に彼女の声を聞いた……気がする。
また勝手な妄想だと言われそうだけど、自分のことを好きだと言ってくれた気がするのだ。そうそう簡単に忘れられるものではない。
 病院に連れて行ってくれた近藤と土方に、保健室に総司のほかに誰かいなかったか聞いたが、見ていないとの返答だった。廊下でもすれ違っていないと。
 総司は、連絡先を聞いておかなかったことを激しく後悔していた。デートに誘うより前に携帯番号を交換しておくべきだった。
 インフルエンザで寝込んでるあいだ中ずっと、総司はそれを後悔していた。探すにしても名前が分からなければ手も足も出ない。
 こうなったら徹底的に『南雲薫』の周辺を洗うしかない。学園生活、委員会、部活、バイト、家……どこかであいつは必ず日曜日の子との接点を持っている。
 昨日は『南雲薫』の帰りに後をつけて家を確かめた。『総司〜マジでストーカーになっちまうぜ、やめろよ〜』とうるさい平助をふりきって。
 学園に報告しているとおり、『南雲薫』はマンションで一人暮らしをしていた。日曜日の女の子の影はまったくない。  
あれだけ印象が似ているのだから血縁なのは間違いないと思い、住んでるところを洗えば何とかなると思ったのだが次はどうすればいいのか。このままあてもなく『南雲薫』のストーカーをすればいいのだろうか。
 総司は、南雲薫にホモだと言われ嘲りの視線で見られたたことや、平助と一の痛々しいものを見るような視線を思い出した。
 ……もう諦めたほうがいいのだろうか。彼女の方も総司のことを少しでも好きだと思っていてくれるのなら、ここまで徹底的に隠れずに自分から出てきてくれるはずだ。だって彼女が総司に会おうと思えば、会いにこれるのだ。総司が薄桜学園の三年生だと彼女は知っているはず。接触しに来ることができない理由は、総司には思いつかなかった。  
これだけ完璧に隠れてると言うことは本当に総司に見つけられたくなくて、と、いうことはそこまで総司のことを好きだと思っていないということで、自分ひとりが必死で探して、見つけ出したはいいが結局フラれて……

 学園の最寄駅に向けて減速している電車の中で、総司は外を眺めながらぼんやりと考えていた。
カバンを持っている自分の手首を見る。
そこには例の日曜日にあの子が作ってくれたボロボロのミサンガが結ばれていた。
 一緒にいてすごく自然で、楽で、楽しくで、でもドキドキして。ずっと一緒にいたいと思った初めての子。
 もっとどんな子か知りたいと思い、そしてその新しく知ったことも、きっと自分はは好きになるだろうと確信がもてた。

 ……諦めるにしてもやるだけやってからだ。

 総司はミサンガを見ながらそう決めた。
やってもだめだったら諦めもつくが、こんな状態で諦めるのは性に合わない。ホモだと学園中の噂になろうが南雲薫に張り付いてやる。あいつが確信犯でとぼけているのはわかっているのだ。今は必死に日曜日の子との関係をかくして暮らしているのだろうが、永遠にそれを続けるのは無理だ。
 こうなればしつこさの勝負で、そして総司はかなりしつこいのだ。

 電車が駅に止まった。
総司は降りようと視線をあげ……そして、視界に入ってきた思わぬ光景に若草色の目を見開いた。
 総司がいた場所は、開くドアと反対側のドア。
そのドアのすぐ向こう側には反対方向へ向かう電車が止まっていて、そちらのドアの内側にも乗客が立っていて、その子に見覚えが……というか……

 あの子だ!

 総司がそう気づいた瞬間、反対方向へ向かう電車に乗っていた女の子も、視線を感じたのか顔をあげた。
 そして総司を見て同じく驚愕の顔になる。 
その瞬間、総司は自分の電車から飛び降りた。降りた乗客をかき分けてホームから階段へ走り、勢いよく駆け下りる。通路を走り、となりのホームへつながる階段を二段飛びに駆け上がった。
 プルルルルル……という電車が発車する音が階段にまで聞こえてきて、総司は焦った。
 白いコートを着ていた。
あれは見覚えがある。ここから一駅向こうにある島原女子高の指定コートだ。やっぱり、当然ながら女の子だったのだ。走りながらも総司の胸は高鳴った。
やっぱりあの子はいたのだ。とうとう見つけた。
ホームへ駆け上がり、ドアがまだ開いている電車へとかけよった。彼女がいた場所を見ると、そこには彼女とは全然違う中年のおじさんが立っている。

どこだ?

彼女も総司に気がついていた。驚いた顔をしていたから。
なぜだかわからないけれど、あの子は南雲薫のフリでないと総司の前に現れることができないようだったから、逃げたのかもしれない。
総司はせわしなくあたりを見渡す。電車の中には見当たらない。
「降りたのかな……」
総司はドアが閉まりそうになっている電車から離れ、ホームを見渡す。

いた!

総司が上ってきた南階段ではなく中央階段を走って降りていく白いコート。下りきって角を曲がる瞬間だったから白いコートしか見えなかったが、この時間島原女子に通う子で電車に乗らず降りるなんて普通では考えられない。
 総司は彼女のあとを追った。

 かくれんぼの次は鬼ごっこか…!

 全然OKだ。
かくれんぼは勝てる気がしなかったが鬼ごっこなら負ける気がしない。
 しかしなぜあんなに逃げ回るのか。彼女は自分に会いたくないのだろうか?好きだと保健室で言ってくれたのも夢だったのか?
 改札を飛び越えるようにして出て、総司は左右を見渡す。  駅前の細い道路には白いコートの姿はない。と、いうことはその道路の向こう側にある公園だろう。学園に近いこの 公園はよく知っている。
総司は再び走り出した。

公園の中に入ると、果たして公園の遊歩道の端の方に逃げる白いコートを見つけた。
総司は再び走り出す。運動神経はいい方だ。ぐんぐんと間をつめて、とうとう総司は彼女に追いついた。
「…待って!待って、待たないと捕まえるよ!」
 背後からそう声をかけると、彼女は怯えたようにピタリと立ち止まった。総司はそれを見て足を止め、膝に手を置いて息を何度もはく。さすがに病み上がりでの全力疾走は結構こたえた。
「……」
 目を見開いて警戒するように総司を見上げている彼女を、総司は最後に大きく息を吐いてから見た。
「……ようやく捕まえた」
「……」
 後ろめたいのか怯えているのか、彼女の表情に笑顔はない。総司もなぜ隠れていたのかなぜ逃げるのかと少し腹も立てていたからそれを感じているのかもしれない。
「……えーと……」
 聞きたいことはいろいろあったし話したいこともたくさんあったはずなのだが、いざ目の前に彼女がいると頭が真っ白になって何も浮かんでこなかった。
 しばらく二人で公園の遊歩道の真ん中で立ち尽くして。
最初に口を開いたのは彼女の方だった。
「……もう、大丈夫なんですか?」
「え?」
「インフルエンザ、です。もう治ったんですか?」
 身長差のせいで上目遣いで聞いてくる彼女は可愛かった。ようやく、やっと捕まえたという実感が湧いてきて、総司は胸がウキウキ…というかドキドキしてくるのを感じる。今度は二度と逃さないようにしなければ。
「うん。それを知ってるってことはあの保健室での件は僕の夢じゃなかったんだよね?」
総司がそう聞くと、彼女は少し驚いたように目を開いた。そして頷く。
「……いろいろ、聞きたいことがあるんだけど……」
 総司がそう言うと、彼女はもう観念したのか「はい」とうつむいて小さい声で言った。
「まずね、携帯の番号を教えて」
パッと顔をあげた彼女は驚いた顔をしていた。総司は自分のスマホをだす。「何番?」
 強引な問いかけに、彼女は言われるがままに戸惑いつつも番号を言う。総司はすぐにそれで電話をかけた。
ひよこの鳴き声のような着信音が彼女のカバンの中からする。
「僕の番号入った?」
彼女はカバンから自分のスマホを取り出して確かめて、頷いた。
「じゃ、次はね。名前。名前はなんていうの?苗字は南雲でいいの?」
「……」
 彼女は黙り込んだ。やっぱりこのあたりが彼女が必死にかくれんぼをしていた理由なのだろう。しかし今回ばかりは質問を撤回する気はない。
「言えない?どうして言えないの?何か僕に知られるとまずいことでもあるのかな」
極力威圧感を与えないようにそう聞くと、彼女はおずおずと話しだした。
「日曜日に駅前でチラシ配りをしたんですが……」
「うん」
「あれは、私だったんです」
「……」
 今更何を言ってるのかと総司は思ったが、黙って聞いていた。
「本当は薫が行かないといけなかったんですが、インフルエンザで行けなくて……。委員会でひとり出さなくてはいけない役目だったみたいでほかの皆さんにご迷惑をお掛けするわけには行かないって、行けないとは分かっていたんですが、私が薫の代わりに行ったんです。チラシを駅前で配るだけだから学園の皆さんにはバレないって薫から言われて……」
「ちょっと待って。質問」
総司は手のひらを上にあげて、一旦彼女の話を遮った。
「君と南雲薫の関係は何?いとことか?」
「私たち、双子なんです。薫は兄です」
なんで?という顔を総司がしたのに気がついて、彼女は付け加えた。
「私の名前は、雪村です。雪村千鶴といいます。薫は小さい頃南雲家に養子にだされたんです」
「雪村、千鶴…ちゃん」

 ようやく名前がわかった。
イメージしていたものに名前がついたことでその存在感がいよいよ確かなものになった気がする。
 彼女は本当に存在したんだ。あの日曜日だけの存在ではなかった。保健室の中だけの存在でも。
こうして手を伸ばせば触れられる距離で。
「……入れ替わったのが学園側にばれると南雲薫の立場が悪くなるから、僕から逃げ回ってたってこと?」
千鶴はしばらく考えてから頷いた。
「薫にもそう言われましたし、沖田さんと学園長はプライベートでもお知り合いだと聞いたので。本来出席として扱われないはずなのに私が入れ替わったせいで出席扱いになってしまうのは不正ですよね?薄桜学園の学園長は曲がったことや不正を許さない方だと聞いていたので……」
納得できそうだがよく考えると納得できない。総司は首をかしげた。
「君からのお願いなら僕がそんなことを学園に言いつけたりしないとは思わなかった?」
総司がそう言うと、千鶴はびっくりしたような顔をした。
「……薫……薫は、そんなことは言わなくて『不審に思われてるから気をつけろ』って……。日曜日に沖田さんと……その、仲良く話してしまって入れ替わりがばれてしまう可能性を作ったのは私のせいなんで……」
 やっぱりアイツか…と総司は内心はらわたが煮えくり返るようだった。
ホモだのそっちの趣味だの気持ち悪いだの散々言ってくれたが、要はあいつは総司が自分の妹に近づくのが気に入らかったのだ。意図的に、悪意を持って偽の情報を総司と千鶴の間に立って双方に流していたのだろう。
 でも、彼女に対しても不満は残る。そんな障害を総司のために乗り越えようとは思ってくれなかったのか。
「……保健室でさ。また会ってってお願いしたよね。あれはじゃあ、こうやって偶然に僕と会わなければウソのまま終えるつもりだったワケ?」
「……」
千鶴は困ったような顔をした。ピンク色の柔らかそうな下唇を噛み、視線をあちこちとめぐらせる。
「……あの時は、……嬉しかったんです」
「え?」
「誘ってくれて、とっても嬉しかったです。私も、私も一緒にいろんなところに行ったりおしゃべりしたりしたいって思いました。だからつい……。あんなふうに誤解させるようなことをしてしまってすいませんでした」
 まるで断られる直前のような彼女の言い方に、総司は再び頭をかしげる。
 学園に彼女と薫の入れ替わりを言いつけさえしなければすべてはうまく行く……という流れだったのではなかったのか?
「なんであやまるの?」
「だって……」
 彼女はそう言うと、『見てください』とでもいうように両手を広げた。
 しかし彼女が何を言いたいのか総司はわからない。
「?何?島原女子は男女交際禁止だっけ?」
 総司がそういうと、彼女は落っこちるのではないかと言う位目を見開いた。逆に総司が驚く。
「何をそんなに驚くのかな」
「だって……」
千鶴はしばらく口ごもると、ああ!と何かを思いついたような顔をした。
「女の人も大丈夫ってことですか?」
「??何が?」
「……沖田さんが、です」
「……」
 ようやく再び会うことができた千鶴チャンの言ってる意味が分からなくて、総司は頭を抱えた。日曜日に話していたときは言葉にしなくても心で通じ合えたと思っていたが、実は不思議チャンだったのだろうか?
 思い悩んでいる総司には気づかず、千鶴は複雑な表情だった。
「薫が無理そうだから、私に……とかそういうのは、その……私のわがままだってわかるんですけどちょっと嫌だなって。私と薫は入れ替わろうって思ったくらいだから、その、似ているし……。私は、沖田さんのことす、す、好き、…ですけど、おつきあいとかそうのはやっぱり難しいんじゃないかと思います。その、沖田さんが悪いんじゃないんです。薫の事とか気にしちゃう私の心が狭いだけで……」
まだまだ続きそうな千鶴の言葉に、総司は再びストップを入れた。
「……よくわからないんだけど、君は僕の事を好きでいてくれてるの?」
 一瞬言葉につまり、そしてゆでダコのように真っ赤になって頷く千鶴。
「じゃあ、なんで『そういうのは難しい』のかな。そこがよくわからないんだけど」
「沖田さんは、ずっと薫の事を好きだったんですよね?だからです」
「……」
目が点というのはこういうことをいうのか、と総司は頭の一部の冷静な部分でそう思った。
「……ん?意味がよく……」
「薫の事をずっと好きで、告白とかバレンタインとか……いろいろしてましたよね。私、知ってます。そりゃあ人間だからいろんな人を好きになるのは当然だとは思うんですが、薫がダメだったから……とかそういうのだと、多分この先私がつらくなりそうで……」
「いやいやいや、待って待って。いったいどうして僕が南雲薫を好きだなんて思ってるわけ?」
総司の問いに千鶴は驚いたように目をパチパチと瞬いた。
「だって……薫がそう言ってて……」
「はあ?」
「沖田さんはずっと男の人にしか興味がなかったんですよね?だから、私にいろいろ言ってくれたり誘ってくれたりするのは、薫の代わりなのかなって……それがイヤだっていうのは私の我儘なんですけど……」

 千鶴の、このとんでもない誤解がいったいどこから来たのか、どこから解けばいいのか、総司にはまったくわからなかった。
心の中で一から十まで数えて心を落ち着かせてから、総司は口を開く。
「……まず、僕は男は好きじゃない」
「え、……ええ!?」
驚愕!という顔をしている千鶴に総司は続ける。

「生まれたときからこれまで、男を好きになったり追いかけまわしたことは一度もない。僕は女の子が好きです。今は、千鶴ちゃん、君が好きなんだよ」

「……」
ポカンとした顔をしている千鶴に総司は「わかった?」確認した。
「でも……でも、薫が……。日曜日のチラシ配りに行く前に、一緒に配る人はいつもうちに薫宛ての電話をしたり薫にラブレターを渡したりしつこい例の男の人だって……」
「それは僕じゃない」
 総司はきっぱりと否定した。と同時に、この頭の痛くなるような誤解がどこから生じたのかようやく理解した。
「実は僕の方も入れ替わってたんだ。当日、土方っていう先生の指示でね。もともと日曜日のチラシ配りに行くやつは……確かに南雲薫にご執心で追いかけまわしてるって学園で有名らしいよ」
 千鶴はしばらく総司の言葉を味わうように考えて、そしてゴクリと唾を飲んでから言った。
「じゃ、じゃあ……じゃあ、沖田さんは……薫は……」
「薫は最初から僕とそいつが入れ替わってたことは気づいていたと思うよ。君の誤解をそのまま放置……どころか煽ったんだろうね」
千鶴は途方に暮れたような顔で呟く。
「なんでそんなこと……」
「さあね。学園祭の後何度か薫と話したけど、あれだけ気にくわない存在は初めて見たからあっちもそうだったんじゃないの」
「そんな……そんな理由で……」
茫然としている千鶴の顔を、総司は覗き込んだ。
「信じられない?」
「……ずっと、沖田さんは男の人が好きだって思い込んでいたんで……ちょっと頭が働かないというか……」
「じゃあ、行動で証明しようか?」
「行動?」
キョトンと上を向いた千鶴の頬に、総司は背の高い上半身を折り曲げるようにしてちゅっと軽く唇をあてた。
「!!!!〜〜〜!!!!」
 真っ赤になって頬を抑えて飛び上がった千鶴を、総司は楽しそうに見た。
「ほんとはもっと違うところにしたかったんだけど、名前を知ってすぐにそれはどうかなって思って遠慮したんだ」
「……」
「女の子が大好きってわかってくれた?……わからないならもっと行動で証明しても……」
「わ、わかりました!わかりました!すっごくわかりました!」
手のひらを近づいてくる総司の前にあげて、千鶴は必死に抵抗した。総司はその手を掴んで握る。

「……千鶴ちゃん」
ふいにトーンのかわった総司の声に、千鶴は顔をあげて総司を見る。
「チラシを一緒に配ったあの日はとっても楽しかったんだ。たった一日でこんなことを言ったりしたりしてるなんて自分でもちょっと驚くけど……でも君が好きだ。僕とつきあってくれる?」

 千鶴は総司の綺麗な緑の瞳を、吸い込まれそうになりながら見上げた。
 胸の奥が暖かくてフワフワして言葉がでない。感情が揺れて、何故か目が潤むのを感じた。
 好きになってしまって後悔をたくさんした。薫のふりをして出会いはあまりいいものではなかったけど、二人で過ごした時間を、彼も同じように感じてくれたのかと千鶴はとても嬉しい。
「はい。もちろんです。とっても……嬉しいです」
見上げる千鶴に、総司も嬉しそうに微笑んむ。

 冷たい風などものともせず、見つめあって幸せそうな二人。
 そんなことになっているなど露知らず、薫は学園で今日は何と言って総司に精神的苦痛を与えようかと、爪を研いでいたのだった。





 
2014年2月23日
コピー本無配:君の名は

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