ひととせがさね 14




ななとせ 




《冬 沖田総司》

ああ、手が冷たいね。外は寒いんだ。雪もかなり積もってるんだろうね。

 この際だから言っちゃうけどさ。
……君が時々この家をでて一人であの高台に行ってるの、知ってるんだ。
大きな木があって、少し高くなってるおかげで景色が良くて、気持ちのいい風が吹いてる丘だよね。
そこで君が泣いてるのも知ってる。
僕に見られないように、こっそり隠れて、あそこに行って泣いてるんだね。
 ここに来たばかりの五月のころに、あの木に黄色に小さな花がたくさん咲いてたのを覚えてるよ。サンシュユって言うんだっけ?
 解熱の作用があるんだってね。僕が聞いたのは強精薬って話だったけど。まあどっちも僕は嬉しい効果だから喜んで飲みたいけどさ。苦くて酸っぱくて……まあがんばったけどね。
 屯所のあの場所、覚えてるかな。金平糖を初めてあげた時、君はまだ十四か十五くらいで泣きべそをかいてたっけ。あんな風に泣かせたくなくて君の傍にいたいって思ったのに、また君は一人で泣くようになって……
 うまくいかないもんだね。
 君がよければさ、僕の前で泣いてよ。不安とか心配とか、そういうの全部僕にぶつけて僕にも一緒に背負わせて。それぐらいはさせてほしいな。僕を不安にさせないようにとか、僕につらい思いをさせないようにとか、優しい君が気を使ってくれてるのはわかるけど、君が一人で泣いてる方が僕は辛いんだ。君が少しでも楽でいてくれた方が僕は嬉しい。……いいね? うん、いい返事。
 君を悲しませるのは分かってたのに、僕のわがままで君を手放さなくてごめんね。でももう一度選べるって言われても、僕は多分君を手放さないよ。何回もごめんねって言うけど、手は離さない。だって君は僕のとても大切な人だから。
 運が悪かったって諦めてくれるといいけど、それもかわいそうかな。

 羅刹の毒がぬけると、これまで抑えてくれていた労咳が元気になるなんて皮肉だよね。もう一回変若水を飲みたいくらいだよ。あの時全部捨てちゃうんじゃなくて少しだけ残しておけばよかったかな……なんて、冗談だって。
 君があの、人を狂わせる――いや鬼をも狂わせる薬を嫌っていたのはよく知ってるからね。この世から一滴残らず亡くなった方がいいって僕も思ってる。

 ねえ、千鶴。今日は少し気分がいいから君に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかな。
 やだなあ、そんな不安そうな顔をしなくていいよ。別に最期の言葉ってわけじゃない。ちょっと今は熱があるけどさ。でもここのきれいな空気は労咳にもいいみたいだよね。血も吐かないし、京にいた時よりしんどくはないんだ。
え? ちゃんと安静にして滋養に言いものを食べてるからだって? ……確かにね、京の時はちゃんと寝て食べてお薬飲んでくださいって君によく叱られてたっけ。

 僕はさ、物心がつく前に両親をなくして、実家も出されて、近藤さんに面倒を見てもらって。
自分でいうのもなんだけど僕はかわいい子どもではなかったし、正直かなりねじくれてひねまがってたんだ。……まあ今でも少しそれは残ってるけどね。え? ……そう、少しだけね。
 自業自得の部分もあるけど、人からありのままの僕を受け入れてもらう経験なんてなくて、君がそれをしてくれた時に感動したのを覚えてる。大げさに思うかもしれないけど、ああ僕は生きてていいんだって、誰かから許されたような、そんな気がしたんだ。
つまり、僕は君に生かされたわけだ。だからこの命を君のために使いたいって思う。君のためなら僕の命をあげてもいいってね。

 だから、こんなこと言うとまた君に怒られちゃうけど、あの時、薫たちの前で言ったのは本気だったんだ。
『君のためなら僕の命くらい、くれてやってもいいんだけど』
 全てが終わった後に、君に怒られたよね。
もう僕一人の命じゃないんだから、簡単に投げ出さないでくださいって。たとえそれが君のためでもってね。
『私のために死ねるなら、私のために生きることもできますよね?』って、涙をいっぱい貯めた目で怒った顔で言われたのをよく覚えてるよ。

 僕の看病の合間にこっそり抜け出した君が、あの木の下で隠れて泣いてきたのに気づいたりしたときは、『私のために死ぬんじゃなくて、生きてください』って言われても君のために早く死んだ方が君を苦しめる時間が少ないんじゃないかって思っちゃうんだよね。
 ああ、今、君のおでこから角が生えたのが見えたよ。ごめんごめん。でも、つい、ね。

 この前、高い熱が出た時に、君は寝ずの看病をしてくれたよね。熱で頭がぼうっとしてたけど、君がいつもそばにいてくれたのはわかったんだ。その時に、君が泣きながら僕に言った言葉も覚えてる。
 動けなくなってもいい、声を出せなくなっても、目を開けられなくなってもいいんです。抜け殻になってもいいから、生きていてください、そばにいてって。泣きながら僕に言ってた。
 僕の意識がないって思って思わず言っちゃったんだね。これまでは絶対僕の前ではそういうのは見せなかったのに。
まああの時はほんとに僕の病状は危なかったのは自分でもわかってたし、君も相当怖かったんだと思う。
 辛い思いをさせて申し訳ないとも思うけど、抜け殻でも迷惑かけてもなんでもいいから生きてほしいって君が望むなら、僕も頑張ろうってあの時思ったんだ。
 病は気からっていうけど、あの夜から僕が持ち直したのは、多分それのおかげだったんじゃないかな。

 君と二人でもっともっと季節を重ねていきたい。
春に知らない花を二人で見つけたり、夏に庭の虫に驚いたり、秋に一緒にたき火をしてあったまって、冬は二人で雪見酒もいいね。
 それは、難しいかもしれないけど君とならできるんじゃないかって僕は思い始めてる。
 こんなに僕にたくさんのものをくれた君に僕からも何かをあげたいんだけど、残念ながら僕は何も持ってないんだ。僕の命はいらないって断られちゃったからね。
 僕が君にあげられるのは、二人の時間と、僕の気持ち。
君にもっともっとたくさんあげられるように、僕はがんばるよ。

 そしてもしも、……もしもだよ? 僕がいなくなってしまったら、君にあげられるのはひととせ分のここでの思い出。
君は受け取ってくれるかな。
しばらく大事にしてくれて、飽きたら捨ててくれてもいいよ。
もともと誰とも同じ輪に入れなかった僕を、唯一入れてくれたのは君なんだ。
たとえひと時でも、輪の中の僕はとても幸せだった。
本当に、本当に、ありがとう。

 

《夏 千姫》

夏真っ盛りの東北の山は、暑いは暑いが京のどんよりとした暑さとは違いさわやかだった。
 目印の大きな岩が見えてきて、千は足を止めて昇ってきた道を振り返る。
「ああ、きれいね」
隣にいた君菊と天霧も立ち止まった。
「小川が涼しそうですね」
「のどかな風景です」
 千は前を向くとまた歩き出す。「夏はここに遊びに来るに限るわ。様子も見れるし涼しいしうるさい客もここまでは追ってこないし」
「姫様、春もそうおっしゃってましたよね」
 君菊が言うと天霧も突っ込む。
「昨年の秋にもこちらに来たと聞いていますが」
「いいでしょ、別に。京の鬼として各地の情勢を知っておくのは必要なことだし」
 全国に置いている千の情報網の中で、千自らが情報を聞きに来るのは東北だけだ。そのついでにここに足を延ばすのは、もう季節ごとのならいとなっている。
しかし取りまとめる鬼がいない東北と北関東に千が顔を出すのはいいことだし、千の気晴らしにもなっているようなので、君菊も西の鬼たちも何も言わなかった。
「千鶴ちゃん、定期的に様子を見に行かせてる鬼に、必要なものとかちゃんとお願いしているのかしら。変な遠慮と化していない?」
千に聞かれて君菊はうなずいた。
「大丈夫なようですよ、こまごましたものをよく頼まれていると聞いています」
「ならいいわ」
 きつい坂をのぼると小川の支流の小さな小さな流れがある。少し平らになったそこはもう木々がうっそうと茂りこの先には人の住む場所などなさそうに見えるのだが、よく見ると草を踏み分けた跡があるのだ。森の中を半刻ほど歩いていくと、急に視界が開けて雪村の里が目に入ってくる。しかしもうすでに自然に飲み込まれ一見では里が昔ここにあったかどうかはわからない。
 ぐるりと里を回って山が大きく張り出しているところを超えてさらに奥に行くと、そこに小さな家があった。
 明らかに人の手が入った花や野菜が植えられて、どこからか引いてきている水が竹の筒を通ってちょろちょろと大きな石の瓶にあふれている。
「千鶴ちゃん! いる?」
静かな風景に千の明るい声が響く。すぐに家の後ろでガタガタっと音がして千鶴が出てきた。
「千ちゃん! 来てくれたの!」
「手紙書いたでしょ?」
「もうちょっと遅いかと思ってた。君菊さん、天霧さんも!いらっしゃい。お疲れ様です。あがってください」
 千鶴が嬉しそうに笑顔で三人を家のへと招き入れた。
君菊は千について毎季節千鶴に合っているのだが、天霧は久しぶりだ。                      
天霧は千鶴を見て安心した。元気そうだ。鬼が変若水を飲んだ影響については全く不明なため、どんな後遺症が出るかと思っていたが。
「天霧さんも、荷物を置いてください」
 千鶴に、足を洗うようのタライを用意してもらって天霧は土間の上がりかまちに座る。
「……元気そうですね」
天霧がそう言うと、千鶴はほほ笑んだ。
「おかげさまで」
「……羅刹の影響は?」
「ここの水を飲んでるうちに、徐々に影響は薄くなってきた気がします。二年以上たった今はもう、ほとんど前と変わりません」
「それはよかった」
後ろで千と君菊が荷物をほどいている。
「たくさんお土産持ってきたのよ。道具とかもここらへんじゃなかなか手に入らないと思って。いらなかったら売ればいいしね」
「いつもほんとにありがとう。とっても嬉しい。何もないとこだけど夏は京や江戸に比べたら涼しいし、ゆっくり泊まっていってね」
千鶴がそう言うと、千がいたずらっぽく眉をあげた。
「あら、そんなこと言っていいの?」
千鶴は首をかしげる。
「え? どうして?」

「僕が追い出すからでしょ」

 後ろから声がして、皆が一斉に振り向いた。
勝手口の扉に背が高い人影が見える。
「総司さん」
千鶴が呼ぶと、その影は家の中に入ってきた。さっぱりした着流し姿だ。
「来たわね、邪魔者が」千が冗談のように言うと、総司も笑って返した。「邪魔者はそっちでしょ、新婚の家にくるなんて」
「二年もたってるのに新婚って言わないわよ」
「僕たちはずっと新婚なんだよ、ね? 千鶴ちゃん」
急に話を振られて、お茶の用意をしていた千鶴は「え? は、はあ……まあ」とあいまいに返事をした。
中に入ってきた総司は、あまりかまちにいる天霧に気づく。
「あれ、今回は君も来たんだ」
「……お邪魔しています」
 一度……いや、二度か? 会ったことがある。まだ明治になる前のことだ。
「まあ、いいや。千鶴が楽しそうだしゆっくりしてけばいいんじゃない」
 総司は肩をすくめてそう言った。それが彼なりの歓迎の意味の言葉だというのは、皆わかった。

 三人の滞在は十日ほど。
楽しく過ぎて、別れの日に千が千鶴の手を取って言った。
「ね、千鶴ちゃんたちも京に遊びに来て。江戸……ううん今は東京か、あそこにもうちの屋敷があるからそっちにもぜひ!」
天霧もうなずく。
「九州の方にもぜひいらしてください。人の里には仮の屋敷しかありませんが、鬼たちが集まって暮らしている里があります」
千鶴はほほ笑んでうなずいた。
「ありがとうございます。体調に不安がなくなったら……ですよね? 総司さん」
 隣に立つ総司に笑顔で聞く。総司もにっこりとほほ笑んで千鶴を見下ろした。
「そうだね」
 そのあとは別れの言葉を交わして次の訪問の約束をして。三人はまた山を下りていく。
「千鶴ちゃんたち、京に来てくれるかしら」
 千が、楽しかった滞在を思い出しながら笑顔でつぶやいた。来てくれたら大歓迎していろんなところに一緒に行くのに。
「どうでしょうか。沖田さんは元気そうに見えましたけど」
天霧もうなずいた。
「そうですね、労咳に羅刹に……しかも羅刹化もなんどもして血も飲んだと聞いていたので、元気な彼を見て少々驚きました。この地の水が羅刹に、空気が労咳によかったのでしょうが……」
「『しょうが』……?」
 語尾が気になって千が聞くと、天霧は立ち止まって千鶴と沖田の家があった方向を見上げる。
「しかし、羅刹の力は人の寿命を削って得るものです。きっと労咳からくるさまざまな症状をも、羅刹の力は弱めているのでしょう。いつかは寿命がつきるのは理ですし、その時期は通常の場合よりは早い」
「……」
 天霧の言うとおりだ。元気な彼らを見ていたら忘れそうになったけれど、変若水というのはもともとそういうものなのだ。
 千は暗い表情になった。
天霧は続ける。
「だからこそ、彼らは時間を大切にしているように私は感じました。二人の時間を、お互いに大事にして毎日を重ねているように。……ですので、私もお誘いしましたが多分彼らは京や九州にはこないでしょう」
「……そうね」
千もうなずいた。
「新しい人や知らない土地を知るよりも、あの二人は……」
きっとお互いの想いや思い出を大事に大事に重ねていきたいのだろう。
 あの箱庭のような花の咲き乱れる小さな家で。
 残された方がその思い出で生きていけるように。

 千も、千鶴と沖田の家があるほうを見上げた。もう木々に囲まれてどこにあるかもわからない。そこに向けて心の中で祈った。
どうかいつまでもいつまでも、あの二人が一緒に季節を重ねていけますように。

 

 



2015年10月12日発行
掲載誌:ひととせがさね


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