千代に八千代に
まだ怒ってる?
悪かったって思ってるんだ。わざとじゃないんだよ、本当に。すっかり忘れてただけでさ。
村の子たちと遊んでた時に、その子達途中でお母さんたちに呼ばれちゃってさ。それで『総司預かってて!』って。『絶対逃がさないでね』って頼まれたから特に深く考えずに袂に入れておいたんだよ。
で、帰りに雨に降られたから家で服を脱いで着替えて、風呂に入って……
君が、僕の脱いだ服を片付けようとしたら緑の物体がぴょんぴょん出てきたってワケ。
ね?理由を聞くと『それならしょうがない』って思えるんじゃない?
まあカエルも一匹とかならまだよかったと思うけど、実際は十二匹だったからねー。袂に入れてる時もゲコゲコうるさいし、それが一斉に服の中から出てきたら、そりゃあびっくりはするよね。
でもあんなに怒ることは無いと思うんだよなあ。今だに口をきいてくれないしさ。
風呂に入ってたのに途中で出て、半狂乱になってる君とカエルを一緒に探してあげたじゃない?十匹しかみつらなくて、最後の二匹がみつかるまで夕飯は食べさせてもらえないのかと不安になっちゃったよ。
でも残りの二匹も部屋の隅と押し入れの中からちゃんと見つかったし。よかったよかった、と思うんだけどな。最後の一匹が布団の入っている押し入れの中にいたってのがまずかったのかな。
本当に十二匹だったのか、もう一匹いるんじゃないかとか涙目で責められて僕も困ったよ。だって正確に数なんて数えないで袂にポイポイいれちゃってたからね、実は。子どもは六人いて、一人二匹くらい掴まえてたような気がするから多分十二匹かなーって思うんだけど。
でもそんなことあの時言ったら本当に夕飯抜きになりそうだったから、『大丈夫、全部で十二匹だよ。僕を信じて』って言ったんだけど、この手紙で本当のことを話しておきます。
実は何匹だったか正確には覚えてない。
でもその後、今現在までは潰れたカエルも生きてるカエルもでてきてないから意外に本当に十二匹だけだったかもよ?
夕ご飯も美味しく食べれたし、片付けは僕がやったし、もう一度僕は風呂にも入り直したし、機嫌を直してほしいんだけどな。
最近君がちょっとだけ飲めるようになったお酒を持って、お風呂に入っている君の所に今から行こうと思ってる。お酒の力で少しだけ和らいでくれないかなあってさ。風呂につかりながらお酒を飲むとか贅沢な気分じゃない?
酔った時の君はすごくかわいいし。自分で気づいてるのかなあ。
いつもは恥しがるようなことも言ってくれるし、何よりも……なんていうのかな、隙ができるっていうのか……人恋しくなるの?僕の方に寄って来るよね、甘えるみたいに。
あれがかわいいし、そこから楽しい展開になる場合が多いから、ついついお酒を飲ませちゃんだけど。
君はそろそろお酒を飲もうって誘う僕の下心には気づいてると思うんだよね。その上で誘われてくれてるってことは、仲良くなることに同意してるっていう意味でいいのかな。
さて、じゃあそろそろ下心満載で君の所に行こうかな。今日は飲んでくれるかどうかドキドキするね。
前略 総司さん
カエルが一匹お風呂桶の傍でぴょんぴょんしてました。
私が叫び声をあげたら総司さんがすぐ来てくれたのはありがたかったんですが、ほんとにもう……なんて言ったらいいのか。
私は裸だし、お風呂に入っているときは恥しいから来ないでくださいっていっつも言っているし、カエルはもういないって総司さん言ってたのにいるし。
カエルをつまんで外に放り投げた直後に、にっこりとお酒を差し出されても受け取る気には全くなれません。
だから怒って総司さんをお風呂場から追い出したのはしょうがないと思ってくださいね。
でもお手紙を読んでカエルを持ち帰った経緯はわかりました。
お友達との約束は大事です。十歳以上年下の子どもとはいえ、約束は約束ですし。普通の大人だと『子どもとの約束だし家にカエルを持ち込むのは…』って帰り道に逃がしてしまうとは思うんですが、ちゃんと約束を守った総司さんは、そういう意味ではその……素敵だとは思います。
でもウソはいけません。『十二匹だ』って、『僕を信じて』って言うから信じたのに……!
結局お風呂場のもいれて十三匹。あれから私は何か物を動かすたびにカエルが出てこないかびくびくして過ごすようになっちゃいました。見てるだけならいいんですが、生活の場にそういうのがいるのはちょっと……。
子どもとの約束を守るのもいいですけど、まず家の中に持ち込まないようにお願いします。持ち込んだとしても『袂に入れて』とかじゃなくて何か……それこそ風呂桶とかに入れてくださいね。それに持ち込んだことを忘れないでください。さらに言うと何匹持ち込んだかも……ハア…
まあでもそんなことをしでかした後に、叱られたいたずらっ子みたいな顔で『ごめんね』って謝られると簡単に許してしまう私も悪いんだと思います。
お酒を飲むのも、私がお風呂を上がるまで待っていてくれたみたいでそれも嬉しいです。
酔うと隙が……ですか?自分ではその『隙』というのがどういう意味がよくわからないんですが、ちゃんとしなきゃっていう意識は薄れてしまう気がします。よくないと思っていたんですが、それが隙なんでしょうか?
甘えについては、……そうかもしれません。恥しいですけどなんだか……ぎゅっってしてほしくなっちゃうんです。
あの時も、お酒を飲んで総司さんの肩に頭を乗せて、二人でお月様を眺めましたよね。
夏なんですが夜は少し肌寒くて、総司さんの体がとっても暖かかったことを覚えています。
月を見上げている総司さんは儚くて、飛んで行ってしまいそうで、私は総司さんの着物を引っ張ってしまいました。
『何?』って微笑む総司さんの笑顔がいつもと同じで、ほっとして。
柔らかな唇が重なって、暖かな腕にすっぽり包まれて。
お布団の上に寝かされた時に外からカエルの声が聞こえてきて、二人で思わず笑ってしまった事も今ではいい思い出です。
でももう今後カエルは家には一切出入り禁止でお願いしますね。
前略 千鶴
ふもとの里の市、楽しかったね。
いろんな露店やら店が出てて、少しだけ京の頃を思い出したよ。あの時は欲しいものも特になかったから甘いものぐらいしか買わなかったけど、君っていうお嫁さんをもらった今は、京みたいにいろんな品が売っていればなあって思うよ。かんざしとか帯とか……やっぱり都だからいいのがいろいろあったしね。
君もそういうの好きでしょ?いわゆる『年頃』と言われる年齢のころは男装ばっかりしてたから、本来の姿に戻れた今は、いろいろ好きなのを買ってあげたいって思うんだよね。
まあそんなに贅沢はさせてあげられないけど。
男装の時もかわいい子だなって思ってたけど、やっぱり女の子の姿の方が全然かわいいね。っていうか日に日に綺麗になっていくような気がして正直嬉しい反面困ってるよ。ドキドキしちゃって。
お嫁さんにドキドキってのも今更だと思うけど、でもふとした仕草とか表情とかね。ああ、女の人なんだな〜ってなんだかこう……手の触れられない存在みたいな。
人間の男が天女に恋をするっていうのは、こういう気持ちなんじゃないかなって時々思うよ。とっても幸せなんだけど不安っていうね。あれ、なんだか何を言っているのか自分でもわからなくなってきたな。
ところで、僕が今日買ったかんざしは気に入ってくれた?桜貝っていう貝で作られてるんだって。ほんとに桜の花びらみたいできれいだよね。
僕がかんざしを選んでいる間に、君はさっさと着物を買っちゃってちょっと残念だったな。君の着物がどんなのがいいか、前に新選組のみんなと話したことがあってさ。僕も一緒に選びたかった。たくさん買い込んだみたいだからしばらくはもう買いに行かないだろうけど、また市がたったら次の着物は一緒に買いに行こうね。
僕が君に似合うのを選んであげるよ。
次の市は春にたつらしいよ。去年の春は里にはおりてなかったし人付き合いも最低限しかしてなかったから知らなかったよね。夏の市より春の市の方が物が豊富なんだってさ。楽しみだな〜。来年の春はまた一緒に行こう。
……人がたくさんいるところに君が行くと、他の奴らが見てくるのが気に入らないけどね。
まあでもしょうがないかなとも思うよ。だってさっきも書いたけど、最近の君は本当にきれいだし。
僕の腕の中だけに閉じ込めて、他は一切見ないで暮らしてほしいって思うけど、それは無理だって言うのも頭ではわかってるんだ。だけど君が他の男と話しているのを見ると、それがただの店主と客との会話だとしても、なぜだかすごく焦る気持ちがある。小さな子供みたいに、気に入ったおもちゃを誰にも触れられないように隠す気持ちと同じでね。我ながらやっかいな男だよね。
こんな男に、なんで君はついてきてくれたのかなって思うけど、でもさ。
僕だけを見ててね。
僕も君だけを見てる。
ずっと。
前略 総司さん
里の市、私もとても楽しかったですね。人がたくさんいてにぎやかで、品物もたくさんあって。私も京を少し思い出しました。
京での私はあまり外には出られなかったですけど、でもにぎやかな雰囲気は似ている気がします。
かんざし、ありがとうございます。まさか私のものを選んでくださってるとは思わなくて本当に驚きました。でもとってもきれい。嬉しいです。
私の方は生活に必要な物ばかりを買っていて、総司さんへの贈り物にまで気が回らなくてすいません。次の春の市に行った時は私も何か総司さんのために選びたいです。
何か欲しいものがありますか?
でも総司さんはそう聞いても、いつも『特にないよ』ばっかりですよね。でも今度はちゃんと考えておいてくださいね。
天女とか気に入ったおもちゃとか、そんな風に思ってらしたなんて知らなかったです。なぜそんなに不安になるのかも、正直なところよくわからなくて……
私の何かがいけないんでしょうか?そんな気持ちにさせていたなんて全く気付きませんでした。
総司さんのお手紙を読んでいろいろ考えて…
総司さんはいつも、私に、その…『好きだよ』とか『かわいいね』とか言ってくださるのに私はあまりそういうことを言わないせいかなって思いました。
そういうことを言うのがなんだか少し恥ずかしくてこれまで言えなかったんですが、もっと伝えればよかったと思っています。恥しがったり怖気づいたりする前に、総司さんのことを好きだと思ったり素敵だと感じたときに素直にそう言えばよかったって。
『耳にタコができるよ』って総司さんが笑いだすくらいに、何度も何度も伝えればよかった。
そうすれば総司さんは少しは安心しますか?
総司さんはやっかいな人かどうかは、他の男の人をあまり知らないのでよくわからないです。
総司さんについてきたのも私の我儘で。
私は多分屯所にいたころから、総司さんが好きだったんだと思います。
最初は『気になる』人程度だったかもしれないですが、だんだんと……
はっきりと覚えているのは、松本先生が総司さんに労咳だと告げたあの時です。
命は手段であって目的ではないと言い切る強さと、あくまでも近藤さんの剣にのみ徹するいさぎよさとに、本当に驚きました。
近藤さんの剣だというのは前から聞いていたんですが、自分が労咳であと少しの命だと言われているのに、療養よりも剣でいる方を選ぶなんて……
自分の命とかその使い道とか、そんなことを考えたことのない私にはなんだかすごく衝撃でした。
そしてとても怖かったんです。
総司さんの……欲の無さ、というんでしょうか。すぐにどこかに飛んで行ってしまいそうな、いなくなってしまいそうな所が不安でした。私が泣いてすがっても、総司さんは近藤さんと新選組のためにきっと行ってしまうんだろうと思うと、不安で寂しくて……
だからあなたにうるさがられたとしても、いなくなってしまわないように看病したり探したり後を追いかけたりしたんじゃないかな、って今は思います。
総司さんは私の事を、『手の触れられない存在』とか『天女』とか言ってましたが、私の方が総司さんのことをそういう風に思っているのかもしれないですね。あこがれていた時間が長かったからでしょうか。
優しく微笑んでくださっていても、あなたの一番は私じゃない。今は近藤さんがいないので少しだけお借りしている、そんな風に実は今でも思っています。
でもそれで充分です。私なんかにはもったいないくらい。
だからせめて私の傍にあなたがいてくださる間は、幸せだと思ってもらえるようにがんばりたいと思っていたんです。でも私の思うそれは、家事をがんばっていつも片付いた家にして清潔な着物を着て栄養のある食事をして……。もしかしたら総司さんはそんなことを私が一人でしている間寂しかったのかもしれないですね。
次は、できるだけ傍に居たいと思います。そして……恥ずかしいですけど自分の思いを素直に伝えられるようにしたいと思います。
こんな出来の悪いお嫁さんでごめんなさい。
でもがんばります。
前略 千鶴
また君を怒らせちゃったね。まあ君の怒った顔もかわいいから、怒られるのも別に嫌いじゃないんだけど。
でも心配させちゃったのは本当に申し訳ないって思ってるよ。ごめんね。
君には言ってなかったんだけど、夜にさ、君が寝た後。時々こっそり抜け出してたんだ。
どこに行ってるかというと、あそこ。例の花畑のあった丘だよ。
今はもう花は終わっちゃってるけど、来年また摘んできてあげる。花冠もつくってあげるよ。君は意外に不器用だからね。
木刀を持って素振りをしに行ってたんだ。最初のころ、君は心配性で僕が素振りをすると体に障るって言ってたでしょ?
でも僕はそれこそ物覚えがつくころから毎日素振りをしてたからさ。逆にしない日の方がなんか具合が悪いって言うか……落ち着かないんだよね。
だからこっそり、ね。
それにこれは君の為でもあるんだ。田舎って言っても何があるかわからないし、何かあったときに君を守れないなんて嫌だしさ。
まあ、そんな感じで昨日も夜中に抜け出したんだよ。そして素振りをして、丘でちょっと寝転んで……そのまま寝ちゃったんだ。
目を開けたら朝で、君が怒った顔で覗き込んでた。
……ごめんね。
季節があったかくなってきたなーとか、星がきれいだなーとかぼんやり考えてたらいつの間にか眠りこんじゃってたんだよね。
でも本当に星がきれいだったよ。今度は一緒に行こう。そうだな、お弁当を持ってそこで夕飯を食べるのもいいね。お弁当はおにぎりと……あとはあの胡瓜の漬物がいいな。最近千鶴がよく作る、あのなんか根っこみたいなヤツはいれないでね。君は『滋養になるんです』っていうけどさ、あれはちょっとまずすぎるよ。食べるたびに寿命が縮む気がする。それって本末転倒でしょ?
そして星を見ながら寝転がっていろいろ話しよう。
楽しそうだな。ほんとに行こうね。
あの場所は、ほら、僕が花冠作ってあげて婚姻を結ぼうって言った場所じゃない?春は花がきれいで、夏は星がきれいで……
あそこは二人で行って二人で楽しい思い出を作る場所で、一人で泣く場所じゃないんだよ。
君が時々一人であそこに行って泣いてるのは知ってる。僕が体調を崩すといつも。
僕の前では決して弱音を吐きたくない気持ちもわかるけど、でも僕としてはできれば僕の前で泣いて欲しいな。そうしたら抱きしめて慰めてあげられるじゃない?
前に一度やったみたいに、怒って泣いて我儘を言ってくれていいんだよ。君の涙とつらさくらい背負えないほど、僕の事を弱いと思ってるの?君の強さに甘えてきた僕がこんなこと言うと君は驚くかな。でもほんとだよ。
つらいことも悔しいことも悲しいこともいっぱいあったんだ。でも今はきみのおかげで僕はとても強くなれたと思う。
君にしてあげられることは少ししかないけど、涙を拭って抱きしめてあげることはできるよ。
だからさ。
今度は二人であの丘にいこう。
そして二人で星を見ながら一晩中話をしようよ。昔の思い出話とかさ。どう?
屯所の時の僕はいつも君を苛めてたのに、今はこうして君が僕のすべてになってるなんて、ほんとに人の縁って不思議だなって思うよ。
最初に見たときはやせっぽっちで目だけ大きくて子供で、魅力なんて全然感じてなかったのにね。……なんて言うと怒るかな?でも君だって最初のころの僕に対して好意なんて持ってなかったんじゃない?そこらへんについてぜひ詳しく聞きたいな。
ね、だから今度一緒に行こう。約束だよ。
前略 総司さん
怒ってるんじゃないんです。心配して不安になってたんです。
朝早く隣に誰も寝ていないのに気が付いた私の驚きがわかりますか?
こんなことは言いたくないんですが、とうとう総司さんが……その、居なくなってしまったのかと思ったんです。
羅刹は命が尽きるときは灰になると聞いてますし、まさか…って。それであわてて外に飛び出して探し回って見たら、総司さんはあの丘の真ん中で気持ちよさそうに眠っていて……
心配した気持ちと怖かった気持ちが一気に怒りに変わったんです。もう!総司さんの前髪に止まっていたチョウチョがなんだか余計に腹立たしくて。
総司さんの自由な所も好きなんですけど、ちょっと自由すぎます。もう今は一緒に住んでいて心配している存在がいるってたまには思い出してください。
でも何事もなく呑気に眠っているだけでよかったです。
夜中に時々抜け出しているのは知っていました。一度そっと後をつけたことがあって。素振りをしているところをこっそり見ていました。
難しいことはよくわからないんですが、総司さんの剣が好きです。真っ直ぐでしなやかでとってもきれいだと思います。
剣で斬ったり斬られたりすることがなくなったのは嬉しいですが、総司さんの剣が見られなくなるのは少し残念です。
抜き身の剣のように触れたら切れてしまいそうな総司さんのことを、きれいだと屯所に居る時から思っていました。真っ直ぐに近藤さんの事を思う心と、姿勢と、剣が。
最初の頃は、人を斬る人なんて初めて見ましたしどんな人かよくわからなかったし…確かに正直な所少し怖かったです。平助君や左之さん、新八さんとは違って総司さんはあまり優しい言葉をかけてくださるような人ではなかったし、私を見る目にいら立ちがあるのもわかっていましたから。
でも少しずつ仲良くなってどんな人か知ることができて。
近藤さんのため、新選組のために真っ直ぐに生きている総司さんを素敵だと、いつの間にか思うようになりました。
おろおろと周りの人の顔色をうかがっている何の力のない私には、総司さんは本当に鮮やかでした。人目を気にせず好きなことをやるところも……土方さんはいつも怒ってましたけど、でも私はそういうところも自分にはできないことなんですごくあこがれていました。いえ、今も憧れています。
夜に、あんな丘で一人で眠り込んでしまうなんて私にはできないですから。したいとも思っていなかったですし。
でも今、総司さんから素敵な提案を聞いて、夜にお弁当を持って丘に行きたくなってしまいました。星を見ながらご飯を食べて一晩中おしゃべりをして……なんだか本当に楽しそう。ワクワクします。
あの場所で私が時々一人で泣いていたこと、総司さん知っていたんですね。
『大丈夫だよ』って言ってくれていても、総司さんの熱が高かったり咳がひどかったりすると不安で……
あの丘に行っていたんです。
でも、総司さんがつくってくれた花冠も、今度行こうって約束した星を見ながら夜更かしするのもどっちもとても素敵な思い出ですよね。きっと総司さんが作ってくれた素敵な思い出のおかげで、また私があそこの丘に行っても涙はすぐに渇くんじゃないかなって思います。泣いていても、総司さんが一晩ここで過ごして目が覚めたときのびっくりした顔とか前髪に止まっていたチョウチョとか、そういうのを思い出したらきっと吹き出してしまいそう。
総司さんの前では泣きたくないんです。なんだか……哀しい未来が本当のことになってしまいそうで。
一人で泣いているのは、上手く言えないんですが私一人の感情で現実じゃないって思えるような。総司さんと共有してしまうとそれが現実になってしまいそうで少し怖いです。
どうせ逃れられない運命なら、哀しい時間はできるだけ少なくしたいって私も思います。これからはあまり心配しすぎないようにしますね。風邪くらい誰だってひきますもんね。熱や咳でいちいち心配して泣いていたら身が持ちません。
でも!一人で夜出歩いて外で寝ちゃうのはもうこれで最後にしてくださいね。
前略 千鶴
今日は本当に朝から眠そうだったね。
今僕はめずらしく昼寝している君の横でこれを買いてるんだ。眠いなら昼寝したらって何度も言うのに、君は家事をしなきゃってがんばるから、だから僕はとうとう君を抱きしめて強引に一緒に布団に入ることにしたんだよ。
『僕が昼寝したいから添い寝して』ってわがまま言ってね。『しょうがないですね…』なんて言ってしぶしぶ横になったくせに、君は本当にすぐに眠り込んじゃった。
眠いのは当然だよね。昨日あの丘で一晩中起きてたんだからさ。いつもなら『夜、外で眠るなんて総司さんが風邪をひきます!』とか言って絶対頷かないのに、今回は何故かおにぎりを持ってあの丘に夜に行くのにうなずいてくれたね。どういう心境の変化かな?
でもすごーーく楽しかった!君は?
なんだか特別な日だったのかな?ものすごく流れ星が多かったよね。流れ星を見ながら最近のことや昔のことをたくさん話した。首が痛くなって草の上に寝転んで。腕枕に手をつないで。空はどこまでも深い群青色で、満天の星、腕の中には君。
とても幸せだったな。
流れ星に願い事を言うと叶えてくれるって君が言いだしたんだよね。僕はそんなの聞いたことなかったけど、目をキラキラさせて『願い事してください』って言う君がかわいくて、いろいろ願い事ををした。
幸い流れ星には事欠かないくらい昨日の夜は星が流れたし、僕は本当にたくさん願い事をしたんだ。君の願い事は、ほとんど全部僕へのお願いや要望で、吹き出しちゃったよ。
『総司さんが好き嫌いしないでなんでも食べてくれますように』『総司さんがネギを好きになりますように』『総司さんが虫とかカエルを家に持ち込まないように』『総司さんが里の子どもたちを泣かせたりしないように』『総司さんが食事の支度をしているときに邪魔しに来ませんように』…
『それって流れ星に言うんじゃなくて僕に直接言ったら?』って言ったら君は笑ってたね。
僕は願い事は口にはしない類の人間なんだ。強い思いってのは心の中にあるからこそ力を持つんだよ。言葉にして空気に溶かしてしまうと弱くなってしまう気がする。だから僕は願い事は心の中でしたんだ。
『何を願ったのか教えてください』って君は言ってたけれど、僕は言わなかった。だってせっかくの願い事が溶けちゃったらもったいないでしょ?
でも……そうだな、言葉にしなければいいのかもしれないね。つまりここで『字』として書くのなら、それならきっと大丈夫なんじゃないかな。このまま僕の心の中に願い事を持っていたとしても、僕が死んじゃったら願い事ごと消えちゃうわけだし、それよりは『字』として残した方がいいのかもしれない。
じゃ、書くよ。僕が流れ星に願った事。
『千鶴が僕の嫌いな物を食事にださないように』『ネギはもう家に持ち込み禁止になりますように』『里の子供を泣かせてもちゃんと仲直りしてるよ』『カエルはもう持ち込まない』『食事の支度の邪魔はこれからも続けるつもり』……わかったわかった。ごめん。これは本当の願い事じゃない。君の願い事の返事。
本当の願い事はね。
『千鶴と手をつなぎたい』『千鶴を抱きしめたい』『口づけをして真っ赤になっている千鶴の顔が見たい』
……どう?これが願い事。かないそうかな?
まだまだあるよ。
『おみやげをあげたときの嬉しそうな顔が見たい』『千鶴と一緒にご飯を食べたい』『ケンカをして、仲直りをしたい』あ、これは布団の中での仲直りが希望。それからね、『千鶴と二人で散歩したい』『千鶴に怒られるのも実は好き』『ずっと一緒に暮らしたい』『来年もあの蛍の池に千鶴と行きたい』『来世でも会えますように』『来世で僕は千鶴を好きになるから、千鶴も僕の事を好きになってくれますように』『千鶴と二人でまたこの丘にこれますように』『千鶴が一人で泣きませんように』『泣いてる君を抱きしめてあげるのは僕だけでありますように』『もう一度出会えますように』『そして次はずっと幸せな日々が続きますように』
たくさん願い事をし過ぎて、流れ星は重くて飛べなくなってるかもね。
だから僕はあの星に願おう。あの大きい星はきっと流れたりしなくて、十年後百年後もきっと千代に八千代にあそこに光ってる。
だからあの星を見たら僕を思い出してね。
これは僕の君への願い事。
前略 総司さん
あなたのくださったお手紙にお返事を書いてきたけれど、それももうそろそろ終わりになりそうです。
まだまだあなたの手紙はたくさんあるし、返事を書く紙もたくさんあるけれど。
でも多分、私が起き上ることができるのは今日が最後。
あなたが亡くなった後に家を片付けていたら、箪笥の中から出てきたたくさんの千代紙。鶴でも折ろうかと取り出してみたら、裏に何か文字が書いてあって……
何枚もの、あなたからの恋文でした。
めくってもめくっても
何枚も何枚も
おびただしい数の。
部屋中に広げて、まるで床が万華鏡のようになって。
それでもまだまだありました。
全然知らなかった。
あなたがこんなにたくさん私に言葉を残してくれていたなんて。
二人で過ごした日常が鮮やかによみがえって胸が苦しくなったけれど、でもそれ以上にとてもとても嬉しかった。
ちゃんとした紙に書くのではなく、もらったまましまいこんでいた千代紙の裏に書いているのがまたあなたらしくて。
嬉しくて懐かしくて、私もあなたの文の返事になるように恋文を書くことにしたんです。
たくさんの素敵な言葉に、返せるような言葉が私にはあまりなくてもどかしかったけれども。
あなたはいなくなってしまったけど、あなたの言葉は残っていて私を何度も慰めてくれました。
言葉に込められたあなたの思いも。
心や感情は体が失くなってしまったら消えてしまうのかと思っていたのに、こうやってちゃんと私を抱きしめてくれました。
だから私もあなたへの思いを捨てずに大事に持っていようと思います。
体が失くなってもこの想いだけは失くならないように大事に抱えて。
そうして次の世でもう一度巡り合えたら。
総司さん、あの丘であの夜、たくさんの流れ星に祈ってくださっていたんですね。来世でまた会えるようにって。
私も願います。
この想いを抱えたまま、もう一度、あなたに会いたい。
それにしてもこんなにたくさんの文。
一体いつ書いていたんですか?全然気が付かなかったです。
こんなにたくさんの文を内緒で書けるだけの時間、あなたを一人にしてたんだと思うともったいない気持ちでいっぱいです。
恋文を書く時間なんかあなたに無いくらい、傍にいればよかった。
今更悔やんでもしょうがないのに、どうしてもああすればよかったこうすれば…と思ってしまいます。
あなたがいなくなった後も、綺麗な空を見るとあなたと一緒に見たいと思うし、おいしいものを食べるとあなたにも食べて欲しいと思う。星が流れるとあなたと一緒に願い事をしたあの夜を思い出します。
あなたに知らせたくてたまらないこともあるんです。
あなたが居なくなった後に、身ごもっていたことが分かりました。
千代と名付けたその子は先日儚くなってしましました。
あなたもそのことを知らないし、千代もあなたを知らないし。そちらでちゃんと出会えていますか?
不安でしたけれども、でも、多分私ももうすぐそちらに行くことになりそうです。
産後の肥立ちが悪くて、千代が儚くなってしまって、あなたもいなくて。なんだかとても疲れてしまって、早くあなたの所に、千代の所に行きたいです。
あなたは、怒るでしょうか?それとも優しく迎えてくれますか?
あなたが二人の子供を欲しがっているのはなんとなく感じていました。
このことを伝えたらどんなに喜んでくれただろうと思うと、幸せなのにとっても切ない。
でも最後に千代を私にくださって、それで私は生きることが出来ました。
ありがとうございます。
本当にあなたからは素敵な贈り物をいくつもいくつもいただきました。
ああ、総司さん。
『君って本当に運がないよね』
知り合ったころ屯所であなたがそう言ったのを覚えていますか?
そんなことはないんです。
運が良かった。
あなたに会えた。
一緒に生きることができた。
あなたがつらいときに傍に居ることができた。
それだけで、天に感謝したいほど私は運が良かった。
幸せでした。
もう一度
もう一度あなたに会いたい。
この想いを伝えたい。
あなたからのこの文と私の文を、私と一緒に燃やしてもらえれば、灰になって空気に溶けて、あなたのもとに届くでしょうか。
空気になって、この想いだけでも残るでしょうか。
千代に八千代に、この想いが。
終
2012年8月10日発行
コピー本:千代に八千代に
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