僕の欲しいもの





「お誕生日おめでとうございます」
総司が久しぶりに京都に帰ってきた土曜日。朝食を食べた後リビングでのんびりしていると、片づけを終えた千鶴がやってきてソファで寝転んでいる総司を覗き込んだ。
「あれ、よく覚えてたね」
総司は読んでいた雑誌をお腹の上において、ソファに起き上る。
「そりゃあ覚えていますよ。だってこんなに落ち着いて誕生日のお祝いできるのって初めてじゃないですか」
千鶴はソファを回りこんで、総司の横にチョコンと座った。
「何か欲しいものありますか?ちょうどお休みですし今日は総司さんのプレゼントディにしちゃいます!」
じゃ〜ん!と言う感じで両手を広げて発表した千鶴を、総司は意外にクールに見つめていた。
「欲しいものねぇ……もうほとんど手に入れちゃってるしな…あ、そういえば京都での車が欲しいかな」
 総司のマセラッティは基本実家の方に置いてあり京都での車は無い。それほど長期間京都に滞在していることがあまりないので車など維持費がかかるだけで必要はないといえば必要はないのだが……
「うーん…もったいない気もしますけど買い出しとか大きいものを買う時とか、あれば便利だなぁと思う時はありますね確かに。でも私車の運転できないですし、総司さんも京都で買ったとして一か月に一回乗るか乗らないかじゃないですか?」
「君さ、大学にいるうちに免許とりなよ。その時の練習の車もあった方がいいでしょ?」
 確かに社会にでてから車の免許をとるのは時間的に難しいという話をよく聞く。免許を取った後運転をしておかないとすぐ運転感覚を失くしてしまうとも。京都での用事や遊びで使う以外にも千鶴が免許をとった後の練習用にも、小回りが利いて気軽に乗りやすい車が一台あれば便利かもしれない。
「そうですね。あ、でも金銭的に私がプレゼントとかできないですけど……」
 まさか総司のことだから「家庭内ローンでいいよ。返済は体で」などと言い出すのではないだろうかと、千鶴は恐る恐る総司を見た。総司は朝に光の中で爽やかに笑った。
「僕が使うのがメインになるだろうし、いいよ僕が買うから」
千鶴はほっと溜息をついた。
「じゃあ今日は車屋さんを一緒に見て回りましょうか?お目当ての車とかあるんでしょうか?」
「フェラーリ」
即答した総司に、千鶴はポカンと口を開ける。
「僕は白より定番の赤がいいな。あの赤色っていいよね。まぁ白より乗り心地は悪いかもしれないけど?」
厭味ったらしく付け加えた総司に、千鶴は溜息をついた。
「……まだ根に持ってるんですか…」
「え?何のこと?」
しらばっくれる総司をみながら千鶴は自分の腕を組んで総司を睨む。
「あの時散々怒られて私、謝ったじゃないですか。それに風間さんは……」
「別に風間のことだなんて言ってないよ?」
ツーンとそっぽを向いている総司に千鶴もムッとする。
「じゃあ他に白いフェラーリに乗っている人がいるんですか?」
「いないけど……なんなの?君が誕生日プレゼント何がいいか聞いてきたんでしょ?僕は素直に欲しいものを言っただけだし。あーあ誕生日に何が欲しいか言っただけなのにな〜。なんか叱られちゃったし」
ソファの隅にまるまってわざとらしくいじけている総司に、釈然としないままも千鶴は不承不承謝った。実際総司を喜ばせたいと思っていたのに逆の展開になってしまったのは事実だ。
「……すいませんでした。じゃあフェラーリ以外で何か欲しいものがあれば……」
 総司は横目で千鶴を見ると、何か考えるように視線を彷徨わせた。
「……してみて欲しいことならある…かな?」
「してみて欲しいことですか?」
千鶴は目をぱちくりさせながらもうなずいた。
「私にできることでしたら……」
「うん。千鶴ちゃんにしてほしいことだよ」
 いい?と目線で聞いてくる総司に、千鶴はなんだろう?と思いながらうなずいた。総司は満足そうにうなずくと口を開く。
「今日一日裸で過ごして」
「……はい?」
「は・だ・か。もちろん家の中だけだよ。クーラー消せば風邪なんかひかないでしょ」
「いえいえいえ…あの、総司さんの誕生日プレゼントですよ?私の罰ゲームではなくて……」
頭がおかしいのかという顔で見てくる千鶴に、総司は爽やかに笑った。
「すごく嬉しいプレゼントだよ。一日中君が裸でいるんだよ?裸も楽しめるし恥ずかしそうな仕草とか表情とか……楽しみだなぁ」
前言を撤回する気はまったくない総司の様子に、千鶴は青ざめた。
「ちょっ……それは…さすがにそんな……」
「さ、そうと決まったら早く脱いで♪今日は洗濯と掃除するって言ってたよね〜。外に干すのは僕がやるからね。掃除は?床拭きとか掃除機もかけるの?」
「おっ沖田さん!」
総司は手を伸ばして、今千鶴が着ているストンとしたジャージ素材のワンピースを脱がそうとして来る。千鶴は必死に彼の手を避けながら言った。
「そ、そんなの変態みたいですよっ…!」
「あれ?知らなかったの?」
綺麗な緑の瞳を少しだけ見開いて、総司は『変態』という言葉にも全く動揺することはなかった。むしろ頷いている。
「僕は変態なんだよ。君は奥さんになっちゃったんだから早く慣れないとね。さぁ四の五の言わずに早く脱いで!」
スカートの裾を引っ張って本当に脱がそうとして来る総司を、千鶴は必死に押し返した。
「きゃあああ!いっいやです〜!裸でそんな…普通に生活できるわけないじゃないですか!そんなことしたら一日中お布団の中にくるまってます!」
「そんなの僕が引きずり出すから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかわからないが、総司はそう言いながら爽やかな笑顔のまま千鶴に近づく。
「え?……そ、総司さん、冗談じゃなかったんですか?えっ…ちょっ……いやああああああっ」
ベッドの上で布団にくるまりクスンクスンと泣いている千鶴を、総司は面白そうに眺めていた。
 ソファで嫌がる千鶴の服を無理矢理剥くのは楽しかった。結構本気で抵抗されて、総司の頬や腕にはひっかき傷ができたが、こんな傷はかわいいものだ。結局体格と力の差で総司が軽々と千鶴の服をはぎ取ることに成功したのだった。
 脱がせた途端千鶴は訳の分からない叫び声をあげ、「総司さんのばかあああっ」と言いながら手で体を隠して寝室へ走って行ってしまった。今度は楽しい追いかけっこかと総司がウキウキしながら千鶴を追いかけていくと、ベッドの上には布団の塊。その中から聞こえてくるのは千鶴の泣き声……
 総司が溜息をついて、頭の後ろを掻いた。
「ほんとに泣いちゃったの?もう、しょうがないなぁ……」
「しょうがないのは総司さんの方です!」
布団の中からくぐもった声で千鶴が反論する。
「千鶴ちゃんきれいな体してるじゃない。好きな子の体を四六時中見ていたいってのは、誰も口には出さないけどふつーに男の欲望だと思うけどなぁ」
千鶴は布団から顔だけ出した。涙で目が潤み暑さで頬が上気している。そして恨めしそうな表情だ。
「普通じゃありません!だから誰も口に出さないんです!」
「……」
 総司は腕組みをしてそんな千鶴を見つめる。
 かなり長い間続く沈黙と、何かを考えている……いや、企んでいそうなその視線に、千鶴はだんだんと居心地が悪くなってきた。
「あの……」
千鶴が呟くのと総司が再び口を開いたのが同時だった。
「今襲っちゃうっていう展開もアリだと思うけど、やっぱり焦らすだけ焦らして最後我慢できなくなってから思いっきりイタダキたい気もするんだよね。よし!しょうがない」
総司はそう言うとベッドへと足を進めて、ビクリと飛び上がって壁際まで後ずさった千鶴にかまわずベッドの端にゆっくりと座った。

「じゃあさ、一枚だけ着させてあげるよ。僕のYシャツ一枚だけってのとエプロン一枚だけっていうのとどっちがいい?」
輝く笑顔での提案に、千鶴はさらに固まった。
「……ど、どっちも嫌です……」
「じゃあ裸で」
こう切り返されては千鶴に選択の余地はない。
 裸か何かを着るかの選択なら、断然後者だ。この誕生日プレゼントが避けられなものなら裸だけは避けたい。そもそも裸の女が家の中をうろうろしていて総司は本当に楽しいのだろうかと心底不思議に思うが、恥ずかしがる千鶴を楽しみたいのだろう。
 ほんとに意地悪なんだから……
結婚したといってもいろんな部分でひねくれている総司のことは、結局まだよくわからない。捕まえた小鳥をもてあそぶような残酷さや意地悪さがあるかと思えば、びっくりするくらい優しく甘やかしてくれることもある。    
アメとムチなのかな、と思いつつ夢中になってしまったのは千鶴の方だ。
 ふぅっと千鶴は溜息をついた。そして考え出す。
Yシャツとエプロン……どっちもかなり変態ちっくでひくが、どちらかといえばYシャツだろう。千鶴がいつも使っているエプロンは黄色のストライプで裾がひざ下くらいまである長さのシンプルなものだが、後ろはヒモでむすぶだけ。つまり裸にあのエプロンをきたら、前側は完全に隠れるが後ろが…まったく無防備だ。
 千鶴はそんな自分の姿を想像してあわてて首を横に振った。それくらいならまだYシャツの方がいい。ブルー系のものを選べば透けないし……
「あ、Yシャツの場合は白一択だからね」
千鶴の考えをよんでいたように総司が楽しそうに付け加えた。
「……」
……光の具合では透けてしまうけれど、前も後ろもギリギリまでしか隠せないけど……でも裸よりは……
布団から出てきた裸の細い手に、総司はにんまりと笑いながら自分の白いYシャツを渡したのだった。

「総司さん……!何を見てるんですか!」
 キッチンカウンターに腕をついて奥の棚にあるマグカップを取ろうとした千鶴は、自分の後ろのソファに座って雑誌を読んでいた総司が雑誌を膝に下してこちらを見ているのに気が付いた。
「何って……プレゼントを楽しませてもらおうと思って」
「……総司さんホントにおかしいですよ?私は総司さんの妻で、その……別にそんな風に盗み見なくても…」
「盗み見てないよ。堂々と見てる」
「だからそういう意味ではなくて、こんな風なことをしなくてもですね、その…夜とかは一緒に寝てるわけですし…」
「それも楽しいプレゼントだけどこういうのもいいんだよ。チラリズムっていうの?見えそうで見えない、みたいな。しかもそれを楽しんでる他の男の心配もないしさ」
 まったく後ろめたさや罪悪感などないような笑顔で総司ににっこりとほほ笑まれて、千鶴は遠い目をした。
もう何を言ってもこの人には常識は伝わらない……
まだ昼前だというのに、変な風に緊張した動きをしていたせいで、千鶴は体中が痛かった。今日何度目かの溜息をついて、総司が再び雑誌に目を落としたのを確認して、千鶴はもう一度マグカップを取ろうとカウンター越しに腕を伸ばした。
 その時ふっと後ろから総司の香りがして、暖かい手が千鶴の肩に置かれた。
 彼女の上から覆いかぶさるようにして総司がマグカップに手を伸ばしている。
「この黄緑の?」
 総司は、必要以上にぴったりと、まるで後ろから抱きかかえるように体を寄せてきた。そのせいで千鶴は、露出の多い下半身の素肌に総司のジーンズの感触を直接感じてビクンと背筋をそらせる。
 千鶴が動揺して言葉に詰まっているのを知っているのか知らないのか、総司は千鶴の耳元に唇を寄せて、必要以上に甘く(と、千鶴は感じた)囁いてきた。
「これじゃないの?ピンクの方?」
 そこには確かにピンクと黄緑のマグカップが並んでいた。しかし総司が触っているのはマグカップではなく、千鶴の手の甲。
 優しく撫でるように撫で上げる。
 それと同時に肩に置かれていた手がゆっくりと千鶴のウエストにまわされた。総司の大きな手は、千鶴のウエストからゆっくりと上へあがっていき胸の下まで来ると、焦らすように止まった。
「……っ」
全身の毛が逆立つような感覚がして、千鶴は小さく息を吸う。
 総司の唇が千鶴の耳たぶを優しくくわえるのと同時に、胸の下に置かれていた手がさらに上へとあがり、Yシャツ越しに胸を包んだ。そのまま、まるでYシャツで愛撫するように軽く総司は胸の先で円を描いて刺激する。
「そ、総司さ……」
動揺した声とともに千鶴が後ろを振り向こうとすると、総司は「何?」とまるで日常会話のようなテンションで返事を返してきた。その唇は千鶴の耳をしつこくなめまわしている。
「あっ……だ、だめ……」
マグカップに伸ばした千鶴の手は今は震える体を支えるためにキッチンカウンターの角をギュッと握っている。マグカップを取る手伝いをしようとしていた総司の手は、今は千鶴のふとももを優しく撫でていた。その手は少しづつYシャツの下へと進んでいく。
「……すごいよ……千鶴も興奮してたの?」
うなじをキスで辿りながら、千鶴の潤みを確かめた総司は囁いた。
「あっ……あ……」
「僕のために可愛い声で鳴いて。それもプレゼントだよ……」
耳元で響く艶やかな声と共に総司の手がゆっくりと動き出した。
その日の夜、日付も変わろうかと言う頃……
ベッドの上で千鶴は裸で、後ろから同じく裸の総司に抱きしめられていた。ぼんやりとしている千鶴の首筋で、総司が独り言のように呟く。
「もうすぐ誕生日が終わっちゃうね」
千鶴はもう頷く気力もないのかぼんやりしたままだ。
「とっても楽しい誕生日だったよ。下着をつけていないってだけでこんなに興奮するんだね。来年のプレゼントもこれがいいな」
「……」
笑えばいいのか泣けばいいのか……            
本当に大変な人だけど、それでもやっぱりとても愛おしい。
 やることなすことが千鶴の想定の範囲をいつも軽く超えているが、それもドキドキして魅力的だ。
……今日のプレゼントは……少しだけいきすぎだとは思うけど……
そう思いつつも苦笑いで済ませてしまえる自分は、ちょっとだけ総司に染まってきたのかな、と千鶴は考える。
それがまずいことなのか喜ばしいことなのかは判断が分かれる所だと思いつつ。
                         

   



2012年3月発行
掲載誌:DEAREST


戻る