翌日のコンシェルジュ天霧
「……連絡先が、わからん……」
「え、ええええええーーー!」
総司と平助、左之、土方がのけぞった。コンシュルジュデスクでは天霧がため息とともに目を閉じる。記者たちからも笑い声とも呆れ声ともとれる声があがった。
平助が斎藤に慌てて聞く。「な、なんで? 昨日聞かなかったんか?」
「突然のことだったし、お互い動揺………というか頭と気持ちが混乱していて……」
総司がため息をついた。
「まあ確かにねえ……幸せモードで頭がピンクになってたのは見てわかってたし、僕らが聞いておけばよかったのかも……あっそうだ。キャンペーン担当だった山崎君! 聞いてないの?」
脇に控えていた山崎は慌てて首を横に振った。
「き、聞いてないです、すいません」
「もお〜! 使えないなあ!」と総司が厭味ったらしく言うと、山崎もムッとして言い返す。
「そうはいっても、あの斎藤さんと雪村さんとの雰囲気に割り込んで、連絡先を聞ける状況じゃなかったです。だいたい恋人の連絡先くらい把握していくのは当然でしょう」
「あ? そーゆーこと言って斎藤君を責めるんだ? 恋人とまた連絡がとれなくなって傷心の斎藤君に追い打ちをかけるなってひどいなあ、山崎君」
「なっお、俺はそんな――」
「あーー! もういいって! 今は記者会見中だぞ!」
左之が、総司と山崎の間に入って二人を止めた。そして「すいませんんね。『シンデレラ』がまた行方不明になっちまったみたいで」と、記者たちに苦笑いで謝る。
男性記者が同情したように言った。
「一応このキャンペーンは記事にしようと思ってたんで、そこに書きましょうか? シンデレラ再度行方不明、連絡求む! とか? ……まあ経済紙のベタ記事なんで、その『シンデレラ』が読むとは思えないですけどね」
土方はマイクとると、ぐだぐだになってきた場をまとめに入った。
「いや、すいません、こちらの不手際で。『シンデレラ』への連絡はこっちでなんとかします。指輪については、『シンデレラ』と連絡がつきしだいキャンペーンブースに置きます。開錠ワードも添えて、実際の開錠についてもみなさんにも経験してもらいたいんで。その辺の連絡はまたさせてもらいます。……そろそろ時間なんで、記者会見を解散したいと思います」
そして解散した後、土方、左之、斎藤、平助、総司が、センタータワーエントランスの隅、コンシュルジュデスクの近くでこそこそと話し合っていた。
「ったく! 斎藤君なにやってんのさ! 連絡先聞くなんて初歩中の初歩だろーに」
と、総司。
「昨日二人で抱き合ったりいちゃいちゃしてたのに、何話してたんだよ、ホントに」
と、平助。
「まあ、斎藤らしいっちゃ斎藤らしいだろ。最初だって名前しかわからない中で必死にさがしたじゃねえか」
と、左之。
「なにはともあれ千鶴の捜索だな。勤め先とか住んでるところとか知らねえのか?」
と、土方。
斎藤はしばらく考えて、クビを横に振った。
「そういう具体的なことは何も……」
「じゃあ、何話してたんだよ?」
平助の質問に、斎藤は目じりを赤くした。
「……」
「斎藤君?」
皆に促され、斎藤はしぶしぶ言った。
「け、け、結婚を……申し込んだ、が……」
皆はあっけにとられた。あのわずかな時間にプロポーズするとか……それはそれですごいが……しかし連絡先を聞かずにプロポーズするとか、何かどこかずれている。
聞こえてくる彼らの話を聞いていた天霧は、ささっと手元にあるメモ帳に万年筆を走らせた。
昨日天霧が彼女の腕をつかんだ時、彼女が持っていたカバンが目に入った。そのかばんには大きめの封筒が突っ込んであり、そこに書いてあったのだ。
『薄桜小学校』と。
宛名もないし切手もはっていなかった。あれは自分の勤め先の封筒をなんらかの書類入れに利用したのに違ない。
天霧は手元にあるノートパソコンで小学校名を検索し電話番号を調べ、電話する。そこまでにかかった時間はわずか三十秒。
「はい、雪村さんを……はい、ああ、今は授業中……その通りですね、すいません。後ほどかけなおします」
そして、メモ帳をピッとはがすと、まだ喧々諤々話し合い中の斎藤達の所に行くと、それを差し出した。
「こちらをどうぞ」
突然現れた天霧と差し出されたメモ用紙に、斎藤は目をぱちくりさせた。「……これは?」
「雪村様の勤務先です。ただいま授業中とのことですので、夕方以降に連絡されるのがよろしいかと」
そう言って丁寧に礼をして去っていく天霧を、皆は茫然として見送った。
天霧は心の中でそっとため息をついた。
そもそも自転車のなおしを頼まれた時も、後からやってきた千鶴の顔を見て斎藤のやり方に眉をひそめたものだ。その後のあれこれを、天霧はすべてエントランスの隅から見ていた。
天霧の分析によると、斎藤は誠実でいい男だが……少し女心に鈍すぎる。
これからも注意しておく必要があるな。
密かにうなずいて、天霧は仕事に戻った。
終
2015年10月12日
掲載誌:シンデレラの指輪
戻る