翌日のコンシェルジュ天霧

 




今朝も時間通り八時半ちょうどに職場の定位置についた。
天霧はまだ閉まっているセンタータワーの扉の近くにいる警備員二人にあいさつをして、コンシュルジュの机に座る。 昔風なデザインの重厚な机。資料もすべて本革のファイルに挟むようになっている。ランプの形をした卓上照明をつけると、天霧は今日の予定を確認した。
 朝九時半から、マスコミを呼んで多目的スペースでキャンペーンの終了報告をする予定が急遽入っている。
昨夜の例の騒ぎの件だろう。あの雪村千鶴というシンデレラを見つけたとマスコミに報告し、自社製品のPRをする。あの会社はそのあたりはしっかりしているから大した混乱にはならないだろう。
天霧は、センタータワーの管理会社と広報へ電話をしてそれを伝えた。
 残りのスケジュールを確認し、他のオフィスや店舗のセール情報や休業状態を把握する。ここまでで十五分。 
オフィスへの通勤客がピークで、センタータワーの広いエントランスは雑然とした活気に満ちていた。
そうこうしているうちに、マスコミも集まり、取材が始まった。会社の社長の土方を筆頭に、幹部が勢ぞろいをして、キャンペーンブースを背に立っている。
 芸能関係ではないので、カメラは控えめでどちらかというと商品紹介がメインだった。
「……というわけで、キャンペーンは終わりとなります。ありがとうございました」
土方社長が言うと、パシャパシャとフラッシュがたかれた。
「スイマセン! 質問いいですか?」記者が手を挙げると、山崎という社員がうなずいた。「どうぞ」
「土方さん、去年噂のあった女優の――」
質問をしだした記者を、山崎が止めた。
「すいません、キャンペーンに関係のない質問は控えていただきますか」
 土方が苦笑いをしている。
他の記者が手を挙げた。「つまり、その指輪をはめるための魔法は、御社の声紋認証技術だったという事ですね?」
左之がマイクを持ち、答える。
「その通りです。今回はわが社が設定した女性の声紋を登録しましたが、これが商品化した場合は購入された方がご自身でお好きに魔法をかけることができるわけです。男性が購入して、彼女の声紋を登録して彼女にプレゼント、なんてのもいいですよね」
女性記者が笑った。
「そうですね。逆に男性が購入して男性の声紋を登録して彼女にプレゼントをした場合、手錠みたいに使えますね」
どっと笑い声があがる。左之も笑った。
「確かに。プレゼントされた女性は気をつけないといけませんね」
 パチンとウィンクをした左之に、ちらほらいる女性記者がほおうっ…とため息をついた。
「シンデレラが見つかったとのことでしたが、こちらの会社とはどういう関係の人なんでしょうか? もともとキャンペーンの一環として契約されていた方ですか?」
左之が首を横に振った。
「いいえ、違います。彼女については本当に探している男がいて……」
そう言って隣で立っている斎藤をちらっと見た。コンシュルジュデスクはキャンペーンブースの横にあり比較的近いため、マイクを外した左之の声が天霧には聞こえた。
「ほら、お前から説明しろよ」
 斎藤が焦って答えている。
「な、何を説明すれば…!」
平助もひじで斎藤をこづいた。
「ほんとのことを言えばいいんじゃねーの?」
「……」
 天霧が見ていると、斎藤がマイクを持った。
「彼女を……その、『シンデレラ』を探していたのは、俺、私です。……その、彼女のことを、その……す、す、好きだったので、もう一度会いたくて……た、たまたま会社のキャンペーンで探せそうだとういうことになり、無理かもしれないがもしかしたら、と……」
 頬を染めてトツトツと説明する斎藤に、女性記者も男性記者もこの純情そうな青年のロマンスの匂いにほんわりとなる。
「では、あなたが『王子様』というわけですね。おめでとうございます」
 茶目っ気のある女性記者の言葉に、他の記者からも好意的な笑い声が聞こえる。斎藤はさらに真っ赤になった。
「自分はキャンペーン中に指輪を見たんですが……」
 別の男性記者が手を挙げた。左之が「ありがとうございます」と礼を言う。
「三連の輪ががっちり固まっていて指が入らなくなってたんですが、声紋認証でそれが緩んで指輪になったってことですよね? 見せていただけますか?」
 言われた左之は、初めて気が付いた、というように目を瞬かせた。
「あー……そうですよね。実はシンデレラが現れたのが昨夜で、王子とやり直してくれるってんでシンデレラに渡してしまったんです。最終的には彼女にプレゼントする予定なんですが、しばらくはこっちに預けてもらうようにお願いしてみます。キャンペーンブースはしばらく借りていますので、認証がとれた指輪も置くようにって……斎藤、千鶴ちゃんに謝って頼んでおいてくれねえか?」
 言われた斎藤はうなずこうとして固まった。
「千鶴に……」
そう言って茫然としている斎藤を、左之が覗き込む。
「どうした? 千鶴ちゃんに渡したんだろ?」
 斎藤の様子がおかしいので、コンシュルジュデスクの天霧も作業の手を止めて斎藤を見た。どうしたというのだ。天霧も含め様々なヘルプによりようやくあの女性を結ばれたと言うのに、まだ何か問題があるというのか?
 斎藤が固まったままぽつりとつぶやく。

「……連絡先が、わからん……」

「え、ええええええーーー!」
 総司と平助、左之、土方がのけぞった。コンシュルジュデスクでは天霧がため息とともに目を閉じる。記者たちからも笑い声とも呆れ声ともとれる声があがった。
 平助が斎藤に慌てて聞く。「な、なんで? 昨日聞かなかったんか?」
「突然のことだったし、お互い動揺………というか頭と気持ちが混乱していて……」
 総司がため息をついた。
「まあ確かにねえ……幸せモードで頭がピンクになってたのは見てわかってたし、僕らが聞いておけばよかったのかも……あっそうだ。キャンペーン担当だった山崎君! 聞いてないの?」
 脇に控えていた山崎は慌てて首を横に振った。
「き、聞いてないです、すいません」
「もお〜! 使えないなあ!」と総司が厭味ったらしく言うと、山崎もムッとして言い返す。
「そうはいっても、あの斎藤さんと雪村さんとの雰囲気に割り込んで、連絡先を聞ける状況じゃなかったです。だいたい恋人の連絡先くらい把握していくのは当然でしょう」
「あ? そーゆーこと言って斎藤君を責めるんだ? 恋人とまた連絡がとれなくなって傷心の斎藤君に追い打ちをかけるなってひどいなあ、山崎君」
「なっお、俺はそんな――」
「あーー! もういいって! 今は記者会見中だぞ!」
 左之が、総司と山崎の間に入って二人を止めた。そして「すいませんんね。『シンデレラ』がまた行方不明になっちまったみたいで」と、記者たちに苦笑いで謝る。
 男性記者が同情したように言った。
「一応このキャンペーンは記事にしようと思ってたんで、そこに書きましょうか? シンデレラ再度行方不明、連絡求む! とか? ……まあ経済紙のベタ記事なんで、その『シンデレラ』が読むとは思えないですけどね」
 土方はマイクとると、ぐだぐだになってきた場をまとめに入った。
「いや、すいません、こちらの不手際で。『シンデレラ』への連絡はこっちでなんとかします。指輪については、『シンデレラ』と連絡がつきしだいキャンペーンブースに置きます。開錠ワードも添えて、実際の開錠についてもみなさんにも経験してもらいたいんで。その辺の連絡はまたさせてもらいます。……そろそろ時間なんで、記者会見を解散したいと思います」

そして解散した後、土方、左之、斎藤、平助、総司が、センタータワーエントランスの隅、コンシュルジュデスクの近くでこそこそと話し合っていた。
「ったく! 斎藤君なにやってんのさ! 連絡先聞くなんて初歩中の初歩だろーに」
と、総司。
「昨日二人で抱き合ったりいちゃいちゃしてたのに、何話してたんだよ、ホントに」
と、平助。
「まあ、斎藤らしいっちゃ斎藤らしいだろ。最初だって名前しかわからない中で必死にさがしたじゃねえか」
と、左之。
「なにはともあれ千鶴の捜索だな。勤め先とか住んでるところとか知らねえのか?」
と、土方。
斎藤はしばらく考えて、クビを横に振った。
「そういう具体的なことは何も……」
「じゃあ、何話してたんだよ?」
平助の質問に、斎藤は目じりを赤くした。
「……」
「斎藤君?」
皆に促され、斎藤はしぶしぶ言った。
「け、け、結婚を……申し込んだ、が……」
皆はあっけにとられた。あのわずかな時間にプロポーズするとか……それはそれですごいが……しかし連絡先を聞かずにプロポーズするとか、何かどこかずれている。

聞こえてくる彼らの話を聞いていた天霧は、ささっと手元にあるメモ帳に万年筆を走らせた。
 昨日天霧が彼女の腕をつかんだ時、彼女が持っていたカバンが目に入った。そのかばんには大きめの封筒が突っ込んであり、そこに書いてあったのだ。
『薄桜小学校』と。
 宛名もないし切手もはっていなかった。あれは自分の勤め先の封筒をなんらかの書類入れに利用したのに違ない。
天霧は手元にあるノートパソコンで小学校名を検索し電話番号を調べ、電話する。そこまでにかかった時間はわずか三十秒。
「はい、雪村さんを……はい、ああ、今は授業中……その通りですね、すいません。後ほどかけなおします」
 そして、メモ帳をピッとはがすと、まだ喧々諤々話し合い中の斎藤達の所に行くと、それを差し出した。

「こちらをどうぞ」
突然現れた天霧と差し出されたメモ用紙に、斎藤は目をぱちくりさせた。「……これは?」
「雪村様の勤務先です。ただいま授業中とのことですので、夕方以降に連絡されるのがよろしいかと」
 そう言って丁寧に礼をして去っていく天霧を、皆は茫然として見送った。
天霧は心の中でそっとため息をついた。
そもそも自転車のなおしを頼まれた時も、後からやってきた千鶴の顔を見て斎藤のやり方に眉をひそめたものだ。その後のあれこれを、天霧はすべてエントランスの隅から見ていた。
 天霧の分析によると、斎藤は誠実でいい男だが……少し女心に鈍すぎる。
 これからも注意しておく必要があるな。
密かにうなずいて、天霧は仕事に戻った。







2015年10月12日
掲載誌:シンデレラの指輪 

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