【ひととせがさねSAMPLE】
≪目次≫
※ピンク字がWEB再録です
■ひととせ
-冬 井上源三郎
■ふたとせ
-夏 沖田総司、雪村千鶴
-冬 永倉新八
■みとせ
-初夏 藤堂平助
-秋 原田左之助
-冬 斎藤一
-冬 土方歳三
■よとせ
-冬 沖田総司
-春 原田左之助、斎藤一、藤堂平助
-春 藤堂平助
-初夏 雪村千鶴
-夏 近藤勇
-夏の終わり 雪村千鶴
-秋 南雲 薫
-冬の初め 藤堂平助
-冬 沖田総司
■いつとせ
-冬 原田左之助
-冬 沖田総司
-冬 山崎 烝
-冬 雪村千鶴
-冬 土方歳三
-冬 松本良順
-三月 南雲薫
-四月 千姫
-四月 沖田総司
-四月 土方歳三
-四月 雪村千鶴
-五月 沖田総司
-五月 南雲薫
■むとせ
-四月 雪村千鶴
■ななとせ
-冬 沖田総司
-夏 千姫
≪その他注意事項≫
沖田さんルートGOODENDなので、沖田さんは生きたまま、お話は終わります。
死んでそう、もしくは死にそうな感じのことを書いてはいますが、本文中では元気です。
以下、むとせの「四月 雪村千鶴」の途中まで本文サンプルです。
二人の初夜話(エロはありません)なので、ご購入予定でネタバレ苦手な方は、読まないようにお願いします。
むとせ
《四月 雪村千鶴》
黄色い小さな花がたくさん咲いてる木は気持ちのいい高台にあって、羅刹の毒が抜けていなかった時はよくそこで二人でお昼寝をした。
今はその木の根元にたくさんの白い花が咲いていて、総司がそれで花冠を作って家族になろうと言ってくれたのは、その日のお昼過ぎだった。
『総司さん、大好きです』
『……愛してるよ』
なんて甘い言葉と甘い口づけを交わして家に戻ったその後、千鶴はふと我にかえった。
夫婦……
同じ部屋で一緒に暮らして一緒にご飯を食べて。今までと同じだが一つ違うことがある。それは同じ布団に眠ることだ。
「……」
千鶴は複雑な表情で勝手場の隅に立ち尽くす。
薫との戦いの後、一年間。
総司とは部屋も分けて別々に寝ていた。どうしてかと聞かれると特に理由はないのだけれど……最初の夜に『これでようやく野宿が終わるね』と、総司が当然のように別部屋に一つだけ布団を敷いたので、そういうものかと特に考えずに受け入れた。
『何? 添い寝でもする?』とからかうように聞かれたけど、多分江戸でも何度も言われた冗談だし。
なので、総司は特にそういうことはしなくてもいい人なんだと思って、日々を過ごしてきていた。それ以外は、時々けんかはするけど仲はいいし、抱きしめられたり手をつないだり……たまに口づけもしてたけど。
屯所でも事あるごとに島原に行く男の人たちもいたけれど、総司はほとんどいかなかったし、多分彼はそういう人なんだろう。
……なら、結婚しても変わらない、んだよね、多分。
「何やってるの?」
ふいに後ろから耳元で声をかけられて、千鶴は「きゃ、きゃああああああ!」と悲鳴と共に飛び上がった。その拍子に横に置いてあったタライが手に当たり、派手な音を立てて土間に落ちる。
総司は顔を真っ赤にして自分を凝視している千鶴を見て、目をぱちくりさせた。「どうしたの?」と聞きながら、体をかがめて落ちたタライを拾って元あった場所に置いてくれる。
「な、な、何か御用が……」
両手で身を守るようにして後ずさる千鶴に、総司は頬をポリポリとかいた。
「いや、喉が渇いたなって……」
「あ、は、はい! すぐに持っていきますね」
「ええ? いいよ別に。水瓶から汲むだけだし、自分で…」
「いえ、私が……」
水瓶の横にある柄杓を二人で同時に取ろうとして手が触れ合う。
「あっ!」と声をあげて手を素早くひっこめた千鶴。
ああ、こんなの変に思われちゃう。顔も熱いから多分真っ赤になってるんだろうし。
まじまじと総司に顔を覗き込まれて、千鶴はいよいよ赤くなる。
「……君、さ。もしかして……」
気づかれた! と千鶴はギュッと目をつぶった。総司にはその気はないのに、一人で勝手に緊張して舞い上がって……恥ずかしい。
「僕が夫婦になろうって言ったから? 意識してるの?」
ズバリと指摘されて、千鶴は顔を赤くしたままうつむいた。
「……」
「……あのさあ……意識しすぎだよ。夫婦になったからっていきなり襲ったりしないって」
「そ、そうですよね。総司さんはそういうことには興味がない人だって私、わかってるのに、その、ちょっと考えちゃって。すいませんでした」
ぺこりと頭を下げて、千鶴は柄杓を持ち、湯呑に水を汲む。
「どうぞ」と水を渡された総司は、「あ、ああ、ありがとう」となぜか微妙な顔をしながら水を飲んだ。
お水を飲んでる総司を見ながら、千鶴は深呼吸をする。変なこと考えて変な反応しちゃって恥ずかしかったな。これまで通り、でいいんだよね。
ふう、と千鶴が肩の力を抜いた。水を飲み終わった総司がまじまじと千鶴を見て聞く。
「……あのさ、念のための確認なんだけど」
「はい」
「僕が『そういう事には興味がない』って、『そういう事』って、何かな?」
千鶴は再び頬が熱くなるのを感じた。
「えっと……屯所でみなさんが……その、島原とか行ってしてた……ような、こと、です」
「……」
今度は総司が黙り込んでしまった。どうしたのかと「総司さん?」と千鶴が総司の顔を見上げる。
「なんで僕は『そういう事』に興味がないと思うの?」
千鶴はきょとんとした。だって、そんなの……
「だって、ずっとそんなことしてないように見えたので……」
そこまで言いかけて千鶴はハッとした。
「も、もしかして私に内緒で、ここでもそういう島原みたいなところに行ってたんですか? ううん、こんな田舎に遊郭はないから、じゃあ里の女の人とまさかそう言う関係だったんでしょうか?」
ぜ、全然気づかなかった…っ! と驚愕の顔で見られて、総司はがっくりと肩を落とした。
「いやいやいやいや……なんでそうなるの。僕の好きな子は君なんだから、当然対象は君しかいないでしょ」
「えっ……え? えーっと……」
それならどういうこと? と、本気で首をかしげている千鶴を見て、総司は盛大にため息をついた。
「……君は、お兄さんも育てのお父さんも亡くしたし、羅刹の昼夜逆転とか僕の労咳とか、二人とも田舎で暮らした事なんてないし、……まあいろいろ他にも理由はあるけど、要は我慢してたんだよ、僕が」
「我慢……何をですか?」
総司の顔が本気でイラッとしたものになり、千鶴はびくりとする。
「君に、『そういう事』をするのを、我慢してたんです」
ポカンと千鶴は口を開けた。
「……そ、そうだったんですか……」としか言葉が出ない。
しばらく無言で二人で見つめ合った。
山の中をざざざっと木の葉を揺らしながら強い風が吹いている音が聞こえる。先ほどまではあたたかい日差しだったのだが、日も陰ってきたようだ。
「……それで?」
ずいぶん時間がたった後、総司が腕組をして聞いた。
「君の感想はどうなの?」
「感想、ですか?」
何を言えばいいのやら想像もつかない。
以下続く