◆ナイショ◆


携帯の充電器、目薬、眼鏡ケース、メモ帳にペン立て……総司は、細々としたものを一つの場所に集めた。
 居間兼寝室の部屋はガランとして、部屋の真ん中に段ボールがいくつか転がっている。キッチンの道具や食材はすべて処分した。もう必要のないものだ。意外にたくさんの種類の道具がそろっていて、主にこれを使っていた女の子を自然と思い出してしまう。

総司は、無表情のまま後は捨てるだけになっているゴミ袋を見つめた。ビニールから透けて見えるのは、鍋にトングにお玉。まな板に食器。総司の視線はドーナッツ屋の景品であるマグカップに止まった。不燃物のゴミ袋に転がっているピンクと黄緑色のマグカップ。
 ちらりとそれを見たが、総司はそのまま目をそらし、戸棚を開けて捨て忘れがないかチェックをした。バタンバタンと戸棚を開けたり閉めたりする音が、がらんとした部屋に響く。キッチンでの処分し忘れがないことを確認して、総司はその足で洗面所へ向かった。窓のないそのスペースの電気をつけて、ここも最終チェックをする。作り付けの戸棚の中にも何もないことを確認して、続きのバスルームを覗き、総司は居間へもどろうと踵を返した。
 電気を消す寸前、きらりと何かが光った気がして総司は洗面台を見た。何が光ったのかと洗面台と壁の細い隙間を覗き込むと、奥に確かに何かが光っている。総司はもう一度キッチンに戻り、ゴミの中から菜箸を取り出すと、それで洗面台の横の奥に落ちている物を掻きだした。

でてきたものは、千鶴の髪留めだった。
キラキラしたラインストーンがついているバレッタ。そういえば少し前に、失くしてしまった、と言っていた。どうやら髪の長い女子は、髪をまとめて上げるものがないと風呂に入れないようで、あきらめないでずっと探していたっけ。こんな隙間に落ちていたのなら見つけられないのは当然だ。結局その時はバレッタは見つからず、千鶴はタオルで苦労して髪をまとめて風呂に入っていた。その姿は、それはそれでかわいくて総司は特にバレッタがなくなったことについては何とも思わなかったのだが。

千鶴の物はすべて処分して行こうと決めていた。
これから始まる生活には、彼女を思い出させる物は心を弱くするだけで何もいいことはない。
 けれども総司は、勝手なことに彼女には自分を思い出してほしかった。だから何か身に着けるものを……できれば指輪をあげたかった。変な期待をさせるのはいやなので、安いファッションリングでもいい。
彼女の中のルールのせいで、プレゼントはすることはできなかったが……

あの子は来るかな……

決して誘うつもりはなかったのに、昨日カフェで泣きそうな顔をして震えている彼女を見ていたら思いがけなく、本当に全く思いがけなく、言葉が勝手に口からこぼれた。
 彼女はポカンとしていた。
意味が分からなくて当然だろう。
あの一言だけでもし本当に来たら、それはそれでびっくりする。しかし総司は心の奥の奥では、彼女に来てほしいと思っていた。それはかなり投げやりな……笑ってしまいたくなるくらい愚かな選択。
 彼女にとっても自分にとってもそうだ。


・・・・続く・・・・








◆信じていることと腹が立つことは別です◆



ピピピッという携帯の目覚ましを、千鶴はぼんやりとしながら手で探り、止めた。
カーテンの隙間からいつも通りの朝日が射している。のびをして隣を見ると、枕に顔をうずめるようにして総司が眠っていた。

会社も安定して大学に戻り、総司と無事籍を入れた千鶴は、この三連休を利用して久々に京都から総司の実家に来ていた。明日の夜、会社の件で公私ともにお世話になっている近藤に千鶴を紹介するための会食があるのだ。あまり人に心を開かない総司にしては珍しく近藤にはなついており、入籍したことを報告して正式に妻として紹介したい、と総司から言いだしたのだった。           しかし昨日は……例のごとくキャバクラで皆で飲んで来たらしい。もうそろそろ契約期間がきれる新八が、ぜひそこで送別会をやってほしいとの希望で。
 新八には千鶴だってお世話になったのだから送別会には出席したかったのだが、千鶴が来るとどうやら男性陣が楽しめ無いようで、彼女だけ家に置いてけぼりだったのだ。
 そんな理由で、千鶴は昨夜は一人で総司の実家でミツや総司の母親と夕飯を食べ、一人でベッドに入った。明け方ごろ、帰ってきた総司が隣に潜り込んできた覚えはあるが、夢なのか現実なのか定かではない。しかしその時間に帰ってきたという事は総司を含め男性陣は皆、今日は夕方まで使い物にならないだろう。今日は土曜日で会社は休みの日だし、別にうるさくいうことではない、と千鶴は自分に言い聞かせながらベッドから出た。
ぴくりとも動かない総司を横目で見て、隣の部屋のクローゼットへと歩いて行き、服を着替える。

水商売の女性に対して千鶴がやきもちを焼くことを、総司は面白がる。男性にとっては……いや総司にとっては、千鶴と水商売の女性とでは比べるような対象ではないようだった。お金を出してお酒を飲む場所にいてもらうのだから、女性にとってもそれは仕事。総司自身は別にお酒を飲むときには女性はいなくてもよく、同席した客人のために用意するだけなので全くの仕事。お酒を飲むという場所だけはくだけているが、オフィスで会議をしているのと変わらないというのだ。
 そう説明を受け、なるほど、とは思うものの、千鶴にとってはそんなに簡単には割り切れない。総司達が愛用しているキャバクラはいつも同じで、そこのナンバーワンのキャバクラ嬢はどうも総司のことをとても気に入っているようなのだ。新八や他の客には営業用のメールしか送らないそうなのだが、総司には個人的な内容のメールを何度も送ってきていると、ちらほらと聞こえてくる。
 総司がそれを面倒臭がっていてくれているのが唯一の救いといえば救いなのだが……
 しかし総司といえどもオトコだ。

しかも別に禁欲的なタイプではなく、どちらかといえば遊びと割り切って簡単に女性に手を出すタイプ……だと思う。
 今は千鶴がいるから他の女性に手を出すわけではないが、男と女の事だ。お酒も入って何かのきっかけでということは絶対ないとはいいきれない。
 それで千鶴は総司が例のキャバクラに行くというと不機嫌になってしまうのだが、総司は千鶴がむくれているのが楽しい様だった。


・・・・続く・・・・








◆僕の欲しいもの◆




「お誕生日おめでとうございます」

総司が久しぶりに京都に帰ってきた土曜日。朝食を食べた後リビングでのんびりしていると、片づけを終えた千鶴がやってきてソファで寝転んでいる総司を覗き込んだ。
「あれ、よく覚えてたね」
総司は読んでいた雑誌をお腹の上において、ソファに起き上る。
「そりゃあ覚えていますよ。だってこんなに落ち着いて誕生日のお祝いできるのって初めてじゃないですか」
千鶴はソファを回りこんで、総司の横にチョコンと座った。
「何か欲しいものありますか?ちょうどお休みですし今日は総司さんのプレゼントディにしちゃいます!」
じゃ〜ん!と言う感じで両手を広げて発表した千鶴を、総司は意外にクールに見つめていた。
「欲しいものねぇ……もうほとんど手に入れちゃってるしなあ、そういえば京都での車が欲しいかな」
 総司のマセラッティは基本実家の方に置いてあり京都での車は無い。それほど長期間京都に滞在していることがあまりないので車など維持費がかかるだけで必要はないといえば必要はないのだが……
「うーんもったいない気もしますけど買い出しとか大きいものを買う時とか、あれば便利だなぁと思う時はありますね確かに。でも私車の運転できないですし、総司さんも京都で買ったとして一か月に一回乗るか乗らないかじゃないですか?」

「君さ、大学にいるうちに免許とりなよ。その時の練習の車もあった方がいいでしょ?」
 確かに社会にでてから車の免許をとるのは時間的に難しいという話をよく聞く。免許を取った後運転をしておかないとすぐ運転感覚を失くしてしまうとも。京都での用事や遊びで使う以外にも千鶴が免許をとった後の練習用にも、小回りが利いて気軽に乗りやすい車が一台あれば便利かもしれない。
「そうですね。あ、でも金銭的に私がプレゼントとかできないですけど……
 まさか総司のことだから「家庭内ローンでいいよ。返済は体で」などと言い出すのではないだろうかと、千鶴は恐る恐る総司を見た。総司は朝に光の中で爽やかに笑った。
「僕が使うのがメインになるだろうし、いいよ僕が買うから」
千鶴はほっと溜息をついた。
「じゃあ今日は車屋さんを一緒に見て回りましょうか?お目当ての車とかあるんでしょうか?」
「フェラーリ」
即答した総司に、千鶴はポカンと口を開ける。
「僕は白より定番の赤がいいな。あの赤色っていいよね。まぁ白より乗り心地は悪いかもしれないけど?」
厭味ったらしく付け加えた総司に、千鶴は溜息をついた。
……まだ根に持ってるんですか
「え?何のこと?」
しらばっくれる総司をみながら千鶴は自分の腕を組んで総司を睨む。
「あの時散々怒られて私、謝ったじゃないですか。それに風間さんは……
「別に風間のことだなんて言ってないよ?」
ツーンとそっぽを向いている総司に千鶴もムッとする。
「じゃあ他に白いフェラーリに乗っている人がいるんですか?」
「いないけど……なんなの?君が誕生日プレゼント何がいいか聞いてきたんでしょ?僕は素直に欲しいものを言っただけだし。あーあ誕生日に何が欲しいか言っただけなのにな〜。なんか叱られちゃったし」
ソファの隅にまるまってわざとらしくいじけている総司に、釈然としないままも千鶴は不承不承謝った。実際総司を喜ばせたいと思っていたのに逆の展開になってしまったのは事実だ。
……すいませんでした。じゃあフェラーリ以外で何か欲しいものがあれば……
 総司は横目で千鶴を見ると、何か考えるように視線を彷徨わせた。



・・・・続く・・・・