【Dr.斎藤】 ※書下ろし部分SAMPLE※




■斎藤先生と千鶴ちゃんの京都旅行(6P)


まあ当然と言っていいが、前夜に初めて体の関係になりそのまま京都旅行へと突入した斎藤と千鶴は、新幹線の駅まで行くときも、新幹線の切符を買っているときも、新幹線に乗り込むときも乗っているときも全て、甘々だった。
基本、手はずっと恋人つなぎでつないでいるし、何かあると(なくても)すぐお互いの顔を見てにっこり微笑む。
世間は冬の真っただ中で、冬の寒い京都でも体感気温は0度以下の日だったが、二人の周囲はすっかり春だ。

京都の旅館は歴史のある有名な旅館だった。
純和風なのだがどこかモダンなインテリアにホスピタリティ溢れる男衆に仲居さん達。斎藤と千鶴が案内された部屋は、寝室と居間の二つの部屋がある豪華な間取りだった。
「ごゆっくり」と仲居さんが立ち去った後、部屋をぐるりと見渡した千鶴は溜息をついた。
「素敵な部屋ですね……こんなすごい所に泊まったこと無くて、私……」
部屋の作りも置いてあるものもすべてが高そうで、にもかかわらず下品ではなくセンス良く飾られている。
雪村家はまだ弟が小さいこともあり、家族旅行に行くとしても子供用の遊園地が併設されたファミリー向けの宿泊施設で、千鶴の和風旅館に泊まった経験と言えば高校の時の修学旅行くらいだ。
「修学旅行の時と全然違います」
千鶴の言葉に、コートを脱いでクローゼットにかけていた斎藤はぎくりと肩を揺らした。
そういえば千鶴が修学旅行に行ったのはつい最近なのだ。高校三年の春と言っていたから……去年ではないか。どちらかといえば引率する側の年齢の斎藤だというのに、こんなことをしていていいのか。
斎藤の心の中に、またもや『オトナ』と『コドモ』のせめぎ合いが発生する。
『金にまかせて若い女性をこのような旅館に連れ込む中年男性』という、斎藤の常識がちくちく自らを責める。

いや『中年男性』というのは言い過ぎだが、しかし旅館の人達の目には千鶴の若さや純粋さやあどけなさがわかるだろうし、そんな女の子を連れ込んでいる俺は一体どう見えているのか。
しかも、昨夜図らずもそういうことをしてしまったは言え、本来は今日、この場でそういうことをしようというわずかばかりの下心で……いや違う、下心しかなかったではないか俺は…!

人一倍自らに厳しい斎藤は、京都旅行を予約した時から今ここに来るまでの自分を振り返り一人静かに苦悩していた。
その時カバンを部屋の隅に置いていた千鶴が、呟いた。
「部屋にお風呂があるんですね。しかも露天風呂です……どうやって入ればいいんでしょうか」
「何?」
予約をしたのは斎藤だが、その時は部屋のグレードを聞かれただけで設備までは調べていなかった。千鶴の方へ向かうと、確かに寝室の先にある庭の部分が木でできたテラスのようになっており、そこに木製の……ヒノキだろうか?…の風呂があるではないか。しかも既にお湯が入っている。
外は寒そうだが簡単な板囲いがしてあり、ガラス戸もあるため開け放すと露天になる仕様だ。冬で葉があまりないが木々が植わっており気持ちよさそうな風呂ではある。
気持ちよさそうではあるが、では実際どうやって入るのかと考えるとかなり厳しいものがある。この寝室で(外国からの客が多いからか、和風ベッドとでもいうのだろうか、かなり低いベッドが二つあり、既にベッドメイクされていた)服を……服を脱ぐわけだ、まず。当然昼間なら明るいし、夜でも電気はつけているだろう。風呂に入らない方は何をしていればいいと言うのか。服を着たまま相手が裸になって風呂に入っているのを見ているのか?それはさすがに気まずいがしかし、せっかく一緒に旅行に来たというのに、隣の部屋でで一人テレビを見ているのもヘンな感じだ。では一緒に入れとでもいうのか。
困ったように赤くなって俯いている千鶴を見て、斎藤もいたたまれない気持ちになった。
「す、すまなかった。予約した時はそこまで調べていなかったのだ。もう少しいろいろなシュミレーションをしたうえで宿をとればよかったな」
自らを責めるチクチクがさらに強くなるのを感じながら、斎藤はしどろもどろにそう言った。
去年修学旅行に行ったような若い女性を、京都のこんな高級旅館に連れ込んで、さらにその上『さあ一緒に風呂に入るぞ』といわんばかりのこの部屋風呂……。
こんなことをしでかしたのが自分だとは思いたくないくらい下品で自分勝手な男そのものではないか。
必死に『そんな下心などなかった』と言い訳したくてたまらないが、風呂は別にしても実際下心はあったので何も言えない。
風呂にどうやって入るのかと気まずい思いをしている彼女に何か気が楽になる様な事を言ってやりたいが、あいにく斎藤自身もこの部屋風呂にどうやってはいれば双方気持ちよくはいれるのかわからないのだ。
しかももうすでにお湯が張ってあり暖かそうな湯気が出ている。これは要は旅館側のおもてなしで、『とりあえず一風呂浴びて旅の疲れをいやしてください』という事なのだろう。15時チェックインで、夕飯は18時から。まさに風呂に入っとけと言わんばかりのタイムスケジュールだ。
この旅館は京都のど真ん中にあり観光名所も近いので、別に風呂に入らず夕飯まで外をぶらついてもいいのだが。
「……千鶴は、どうしたいだろうか?」
どうすればいいのかわからない斎藤は、とりあえず風呂にはいるか外をぶらぶらするかについて千鶴に判断をまかせることにした。
「……斎藤先生はどうしたいですか?」
千鶴の答えに、斎藤は心の中でうなずいた。
……まあ、当然そうくるだろう。斎藤でもわからなかったのだ、千鶴も当然わからないに違いない。ここは年上の自分がリードするしかないのだが……・
「……風呂に入るか」
多分それが良いと思う。外をぶらついても結局『風呂をどうするか』という問題は棚上げのままだし、実際昨夜からの流れで疲れているのは確かなのだ。千鶴は夕べあのラブホテルでシャワーを浴びたがゆっくりとはできなかったし……まあこれも斎藤のせいなのだが。
体も冷えているしこれがベストだろうと、斎藤は腕組みをして頷いた。
旅館の部屋から二人して立ったまま風呂をずっと眺めている図もおかしなものだし、何か行動した方が良い。
「千鶴から入るといい。入りにくいだろうから俺は隣の部屋……いや、ロビーで土産を買っていよう」
「え…そんなせっかく……」
不意をつかれたようにこぼれた千鶴の言葉に、既に立ち去ろうとしていた斎藤は脚を止めた。
「せっかく……なんだ?」
「……せっかく一緒に旅行に来たのにって……」
「……」
千鶴は赤くなりながらもちらりと風呂の方を見て、斎藤を見上げる。
「……その、いっしょに入るのとかは……いやですか?」
不意に襲われた眩暈に、斎藤はしゃがみこみそうになった。
いっしょに入る……いっしょに……イッショニハイル……

入りたいに決まっているではないか!
しかし千鶴が嫌がるだろうと思い、気を利かせたのだ。そりゃあ可愛い彼女と初めての二人きりの京都旅行だ、お風呂に一緒に入っていちゃいちゃなんてしたくない男がいたとしたら顔を見てみたいくらいだ。
しかし斎藤にも体面というものもあるし大人としての理性もある。
斎藤はコホンと咳払いを一つすると、極めてクールに返事をした。
「いや、嫌というわけではない」
「じゃあ……」
「お前が嫌なのかと思ってな。千鶴が嫌でないのなら……その、い、い、一緒にふろに入るのは俺は特にかまわないが」
後半どもってしまったしあやうくかみそうになってしまったが何とか言い切ることができた。
「嫌っていうより私は恥しくて……まだ明るいですし」
入りたいのか入りたくないのかどっちだ!と普通は問い詰めそうだが、できたてほやほやの甘々カップルは当然そんな展開にはならない。
「そうか、それは……困ったな」
「私が先に入っているので、斎藤さんは目隠しをして入って来てくれませんか?」
「め、目隠し?それは……目隠しをして服を脱いで風呂まで歩いて行くのは難しくはないだろうか」
裸でどこかにぶつかったり転んだりするのは想像しただけで情けない。
「じゃあどうしましょうか……」





**** 以下続く ****

他、下記書下ろしがあります。
「斎藤先生の風邪」(6p.)
「斎藤先生の誕生日」(6p.)
「千鶴ちゃんの成人式」(6p.)