【夜這い】






「……初めてだったのに、なんで?」

夏の夜、雨の音が総司の部屋を包みこみ、まるでこの世にこの部屋しかないような錯覚を覚える。
総司の問いにいつまでも返事がないので、総司は寝返りを打って彼女の方を向いた。
眠っているのかと顔ををのぞきこむと、彼女は起きていた。
肌がひんやりとして柔らかく滑らかで、総司はついつい背中や腰のあたりを触ってしまう。

「聞いてる?」
「……はい」
「初めてだったよね?」
「……はい」

答えようとしない千鶴のせいで、また総司の部屋は雨の音に包まれた。
「なんで君からこんな夜中に僕の部屋に来たの?こうなってよかったの?」
こくり、と闇の中で千鶴がうなずくのが分かった。
だが総司はうれしいのか悲しいのかわからない。彼女がいいと言っているのだからごちゃごちゃ言わずにありがたく受け取っておけばいいのに、なぜこんなに複雑な気持ちになるのか。
憐れみなのではないか、という考えが頭を離れないのだ。
同情から……同情から女性はそんなことをするものなのだろうか?
あいにくあまり女性経験がない総司にはよくわからない。どうせ労咳で若死にする総司に、少しでも慰みを与えてあげようと千鶴は自分の体を提供したのではないかという思いにとらわれている。
たとえそうでも、抱いたときの彼女の柔らかさや暖かさ、自分の気持ちよさには変わりがないはずなのに。
……いや、やはり同情からだとしたらすべてが味気なくなる気がする。
どうして味気なくなるなのか。
深く考え出すと胸が苦しくなる気がするので考えないことにする。

「……ねえ……」
「あの、私、自分の部屋に帰ります」
「え?」
「屯所でこんなこと……もし知られたら私も沖田さんもただでは済まないと思うので」
「……」
するりと布団から出ていく千鶴の細く白い指を、総司はつかんだ。
振り向いた千鶴の顔を総司は見上げる。
「……もうちょっと、雨が止むまでいてくれない?」
千鶴はふと廊下の方を見る。当然ながらふすまがしまっていて見えないけれど。
「……止まなかったらどうするんですか?」
雨音からするととても止みそうにない。
総司は小さく笑うと彼女を引き寄せた。

「ここにいるんだよ、当然。明日も明後日も……雨が止むまで」



ずっと、ずっと降り続けて、すべてを押し流してしまえばいいのに。





【終】

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