【目隠し】
「沖田さん、体拭きますね」
たらいと手ぬぐいをもって千鶴がやってくる。
総司はそれが嫌だった。
体をきれいにして髪を洗ってもらうのは気持ちがいい。特に今は夏場で、部屋でじっとしていてもかなり蒸す。
千鶴の柔らかい手で髪をやさしく洗ってもらうのは好きなのだが、体を拭かれるのが嫌なのだ。
「体は自分でやるよ」
「でも背中とかできないじゃないですか?」
「なんとかなるんじゃない」
千鶴は困った顔をする。
「どうしてですか?どうして今日は急に……」
「今日だけじゃないよ。いつも嫌だった」
「そんな……」
千鶴はショックを受けたような表情になった。
「何か…何か嫌なことをしてしまいましたか?」
「……」
理由は死んでも言いたくない。
だがこのままでは泣かれたり追及されたりで理由を言わなくてはならなくなる可能性が高い。
総司は考えた。
「……じゃあ、千鶴ちゃんが目隠ししてくれたらいいよ」
「目隠し?私がですか?」
「そう。体なんて目が見えなくても拭けるでしょ」
「……ええ、まあ……」
千鶴はしばらく不思議そうだったが、目隠しさえすればいつも通り体を拭けるのならと気持ちを切り替えたようだ。「わかりました」と言うと、タスキを取り出し自分の目に当てる。
「あ、僕がやってあげる」
総司はそういうと千鶴を自分の前に座らせた。じっと座っている千鶴とみると、小さいなあと思う。
いつもつけつけ偉そうなことを言って命令ばっかりしているのに、こうしてみると総司の今の体で組み敷いても彼女の抵抗を抑え込めそうだ。
抵抗、するかな?
毎日毎日看護してくれて近くに接していれば、さすがになんとなくわかってくるものがある。もともとそういうことには敏いほうだし。
組み敷いても抵抗しないかもしれない。あの大きな目で驚いたように総司を見るだろうが、総司が強引に抱きしめたら、きっと彼女は抵抗せずに……
変な方向にさまよい出た自分の思考に総司は苦笑いをした。
千鶴に目隠しをしながら、総司の心は妙にはずむ。
いつも自由を奪われているのは自分なのだが、逆にこうやって他者の……千鶴の自由を奪うのは楽しい。
歪んだ喜びだとは思うが、自分にはまだ彼女に対して力があるのだと思えて支配欲のようなものが満たされる気がするのだ。
そこまで考えて、総司は自分を嗤った。
束の間彼女の自由を奪って優位に立ったつもりになったとしてどうなるというのだ。
最終的には自分は弱っていくばかりだというのに。
もう彼女を守ることもできない。
怪我をしたときに彼女を抱き上げることだってできないのだ。
目隠しを希望した理由は、自分の弱った体を見られたくないからという情けないものなのだ。
痩せて一回り小さくなったのを自分でも感じる。
彼女だって当然気づいているはずだ。
特に千鶴に見られたくない理由については、総司はあえて考えないように目をそらした。
【終】
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