【緊縛】





「沖田さん、何を見てるんですか?」

千鶴が覗き込むと沖田は頓着していないように「ん?これ?」と見やすいように広げて見せた。
「!!!」
千鶴は驚き、顔を真っ赤にして目を見開く。
そこに書いてあったのは、絵だった。色も付けられてかなり写実的で……裸の女性が荒縄で縛られて苦悶の表情を浮かべている。
「千鶴ちゃん、こういうのどう?」
総司は千鶴に見られらことをなんとも思っていない用で、さらっと聞いてきた。まるで今日の夕飯は何かと尋ねるような気楽な感じだ。
まだ真昼間で、外は真夏のかんかん照りだというのになんというものを堂々と見てるのか。
「どうって……どうって……」
聞かれた千鶴の方が困って口をパクパクさせる。現代ならセクハラです!と叫ぶところだが肝心の総司が全く平然としているのだ。千鶴は無神経な質問に、質問返しをしてやろうと逆に問い返した。
「お、沖田さんは好きなんですか?こ、こういうのが」
仕返しのつもりだったが、意外にその答えが気になる。もし好きだと言ったらどうしよう。それならさすがに無理だ、と千鶴は思った。惚れた弱みか沖田には弱い自分だがさすがにこれは……
沖田は「んー……」と、その緊縛絵を少し離して見ながら考えるように顎に手をやった。
「好きっていうか……僕みたいだよね、これ」
「はあ?」
思いもよらない総司の言葉に、千鶴は間の抜けた声をだした。総司は続ける。

「新選組の仕事も剣も取り上げられて、一人で屯所の外に出るのも禁止、食事を残しても駄目だし好き嫌いも駄目で薬を無理やり飲まされて……自由も何もかも取り上げられて、身動きできない」

千鶴は、あっ…と小さくつぶやくと何も言えなくなってしまった。
総司は千鶴の様子を気にも留めずに淡々と続ける。

「僕の縄はこの絵とは違って解けない。縛られたまま死ぬまでを少し長らえて一人で生きるのと、解いてもらって好きなように仲間と生きてさっさと死ぬのと、どっちがいいと思う?」

無邪気な緑の瞳で聞かれて、千鶴はすぐには返事ができなかった。
総司の気がまぎれるような前向きな答えはないかと必死で考えて……

「で、でもほら!この女の人、口はきけるみたいですよ!」

今度は総司が「は?」と間の抜けた返事をする。
千鶴が指さした絵を見ると、確かに両手足は縛られているが口はふさがれていない。
「だから?」
「だから……、沖田さんだってしゃべれるじゃないですか。いつもみたいに嫌味を言ったりちくちく皮肉を言って楽しめます!」
「……ケンカ売ってる?」
ひやりと黒くなった総司の笑顔に、千鶴はさらに慌てた。
「ちっ違います!それにー……ほら!人を呼べますよ!だから『一人で』生きる、じゃないです。私は呼んでもらえればいつでも来ますので!」
総司は意地悪な目で千鶴を見た。
「ふーん……。そんなこと簡単に言っちゃっていいの?どうせ口約束だけでいざとなったらとっとと逃げだすんじゃない?」
すっかりイジメモードに入っている総司にからかわれているだけだとは分かっている。さらりと流せばそれ以上追ってこないのに、千鶴の性格上どうしてもそれができないのだ。そして総司がそれを楽しんでいるのも知っている。
「そんなことしません。呼べば聞こえるくらいの近くにいます。ずっと!」
「どこから呼ぶかわからないよ?」
「大丈夫です!」
言い切った千鶴に、総司は意地悪くほほ笑みながら聞いた。

「あの世からでも呼んだら来てくれるの?」

さっと千鶴の顔色が変わって、総司はいじめすぎたか、それとも自虐が過ぎたかと自分の言葉を後悔した。
しかし千鶴はきっと総司を睨むように見る。
大きな黒い瞳は真剣で深い色をしている。

「私の名前を呼んでくれるのなら、必ず行きます。あの世からでも天国からでも、地獄からでも」

みるみるうちに彼女の瞳いっぱいに盛り上がってきた涙は、かろうじて白い頬を零れ落ちずに瞳の中にとどまった。


総司はそれをきれいだと、ぼんやり思った。






【終】


戻る