【同衾】
次の日どんな顔をしてこの部屋に来るかと思ったが、彼女はまるでいつも通りだった。
総司の方がピリピリと緊張していたくらいだ。
もちろんそんなことは素振りにはださないけれど。
正直拍子抜けだ。
次の日だけではない。
それからかなりの間、まるであの夜などなかったような彼女の態度は、総司をいらだたせた。
面白くない。
あの夜、闇の中で彼女がした表情やあげた声は、こんな余裕のあるものではなかった。
必死で真剣で請い願う熱い吐息と潤んだ瞳。
目じりからこぼれた涙を、総司は唇ですくった。
「もう同衾はしてくれないの?」
カタンと大きな音がして、彼女が片づけていた椀が音を立てた。
余裕そうな彼女の態度が憎らしくて、彼女の変わらないその表情を崩したくて発した言葉だ。
案の定、彼女は動揺し、総司は少しだけすっとする。
『もう同衾してくれないの?』
言葉にしたせいで、総司は自分が実は心の奥底で彼女の次の夜の訪れを願っていたことに気づいた。
しかしそんなことは表情にはださずに、総司はいたずらっぽくほほ笑んで彼女を見る。
「え……と……」
千鶴の困ったような表情がつまらなくて、総司は不満だった。
もっとこう……ふたりの秘め事なのだから、恥ずかしそうに頬をそめたりしてくれないと。
「あれは気まぐれだったってわけ?次は無しとか?」
重ねて問うと、千鶴はうつむいた。しばらくして小さな声でつぶやく。
「……雨が……」
「雨?」
「雨が、降らないので……」
総司は首を傾げる。
「雨が降らないとなんで来れないの?」
「……」
千鶴は困ったように庭の方を見た。
開け放したふすまからは、晴れあがった夏の空が見える。
「足音とか、その……音が、雨が降っていたら聞こえにくいんじゃないかと思うんです」
「……ああ……」
総司は自分の頬が熱くなるのを感じた。
冷静に客観的に状況を見ている千鶴とは違って、まるで自分が千鶴との秘め事におぼれ周りが見えなくなっているようではないか。
いつも余裕を持っていたのは自分の方だったのに。
面白くない。
と、廊下から大きな足音がして近藤が顔を出した。
「近藤さん!」
「久しぶりだな、総司。調子はどうだ?」
陽性の近藤の出現で場の雰囲気はパッと変わった。
千鶴が片づけを続けている間に、近藤は総司と他愛もない会話を交わしている。
「この暑さももう少しだぞ。この後一雨来れば少しすずしくなるだろう」
「え?雨ですか?」
こんなに晴天なのに?と総司は部屋の中から見える空を見上げた。
「この部屋からは見えんがな、西の方の空が真っ暗なんだ。しばらく雨がなかったし今夜はたっぷり降るぞ」
「そうですか……」
たっぷりね……
総司が、ちらりと部屋の隅にいる千鶴を見る。
彼女は相変わらず片づけを続けていたが、総司から見える頬は真っ赤で、耳まで赤い。
椀を重ねている細い指先も小さく震えている。
総司は自分のくちびるににんまりとした笑みが浮かぶのを感じた。
今夜は夏の雨と彼女に溺れる夢を見よう。
【終】
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