【たいへんだね】

 


 月曜日、11時半ごろから図書館で会う。お昼を一緒に食べて、14時までまた図書館。その後授業。
 火曜日、16時ごろから図書館で会う。18時ごろに沖田さんの家に行ってごはんを作って一緒に食べる。
               その後門限の21時に間に合うように送ってもらう。
 水曜日、この日は沖田さんのゼミとバイト、私の授業の時間があわなくて会えない。
 木曜日、11時半ごろから図書館で会う。お昼を一緒に食べて、別れた後また16時ごろから18時ごろまで図書館で。
 金曜日、火曜日と同じ。
 土曜日、とりあえず一日一緒。
 日曜日、基本的には合わない日だけど、薫と父様が家にいないと金曜日から泊まって日曜日までいることも(月1回くらい?)





 「こんな感じかな」
千鶴は大学のノートの書きだした最近の自分のスケジュールを眺めた。あからかさまに総司が中心の最近の自分の生活に少し呆れる。自然にできた二人のスケジュールだけど、もう一か月くらいこんな感じだ。今日は火曜日。総司の家に行って二人でゆっくりできる。

 何を作ろうかな……。沖田さん、意外に好き嫌いが多いんだよね……。

 大学の図書館。奥まった席で千鶴がほほえみながら考えてると、後ろからひょいっっと総司が覗き込んできた。
「おまたせ。何してるの?」
千鶴はびっくりしてノートを閉じる。
「おっ沖田さん!」
「何書いてたの?」
「いえっなんでもありません!行きましょう!」
特に意味もなく書いたスケジュール。何故か総司に見られるのは恥ずかしかった。総司は不思議そうな顔をしながらも、じゃ、行こうかと行って図書館の席を立った。



 「千鶴ちゃん……。例の契約事項に『僕の嫌いなものはださない』って項目付け加えていい?」
嫌いなピーマンを出された総司は、食卓を見るなりムスッとしてそう言う。総司の言葉に、千鶴も言い返した。
「じゃあ、私も契約事項に『出されたものは一口食べてみてから文句を言う』って付け加えていいですか?」
千鶴は、椅子が二脚だけの小さな食卓に座ると続けた。
「沖田さん、青椒肉絲なら食べられるじゃないですか。甘辛く濃い味付けにすればきっと食べられるんですよ。ちゃんと同じような味つけにしたんです。食べられると思うんで食べてみてください」
それでも箸をとろうとしない総司に、千鶴は焦れて自分で総司の小皿のピーマンの炒め物を箸でつまむと、はい、と総司の口元へ差し出した。
総司は目をまたたいて、千鶴が差し出した箸を見る。しばらくして、あーんと口をあけて食べた。

 千鶴はどきどきしながら総司の反応をみる。
「どうですか?」
総司は無言で咀嚼して飲み込む。
「……おいしい…」
ムスッという総司に、千鶴が嬉しそうな顔をする。
「よかった……。あと少しですよ。がんばって食べてくださいね」
千鶴の言葉に、総司はまた口を開けて待つ。
「……何をしてるんですか?」
「契約事項の……6……かな?『嫌いなものは千鶴ちゃんが食べさせてくれること』」
千鶴は呆れてポカンと口を開けた。そのまましばらく待っても総司は同じポーズのまま自分で箸をとろうとしない。千鶴は、もうっと小さく呟くと残りのピーマンを箸で掴み、少し赤くなりがら総司の口へと運んだ。
「……契約事項の7。『しょうもない契約事項をつくらないこと』」
千鶴が赤くなった頬を膨らませながら言う。
千鶴が口に入れてくれたピーマンを全部食べた総司が、ニヤッと笑って千鶴を見た。そして手をのばして千鶴を引き寄せる。千鶴が小さく叫び声をあげてバランスを崩したところを総司は抱えて床に優しく押さえつけた。

 「……契約事項の8。苦いものを食べた後は、千鶴ちゃんで口直しをさせてくれること」
綺麗なカーブを描いた総司の唇が、千鶴の唇に寄せられる。
「ちょっ…!沖田さん!私まだご飯……んっ!」


 千鶴の抵抗は、ほとんど役に立たなかった。

 


 「あー……。ごちそうさまでした」
総司の言葉に、ぼんやりと放心していた千鶴が緩く睨む。総司は裸の腕を千鶴に回したまま満足そうににんまり笑った。くしゃくしゃになった二人の服が床に散らばっている。
「私、まだご飯の途中だったのに……」
そしてハッと気が付いて、総司の部屋の白い壁にかかっている時計を見る。8時を少しまわっている。
「もう帰らなきゃ!9時の門限が……!」
その声に、千鶴に回された総司の腕にぎゅっと力が入る。
「まだいいよ。車で行けば30分くらいで着くでしょ」
「でも、着替えたり夕飯片付けたりしなきゃ……。沖田さん、手を離してください」
「……ヤダ。今日泊まってったら?」
千鶴のうなじに、後ろから鼻を押し付けるようにして、総司は言う。また…、と千鶴は困り果てた。最近いつも帰るころになると総司はこうだ。帰る、帰さないを繰り返し、結局車で送ってくれるものの、いつも門限ぎりぎり。一度は超えてしまった。ぐずる総司をなんとか宥めて、千鶴は服を着て帰る準備をする。後ろから抱きしめられたりキスされたりで邪魔をされながらも、なんとか帰りの支度を終えて総司の車に乗ったのだった。

 次の朝。
「薫……っ!お願い!」
「いやだよめんどくさい。お前の大学俺んとこから遠いんだよ。寝坊した自分が悪いんだろ」
「……今日の夕飯当番かわるから」
双子の兄は、その交換条件にしぶしぶ了解した。ヘルメットを千鶴に手渡し、何も言わず玄関をでる。千鶴が教科書をカバンにまとめていると外からバイクのエンジンをかける音がする。
「ほら、早く!遅刻するんだろ!」
薫の声に、千鶴は玄関の鍵をかけて飛び出した。


 「ありがとう!」
大学の正門前で千鶴はバイクの後部シートから滑り降りた。
脱いだヘルメットを渡すと、千鶴はエンジンがかかったバイクにまたがっている薫にお礼を言う。薫はフルフェイスのヘルメットの窓から目線を千鶴に送り軽くうなずいた。そしてバイクのエンジンをふかして走り去る。薫の姿が見えなくなるまで手を振って振り向くと、門の柱に腕を組みながら寄りかかってこちらを見ている総司がいた。
 「沖田さん!」
普通なら会えないはずの水曜日に朝から会えて、千鶴が嬉しそうに近寄る。

 「……今の、誰?」
凍えるような冷たい総司の声に、千鶴ははっとして顔を見上げた。総司の瞳は薄い緑色になり、細められている。
「……お、沖田さん……?」
何故怒っているのかわからない千鶴は、おずおずと総司の名前を呼ぶ。
「僕の家から別の男の家に梯子したってこと?あんなに帰る帰るって言って?」
総司が何に怒っているのかわかって、千鶴はあわてて言った。
「ちっ違います!あれは……」
「家が隣の幼馴染で……、とかベタなこと言わないでよ」
「違います!話を聞いてください。あれは兄です。兄の薫です。話しましたよね?父よりも門限にうるさい……」
その言葉に、総司は目を見開いた。
「……お兄さん?」
「そうです!」
「……なんだ、そっか」
にっこり笑って総司は千鶴の手をとり、何事もなかったように構内へと歩き出した。機嫌が直った総司の顔に、千鶴はようやくほっと力を抜く。

それにしても……。
「好き嫌いが多いし……」
千鶴の言葉に総司が、ん?という顔で振り向く。
「わがままだし……」
千鶴に食べさせるよう言って口を開けていた総司を思い出す。
「甘えんぼだし……」
帰らないようにゴネて後ろから首筋にキスをしてくる感触……。
「やきもちやき」

 千鶴は、少し責めるような目で、総司を見上げる。
「どう思います?」
自分の態度、少しは反省してください。というつもりで千鶴が言う。

「千鶴ちゃん、たいへんだね」
しみじみと、心から同情しているように言う総司に、千鶴はがっくりと肩を落とした。




 「……ええ……。たいへんなんです……」











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