【僕のは?】
「あの…これ、もしよろしければ召し上がってください」
千鶴が差し出した淡いピンク色の箱を、平助は目を輝かせて受け取った。
「これってチョコレート!?今日バレンタインだから!?」
「はい…昨日作ったんです。お口に合うといいんですが。あの、斎藤さんも甘いものがお嫌いでなければ…」
千鶴はそう言って、平助と同じ箱を斎藤にそっと差し出す。
「チョコレートはよく食べる。ありがとう」
斎藤は生真面目に礼を言うと、箱を受け取った。千鶴はさらに土方、左之、新八にも同じ箱を配っていく。
「俺にもくれんのか?ありがとな」
「おお、悪ぃな」
「うほっ!今日ここ来てよかったぜ〜!!」
皆大喜びでチョコレートを受け取ってくれたことに、千鶴は少しほっとしながらチョコを入れていた袋をたたむ。
「あれ、何やってるの?」
仕事部屋のドアが開き、Yシャツ姿の総司が入ってきた。妙にフワフワしている部屋の雰囲気に不思議そうに周りを見渡し、皆が手に持っているピンクの箱に気が付く。
「何それ?」
「千鶴がくれたんだよ!バレンタインのチョコレート!優しいよなぁ〜!」
平助が早速蓋を開けて、中の丸いチョコレートを一粒口の中に放り込む。
「おっうめ〜!」
斎藤も味わいながら食べている。
「これは…なにかナッツが入っているな?」
「はい、アーモンドの粉をミルクチョコレートと混ぜて…」
千鶴が斎藤の質問に答えていると、総司の声がさえぎった。
「それで?僕のは?」
総司の言葉に皆は『え?』という顔で千鶴を見た。
「なんだ千鶴ちゃん。総司にはまだ渡してねーのか?」
左之が言うと、千鶴は袋の中から皆と同じピンクの箱を取り出した。
「朝ちょっと入れ違いになってしまって…。遅くなってごめんなさい。沖田さんこれ…もらってくださいますか?」
総司は、千鶴が差し出した淡いピンク色の箱をしばらく見つめてから、にっこりとほほ笑んで受け取った。
「ありがとう。見たとこみんなと同じみたいだけど、本命だと思っていいんだよね?」
…何をいまさら『本命』とか…。一緒に暮らしてんだろ〜!!?
皆が呆れて総司を見ている中、千鶴は少し焦ったように頷きながら言った。
「はっ箱は同じですけど…」
「中身も同じみたいだけど?」
総司が自分の箱の蓋を開けて自分の中身を見て、平助の箱の中を覗きこみながら言う。
「あの、か、数が…」
「数?どれ…?平助いくつ食べたの?」
いち、にぃ…と数えだす総司を、皆は複雑な表情で見ていた。
「意外に細かいな」
総司に聞こえないように小声で言う斎藤に、左之も小声でフォローする。
「そりゃあやっぱり本命チョコが義理と一緒じゃ、ちょっとひっかかるんじゃねーか?」
土方も小声で参加する。
「っつーか順番もだろ。普通本命を一番に渡すだろ?」
新八も同じく小声で千鶴を庇う。
「そこが千鶴ちゃんのいいところじゃねーか!皆に分け隔てなく!彼氏ならわかってんだろ〜が?」
「3個ね…」
数え終わった総司が、平助との差を言った。
「あっあの…!少なかったですか?」
焦りながら聞く千鶴に、総司はにっこりと笑った。
「いや、別に数じゃないしね。大事なのは君の気持ちでしょ?」
……黒い…黒いよ、笑顔が……
男性陣がみな総司の黒い笑顔に青ざめる。
総司の真っ黒なオーラには気づかず、千鶴は少しほっとしたように微笑んだ。
気づけ〜〜〜〜!!!
という皆の心の声には気づかないまま、千鶴は言う。
「はい!気持ちならたくさんこめました!」
どんどん黒くなる総司の笑顔に、土方が、あちゃ〜というように手のひらを額にあてる。左之が見かねて千鶴に言った。
「千鶴ちゃん、今日はそれほど仕事も立て込んじゃいねーし本命用にもう一つなんか作ってきちゃどうだ?」
左之の言葉に千鶴は不安そうな顔をする。
「何か…?」
「いや、別に総司もいいって言ってるからいいんだろーがよ。やっぱ本命チョコはもらえればもらえる分だけ嬉しいもんだしよ」
「そうなんですか?」
尋ねるように総司の方を向いて言う千鶴に、総司は肩をすくめた。
「別にたくさんあって困るものではないよね」
じゃあ…、と気兼ねしつつ仕事部屋を出て台所へと向かう千鶴に、皆はほっと溜息をついたのだった。
しばらくしてコーヒーと温かいお茶を持って、お手伝いさんが仕事部屋に入ってきた。いつも午前中に一回、午後に一回お茶をいれてきてくれるのだ。ありがとう、と皆が口ぐちに言いお茶を受け取る。
総司もコーヒーを受け取りながら、お手伝いさんにふと思いついたように言った。
「多恵さん、千鶴ちゃん台所?」
「ええ、何かお菓子を作られてますよ」
「あれ、どこにあったかな。あのハートの型。場所を千鶴ちゃんに教えてあげてくれない?」
…………
皆はお茶を飲みながら総司とお手伝いさんの会話を聞き、沈黙した。唯一新八だけが、ブハッとお茶を吐き出す。
……ハートの形のチョコが欲しいんだね……
遠い目をしている平助、無表情の斎藤、ニヤニヤしている左之、あきれた顔をしている土方、あんぐりと口を開けたままの新八……
そんなギャラリーには全くかまわずに、総司はお手伝いさんとハート型の場所について話していたのだった。
お昼近く、台所から甘いいい匂いが漂ってくる。できたみたいだな…と皆がほっとしていると、トントンというノックの音と共に千鶴が入ってきた。
手には大きなお盆を持っており、その上には丸い大きなチョコレートケーキ……
……えっ!?丸?
皆が思わず突っ込んだところに、千鶴ののんきな声が被る。
「あの、材料が思ったよりたくさんあったんで、皆さんもどうかと思いまして大きい焼き型でチョコレートケーキを焼いてみました♪」
満面の笑みで部屋の皆を見る千鶴。そして千鶴をうっすらとほほえみを浮かべながら見ている総司。
そんな総司を、皆は横目で見た。
土方が小声で小さく千鶴を指差しながら左之に言う。
「おいっ!なんであいつはああ地雷ばっかり選んで踏みやがるんだ!?」
左之もさすがにあきれたように答えた。
「いやぁ〜…まいったな…。斎藤、千鶴ちゃんに総司の地雷の場所を教えてやれよ」
斎藤は冷静に小声でつぶやいた。
「断る。俺よりも平助の方が適任だろう」
平助が慌てる。
「勘弁してくれよ!総司に殺されるよ!新八さんがさらっと教えてやれば?」
新八は、どうでもいい、というように言う。
「もうどうでもいいって。要は単なる夫婦喧嘩だろ?」
こそこそと皆が言い合っていると、総司が千鶴に言った。
「で?今度はその『丸いケーキの一切れが本命です』とか言わないでよ?」
総司の言葉に千鶴は赤くなった。
「沖田さんのは…別にあるんです。今冷やしていて…チョコレートムースを…」
「ムース?」
「はい、多恵さんがハートの型を貸してくださったんで、それでチョコムースを作ったんです。冷やさないといけないのでまだ…」
途端に総司の緑の瞳がきらめき、態度がころっと変わった。
「そうなんだ。ムースね」
総司は席からひょいっと立ち上がると、千鶴が持っているお盆を受け取る。
「これ、切ってみんなで食べるんでしょ?切ってあげるからナイフかしなよ。あ、僕も一切れ食べていい?」
急ににこやかになった総司に、千鶴はぱちぱちと目をまたたかせた。
「もちろん…でも沖田さん、チョコムースもあるんですよ?結構大きくて…。ケーキも食べたらお腹いっぱいに…」
「大丈夫♪千鶴ちゃんの作ってくれたのならどんだけでもおいしく食べれるし」
ほら、ナイフかして、という総司に、千鶴はケーキナイフを手渡した。
「え〜っと、姉さんたちも食べるかな。多恵さんにもあげないとね…となると…10等分くらいかな?千鶴ちゃんも食べるでしょ?」
「え?みなさんに配るんですか?」
「うん。だって千鶴ちゃんのケーキおいしいじゃない?」
「えっ、そんな…」
「あ〜…じゃあ俺らコーヒーのおかわりもらいに行ってくっから……ってあの〜…聞いてる?」
完全にスルーされた新八の言葉がむなしく仕事部屋に響く。平助が新八のシャツをひっぱった。
「いいってもう。行こうぜ」
土方、左之、新八、斎藤、平助は、仕事部屋にケーキをイチャイチャしながら切っている千鶴と総司をのこして廊下に出た。
………
なんともいえない表情で、空のコーヒーカップと湯呑を持ったまま5人はお互いの顔を見合わせる。
「なんつーか…甘かったな、いろいろと」
「いろんな意味で腹が一杯…」
5人はそうぼやきながら、とぼとぼとキッチンへ向かったのだった。