【WILD WIND 14-2】

※千鶴ちゃん(記憶無)と斎藤さん(記憶アリ)の間の子どもがオリキャラとしてでてきます。それ以外のオリキャラオリ設定てんこもり。流血表現があります。苦手な方はブラウザバック!









目が覚めた斎藤の視界に最初に入ってきたのは、うっそうと茂る緑の葉だった。
なぜこんなものが見えるのか、斎藤はしばらく考える。昨夜は普通に寝たはずだ…いや。昨夜は…昨夜は……確かいつもの寝床では寝ていないような気がする。どこで寝たのだったか…。
ぼんやりとした思考の中にふと千鶴の顔が浮かび、それをきっかけにして斎藤は唐突に思い出した。同時に跳ね起きる。
腹筋に力を入れた途端そこが痛み、斎藤は「うっ」と腹を抱えた。
そしてそろりと動きながらあたりを見渡す。

そこは森の中だった。
葉の間から木漏れ日がさし、鳥の泣き声が聞こえる。
光の感じから午後…いや正午ぐらいだろうか。夏の日差しはきついが少し肌寒く感じる。
斎藤が横たわっていたのは低木と木々の間の柔らかそうな下草の生えた場所だった。村正は脇に置いてある。
自分はさらわれた千鶴の後を追おうとして準備をしていたはずだ。しかし、今なぜこんなところに……?
いや、とにかくここがどこかを把握して千鶴を助けに行かなくては、と斎藤が膝をついた時、後ろの茂みがガサガサと音を立てた。
ハッと村正を持ち身構えた斎藤の前に出てきたのは、天霧だった。
「目が覚めましたか」
「天霧……」
天霧はどこから調達してきたのか干し魚と握り飯を二つ差し出した。
「これは……」
斎藤はわけがわからないままとりあえず受け取ると、天霧は斎藤の向かい側に座った。
「しっかり腹ごしらえをした方が良いと思います。ここは東北です。そこの茂みの向こう、見えますか?」
天霧の言葉に促され、斎藤は立ち上がり天霧が指差す茂みをかき分けた。

途端に視界が開ける。
斎藤達は小高い山の崖部分にいたようだった。下に里が――いや、里と言うより崩れた城跡か――が見える。
それは大きな川の中州にあり、城跡に行くには川を渡らなくてはならない作りになっていた。こちら側の岸から城跡へ行くための橋は今はあげられていて使えない。川の先へと目をやると、川は途中で途切れその先から低い不気味な水音が響いてくる。
「…あちらは滝か?」
斎藤が呟くと、天霧がうなずいた。水音からしてかなりの高さからの滝になっているようだ。
反対側、川の上流には水門。
水門で上流からの水をせきとめているおかげで、城跡の周りは今は葦がまばらに生えているのが見えるくらい水が浅いところもあるようだ。
涼しい風がさあっと下から吹き上げ、斎藤の黒髪をゆらす。
いつのまにか天霧が隣に立っていた。
「あの城跡に屋敷を立てて北の鬼の部族が住んでいるようです。もう里の鬼はほとんどおらず皆主家の家に仕え戦う鬼の身だと思われます」
「西の鬼や俺たちが攻めてくるのは予測しているのだろう?」
「おそらく。あの川を渡るための橋をあげてしまえば攻め込むことができないと考えているのではないかと」
「……天然の要塞というわけか」
橋の上げ下げは城跡の方からしか行えないしくみになっている。今、城跡へ行くには川を渡らなくてはいけない。浅瀬を選んで行けば濡れずには行けると思うが、城の中から狙い撃ちだろう。
「孤立無援ですので籠城しても助けが来るわけではありません。立てこもらずに戦うとは思いますが、川を渡らなくてはならないのでその分こちらが不利ですね」
斎藤は踵を返すと、木の根元に座り握り飯を取り上げた。
「もともと大人数で力押しをするつもりだったわけではない。俺の目的は北の鬼をつぶすことではなく千鶴を取り戻すことだ。夜になり羅刹が出てくると厄介だ。食べたらすぐに行こう」
天霧は自分も握り飯を食べながら斎藤に尋ねた。
「策は?どうするのですか?」
斎藤は考えを巡らすように、視線を遠くへ投げる。そしてしばらくしてから口を開いた。

「二手に分かれよう」



これが斎藤の策だった。
問題はどちらがおとりになるか。
天霧は川の端にあった小さな船に一人乗り、漕ぎながらふっとその時の会話を思い出して微笑んだ。
『俺がおとりになる。天霧、お前は隠れて城跡へ入り込み千鶴を連れ出してくれ』
斎藤の言葉に天霧は驚いた。
『何を言うのです。この状況でのおとりは危険です』
『だから俺がする。お前は千鶴を……』
斎藤が言いかけたのを、天霧は手のひらで止めるような仕草をした。思わず笑い声がもれる。
『私がおとりになります。おとりが早々に殺されてしまえばこっそりと侵入した方も危なくなる。私は鬼です。人間のあなたがおとりになるよりもはるかに成功する確率が高くなる』
『しかし……』
斎藤は眉間に皺をよせ、同意しかねるといった表情だ。
『しかしお前は千鶴を助ける義理も恩もないだろう。俺の……妻を助けるために命を懸ける必要はあるまい』
心底そう思っていそうな斎藤に、天霧は呆れた表情で溜息をついた。
『……あなたは千鶴のことになると周りが見えなくなるのですね』
『何?』
不思議そうな顔で問い返す斎藤に、天霧は続けた。
『あなたの仲間たち……左之と平助も、君菊もあなたを好きなのです。あなたと千鶴を。千姫も不知火も、そして私もそうです。今こうしてあなたを手伝っているのは、義理や恩のためではなく好きだから助けたいと思っているのですよ』
『……』
『それに加えて千鶴は鬼で、彼女をさらったのも鬼のなれの果て。私達には北の鬼に制裁を与える義務もあるのです。これだけでも私がおとりになる資格は十分でしょう?』
理路整然とした天霧の言葉に、斎藤は苦笑いをして頷いた。
『わかった。では頼む』

二人は簡単に作戦内容について打ち合わせた。
天霧は川の水の深いところを選び、目立つように船で川を渡る。中州に上陸し敵の目をひきつける。
斎藤は川の浅瀬を選んで中州に上陸し、密かに城跡に忍び込み千鶴を奪還する。
後は臨機応変に。

食事を済ませた後、二人は山を降りて川へ向かう。
腰に差している村正からは異様な熱気がこぼれ出ていた。
斎藤は柄に手をかける。
「落ち着け。まだだ」
斎藤のつぶやきを耳にした天霧が振り向いた。
「村正がどうかしましたか?」
斎藤は鞘ごと村正を抜いて手に持ち、苦笑する。
「興奮しているのだな。これから戦場へ行くことを感じているのだろう」
斎藤はそう言うと、スラリと村正を抜いた。そしてぬらぬらと光る刃を見上げる。

熱くはやっている村正と比べ、斎藤の心は自分でも怖いくらいに冷たく冴え冴えとしていた。
押さえつけていた自分の中の野性がゆらりと立ち上がるのを感じる。
そしてそれを冷静にコントロールする氷の意志も。

村正の狂気など完全にねじ伏せることができるくらい、それは強かった。
村正もそれを感じているのだろう、暴走することなどなく期待にうち震えながらも斎藤の命令を待っているようだ。

まだだ。
まだ……
大事な物を守るための戦いというものを、お前に教えてやる。
正義などではない。極めて自分勝手な欲望。批判も非難もあるのは承知のうえで戦うというのはどういうことなのか、これまで単なる狂器でしかなかったおまえに教えてやろう。
これからの戦いは、きっとお前が味わったことのない位、死に近いものになるはずだ。相手にも正義があり死に物狂いでむかってくる。数も多い。
自分の存在の危険を感じその上でそれをねじ伏せ勝つという経験は、これまでのお前には無い筈だ。
その経験をして。
自分の存在の大切さ、消滅の恐怖を実感して、相手の命を奪うということの意味を考えることになる。
そうして初めて、お前は本当の意味での強さを手に入れるのだ。

村正に心の中で語りかけている斎藤を見て、天霧は微笑んだ。
「この戦いが終われば、その妖刀は妖刀ではなくなるかもしれませんね」
斎藤は天霧を見る。
「どういう意味だ」
「調伏…でもなく、服従でもなく。なんといえばいいのか、浄化、でしょうか?」
「浄化……」
「その剣が持っていた恨み、無念、妬み、嫉み、憎しみ……そう言った感情すべてが、まっすぐな物になりそうな気がふとしたのです」
天霧の言葉に、斎藤はまじまじと村正を見た。
「……そうだな。そうなれば俺とこいつは仲間になれるかもしれん」



城跡に立っている物見やぐらから誰かが叫んでいるのが遠目で見える。
天霧は、気づかれたかと思いながら平然と船を漕いでいた。気づかれるのが目的だ。大人数がこちらに押しかけ注意を向けてくれればそれにこしたことはない。
船はもう浅瀬に着く。銃でも撃たれればさすがの天霧でもまずいが、こんな廃墟寸前の鬼の集落にそんなものはないだろう。接近戦になれば天霧に有利だ。
天霧は櫓を船の中におくと、浅瀬に飛び降りる。派手な音を立てて水が跳ねた。
何も中まで入りこんでいく必要はないのだ。ここでできるだけの敵をこちらへ集中させるだけでいい。
城の城壁からばらばらと出てくる鬼たちを見て、天霧は指を鳴らした。



斎藤は腰をかがめ葦の隙間に身を隠し、城と左右へと目を配る。
水門が締まっているせいで水は浅く、葦の生えている場所を選んで行けばほとんど濡れることはなかった。
誰何の声が上がらないことを確認して、斎藤はすばやくさらに城に近い葦の群生へと駆けた。ブーツを履いた足首にも届かない浅い水の中に手をつき、慎重に左右を確かめる。
その時、城跡の反対側の方で「わあっ」という大きな声が聞こえてきた。同時に空気を震わすような低い重低音も。

天霧か……

斎藤はしばらく反対側の様子を探るように耳を澄ませた。騒ぐような声とドオッという音が継続的に聞こえてくる。派手にやってくれているのだろう。

四方が川に囲まれているという安心感から中の警備は手薄だといいがな……

斎藤は中州までの最後の距離を目で図る。最後の直線には身を隠すものは無い。
その時、川の上流からゴゴゴゴゴという音が聞こえてきた。
何事かと斎藤が振り向くと、川岸が揺れているような……いや違う。これは……

水門があげられるのか……!

天霧が上陸したことで、千鶴を取り返しに来た鬼が押し寄せてくると考えたのだろう。川を渡るのを難しくするために水門をあげることにしたのに違いない。
水門があがれば上流に溜められていた水が放出される。このまま斎藤がここにいたら流されて滝から落ちてしまうだろう。
天霧はもうすでに中洲にあがっているようだし、後は斎藤が急いで中洲へ上陸してしまえばいいだけだ。

斎藤は小さく舌打ちをすると、葦の茂みから飛び出した。中洲まで全力で駆ける。一気に中洲へと渡り、崩れかけた石垣から城跡に入ろうとしたところに、中から出てきた見張り二人と出くわした。
「なっ…!」
見張りが出合い頭に現れた黒ずくめの斎藤に驚き声をあげる。
斎藤は無言で村正を抜くと驚いて声をあげようとした男鬼に抜き打ちの居合で斬りつけた。血を噴き出して倒れる鬼を見ずに、斎藤は返す刀で隣にいたもう一人の見張りを上段から斬りおろす。
「……」
一瞬ですべてが終わった。
殺された鬼たちは何が起きたか把握する前に意識を亡くしたに違いない。それほど斎藤の動きは迷いがなく早かった。
ふーっと小さく吐息を吐いて、斎藤は村正を振り、血を払う。

鬼たちを引きずり、草むらへと死体を隠し血の跡を消した後、斎藤は何事もなかったように冷静な顔で辺りを見渡し素早く城跡へと入って行ったのだった。




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